46 秋葉原での邂逅
ガソリンスタンドに立ち寄り、ハルの知識で、手動ポンプでガソリンを軽トラに入れることに成功した。ガソリンタンクは地下にあるので、期限的にまだギリギリ使えるはずだというハルの意見を信用して。
エンプティ近かったメーターが満タンまで戻り、これで次回の買い物もいけるだろう。
実際、問題なくエンジンはかかった。ガソリンスタンドにあった携行缶に2つほどガソリンを入れて念のための予備にすることにした。
――秋葉原へ向かって走る。
荷台のハルが乗せた荷物を必死に抑えている。
荒れた道路。
放置された車。
時折、揺れる影。
音に気付いて追ってくる人ならぬものが無数にいる。
それでも、止まらない。
向かう先は――秋葉原。
かつては人で溢れていた街。
今は。
――死の街だ。
山手線と秋葉原のビル群が見え始めた頃、迦楼羅がスピードを落とした。
「ハル。一番近い店は?」
「駅のそばにサバゲ―好きご用達のおっきな店があります。米軍の装備とかも売っててかなり本格的です」
「じゃあまずはそこに行きましょう」
軽トラを路地に滑り込ませ、エンジンを切る。
静寂。
いや――街からかすかに聞こえる。
引きずる音。
何かがぶつかる音。
数が、違う。
「……多いな」
ツバサが呟く。
「はい……これは、正面からは無理ですね」
ハルの声も固い。
「だから時間制限よ」
迦楼羅が言う。
「入って、買って、出る。それだけ」
二人が頷く。
装備を確認。
ライトは最小。
音を立てない。
「行くわよ」
シャッターの半開きになった店舗へ滑り込む。
そこは――
まだ“残っていた”。
棚に並ぶ装備。
パッケージされたままのゴーグル。
ヘルメット。
グローブ。
武器にもなる軍用スコップ。
エアガン。
「……当たりだ」
ハルが小さく息を呑む。
「必要な分だけいくぞ」
ツバサが即座に動く。
手際よく回収していく。
だが――
その時だった。
「――誰だ」
低い声が店の奥から響いた。
三人の動きが止まる。
奥の通路。
暗闇の中から、ゆっくりと人影が現れる。
男が三人。
手には――
バット。
バール。
そして、一人は拳銃らしきものを持っていた。
エアガンかどうかこの暗い中では判断がつかない。
「……客かと思ったら、違うな」
にやり、と笑う。
「いいもん持ってるじゃねえか」
視線が、こちらの装備とバッグに向けられる。
空気が、一気に変わる。
重い。
さっきまでの“ゾンビの恐怖”とは違う。
もっと、生々しい。
「……あんたらも同じでしょ」
迦楼羅が静かに言う。
一歩も引かない。
「アタシたちは必要な分だけ買って帰る。それだけよ」
「へえ」
男が笑う。
「じゃあさ――その“必要な分”、全部置いてけよ」
拳銃がわずかに持ち上がる。
ツバサの手が、無意識にバールへ。
ハルの呼吸が浅くなる。
「……やめときなさい」
その時。
迦楼羅が、わずかに笑った。
「アンタたち、撃てないでしょ。それがホンモノでも、この店のエアガンでも」
空気が凍る。
「ここ、何の店か分かってる?」
ゆっくりと、一歩前に出る。
「弾、外した瞬間――どうなると思う?」
「……」
「棚のガラスが割れて、外にまで音が響くでしょうね」
視線を、わざと周囲に流す。
今は静かな店内。
だが外には――“あれ”が大量にいる。
「音一発で、全部来るわよ」
男たちの顔から、余裕が少し消える。
「……チッ」
舌打ち。
拳銃が、わずかに下がる。
「……じゃあこうしようぜ」
別の男が口を開く。
「半分ずつだ」
「断るわ。半分って何よ、それこっちの装備をあげるだけの話じゃない」
即答だった。
ツバサとハルが一瞬驚くが、迦楼羅の背中を信頼を籠めて見る。
