閑話休題 —三輪農業高校の新しい住人達
校門をくぐったとき、相良は思わず足を止めた。
外から見るのとでは全然違って見えたのだ。
「……でかいな」
誰かが、ぽつりと呟く。
校舎。
グラウンド。
畑。
そして――井戸。
欲しかったものが全部揃っている。
「……本気で言ってたのか、あいつら」
昨日のやり取りが、頭をよぎる。
“ここをやる”
あっさりと、そう言った。
つまり彼らにはここよりしっかりした拠点がすでにあるのだ。
ここにいた人たちも一緒に行ったということはここで避難していた知人を迎えに来て、ついでに物資を持っていったということなのだろう。
「……罠じゃねえよな?」
「だったらもう囲まれてる」
それもそうだ。
こんな場所をエサにするなら、もっとやりようがある。
中にゾンビもいないことは分かるから、少なくともいきなり襲ってくるような敵はここにはいない。
それだけでどれほど安心できるか。
「……使える」
相良は、ゆっくりと息を吐いた。
「ここは、俺たちの新しい避難拠点になる」
小学生の子供が3人いる。他は高齢者夫婦が一組と青年と女性が15名で、合計20名のグループだ。
何とか全員が校舎に入り一息ついた。
張り詰めていた空気が、ようやく少しだけ緩む。
「……座れる場所、あるだけで違うな……」
年配の男が、椅子に腰を下ろして息を吐いた。
その隣で、子どもたちがきょろきょろと辺りを見回している。
「広い……」
「ここ、学校だよね?」
「ほんとに住めるの……?」
不安と期待が混じった声。
それを聞きながら、相良はゆっくりと校舎の中を見渡した。
机。
黒板。
棚に並ぶ教材。
人の気配が、ついさっきまであったような空気が残っている。
「……掃除は必要だな」
ぽつりと呟く。
「水は?」と後ろから声が飛ぶ。
「井戸があった。使える」
「電気は?」
「屋上にソーラーがあるって聞いた。生きてたら最低限は動くはずだ」
「畑は?」
「手入れすれば使えるって言ってたな。一休みしたら、この中の捜索をして地図とどこに何があるかリスト作るぞ」
一つ一つ、確認するように答える。
それはもう、“視察”ではなかった。
――“拠点として成立するか”の判断だ。
「……俺たちで回せるか?」
誰かが、核心を突く。
相良は一度、目を閉じた。
(子ども3人)
(動ける大人、十数人)
(高齢者、二人)
頭の中で、人員と作業を並べていく。
水。
食料。
警備。
生活。
足りないもの。
足りているもの。
そして――
(“守る場所”としては、悪くない)
目を開く。
「……回す」
短く、言い切った。
「まず清掃と整備をしよう」
「見張りは?」
「昼夜で交代。最低二人」
「子どもは?」
「中。絶対に外に出すな。遊ぶのなら外から見えないように、声も聞こえないように体育館だ」
「寝床は?」
「まず高校ならあるはずの保健室と仮眠室を確認だ。全員がきちんとした寝床は難しいだろうが、今までみたいに全員床に転がるだけなんてことはないだろう」
「それだけで助かるよな。よし、じゃあまず校内の地図を作るか」
「校舎は三階建てね。じゃあ私はまず一階の地図を作るわ」
「頼んだ」
矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
戸惑いながらも、全員が受け入れる。
それを見て、相良は続けた。
「ここは“使う場所”じゃない」
「“暮らすために守る場所”だ」
その言葉に、空気が変わる。
誰かが、ゆっくりと息を吐いた。
「……ほんとに、ここでやっていけるのか」
小さな声。
それに対して。
「やるしかねえだろ」
相良は即答した。
「ここよりマシな場所、もう見つかると思うか?」
誰も、答えなかった。
それが答えだった。
やがて。
「……あいつら」
後ろの男が、ぽつりと呟く。
「あの連中、何者なんだ?」
少しの沈黙。
相良は、思い出す。
夜の校舎。
あの男の目。
笑いながら、“潰す”と言った声。
「……危ない連中だな」
正直な評価。
「でも」
続ける。
「敵には回したくねえ」
「……だな」
小さく、同意が返る。
「むしろ――“ああいうの”が生き残るんだろうな」
誰も否定しなかった。
それがこの世界の現実だった。
そのとき。
外から、小さな音がした。
――カン。
全員の動きが止まる。
「……見張り!」
「行ってくる!」
若い男が走り出す。
数秒の沈黙。
やがて戻ってきて、首を振った。
「風で何か転がっただけだ」
全員が、ほっと息を吐く。
だが。
その一瞬で分かった。
ここはもう、“安全な場所”じゃない。
――“守らなければいけない場所”だ。
「……見張り、今から立てる。屋上が一番見晴らしがよさそうだな。そこに常駐することにしよう」
相良が言う。
「ローテも今日中に決めるぞ」
「了解」
短いやり取り。
それだけで、全員が動き出す。
掃除を始める者。
窓を確認する者。
外周を見に行く者。
職員室から紙とペンを持ってきて、校舎内の地図を作り始める者。
子どもたちは、少し不安そうにしながらも、大人たちの動きを見て、静かに椅子に座った。
その光景を見ながら。
(……始まったな)
と、相良は思う。
ここからが、本番だ。
ふと、窓の外に目をやる。
校庭の向こう。
そのさらに先。
――どこかにいるはずの、“遊ぶ連中”。
あいつらがここを見つけたら奪いに来るのは確実だ。
だが渡すわけにはいかない。約束もある。
あの、“帰る場所を持っている連中”は今頃ちゃんと帰れただろうか。
「……負けてられねえな」
小さく呟く。
それは、誰に向けた言葉でもなかった。
ただ。
生き残るための、意思だった。




