28 推しは命を繋ぐ
連れて帰った千里を見た桃ちゃんが顔をしかめた。
うん、私も同じ顔してると思う。
「その子は、ホテルのほうに連れて行きなさい。私と彩羽が使っている部屋の隣もベッドが使えるようにしてあるから」
「分かった、ありがとう、桃ちゃん!」
「あんたまで桃ちゃん言うな!」
という声を背に、迦楼羅と一緒にホテルへ千里を連れていく。
まだ目を覚まさないから、ひょっとしたら何かやばい薬でも盛られてたのかもしれない。
でも息は乱れてはない。それが、千里がちゃんと生きている証拠だった。
生きててくれて本当に良かった……。
ホテルの部屋は、桃ちゃんの言った通り、比較的綺麗なシーツで整えられていた。
そこにシーツに包んだままの千里を下ろす。
「その子が飲む水持ってくるわね」
「うん」
迦楼羅に水をお願いして、私は持ってきていたお湯とタオルで、千里の体を丁寧に清拭することに専念した。
あざもある。……殴られたの?
千里をこんな目に遭わせたやつは絶対許さない。
怒りに震えながら千里の体を拭いていると、千里のまつげが震えた。
起きた?起きられる?
「千里!千里!聞こえる!?起きて!」
思わず叫ぶと、私の声に応えるように、千里の瞳が開く。でもその目は暗かった。まるで何も見えていないような……。
「ゆ……か……?」
「そうだよ!迎えに来たの!」
「……遅いよ」
「ごめん」
それから千里がゆっくりと体を起こす。
「あれ……?ここ、結花の部屋じゃ……ない?ホテル……?」
「そうだよ。あの部屋から千里をここに連れて来たの」
「ここが……結花の避難してるとこ……?」
「うん、厳密に言うと、このホテルじゃなくて、この島に、なんだけど」
「……島?」
千里の瞳に少し光が戻ってくる。
避難できた、と理解したのか。
「起きられる?」
「……うん」
頑張って起き上がった千里の体に残っていた汚れは綺麗にふき取ったけど、あざは残ってる。
「……結花の聞きたいことは分かってる」
「……」
「でも少し待って。……お願い」
「千里が言える時になってからでいいよ。でも先に私に言わせて」
「……何?」
「迎えに行くの遅くなってごめん、ほんとにごめんね」
あ、ダメだ、もう我慢できない。
私は千里に抱き着いて思い切り泣いた。
「もっと……もっと早く迎えに行けばよかった……!千里はしっかり者だから、うちの備蓄もちゃんと計画的に使うだろうから大丈夫、なんて楽観してた……!本当にごめん……!」
「……」
千里が黙って私の背中を撫でる。
恨みごとの一つくらい言ってくれていいのに。
「結花……」
「本当にどれだけ謝っても遅いけど……謝らせて……」
「ううん、結花は何も悪くない。避難してきた私を結花にやれる範囲で守ってくれた」
ポツリと私の耳元でささやく千里の声は少し冷静になっていた。
その時、ノックの音がして、ドアを開けると迦楼羅が水を持ってきてくれていた。
「アタシは入らないほうがいいでしょ?他にいるものあったらあとで教えて」
「分かった。メモに書いて廊下に出しておく。今日は私、こっちに泊まるから」
「ええ。みんなには言っておくわ」
ペットボトルを千里に差し出すとゆっくり飲んでくれた。
脱水症状になってなくて良かった……。
「それで……結花……ここが島って……?」
「うん……じゃあ最初から説明するね。質問があったら何度でも聞いて」
それから私と千里は、それぞれペットボトルを二本空にするまで話した。
ここが未来の伊豆諸島であることの証拠は明日見せる、と約束して千里がもう一度眠りにつくのを確認して、私もそばで眠った。
翌朝、まだよく眠っている千里の髪の毛を撫でて、私は千里の着替えを取りに市庁舎に戻った。
するとそこではもうみんな起きていて、朝食の準備が始まっていた。
「おはよう、みんな」
「あ、ゆかねえおはよう!」
ユウキの元気いっぱいの声に何だかホッとする。
「昨日ね、桃ちゃんと彩羽ちゃんと一緒に寝たんだよ!」
「そう。良かったわね」
「うん!彩羽ちゃんに絵本読んであげたんだよ!」
「えらいね、ユウキ」
頭を撫でてあげると嬉しそうに笑ってくれる。うん、この子はこの島の光だな。
「ユウくん、今日も一緒に絵本読もうね!」
楽しそうに彩羽ちゃんがユウキに話しかけていて、順調に2人が仲良くなっていることに安心する。
