42 島の防衛について
お茶を飲んで一息ついてから動き出す。
「じゃあさっそく働いてもらうわよ」
迦楼羅が腕を組んで言う。
「ツバサ。アンタ、この島の防衛面見なさい。元自衛官なんでしょ?」
「了解です」
短く返す声に迷いはなかった。
こういう“役割が明確な状況”は嫌いじゃない人のようだ。
「結花さん、案内お願いできますか」
「もちろん。まずは一番に見て意見が欲しい場所があるの」
「分かりました」
そう言って立ち上がる私の後ろをツバサくんが追ってくる。
――外に出た瞬間。
彼の目が周囲を見渡した。
周りの状況を「見る」ことを良く知っている視線だった。
空気が違う。
市街地とは別物だ。
音が少ない。
視界が開けている。
そういったことを確認しているのが分かった。
「……静かですね」
「ええ、基本的に人もいないから。海の音くらいかしらね、大きな音って」
「でもそれは自然音で物理的な音ではないでしょう?車の音だったり、銃声だったり」
「そうね」
「つまり……侵入者が音を立てれば即わかるってことです」
「……なるほど」
まず見たのは――海。
そして、背後にある鳥居。
「あそこ……」
「そう。まずあそこを見てほしいの。この島、基本的にあそこの鳥居からしか向こうと出入りできないから」
私が指差す。
今は開く時間じゃないから鳥居の向こうに見えるのは森と社だ。
「あそこから出入りできる条件は?」
「……ごめん、それは迦楼羅と相談してから開示する話にさせてくれる?でも、向こうからの出入り口はあそこしかないのは確か」
「……了解です。なら、あそこを守ることが最も大事ですね」
「そうなの。でも、向こうで物資調達もまだまだしなくちゃいけないから、バリケードを作るわけにもいかなくて、ずっとあのままなの」
「……なら、鳥居の前にバリケードは“作らない”前提で考えます」
ツバサくんが即答した。
「え?」
「完全封鎖は不可。出入りがある以上、固定防衛は逆に弱点になります」
鳥居の方へ視線を向けたまま続ける。
「ここ、“開いた瞬間”が一番危ない」
ぞくり、とした。
「……どういうこと?」
「向こう側の状況が読めないまま、ここに直通する。つまり、ゾンビでも人間でも、“ゼロ距離で侵入される可能性がある”」
「……確かに」
今まで、そこまで考えてなかった。
「なので、こちら側の防衛ラインは鳥居の前じゃない」
ツバサくんが、くるりとこちらを振り返る。
「――“二重”にします」
「二重?」
「はい。第一ラインは鳥居。これは監視だけ。ここでは止めない」
「止めないの?」
「はい。止められないからです」
はっきり言い切る。
「代わりに、“通した後に止める”」
そう言って、地面を指でなぞるように示した。
「第二ラインを、少し下がった位置に作る」
「……なるほど」
思わず頷く。
「ここなら、距離が取れる。人間なら制止できるし、ゾンビなら対処できる」
「確かに……」
「あと」
ツバサくんは周囲を見渡す。
「遮蔽物が少ない。これは利点です」
「利点?」
「はい。見通しがいい。なので、第二ラインは“低くていい”」
「低くていい……?」
「乗り越えられてもいいんです」
「え?」
「重要なのは、“通した後に減速させること”なので」
ああ、と納得した。
「動きを止めるんじゃなくて、鈍らせる」
「そうです。その間に対処する」
完全に“戦い方”の発想だ。
「ツバサくんならどう考える?」
「……そうですね。まず車で入ってくる前提で考えるのなら、鳥居からまっすぐの進行方向に木でも土嚢でもいいので道を作る。入ってきた車がその方向にしか進めないように。そしてこの第二のラインにスパイクトラップを仕掛けます」
「スパイクトラップ?」
「ええ。板に釘を固定して、車が踏むと確実に刺さるように工夫した罠のことです。すぐに動けなくなるわけではないですが、数百メートルも走れば車は動かなくなります。目立たないように土をかけておくほうがいいですね。なので、あの鳥居から第二ラインに当たる場所にそれを仕掛けておくのがまずはいいかと。それから併せてここに誘い込むための土嚢の道を作る。こちらに入ってきた敵を逃がさないようにするのがまず防衛では大事です。逃がせば、仲間に情報が渡ってしまうから。そうなれば、もう情報の流布は止められなくなる」
淡々とした口調だった。
でも、その内容ははっきりと重い。
私は一瞬、言葉に詰まる。
「……つまり」
ゆっくり確認する。
「入ってきた相手は、基本的に“外に戻さない”前提ってこと?」
「はい」
ツバサくんは迷わなかった。
「少なくとも、正体不明の相手に関しては」
風が吹く。
さっきまで心地よかったはずの海風が、少しだけ冷たく感じた。
「……厳しいね」
「現実です」
即答だった。
「ここが安全な場所だと知られたら、どうなりますか?」
「……人が来る」
「それだけならいいですが武装していたら?」
何も言えなかった。
「ここを知られれば、奪いに来る人間は、必ず出ます」
静かに断言する。
「食料、水、寝床。全部揃っている場所ですから」
図星だった。
ここは“理想的な避難所”だ。
だからこそ――狙われる。
「なので」
ツバサくんが、少しだけ声を落とす。
「防衛は、“ゾンビ対策”だけじゃ足りません」
「……人間対策」
「はい」
しばらく沈黙が続いた。
考える時間だった。
覚悟を決める時間。
「……わかった」
私は息を吐いて、頷く。
「全部は無理でも、できる範囲でやる」
「それで十分です」
ツバサくんも頷いた。
「じゃあ、優先順位つけましょうか」
自分の中で、切り替える。
「第一に監視。第二に減速。第三に対処」
「はい、妥当です」
「誰かが鳥居を潜った瞬間、音が鳴るようにしたいね。それなら私たちの出入りには問題ないし。スパイクトラップはすぐ作れる?」
「資材次第ですが、簡易なら今日中に」
「じゃあ最優先でやろう」
「了解です」
鳥居の方をもう一度見る。
静かだ。
何も起きていない。
でも。
(ここが一番危ない。でもここがないとまだまだ準備が足りない)
今ならはっきりそう思える。
「……結花さん」
「なに?」
「いい場所です、ここ」
少しだけ、柔らかい声だった。
「海と山と、自然と……。ちゃんと守れば、長く持ちます」
「……うん」
小さく笑う。
「守ろう。みんなで」
「はい。俺ができることは何でもしますから遠慮なく使ってください」
「ええ、頼りにしてるわ」
この島を守る戦力が確かに増したことを私は嬉しく思っていた。




