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終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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50 籠城中の家族に出会う

 軽トラは、人気のない通りを抜けていく。

 放置された車両は多いけど、ゾンビは思ったより少ない。この辺りは人自体が少なめだったのかな?


 さっきの連中を振り切ったとはいえ、完全に安全とは言えない。

 バックミラーを何度も確認しながら、迦楼羅が慎重にハンドルを切る。

 歩道と道路をうまく使いながら走っていく。


「……もう追ってきてはいないみたいね」

「だな。ただ――」

 ナオトさんが荷台から低く言う。

「ここから先は会社が多い。家に帰れずにそのまま残っている生存者もいる可能性が高いエリアだ」


 その言葉に、私は小さく頷いた。

「……あれだ」

 ナオトさんが示してくれた目的地。

 辺りは倉庫が多い中小企業や町工場の会社の多いエリアだ。

 少し奥まった場所に、倉庫と工場が高めの塀と金属の門で守られていて、端っこに平屋の事務所らしき建物が見えた。

 倉庫の前には軽トラと4tトラックが並んでいる。

『中里工務店』と書かれた色褪せた看板が外れかけていて、事務所らしき平屋の前にはバリケードが築かれていた。

「……バリケードがある。生存者がいるかもしれない」

 迦楼羅が呟き、軽トラを少し離れた位置で止める。

「……どうする?」

 私が聞くと、ナオトさんは一瞬だけ目を細めた。

「……中に入る」

 短く、はっきりと。

「俺が先に行く」

「待って」

 思わず声をかける。

「ゾンビがいるかもしれない」

「分かってる」

 ナオトさんは、バールを握り直した。

「だから、慎重に行く」

 その背中は、さっきまでよりもずっと静かで、ずっと張り詰めていた。


「……結花さん」

「うん」

「周りの警戒を迦楼羅と一緒に頼む」

「任せて」


 私もバールを握る。

 手のひらに、じんわりと汗がにじんだ。


 車を降りる。

 空気が、ひどく重い。


 門の前に一歩踏み込むと、靴の下で、細かいガラス片が鳴った。


 ――音が響く。


 全員、無意識に足を止めた。

 しばらく耳を澄ます。

 ……何も、聞こえない。

「……行くぞ」

 ナオトさんが先に進む。

 私と迦楼羅が、その少し後ろをカバーする形で続く。

 門の上を乗り越えたナオトさんが、中から門を開けてくれた。


 薄暗いひんやりとした空気。

 バリケードを取り去ると、やっぱりそこは事務所だった場所だ。

 カウンターの向こうにデスクがいくつか並び、応接間が奥にあるのが見えた。


 そして――わずかに残る、“生活の気配”。

 デスクの周りにある毛布やペットボトルは、ここで避難生活を送っていた人がいた、もしくは今もいるってことだ。


「……」


 私は息を潜める。


 その時。


 ――カタン。


 事務所の奥の方で、何かが動いた。


「っ」


 全員の視線がそちらに向く。


 ナオトさんが、一歩前に出る。

 バールを構えたまま、低く声を出した。


「……誰だ」

「……」

 

 返事は、ない。

 でも確かに、いる。


 私は喉を鳴らす。

 心臓の音がやけに大きい。


 少しの沈黙の後、奥の応接間のドアが開いた。

 

 ――人影。


 武器を持っている。

 あれは……工具?

 こちらに向けて、構えている。

 空気が、張り詰める。

 そのとき。


「……おまえ」

 低く、掠れた声が響いた。

「……ナオト、か?」

 時間が、止まったような気がした。

 ナオトさんの体が、ぴくりと揺れる。

「……親方?」

 絞り出すような声。一人の男が前に出てくる。


 無精ひげ。

 汚れた作業着。

 目がギラギラしていて余裕はないが、理性を失ってはいない。


 男は、じっとナオトさんを見て、息を吐きだした。

 

