39 お買い物珍道中
車に乗り込んだ5人は無事に店を離れられた。
軽に男5人はかなり狭いが贅沢は言えない。
念のため、とこちらに来る時は真夜中の12時にゲートをくぐったのが幸いして、自分たちに目をつけているであろう生存者グループに後をつけられた様子はなかった
今の世の中では、普通に走っている車があるだけで目立つ。だからこのまま明け方にゲートをくぐることができれば一番良いのだが。
まだ暗い午前3時過ぎの道を北上していく。歩道にはあまり放置車両がないことは来る時に確認していたので問題ない。
「あの、かるさん」
「なぁに?」
「避難場所にお邪魔させてもらえるのは本気でありがたいんですが、子どもがいる場所に俺らのこの恰好まずくないですか?」
見れば、四人ともくたびれた汗だくの店の服のままだ。着の身着のままだったことを思えば仕方ないのだが。
「ちょっとよろしくないわね……」
「どっかで着替えとか……」
「アンタたち、誰か財布持ってる?」
「……一応ある。でも今の情勢で金が使えるとこなんてあるか?」
「いくらあるの?」
「6万ってとこだ」
「まあそれだけあれば、安いのなら全員分いけるでしょ。大事なのは全員分着替えも含めて揃えることね。確か、途中に作業着専門の店があったから、そこでアタシとアンタたちの着替え一式調達してきましょう。ゾンビがいるかもだからアタシも行くわ」
ユウキと彩羽の前にこんなくたびれたギラギラした格好のおっさんたちを並べるのは風呂上りでも非常によろしくない。
自分はずっと私服だし、そこまで考えていなかった。
なので、全員分の着替えをまずは手に入れようと、全国チェーンの作業着専門店の看板が道中にあったことを思い出し、ゆっくりと歩道と道路を行き来しながら進んでいく。お目当ての看板を見つけ、駐車場に入る。駐車場には車もなければゾンビもいなかった。
店の入り口はご多分に漏れず壊されでいたので、中には入れるようだった。
迦楼羅は先頭でヘッドライトをつけ、バールを持って4人を連れて店内に入った。
店の中は、薄暗かった。
割れたガラスから差し込むわずかな外光だけが、棚の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
品物は通路にいくつか落ちてはいる。
だが――さして荒らされてはいない。
「……当たりね」
小さく呟く。
作業着や安全靴、手袋、夏用のシャツ。整然と並んだままの棚が残っていた。
「すげえ……ほぼそのままじゃねえか」
「こういうとこ、食い物ないから取りに来るのは後回しなんだろうな」
シゲトが周囲を見渡しながら言う。
「油断しないで。こういう場所に限って“残り物”がいることあるから」
バールを構えたまま、ゆっくりと奥へ進む。
――静かだ。
不気味なほどに。
(……いない?)
耳を澄ませても、あの独特の擦れるような足音やうめき声は聞こえない。
「よし、手分けするわよ」
振り返って指示を出す。予備の懐中電灯を渡すのを忘れない。
「ナオトとツバサはサイズ見て動きやすい服や下着を中心に。シゲトは靴。ハルはリュックとか袋探して。全部持てるようにする。余裕があったらキッズものを男女130センチくらいまでで。あ、言ってなかったけど、子供は男女1人ずついるから」
「了解」
動きが早い。
さすがに極限状態を生き延びてきただけある。
迷いがない。
(……使えるわね、この子たち)
内心でそう評価しながら、自分も棚を物色する。
女性用の作業着コーナーから、シンプルな上下を選ぶ。ついでにインナーも適当に選んだ。
(女性ものはさすがにアタシが見たほうがいいでしょ)
その時。
――ガタン。
奥のバックヤード側から、何かが落ちる音。
全員の動きが止まった。
「……いるな」
ナオトが低く言う。
迦楼羅はバールを握り直した。
「アタシが行く。アンタたちはそのまま回収続けて。できるだけ音立てないようにね」
「一人で大丈夫か?」
「問題ないわ」
むしろ、ゾンビに不慣れな足手まといがいる方が危ない。
ゆっくりと足を進める。
バックヤードのドアは半開きになっていた。
中は暗い。
だが――いる。
気配が、ある。
ドアを少し押し開ける。
軋む音。
その瞬間。
奥から影が飛び出してきた。
「っ!」
反射でバールを振る。
鈍い音。
倒れる影。
――ゾンビだ。
店員だったのだろう、汚れたユニフォームを着たまま、顔はすでに原型をとどめていない。
一撃で動かなくなるが、念のため頭を潰しておく。
「……一体だけ?」
周囲を確認する。
他にはいない。気配もない。
試着室にかかっていた懐中電灯で念のためバックヤードを照らしてみるが、ただ散らかっているだけだった。
息を吐いた。
「終わりよ。安心していいわ」
声をかけると、四人が少しだけ緊張を緩めた。
「……やっぱすげえな、かるさん」
「感心してる暇あったら手動かしなさい」
「はいはい」
軽口が戻る。
それだけで、空気が少しだけ“人間のもの”に戻る。
やがて――。
「こんなもんでいいか?」
ナオトが抱えきれないほどの服を持ってくる。
「上等ね。サイズも問題なさそう」
「靴も揃った」
「袋も見つけました!」
ハルが大きなバッグを掲げる。
「よし、それじゃ着替えるわよ」
「え、ここで?」
「外よりマシでしょ。入口見張るからさっさとやりなさい。あと、ナオト、6万、レジに置いてきなさい」
有無を言わせない。
四人は苦笑しながらも従った。
数分後。
店内には――さっきまでの“ホスト”ではない、全く別の姿の男たちが立っていた。
無骨な作業着。
動きやすい靴。
余計な装飾は一切ない。
「……いいじゃない」
腕を組んで眺める。
「ちゃんと“働ける人間”に見えるわよ」
「さっきまでの俺らはなんだったんだよ……」
「ゴミね」
「即答かよ!」
笑いが起きる。
ほんの少しだけ。
でも確かに――“生きてる人間の笑い”だった。
「よし、じゃあ、アタシも着替えさせてもらうわね」
その場で迦楼羅も上から下まで新品に着替え、靴も履き替えた。
うん、服を着替えるだけで気持ちが切り替わる。
あの島へ「帰る」という意識が強くなる。
「さて行くわよ」
迦楼羅は踵を返す。
「今度こそ帰る。“うち”に」
「ちょっと待ってくれ、迦楼羅。向かい側のバイクショップ。あそこも行っておきたい」
ナオトの言葉に眉を顰める。
「バイクショップ?なんで?」
「あそこならプロテクトインナーがある。バイク用のプロテクターも。あと、全員分のヘルメットも確保したい。バイクのメットは頑丈だからな」
そういえばナオトはバイク持ちだった。そういった専門用品には詳しいのだろう。
「……ヘルメット。うん、それは欲しいわね」
「あと、5万ある。これで買える範囲で買おう」
「まだ持ってたの!?」
「ツバサが持ってた」
「ナオトさんに巻き上げられました!」
と自己申告するだけかわいいかもしれない。
ちょっとだけ5人で笑って、バイクショップへ行くと、店員ゾンビを二体「お掃除」し、全員分のヘルメットとグローブ、インナー、バイク用のプロテクターを身に着け、荷物を何とか車に積み込み、足元にまでぎゅうぎゅうにして、今度こそ帰り道を進む。
朝6時、青白くほのかな光のわずかな時間を無事に潜り抜けて、車は神集島に到着したのだった。