「おはよう、結花。朝ごはんもうすぐできるわよ。向こうに持っていって食べるでしょ?」
「うん。そうしてくれると助かる」
「じゃあ、できたら、あたしが持っていくわ。彩羽があっちに行きたいみたいだから」
「助かります、よろしく」
私は千里の着替えを袋に詰めると、そのままホテルに戻った。
まだ千里は寝ていた。良かった、起きてなくて。
袋を開けて着替えの準備をしていると、千里が目を覚ました。
「……おはよ、結花」
「おはよう、千里。着替え持ってきたよ。私のジャージで申し訳ないけど、他になくてさ」
「ううん、服を着られるだけで今は嬉しいよ」
「……」
「あ、えっと……」
「あ、靴忘れた。ちょっと待ってて、サンダルが確かあったから取ってくる」
私はいたたまれなくて部屋を出ると、ホテルの一階にある露天風呂の更衣室へ走った。
そこには木で作られたスリッポンみたいなサンダルがたくさんあった。おそらく館内用なんだろう。
埃を払うだけでまだ十分使えるものだった。
フリーサイズのようなので、一足持って千里のいる部屋に帰る。
泣くな、私。泣きたいのは千里なんだから。
「はい千里」
「……ありがと」
少しの沈黙。するとノックの音がした。
「朝ごはん持ってきたわよー」
「え?女の人の声……?」
「うん、他にも保護した人がいるの」
桃ちゃんは半ゾンビだから、今は千里には会わせないほうがいい。いずれちゃんと紹介はしなくちゃだけど。
私はドアを開けて、レトルトのおかゆを温めたものと水とコーンスープ。それとおそらく迦楼羅が気を利かせてお盆に置いてくれたのであろうチョコレートを桃ちゃんから受け取った。後ろには彩羽ちゃんがしがみついていて、じっと部屋の中を観察している。
知らない人が気になるのだろう。
「え……?」
ドアを開けた拍子に、千里から桃ちゃんが見えちゃったらしい。
「……結花。ねえ、その人……」
「あ、えっと千里……この人はね……!」
だけど、千里の反応は私が考えていたものと違っていた。
「成宮桃先生……!?」
は?
千里の目に何だか一気に生気が戻った。
キラキラしてる。どうした親友。
「え、え、ちょっと待って……なんで……」
千里がベッドの上で身を起こす。
さっきまでの弱り切った様子とは明らかに違う。
目が――生きてる。
「あの……大ファンです……!!」
は?
「全部、読んでます……!」
「え?あたしの読者……?」
「デビュー作から最新刊まで……!サイン会も行きました……!二年前の新宿の……!」
「うわあ……この状況でファンに会うなんて……」
桃ちゃんが頭を抱える。
というか、ちょっと引いてる。
「え、ほんとに本人……?え、夢じゃないよね……?」
「夢だったらもっとマシな状況で出てくるでしょ、あたし」
「本物の成宮桃……。すごい……私の最推し作家がここにいる……」
「そういや、千里の部屋の本棚、ミステリー小説でいっぱいだったね」
「うん。中でも成宮先生の星の森学園シリーズが大好きで、考察本とかも全部持ってる」
「……まさかここであたしのファンに会うとは思わなかったわ。まあ話は後にして、まず朝ごはん食べなさいな、2人とも」
腕を組んでため息をつく桃ちゃん。
そのやり取りを見て、千里の肩からふっと力が抜けた。
「……ああ……」
小さく息を吐く。
「よかった……」
「え?」
「現実だ……」
その一言に、私は言葉を失った。
千里は震える手でスプーンを取ると、おかゆを一口食べる。
ゆっくり、ゆっくり噛んで、飲み込んで。
私も一緒にゆっくりと。
「……おいしい」
ぽつりと呟いた。
「……ちゃんと、味がする」
それは。
ただの感想じゃなくて。
――戻ってきた、っていう実感だった。
「……ねえ結花」
「なに?」
「私、昨日まで早く死ぬかゾンビになったほうがいいって思ってた」
「……」
「でも私……もうちょっと生きてみる」
「……うん」
「だって、ここは推しがいる世界だもん」
「理由が強いな!?」
「推しは人生を救うんだよ!?」
思わずツッコむと、千里が突っ込み返してくる。
昨日までの千里じゃ、絶対に出なかった顔だった。
千里が笑ってる。ご飯を食べてる。
うん、それだけで良い。
こうして6人目の神集島の住人が決まったのだった。
【神集島住人数】
6人




