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終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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閑話休題 —運で生き残った四人の話

四人が運で生き残った話。

 その始まりは唐突で、そして逃げ場がないものだった。


 ドアを開けて見たのは、逃げ惑う人々の群れと、それを追いかけて捕まえ噛みつく側の地獄のような風景。

 最初は大量通り魔が出たのかと思い、すぐに店の鍵を閉め、念のため裏口も鍵をかけた。


 それだけで、外の地獄と切り離された気がした。


 この時、店にいたのは開店準備をしていた四人だけ。

 オーナーは今日は来ないと言っていたし、ナンバーワンのコウは同伴してから出勤の予定だと聞いていた。他のメンツはまだ出勤していないため、四人しかいなかったのが不幸中の幸いだった。


「何が起こってんだ?」

「スマホ見たら、渋谷でゾンビって騒ぎになってんぞ」

「何かの映画の撮影か?」


 この時はまだ何か日常を信じていたのかもしれない。

 だが、店の向こう側では地獄は確実に進行していた。


「おまえら、表には絶対出るな。何か状況が分かるまで外に出るのは禁止だ、分かったな」


 ナオトの言葉に全員頷き、その夜は店を開けることもなく、店を訪れるものもなく、全員店のソファで眠ることにした。


 

 翌朝、ドン、と上から音がした。

 二階はスナック。三階はレストランだ。昨日の夕方なら客もちらほら入っている時間だっただろう。


 誰も顔を上げなかった。

 天井を見上げたくなかった。

 このビルは三階まで内階段で繋がっていて、二階のスナック、三階のレストランまではビルの内側で行き来できる。階段に繋がるドアにカギはないため、ソファとテーブルを置いてドアが開かないようにしているだけで精いっぱいだった。


「……いるな」


 シゲトの呟きに、誰も返事をしない。


「……上、どうする」


 ハルの声は小さかった。


 行くか、行かないか。

 確かめるか、放置するか。


 答えはすぐに出た。


「行かない」


 ツバサが言った。


「今、上に行く理由がない。下を固めるほうが先だ」


 正論だった。

 そして誰も、それに逆らう余裕がなかった。


 だから彼らは、一階で息を潜めて過ごした。

 音を立てないで静かに過ごす、と決めて。

 音を立てれば、ここに自分たちがいることを知られてしまう、と本能的に理解していたのだ。

 上に“いる”気配を、感じながら。

 それが変わったのは、三日目だった。

 突然、外で大きな音がした。


 何かがぶつかる音。

 ガラスの割れる音。

 金属が軋む音。


 ――事故か。


 誰かがそう呟いた。


 その直後だった。


 ドンッ、ドンッ、と三階から連続して音が響く。


 複数の足音。


「……来る、か?」


 ハルが息を呑む。

 だが――違った。

 足音は1階に繋がる階段には向かってこなかった。

 窓の方へ、一直線に。

 次の瞬間。


 ガシャァン!!