「こっちは必要なものだけ買いに来たの」
迦楼羅が言う。
「交渉してる暇もない」
そのまま、袋を持ち上げる。
「――通して」
静かに言い切る。
再び、張り詰める空気。
数秒。
永遠みたいに長い時間。
そして。
「……行けよ」
拳銃の男が、吐き捨てるように言った。
「次はねえからな」
「そうね、次はこの店には来ないわ」
三人は、振り返らなかった。
そのまま店を出る。
音を立てずに。
速く。
確実に。
外に出た瞬間。
全員が同時に息を吐いた。
「……怖っ」
ハルが小さく呟く。
「ゾンビのほうがマシかもな……」
ツバサが苦く笑う。
「いいえ」
迦楼羅が言った。
「どっちも同じよ。……油断したら、死ぬ」
遠くで、何かが呻いた。
夜は、まだ終わらない。
それから、ハルの案内で、二店目の、路地裏のミリタリーショップへ向かった。
ここも荒らされてはいたが、まだ商品は残っていて、ハルとツバサ二人の意見でナイフやロープ、ヘルメットやサバゲ―ウェアを中心に詰め込んだ。「ミリメシ残ってないなぁ……」と落胆していたハルの頭を後ろから叩いたツバサが「ミリメシより、そこにある浄水剤集めろ」と指示する。
二店目の買い物を終え、三店目へ向かう。軽トラの荷台はかなり積まれていたが、最後の三店目が三つ目の目的も同時に達成できるかもしれないとハルが教えてくれたのだ。
果たしてやはり路地裏のその店は荒らされてはいたが、ハルもツバサもできればあったほうが良いと主張していた各種プロテクターは残っていて、段ボールに詰めて買う。それからハルの案内で、店の裏側へ連れていかれた。そこは3店並んだ食堂とレストランがある路地裏の狭い通りだった。隠れ家的な店だ。
「こっちです」
三店並んだ店の間に何か扉があった。
ハルがバールを振り上げ、扉の鍵を壊すと、大きな音が響いたが、そこにはハルの予想通りのものが残っていた。
業務用の米と小麦粉だった。狭い倉庫に天井近くまで積み上げられていた。
「え、ここにこんなのあったのか。良く知ってたな、ハル」
「サバゲ―仲間がここの食堂でバイトしてたんです。で、俺も良く来てた時に、この三店舗で使ってる米や小麦粉はここで共同保管してるって聞いたことがあったんで、ここ店の中じゃないし、もし誰も気づいてないならワンチャンあるかなって思ったんですけど、大当たり引きましたね」
時間との勝負だ。
音を立てた以上、あいつらが寄ってくるだろうし、そうじゃない奴らもこの街にはいる。
「全部は無理ね。車がスタックしたら終わりだわ」
「ええ、残りは置いておきましょう。業務用ですし、扉を閉めておけば外からは見えないから、気づかれない限りまだ大丈夫です」
扉をできるだけ丁寧に閉めておく。壊した鍵をドアのノブにひっかけて、ちょっと見には鍵がかかっているようにも見える。
発進した車を追いかけてくる影が無数に見えるが、追いつかれることはない。前方が開けているのは、ゾンビたちが街にまとまっているおかげだろうか。
「……俺たち生きてるな」
ツバサがぽつりと呟いた。
「はい……」
ハルが、力なく笑う。
「全部じゃないけど――必要なものは持ってこれた」
その言葉に、迦楼羅が小さく笑った。
「だから言ったでしょ。“欲張らない”って。それでいいのよ。あ、でも一つ失敗したわ」
「え?」
「お金。最初のお店で払ってくるの忘れちゃった。結花に怒られそう」
「かるさん一人で怒られてくださいね」
「連帯責任て言葉知ってるかしら?」
荷台には、確かな重み。
米。
小麦粉。
装備。
燃料。
そして――
“生きて帰るための判断”。
夜明け前。
軽トラは、元の世界へと戻っていく。
遠くに、うっすらと朝の光が見え始めていた。




