49 遭遇と戦闘
――翌朝。
まだ空気の冷たい時間帯。
鳥居の前に軽トラを出す。
空っぽの土嚢で塞いだ“出入り口”をどけると三人で軽トラに乗り込む。
私たちが出発したら、みんなが元のように直してくれることになってる。
「……行こう」
エンジンが低く唸る。
ゲートを抜ける瞬間、少しだけ息を止めた。
外は――いつも通りの静けさだった。
それが一番、信用できない。
軽トラはゆっくりと走り出す。
舗装の荒れた道。
放置された車。
倒れた看板。
すでに見慣れたはずの景色なのに、どこか違って見える。
「……静かすぎない?」
思わず口にする。
「……こんなもんだろ」
ナオトさんの声が後ろから飛ぶ。
「いや」
迦楼羅が小さく否定する。
「今日は何か違うわね。何ていうか……気配、がある」
その声に、空気が少しだけ張り詰める。
「気配……?」
「そう、気配」
短い言葉。
でも、それだけで理解するには十分だった。
私は無意識に周囲を見回す。
建物の影。
路地。
窓。
ビルの階段。
――視線。
四方八方からそんな視線がこちらに向かっているような気がした。
「……結花」
「うん」
「前」
迦楼羅の声に顔を上げる。
少し先。
朝靄の中の交差点の手前。
――車が一台、斜めに止まっていた。
スモークガラスの大きめの乗用車だ。
「事故車?」
「いや……」
ナオトさんが低く言う。
「止めてるな、あれ。わざと」
意図的に。
道を塞ぐように。
軽トラの速度が落ちる。
「迦楼羅」
「分かってる」
さらに減速。
完全に止まる直前。
――カン。
どこかで、金属の鳴る音がした。
次の瞬間。
「止まれ!」
朝の空気を引き裂くような怒鳴り声。
ゾンビが寄ってこないところを見ると、このあたりは「お掃除」済みなのかしら。
道の脇の建物の影から、人が出てくる。
一人じゃない。
二人、三人――
手には、それぞれ武器。
バール。
鉄パイプ。
そして。
見慣れない、長い影。
「……ああ」
迦楼羅が小さく呟いた。
「あの時の奴らね」
「……知ってるの?」
「あの趣味の悪いスモークの車。アタシと桃ちゃんにしつこく絡んできた生存者よ」
「……」
「待ち伏せとはね。少しは考えて来たじゃない」
「感心するとこ?」
「少しは考える頭があったんだなって」
逃げ場は、ない。
軽トラは道の真ん中。
前は封鎖されている。
「降りろ」
男が言う。
口調は軽い。
でも、目が笑っていない。
「聞きたいことがある」
「何かしら?」
「おまえらどこに拠点作ってる?この辺りはしらみつぶしに全部調べた。小さな拠点はいくつかあったが、おまえらが持っていった回収品はどこにもなかった」
「……あんたたち、その拠点をどうしたの?」
「回収させてもらったよ。俺らも物資は必要だったからな」
軽い調子。
でも、その言葉の意味は軽くない。
“回収”。
つまり――
「……避難していた人たちは?」
気づけば、口に出していた。
「いたよ」
男はあっさり答える。
「まあ、話はしたさ。協力してくれりゃ良かったんだがな」
肩をすくめる。
「聞き分けの悪い奴もいてさ」
そこで初めて、男の口元が歪んだ。
笑っている。
けれどそれは、人に向ける笑いじゃない。
――処理した側の顔だ。
「……そう」
喉の奥が、ひどく乾く。
隣で迦楼羅が小さく息を吐いたのが分かった。
「で?」
迦楼羅が運転席から睨みつける。
「それをアタシたちにもやるつもり?」
「話が早くて助かるよ」
男はにやりと笑った。
「物資と、拠点。あと――」
視線がこちらに流れる。
近づいてくるねっとりとした、品定めの目。
運転席の横から助手席の私をじっとり見つめる不愉快な視線。
「女も、な」
「……は?」
頭が一瞬、真っ白になる。
次の瞬間。
ガン、と鈍い音。
「ぐあっ!?」
男の体が吹っ飛んだ。
何が起きたのか理解するより早く、迦楼羅の腕が、振り抜かれていた。
素手で男の側頭部を、容赦なく叩きつけていた。
「……オイタが過ぎたわね」
低い声。
いつもの軽さが、完全に消えている。
空気が一変した。
「て、てめぇ!!」
周囲の男たちが一斉に動く。
鉄パイプが振り上げられる。
足音。
怒号。
「結花!」
「分かってる!」
ドアを蹴り開けて、外に出る。
地面に足をつけた瞬間、冷たい空気が肺に入った。
怖い。
でも――止まるわけにはいかない。
正面から一人、突っ込んでくる。
鉄パイプを振りかぶって。
振り下ろし。
――遅い。
体が勝手に動く。
ツバサくんの特訓で身に着いた動き。
半歩ずれて、空振らせる。
そのまま、しゃがみこんで足を引っかけて転ばせ、バールを奪い取る。
「チッ……!」
横から別の影。
今度はナイフ。
短く光る刃。
「結花さん、下がれ!」
ナオトさんの声。
次の瞬間、その男の腕が弾かれた。
金属音。
ナオトさんのバールが、正確にナイフを叩き落としている。
「素人が刃物持つな」
低く、冷たい声。
そのまま体を寄せて、腹に一撃。
男がくの字に折れる。
さらにもう一発。
完全に沈んだ。
――強い。
改めて思う。
ナオトさん、完全に“現場の人”だ。
「後ろ!」
迦楼羅の声に振り向く。
最初に吹っ飛ばされた男が、まだ動いていた。
血まみれの顔で、こちらを睨んでいる。
手には――
さっき見えた、“長い影”。
銃?
エアガン?
素人には分からない。
「――っ」
息が詰まる。
引き金に指がかかる。
間に合わない。
そう思った瞬間。
――ガン。
乾いた音。
男の体が、ぐらりと揺れて、膝から崩れ落ちる。
「……え?」
誰の声か分からない。
視線の先。
軽トラの荷台。
そこに――ライフルを構えた迦楼羅がいた。
「……ハルとツバサに特訓してもらって正解だったわ」
「迦楼羅……それ」
「ハルの私物を借りてきてたの。サバゲ―用のエアガンだけど、威力はそれなりにあるわ」
静かな声。
でも、その目はまったく笑っていない。
「……さあ、突破するわよ」
「了解」
迦楼羅が運転席に戻り、私が助手席、ナオトさんが荷台に乗るのを確認して、アクセルを踏み込み、男たちを蹴散らすように勢いよく路地裏に突っ込んだ。
「あ、おい!」
「逃がすな!」
とは言っても、こっちは車。追いつけるわけはない。
「このまま、ナオトの知ってる昔の勤め先に向かうわよ!途中にガソリンスタンドくらいあるでしょ!」
「あっちだ!大きな道なら歩道を走れる!」
「分かった!」
ナオトさんのナビで大きな道に出ると、ゾンビが群がってきたけど歩道と車の間を抜けるようにして目的地に向かって車を走らせることができた。ただ、途中のガソリンスタンド立ち寄りは無理だったので、ガソリンの残量が少し寂しいことになってしまったけど、きっと何とかなる、と考えることにした。




