35 人間とゾンビの間
リストを手に、迦楼羅と桃ちゃんが早朝のゲートを抜けて行った。
早ければ12時に。遅くなっても夜9時には帰る、と言い残して。
無事に帰ってきてね、2人とも。
見送りに手を振るユウキと彩羽ちゃんの「いってらっしゃーい」という無邪気な見送りがなんだかとても心を震わせた。
うん、地獄だ。
迦楼羅と桃はゲートの先で見たその光景に、息をのんだ。
空気すら穢れ切ってしまったかのような朝靄の中に見えるのは大量のゾンビたちの群れだった。
まだ比較的綺麗な服を着ているゾンビが多いのは、どこかの避難所で感染が溢れたのだろうか。
「……人類終わった?」
桃の言葉に、迦楼羅が答える。
「まだ終わってないわよ。いるでしょ、人類」
「そうね。うちの可愛い娘とアンタの暫定息子もいるし。あたしたちもまだ一応人類側のはず」
「そうそう。だからあの子らの為にもアタシらが頑張らないと。さて、まずは……スポーツクラブ?」
「ええ、リストにあるのよ。おそらく、郊外のスポーツクラブはまだ略奪対象じゃないって書いてある。まあ食料とかないわよね、スポーツクラブじゃ」
「精々自販機くらいかしらね」
「でも、スポーツクラブの購買にはそれなりのものがあるって。通ってたジムがそうだったから、スポーツクラブは大差ないと思うって書いてあるわ」
「予算は?」
「3万円」
「了解」
アクセルを踏んで、郊外へ向かう。道路の放置車両は相変わらず多いが、軽トラなら歩道も使って走れないことはない。スピードは大して出せないが。
20分ほど走って、駅からの無料送迎バスあり、と書かれた看板のあるスポーツクラブの駐車場に入る。そこにもゾンビは多かった。
だが、これだけゾンビがいれば、人間は近寄れないし近寄らない。
ゾンビより秩序をなくした人間のほうが怖い、と迦楼羅と桃は身に染みていた。
「じゃあ、まずは」
「購買は二階って書いてあるわね。ロビーに入ってアタシが階段への通路を確保するから、桃ちゃんはダッシュで上へ」
「分かった」
軽トラを出ると、そのまま入口へ走りながら、駐車場をふらふらしていたゾンビ数体を「始末」する。
すっかり使い慣れたバールと鉄パイプは今まで何体のゾンビを屠ってきただろうか。
開きっぱなしの入り口に入ったところで、受付カウンターの陰から一体のゾンビがフラフラと出てきたが、バールのフルスイングで完了だ。
「桃ちゃん、階段そっち!」
カウンターの向こうの階段を上がると、そこは売店だった。特に荒らされた様子はなく、結花の読みは正解だったようだ。
「ええと……プロテインに、ビタミン剤まであるのね、こういうとこ」
リストにあるものを調達してもまだ予算が余っていたので、ユウキと彩羽の為の夏用の着替えと水着を入れる。これは桃の独断だ。
「迦楼羅、終わった!」
「よし、じゃあ離脱……と、お客さんがいっぱいよ」
階段の下には音に誘われたのか、ゾンビが文字通りうじゃうじゃ集まって、階段の上に向かって手を伸ばしていた。
それは二人を獲物と思っているというより、音が聞こえたところへ向かって手を伸ばしている、という反応だった。
「こいつらこの建物の中にいたってことよね」
「まあスポーツジムだし、休日だったから来てた人も多かったんじゃない?」
「その可能性が大ね」
階段を降りれば、入口までは10メートルもない。
あいつらは自分たちには手を出せない。
ならやることは一つ!
「飛び降りて、入口までダッシュよ、桃ちゃん。荷物はアタシが持つわ」
「分かった、よろしくね」
3 2 1……!