 ガラスが一斉に割れる音。


 そして。


 ドン。

 ドン。

 ドン。


 重たいものが、落ちる音。


 何度も。

 何度も。


 誰も動けなかった。


 ただ、聞いていた。


 落ちていく音を。


 やがて。


 ――静かになった。


「……終わりか?」


 ナオトが初めて口を開く。


 ツバサは答えなかった。


 代わりに、ゆっくりと階段へ向かう。


 足音を殺しながら、二階へ上がる。

 そこはママが一人でやっているスナックだった。


「あ、ツバサちゃん!」

 カウンターの内側から立ち上がったのは、スナックのママだった。

 40代の話し上手聞き上手な癒しの存在だった。

「玲子ママ!良かった、無事だった!」

「なんか訳わからないまま閉じこもってたら、上から何かが落ちる音がして……」

「俺、ちょっと見てきます」

「……危ないわよ?」

「でも情報が必要なんで。ママはそこにいてください」

「分かった。気を付けて」

「はい」

 ツバサは息を整えて、さらに上へと足を進めた。


 三階へ続く階段は、妙に静かだった。

 さっきまで確かに響いていた足音が、嘘みたいに消えている。

 それが逆に、不気味だった。

 階段を上がりきる。

 レストランの扉は、開いていた。

 ゆっくりと、中を覗く。


 ――誰もいない。

 割れた窓。

 倒れた椅子。

 テーブルの上には、食べかけの料理がそのまま残っている。

 だが、人の姿は一つもなかった。

 窓際に近づいて、割れたガラスから下を見た。

 路上に、いくつもの“それ”が転がっている。

 動いてはいない。

 動けないのか、それとも――。

 ツバサはそれ以上確認しなかった。

 視線を切る。

「……いない」

 小さく呟く。

 それが事実だった。

 ビル内の脅威は――消えていた。


 戻ると、全員がこちらを見た。

「どうだった?」

 シゲトの声。

 ツバサは短く答える。

「三階は空。窓から全部落ちてる」

「……マジかよ」

 ハルが力なく笑う。

 安心なのか、恐怖なのか、自分でも分からない顔だった。

「二階は?」

 ナオトの問いに、ツバサは首を振る。

「ママがいる。無事だ」

 その言葉に、全員が小さく息を吐いた。

 それだけで、十分だった。

 そこからの数日は、奇妙な均衡の上にあった。

 二階には玲子ママ。

 三階は無人。

 一階は自分たち。

 三フロアが使える。

 それだけで、生存率は跳ね上がった。

 水はある。

 酒もある。

 乾き物も、多少はある。

 レストランにはそれなりの食料もある。


 ――だから、生き延びられた。


 ただ、それだけだった。


 だが、時間は味方ではなかった。


 食料は減る。水も減る。衛生面は最悪だ。

 外には出られない。

 音を立てれば終わる。


 静かに、確実に、削られていく。


「……あとどれくらい持つ?」


 シゲトの問いに、誰も答えなかった。

 答えが、分かっていたからだ。


 5日目の夜。

「……私、出るわ」

 玲子ママが言った。

 二階のカウンター越しだった。

「ここにいても、ジリ貧でしょ」

 軽く笑っていた。

 いつもの調子で。

 だから余計に、誰も止められなかった。

「……外、危ないっすよ」

 ハルが言う。

 だが、声に力はなかった。

「危ないのはここも同じよ」

 ママはあっさりと言った。

「だったら、動けるうちに動くわ。この店にあるものは全部あんたたちにあげる」

 正しいかどうかは、分からなかった。

 ただ。

 誰にも否定できなかった。

 翌朝。

 ママはいなかった。

 静かに、いなくなっていた。

 残されたのは、カウンターの中に置かれたグラスと、飲みかけの水だけだった。


 それでも。


 四人は、生きていた。

 生きてしまっていた。

 それが、重かった。

 もう季節は変わろうとしていたが、表の状況は見ている限り収束する気配はない。

 時々、車が通るが、店に突っ込んだりやりたい放題のチンピラばかりだった。

 

「……もうさ」

 ハルが呟く。

「無理じゃね?」

 誰も否定しなかった。

 否定する材料がなかった。

 空気が、崩れかける。


「……少し、休もうぜ」


 その声で、ハルが二階から見張り、他の三人は三階ので休憩を、ということになり、階段をノロノロと上がっていく。

 それから少し時間が経ち、真夜中になった頃。


 ビルに近づいてくる人影があった。

 ハルが緊張して見つけていると、それはよく知った人だった。

 思わず声をかけてしまう。


「かる……さん?」


 その声にこちらを見た男はハルのよく知った人だった。


「ハル!?ハルよね!あんた無事だったの!?」

「は、はいっ!かるさんこそ無事で……!」

「あんただけ!?」

「いえ……!俺のほかに三人残ってます!誰も噛まれてません!」

 そこにいたのは。

 ゾンビの肌色をしたよく知った先輩だった。


 迎えに来た。

 避難所へ連れて行くから支度して。


 その言葉がどれだけ頼もしくて夢のようだったか。

 

 簡単に荷物を準備して、店を出る。

 走る。

 振り返らない。


 ゾンビの影が、視界の端で揺れる。

 車に飛び乗る。

 ドアが閉まる。

 アクセルが踏まれる。

 ビルが遠ざかる。


 まるで映画のように危険な街から離れ、たどり着いたのは光の向こうだった。

 

 そこで風呂に入ったとき。

 湯気の中で、現実感が戻ってきた。

 温かい。

 それだけで、涙が出た。

 飯を食ったとき。

 味がした。

 それだけで、また泣いた。

 自分たちが生き延びた理由は、ただ一つ。


 運が良かった。


 それだけだ。


 だからこそ。


 ――今度は、自分たちが守らなければならない。


 この場所を。

 助けられた場所を守ることが恩返しだ。

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