34 島の生活
桃ちゃんと彩羽ちゃん母娘の住まいは市庁舎の近くにあった小学校に決まった。
来年から小学生になるはずだった彩羽ちゃんにとって「小学校」は憧れの場所だったから、らしい。
ホテルから使えるベッドなどを持ち込んで、おそらく宿直室であったのだろう場所を二人の部屋にした。
ベッドを片手で持ち上げる桃ちゃんを見て「ママかっこいい!」と彩羽ちゃんが絶賛してした笑顔がとても可愛ったなあ。
千里はまだ一人にしておくのも不安だったので、まだしばらくは市庁舎で一緒に暮らすことにした。ユウキが「ちーねえ」と慕っているので、少し笑顔も戻ってきている。
ところで、防災において最も困り、切羽詰まる問題はトイレだ。現実の避難場所でもこれが一番の問題になると言っても過言ではない。
避難場所のトイレから感染症が発生した、なんて話も多々ある。だから衛生問題を私は軽視しない。
防災用のトイレはかなりの数を準備していたけど、生活するなら足りるわけがない。かと言って、水洗トイレも下水もない以上、他の手段を考えるしかない。
なので、リサイクルを前提に考えて、前々から興味のあったコンポストトイレを作ることにしたのだ。
場所はとりあえず市庁舎と小学校に二か所がいいだろう。手を洗う場所は近いほうがいい、と思い、市庁舎のほうは表の駐車場の花壇部分にテントをはり、そこに民家から持ってきたポータブルトイレを設置するところから始めた。手洗いは、おそらく洗車のために設置されていた駐車場の水道に石鹸とタオル掛けを設置した。
小学校のほうは、目下、桃ちゃんが場所を選定中だ。
それまでは申し訳ないけど市庁舎のほうに来てもらうしかない。
匂いの問題は腐葉土で解決することにして、山へ行き枯れ葉を集め、米ぬかと合わせて、腐葉土を作る準備をした。
そして腐葉土が潤沢にできるようになったらコンポストトイレに移行だ。
半年もあればできるはずだ。
季節はそろそろ夏が近くなってきていて、この暑さなら半年より早くできるかもしれない。
季節が巡り、畑のほうもかなり良い感じに実ってきている。
一番に植えたトマトとなすはそろそろ収穫できるし、ズッキーニと枝豆もそろそろいい感じだ。
子どもたちには収穫を手伝ってもらって、自分たちで育てた野菜を食べてもらうつもりだ。正しい食育になるだろう。
お楽しみも必要と言うことで、畑の周りに植えたイチゴも収穫して、子どもたちのおやつになっている。
個人的に大好きなゴーヤは、そろそろグリーンカーテンとして活躍しつつある。
この島は海からの風があるので、蒸し暑い感じはないが、やはり日差しを遮るものがないとこれからの季節はつらい。
「……そろそろかき氷が食べたくなる季節ね」
イチゴで、ジャムだけじゃなくてシロップも作ろうかな。
桃ちゃんが持ってきてくれた製氷機のおかげで氷を作れるようになったのは本当にありがたい。
あ、でもかき氷器がない……。欲しいな。うん、次の調達リストに入れておこう。
そういえば、山でムクロジの木を見つけたんだけど、あれは秋にならないと実が落ちないんだよなぁ。千里にそれ何?って聞かれたので、石鹸代わりになるんだよ、と教えるとなんか食いついてきたけど。
秋と言えば、できれば今年の秋には挑戦したいのが椿油を作ることだ。
島を見て回ると椿がとても多かった。
そういえば椿油ってあるよね、と思い出し、サバイバル本を読むと、秋に椿から採取できる種で椿油を絞ることができる、という項目があったので今ある油がなくなる前に自前で油を入手出来たら、と思ったのだ。それにヤマモモの木もあった。少し間引きは必要だろうけど。他にもあるかもだから色々探さないと。
やるべきことはまだまだあるが、一つずつしかできないのがもどかしい。
「そろそろ一回買い物に行こうかしらね」
迦楼羅の言葉に頷いた。
ここに来て三か月以上になるが、もうこの2か月は調達には行っていない。大抵のことが島の中で賄えるようになったからだ。
特に大きなこととして、ユウキと彩羽ちゃんに千里が勉強を教えることになった。
千里はこうなる前は小学校の先生をしていたのだ。
ユウキが学校に行けてなかったことを聞き、ちょうど彩羽ちゃんも来年の春からは小学生になると知り「私にできること見つけたわ」と、2人の教師を買って出た。教科書に関しては、小学校に残っていたものを使える、ということで問題なかった。
そして今日は初めての授業の日。
一年生の教室にちょこんと座るユウキと彩羽ちゃんを見る保護者三人が教室の後ろを陣取っていた。
「では、今日からここでユウキくんと彩羽ちゃんの授業を始めます。保護者の皆様の参観は今日だけでお願いしますね?」
千里先生が黒板の前で微笑んで告げる。
ちょっと圧があるんですけど!
はい、分かりましたぁ!
最初の授業は、この島についてだった。
島の大きさ、仕事についての資料が職員室に残っていたので、それを千里なりにアレンジして授業にすることにしたらしい。
神集島。
伊豆諸島の中でも3番目に大きい有人島。
一番大きな島は、この島の3倍以上の大きさがあるらしい。
オリーブの栽培が盛んで、漁業と観光業がメイン産業。
住人は約2000人。小中高校があり、大学へ行くなら本土へ行くしかない。
本土とは海路と空路がある、とのことだった。
未来の日本本土ってどうなってるんだろうか……。
ゾンビが全滅して、人の文明と社会が復興しているのならいいんだけど。
私たちのいた世界は今は地獄だろう。ゾンビのいない場所があるならそこに避難できていればいいんだけど……。
桃ちゃんが一生懸命質問する彩羽ちゃんに感動し、手を挙げて答えるユウキに私と迦楼羅が感動する。
子どもたちの日常が少し色を変えたのはとても嬉しかった。千里に感謝だ。
授業参観が終わり、みんなで市庁舎に帰ってきた。
迦楼羅と桃ちゃんがそろそろ向こうへ行くと言っているので、リストを作り、燃料添加剤を入れて保存しておいたガソリンで軽トラを満タンにする。ガソリンはこれで最後だ。軽自動車に残っていた分は島を回るのに使いきっていたので、私の愛車はもう永遠にガス欠だ。今は市庁舎の駐車場で子供たちの遊具になっている。
少し多めにリストを作った。軽トラ一台で積み切れなければ、もう一台を何とか調達して使う。確かホームセンターには大抵貸し出し用の軽トラがあるはず。
ゲートを通るには小型車でないと無理なのだ。少々回る場所は多いが、迦楼羅と桃ちゃんなら対ゾンビは問題ないし、それ以外も基本的には近寄ってこないはずだ。何せ遠目から見たらゾンビなんだから人間が近寄りたいと思うはずがない。
危機管理、という観点からなら、迦楼羅と桃ちゃんに行ってもらうのが最適解だとは分かってる、分かってるんだけど……。
――嫌な予感が、拭えなかった。