カウントダウンをして、同時にゾンビの群れの中に飛び込む。
だが彼らは二人を獲物と認識できないままなのかスルー状態だ。
ゾンビのイモ洗いの中を入口まで逃げ切り、駐車場の軽トラへ走って乗り込む。
「ふー、まず一か所終わりね」
「桃ちゃん、水ちょうだい。さすがに喉乾いたわ」
「ん、どうぞ。あたしも一本もらうわね」
次に向かうのは、もはや懐かしさすら感じる、結花と出会ったホームセンターの別店舗だ。
かなり荒らされているとは思うが、今回必要なのは食料などではないため残っている可能性が高いと書いてあった。
「ほんとあの子、防災に関してはプロね。最初の段階で水や食料や衛生用品をきっちり確保してて、その上で必要なものをこうしてリスト化できるんだから」
「でしょ?アタシの相棒はできる子なのよ」
そのまま郊外のホームセンターに着くと、そこは荒らされた痕跡があり、大きめのワンボックスが停まっていて、荷物を物色している集団がいた。
「……いるわね」
「さすがに並んで楽しくお買い物、も無理だし、バックヤードへ回りましょう」
駐車場の外周を回り込んで、バックヤードのある入り口に乗り付ける。
結花から、表からは入れないようならバックヤードから、とアドバイスを受けていて助かった。
バックヤードには従業員らしきゾンビが何人かいたが、店内のほうから聞こえる音に誘われたのか迦楼羅と桃には見向きもしないで、店内へと向かっていく。
「よし、じゃあバックヤードからまずリストのもの探しましょ」
「ええ。ええっと……まずは、と」
大抵のものはバックヤードで揃ったが、迦楼羅にはどうしても手に入れておきたい工具類があった。なので、そっと店内のほうに移動し、工具のコーナーへ向かう。
「ん、あったわ。このあたりね」
工具棚からお目当てのものを掴んだところで、懐中電灯の光に照らし出された。
一瞬眩しいとは思ったが、先に向こうがはじけるように逃げ出した。
「ゾンビ!まだゾンビいた!逃げろ!ここ多すぎる!」
店内にいた物色部隊は、迦楼羅をゾンビだと思い、脱兎の勢いで店から逃げ出した。店内をうろうろしていたゾンビは10体。自分も含めて11体はいると思われたのか。
「……まあいいわ。おかげでゆっくり探せるし」
迦楼羅はお目当ての工具をカートにまとめるとカウンターに代金を置き、バックヤードで待つ桃のところに戻った。
「お待たせー、桃ちゃん」
「……大丈夫?アンタ」
「何が?」
「ゾンビだって言われてたでしょ?」
「まあ間違っちゃいないし」
肩をすくめて皮肉気に笑う。
「あの人たち、お目当てのものちゃんと買えたかしらねえ」
「……次、行きましょうか」
「ええ。今日はあちこち行かなきゃいけないから次よ、次」
ホームセンターを終えて結花の次のリストの指示は種子を販売している店だった。
そこにあったのはまさにこれから島の生活に必要な「栽培」の元だ。
野菜、果物、小麦、種籾。
水田は休耕田があったのを確認済みだ。水を引き入れる農水路も壊れてはいなかった。広さも150坪程の典型的な広さの田んぼだったので、あそこを今年中に使えるようにしようとみんなで話していた。
「苗箱ってこれね」
そこはいまだ手付かずの状態で、栽培まで考えているような避難者はまだいないはず、という結花の読みは当たっていた。
「あのこすごいわね」
「ええ。アタシの相棒だもの、当然よ」
「もうそれ聞いた」
「何回でも自慢するわよ」
結花は本当にすごい。
備蓄の的確さもだが、生き延びる、という意志が強い。
その意志に引きずられ、迦楼羅は彼女と行動を共にしようと決めたのだ。
そして傷ついた友人を見捨てない優しさと保護した子供を大事にしようとするあり方は、とても正しい人間で見ていて眩しくなる。
「(そんなあの子のそばにいつまでアタシがいていいのか落ち着いたら考えないとね……)」
まずはあの島を完全な安全地帯にする。それが今一番大事なことだ。
夏が近い夕方はまだまだ明るい。人は出歩いていないが、ゾンビはいる。
「桃ちゃんどうする?今なら6時にゲート潜れるけど」
「やめときましょ。アンタも気づいてるんでしょ?」
「まあ露骨だしね……。あの車、この間の奴と同じじゃない?」
着かず離れずで着いてくる車がいることには気づいていた。
趣味の悪いスモークの大きめの乗用車。
「そうよね、あいつらだとアタシも思うわ」
「車のナンバー覚えられてたのかしらね」
「おそらくね。まずったわね。結花の軽自動車のナンバーと付け替えておけばよかったわ」
「今さら言っても仕方ないわよ。いっそ明日までこっちにいる?今下手に帰るのは絶対まずいわ」
「そうね。それじゃ桃ちゃん。アタシと一晩デートしましょうか」
「同伴?」
「よくしたわね」
「迦楼羅との同伴は楽しかったわよ?」
「アタシも、桃ちゃんとの同伴はいつも楽しかったわ」
今は遠くなった人間だったころの思い出を話せる相手がいるのは少し嬉しかった。
約束した帰る時間は一脱してしまうけど、たぶん結花は安全のためだと説明したら許してくれる。ユウキには泣かれるかもしれないが。
「じゃあ、神社から思い切って離れましょうか」
「そうね。まだガソリンは満タンだし」
「あいつらたぶんずっとついてくる気だから、無理に撒いたりしないで、ガソリン使わせてガス欠にするのもありね」
「性格悪いわねー。でも賛成」
眠らなくても平気な体だから、彼らを引きずり回して疲れさせることに決めて、ゆっくりとアクセルを踏んで郊外へと向かった。




