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終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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57 交渉と近づく不穏

 場の空気が、わずかに揺らいだ。


 遠藤はしばらく黙ったまま、百合と迦楼羅を交互に見ていた。

 その視線にはまだ警戒が残っている。


「……中里」

 低い声。

「本当に、信用できるのか」

 試すような問い。

「はい」

 百合は、即答した。

「命を助けてもらいました。私だけじゃなくて、子どもを含む私たち家族全員です。それだけじゃなくて……今、安全に暮らせる場所もあります」

「……安全、ですって?」

 今度は女性教師が反応した。疲れた顔に、わずかな希望が差す。

「はい。水も、食料も……ちゃんとあります。今、暮らすための家も直してます」

「……」

 沈黙。

 その間に、英二が一歩前に出た。

「俺は百合の兄の中里英二です。皆さんが警戒するのは分かる。俺たちも同じ立場ならそうする」

「……」

「だから無理に来いとは言いません。ただ、こっちは物資の回収に来たんです。ここに残るか、一緒に来るかはあんたたちで決めてください」

「物資……」

 遠藤の目が鋭くなる。

「何を持っていくつもりだ」

「種、肥料、道具、医療品。あと自転車だな」

「……家畜は?」

 ぴくり、と百合が反応する。

「状況次第だ」

 英二は即答した。

「連れていけるなら連れていく。無理ならここに残す」

「……そうか」

 遠藤の視線が、家畜小屋の方へ流れる。

 その一瞬の迷いを、迦楼羅は見逃さなかった。

「アンタたち、何日ここにいるの?」

「……あの騒ぎの日からずっとだ」

「ずっと?誰も外に出てないの?」

「ああ。いや、正確には私たち四人以外もかなりいたが、全員出て行った。そして帰ってきたものは誰もいない」

 少しだけ眉を上げる。

「食料は?」

「作っていたものや備蓄で繋いでいた。ここには井戸があったから、何とかなっていた。だが……いつまでもつか分からん」

「電気は?」

「……止まってる。だから屋上のソーラーパネルで最低限どうにかしていたんだ」

「ふうん」

 そこで、迦楼羅は小さく息を吐いた。

「なら、長くは持たないわね」

 はっきりと言い切る。

「っ……」

 教師たちの表情が強張る。

「迦楼羅さん……!」

 百合が思わず声を上げる。

「こういうのは、はっきり言わないと判断できないでしょ?」

 少しだけ、口元を緩めた。

「でも、運はいいわよ」

「……?」

 遠藤が眉をひそめる。

「アンタたち」

 一歩、近づく。

「“帰る場所”があるアタシたちに拾われたんだから」

 その言葉に空気が静かに変わった。

「……」

 遠藤は、しばらく考え込むように黙った。

 やがて。

「……条件がある」

 顔を上げる。

「なんでしょう」

 英二が応じる。

「生徒を優先する。岡部と……あと一人いる」

 後ろから、もう一人の少女が顔を出した。怯えた目。

「すみれ!」

 百合がその生徒の名前を呼ぶ。

「中里先輩……」

「後輩なの。そっか、美奈子と一緒に残ってたのね……」

「はい……」

「頼む、その二人は連れていってほしい」

「先生は?」

「……俺たちは残る」

「え?」

 百合が驚く。

「家畜がいる。世話が必要だ。もう大型の家畜は死んでるとはいえ、残った鶏、全部は連れていけないだろう」

「それに」

 女性教師が続ける。

「あなた体のいる場所が今は安全だとしても、ここを拠点にした方がいい可能性もある。リスク管理として分散は必要よ」

 ――なるほど。

 “拠点を増やす”という発想。

 迦楼羅が、にやりと笑う。

「いいじゃない。話が早くて助かるわ」

「ただし」

 遠藤が念を押す。

「信用はしていない。あくまで、今は“協力”だ」

「上等よ。その方が健全だわ」


 そして。

 ちらりと百合を見る。


「――ね?」

「……はい」

 百合は、小さく、でもしっかりと頷いた。


 それから話合いが行われ、自転車部の自転車と自転車用品、農機具、小型の重機、種と肥料を分けてもらい、鶏は断念した。人間を二人載せるならそれは無理だった。代わりに保健室の衛生用品と薬を半々で分けてもらった。代わりと言っては、と英二が持ってきていたおにぎりとお茶を差し出す。


「それから申し訳ないんだけど、今夜一晩だけここに泊めてもらえる?」


 という迦楼羅の言葉に頷いてもらえたのは、やはり百合の存在が大きかったのだろう。



 夕方の光が、校舎の壁を赤く染めていた。


 久しぶりに人の気配が増えた校内は、どこか落ち着かない静けさに包まれている。


 荷物の仕分けを終えたあと、四人は簡単な夕食を共にした。

 迦楼羅たちから差し出されたおにぎりに、全員目を丸くした。

「……こんな、ちゃんとしたものを……」

「ええ、俺たちの避難場所ではこうやってちゃんと食事ができます。リーダーがとても危機管理能力が高い人なので」

「……そうか」

 遠藤はそれ以上何も言わなかったが、表情は少しだけ緩んでいた。

 


 食事のあと。


 寝床は、職員室の隣の会議室を借りることになった。

 机を寄せて簡易のスペースを作る。


「交代で見張りを立てるわよ」

 迦楼羅が当然のように言う。

「必要か?」

 遠藤が聞く。

「必要ね。この校舎にアタシたちの車が入ったのを見ていた奴らがいるわ」

 即答。

「だから今ここに何かしら物資を持った人間がいることは外の生存者に知られていると思ったほうがいい」

「……」

「ええ、それに」

 迦楼羅は窓の外――暗くなり始めた校庭を見た。

「昼間から思ってたけど、ゾンビの死に方が変なのよ」

「変……?」

 ツバサが眉をひそめる。

「頭潰されてる個体、多かったでしょ」

「ああ」

「でもね、潰し方が雑なのよ」

「……どういう意味だ?」

「殺すための潰し方じゃない。どっちかっていうと――」

 一拍。

「“遊ぶために処理してる”感じ。だからちゃんと全部とどめを刺していた」

 空気が、少し冷える。

「……人間か」

 英二が低く言う。

「多分ね」

 迦楼羅はあっさり頷いた。

「しかも、そこそこ慣れてる」

「……」

 遠藤の顔が硬くなる。

「……この辺りに、他の生存者がいるってことか」

「ええ、おそらく」

「なら、助けを求めれば――」

「やめときなさい」

 即座に遮る。

「“助ける側”とは限らないわよ」

 静かな一言。

 誰も、反論できなかった。

 そのとき。

 

 ――カン。


 小さな音が、外から響いた。

 全員の視線が、一斉に窓へ向く。

「……今の」

「金属音だな」

 ツバサが立ち上がる。

 迦楼羅はもう動いていた。

「英二、裏口の鍵を確認して。ツバサはあたしと一緒に正面警戒。百合はここにいなさい」

「はい!」

「先生たちはドアを閉めて鍵を」

「分かった」

 無駄のない指示。

 迦楼羅は軽く首を鳴らしてから、にやりと笑った。

「さて」

 小さく呟く。

「“ご近所さん”かしらね」


 夜の学校の前に蛍のような懐中電灯の明かりが泳いでいた。

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