閑話休題 —不穏
――その頃。
「……逃げられた、か」
男は煙草を踏み潰しながら、低く呟いた。
目の前には、昨夜まで軽トラが停まっていた空き地。
気づかれないように車を変えてまで尾行してきたが、何時間もこの空き地にとどまっていて移動する気配がなく諦めた。
夜になるとゾンビの活動が増すことは分かっていたので、自分たちの身の安全を優先したのだ。
そして翌朝来てみれば、もうそこには軽トラはなかった。見張りを置いておかなかったのは失敗だった。
「ナンバーは控えてるな?」
「はい、バッチリです」
「よし、この辺の奴らには違いねえ。探せ。道はまだきちんと走れるところから来てるとしたら、実は近場に拠点があるかもしれねえ。あそこにはドラストもあった。あんだけ肌を塗りたくるために物資を回収に来たんだろうさ」
「マジでゾンビと同じ肌の色でしたもんね」
「遠目からじゃ見間違えるわ、あんなの。でも、ああいう手段を思いついたのはなかなかの知恵者がいるってことだ。拠点もそれなりに備えてるはずだ」
「あいつら、普通じゃねえ。鉄パイプを指で止めるとか、どういうこった?」
「何かヤバい薬でもやってんじゃねえのか?」
男は、思い出すように目を細める。
……薬だけじゃあれは説明がつかない。
「そういや、あの部屋にいた女。まだ見つからねえのか?」
「影も形もなくなってます。服を漁った痕跡があったんで、着替えて逃げ出したとしか……」
「まだそんな体力残ってたのかよ……」
「あん時近くを走ってた車は赤い軽自動車だったんで、あの軽トラとは関係ないかと思うんですが」
「まあもういねえんだったら仕方ねえな。割といい女で気に入ってたんだけどな」
「でもあの部屋に残ってた物資はまだ少しあったんで回収はしてきましたよ」
「ご苦労だったな。それを含めて、俺らの拠点の食料、あとどれくらい保つ?」
「……正直、保って2週間ってとこっす」
「そうか。よし、明日から郊外にも足を延ばすぞ。あいつらを探すのと、郊外のほうならちったぁ物資も残ってんだろうから集める。ああ、ついでに武器も欲しいから交番にもお邪魔するかな」
あいつらの拠点がどれほど備えているのか、あの軽トラの荷物を見て分かった。
娯楽品を積んでいたということは、娯楽以外の生活は足りている環境と言うことだ。
それは今のこの世の中において楽園でしかない。
酒も、食い物も、ひょっとしたら女もあるかもしれない、あの軽トラが向かった見知らぬ拠点。
「だったらやることは一つだ」
男は空を見上げる。
「全部俺たちがいただく」
必要なのは準備だ。あいつらの拠点を奪う力の準備。
「あいつら、絶対にまた来る」
「……ですかね?」
「ああ、来るさ。物資はいつか必ず尽きる。だとしたら調達に出るしかねえだろ?このあたりの大きな店にはできるだけ網を張っとけ」
その声には、確信があった。
――男の口元に浮かぶ獰猛な欲深い笑みは青い空に溶けていった。