「……おまえ、無事だったのか」


 短い言葉。

 でも、その中に。


 ナオトさんが生き延びていたことへの安心が全部が詰まっていた。


「……ええ、無事でした。親方こそよく無事で……」


 ナオトさんが、ぽつりと返す。


 その一言で。


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけほどけた。

 でも――完全には、ほどけない。


 奥の暗がりから、さらにいくつかの気配が動く。

 複数人、いる。

 全員こちらを警戒している。


 当然だ。

 この世界で、今は“人間”が一番信用できないのだから。

 私は、ゆっくりと息を吸った。


 ――ここからが、本当の分岐点だ。

 応接間の奥から、影が、もう一つ、二つと動く。


 テーブルの陰から。

 倒れた棚の向こうから。

 ソファの陰から。


 ゆっくりと姿を現したのは――


 年配の女性。

 その後ろに、若い男と女。

 さらに、その足元にしがみつくように、小さな子どもが二人。


 そして、少し離れた位置に、もう一人の高校生くらいの女の子。


 全員が、こちらを見ている。


 疲れと、怯えと、警戒の色が濃い。


「……」


 空気が重い。


 親方が、ちらりと後ろを振り返る。

 それだけで、全員が少しだけ距離を取った。


 親方が守る配置に立っている。


 その動きで分かる。


 ――この人たちは、“家族”だ。


「……そっちは?」


 親方の視線が、私と迦楼羅に向く。


 鋭い。

 値踏みされている。


 ナオトさんが、一歩前に出た。


「俺の仲間です」

 短く、はっきりと。

「信頼できる人たちです」


 一切の迷いがない言葉。

 それでも親方は、すぐには頷かない。


「……こんな状況で、“信頼できる”なんて軽く言うな」


 低い声。

 責めているわけじゃない。

 確認だ。

 ナオトさんは、わずかに息を吐いた。

「……軽く言ってません」

 静かに返す。

「この人たちがいなかったら、俺は今頃干からびて死んでました」

 その言葉に。

 親方の目が、ほんの少しだけ揺れた。

「……そうか」

 短く呟く。

 そして。

 初めて、バールを少しだけ下げた。


 完全にじゃない。

 でも――敵意の角度が、変わった。


 私は、ゆっくりと一歩だけ前に出る。


「……初めまして」

 声が震えないように気をつける。

「結花です。ナオトさんと一緒に行動しています」

 親方の視線が、こちらに向く。

「……」

 数秒の沈黙。


 値踏みされているのが分かる。

 でもさっきの男たちみたいな不愉快な視線じゃない。


「……女を前に出すな」


 ぽつりと、親方が言った。


「お嬢さん。こんな状況で行動すんのはあぶねえって分かってんのか?」

 厳しい言葉。でも優しさも感じる。

「ええ、分かってます。でもやらなきゃいけないのなら私はやります」

 私は、はっきりと答える。

「私は“守られるだけ”じゃありません」

 バールを軽く持ち上げる。

「一応、戦えます」

 少しだけ。

 本当に少しだけ。


 親方の口元が動いた。

 笑ったのかどうかは、分からない。


「……ナオト」

「はい」

「この辺りは知っての通り小さい会社が多い。だからすぐに籠城できた」

「はい」

「それでも襲いに来る奴らはいる。門をこじ開けてバリケードを壊して、奪いに来る」

 空気が、また重くなる。

「3日前に強盗が来た。残ってた食料品だけ持ってった。人間は……まあ、見ての通りだ」


 家族の方へ、視線をやる。

 全員、無事。


 でも。


 無事なだけで、“何もなかった”わけじゃないのが分かる。子どもたちがひどく怯えてる。


 ナオトさんの表情が、わずかに硬くなる。


「……ここは、もう長くは持たねぇ」

 親方が、ぽつりと言った。

「水だけはまだ何とかある。でも食いもんがねえ。あぶねえだろうが、外に調達に行こうかと思っていたところだ」


 その言葉は、ナオトさんに向けられている。

 でも。

 私たち全員に、突きつけられていた。

 拠点としては、限界。

 もう破綻しているのだ。

「……」

 ナオトさんが、少しだけ目を伏せる。

 そして。

 一度、私たちの方を見た。


 言葉にはしない。

 でも分かる。

 ――どうする?

 選ぶのは、私たちだ。


 ここで関わるか。

 それとも、離れるか。


 私は、ゆっくりと息を吸った。


 そして。

「……提案が、あります」

 静かに口を開く。

 全員の視線が、こちらに集まった。

 怖い。

 でも――ここで引いたら、たぶん後悔する。

「私たち、拠点があります」

 一瞬。

 空気が凍った。

 それは当然だ。

 この世界で、それは――“命綱”を明かすのと同じ意味だから。

「……結花」

 迦楼羅の低い声。

 止めるわけじゃない。

 確認だ。

 私は、小さく頷いた。

「完全に安全とは言えません。でも、“守る前提で作っている最中の場所”です」

 親方の目が、鋭くなる。

「……続けろ」

「人数は、今十人、うち、子どもが二人。食料は余裕があるとは言えません。でも、“分け合える状態”ではあります」


 嘘は言わない。

 でも、希望も捨てない。


「技術も、戦力も、足りてません」


 だから。


「……皆さんに力を貸してほしいんです」


 はっきりと、言い切る。

 沈黙。

 誰も、すぐには答えない。

 それでいい。

 軽い話じゃない。


 ――これは、“一緒に生きるかどうか”の話だから。

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