37 この島に必要なもの
無事に帰ってきた桃ちゃんにパジャマのまま彩羽ちゃんが抱き着き、迦楼羅にユウキが抱き着いた。
軽トラの荷台にみっちり詰まった荷物を下ろす時にも二人は桃ちゃんと迦楼羅から離れなかった。無理もない、一晩いなかったことなんて初めてだったからね……。
「よし、それじゃ向こうで何があったか聞かせてもらう時間だよ」
朝ごはんの後、全員で市庁舎のロビーに集まった。
「あー、それ、彩羽とユウキには聞かせたくないから、あたしは二人と外れてていい?迦楼羅がいれば大丈夫でしょ」
「そうね。アタシが話すわ」
「じゃあ、話は私と迦楼羅と千里で。桃ちゃんは二人をよろしくね」
「了解。彩羽、ユウキ、三人で向こうでアニメ見ようか?」
「わー!見る見る!ユウキくんの好きなのでいいよ!」
「彩羽ちゃんの好きなのでいいよ。僕、何でも楽しいから」
手を繋いで仲よく去っていく二人を桃ちゃんが追いかけていく。
「さて、それじゃ、昨日のこと話すわね」
迦楼羅の前にはインスタントコーヒー。
コーヒーが飲みたいと言われたので、インスタントので良ければ、と淹れたばかりで、辺りにはコーヒーの香りが漂ってる。
「昨日は、本当は予定通りの時間に帰るつもりでいたのよ……」
昨日の夕方、予定通り6時にゲートをくぐるつもりで神社近くを走っていた時、着かず離れず、この車を追ってくる不審な車両に気づいた。脇に停まってやりすごそうとしても抜いていく気配もない。
それは、あの時絡んできたスモーク貼りの車で間違いなかった。あんな悪趣味な車はこんな荒廃した世界でもそうそうない。
「……どうする?」
「今帰るわけにはいかないわね……。一緒には着いてこなくても、バレたら明日にでも乗り込んでくるかもしれないわ」
「そうよね……。じゃあ撒くしかないね」
と、その車をつかず離れずで着いてこさせて一晩中引きずり回し、適当に山の中に誘い込んだ。山の上のホテルの敷地内へ入ったところで、そのまま一度軽トラから降りる姿を見せ、ホテルの中に入る。
そこにはゾンビこそいなかったが、荒れ果てた廃墟ホテルで人の気配はない。
「おいおまえらぁ!いるのは分かってんだ!出て来い!」
「どうしてああいう奴らって語彙力ないのかしらね……」
「でかい声出しゃいいと思ってんのよ、バカだから」
「桃ちゃん辛辣ぅ」
「真実だもの」
フロントのカウンターの陰に隠れた二人が小声で話し合う。
「どうする、迦楼羅」
「諦めて帰ってくれれば一番いいんだけどねえ」
「ゴ〇ブリってしつこいのよ?」
「まあ確かに頭は黒光りしてるわね。このご時世であんだけ脂ぎってるのって顔も髪もまともに洗えてないからでしょうけど」
「迦楼羅も大概辛辣よ」
「不衛生なの、うちの相方大嫌いだからねえ」
適当な軽口をたたいている間にも、ヒステリックな怒鳴り声が響く。
「おらあ、出てこねえと表の荷物燃やしちまうぞ!!」
なんだと?
それはさせるわけにはいかない。脅しかもしれないが、こういう短絡思考の相手は何をするか分かったものじゃないのだ。
2人で頷きあってフロントから立ち上がる。見えない位置で、その手に即席の武器を持って。
「いやがったな!おい、こっち出て来い!」
「お断りよ!その手に持ってるもので殴られちゃたまらないわ!」
全力で迦楼羅が拒否すると、こちらに一直線に向かってくる。
ゾンビみたいにふらふらしてるわけではないので、結構なスピードだ。だが一直線すぎる。
桃が全力で手に持っていたフロントの棚にあった分厚いファイルを投げると、勢いがついていたのと、相手が一直線に向かってきたため正面からクリーンヒット。マンガかアニメのようにきれいに後ろに倒れこんだ。
それを見た仲間たちが浮足立っている隙を逃さず、迦楼羅と桃は軽トラまでダッシュし、乗り込んで発進した。
夏が近い朝は明るくなるのが早い。ライトをつける必要もなく山道を駆け下りると、神社まで走り、朝6時のゲートをくぐった。
「と、まあそういうことよ」
「……なんていうかお疲れ様だったわね」
やっぱりそういう輩がいたのか……。
うん、ますますこっちに籠城を本気で考えたほうがいいかもしれない。
「あのね、昨日、2人が戻ってこなかった時に考えてたんだけど……」
と、私はノートを広げて見せた。
・帰還予定時刻を過ぎた場合の行動指針を決める必要あり。
・捜索に出るか、待機するかの判断基準。
・子どもたちの安全確保を最優先。
・最悪の場合の籠城強化。
現実的に対処しておいたほうが良いと思ってとりあえず書いた項目だ。
「この島の”今”を守るために、何が必要かみんなで考えたいの」
「……そうね。結花の懸念は正しいわ。今の六人は団結してるし良い空気で暮らせてると思う。でもやっぱりアタシは足りてないと思うの」
「足りてない……?」
「ええ。具体的に言うと専門家が。防災に関しては結花がプロだから問題ないけど、できればアタシはモノづくりや防衛のスペシャリストが欲しいと思ってるわ」
「……」
「今回は逃げきれたけど、あいつらにここを見つけられたら、確実に乗り込んでくると思うし、その危険は大きい。ならその前にもっとこの島の備えを固めて、子どもたちをちゃんと守れるようにしておくべきだと思うの」
「そうね。子どもたちを守ることが一番だわ」
千里が迦楼羅の言葉に頷く。
「でも、子どもたちを守るためには、大人である私たちもきちんと生き残ることが大前提よ。特に彩羽ちゃんは、成宮先生が生きていることであの子の生きる力になるし、先生も彩羽ちゃんのために生きることを諦めない人だと私は思ってる」
さすがガチ勢、桃ちゃんの生きる理由を正確に把握してる。
「でも、ここに住人を増やすリスクはあるよ。特に……迦楼羅と桃ちゃんのこと」
「分かってる。アタシに何人か心当たりがあるの。……生きててくれたらいいんだけどね」
迦楼羅が心配そうに眉を寄せて呟く。
必要な専門家……。
その人たちがこの島に来たらどうなるんだろう……。
少しだけ不安だけど、迦楼羅の「心当たり」に今は任せるしかないと思った。




