29 こちら側の現実
千里を迦楼羅、ユウキ、彩羽ちゃんにきちんと紹介してからの一週間は千里を島になじませる時間だった。
幸い、無邪気な子供、友達の私、そして何より推し作家、という薬が効いて、やっと私のよく知る良く笑う千里に戻ってくれた。
迦楼羅のことは、オネエ言葉のおかげかあまり怖がらなくなった。
さて、次は。
そろそろ物資の調達に行きたい、と思っていると、桃ちゃんから提案された。
「一度家に帰って、彩羽の着替えとか持ってきたいのよ」
と。
まあここにはユウキの着替えしかないし、彩羽ちゃん女の子だしねえ……。
「じゃあアタシが運転していくわ。結花、ホームセンターで調達して来てほしいものがあるならリスト作って」
「え、2人で行くの?」
「軽トラは二人しか乗れないんだから仕方ないでしょ?それに、アタシたち二人ならそれなりに安全だと思うの」
「安全……?」
「ほら、アタシと桃ちゃんにはゾンビ近寄ってこないじゃない?」
「あ、なるほど……」
半ゾンビにはどうやらゾンビは近寄ってこないのだ。仲間だと認識してるのかな?生存者もむやみにゾンビには近寄らないだろう。
確かにこの2人なら安全度はグッと上がる。
「じゃあリスト作るけど、無理はしないでいいからね」
「りょーかい」
それからリストを書いた紙を迦楼羅に渡す。
私がこっちから見送るのは初めてだ。
こんな気持ちになるのか。見送る側って。
「じゃあ行ってきます」
昼12時のゲートだから、帰ってくるのはどれだけ早くても夕方だ。
なら私は夕方まで子供たちの面倒を千里と一緒に見て、物資の整理を頑張ろう。
ゲートを抜けた先には以前よりさらに荒廃した街があった。
荒廃。
それが一番に浮かぶくらい、荒れ、荒らされ、人の気配の消えた町を人をやめたものたちが闊歩している。
「……これはまた」
「もうめちゃくちゃね。さ、迦楼羅。まず私の家に。この先のスーパーの裏手にある平屋の一軒家よ。庭もあるから、車はそこに停めればいいわ」
「へえ、庭付き一軒家なのね」
「彩羽を庭で遊ばせる環境が欲しくてね。それにあたし、自宅仕事じゃない?そうなると、マンションとかだと、マンションの自治会とかそういうの押し付けられがちなのよね。今の家に引っ越す前は本当に大変だった。まったく暇じゃないってのに」
「そういうストレス解消もあって店でよく愚痴ってたわけね、あたしは便利屋じゃない!って」
「そういうことよ。あ、見えて来た。あのスーパーの横道に入って」
「はいはい」
放置車両の間を縫って、狭い横道に入る、が、そこで最初の難関が待ち構えていた。
「……封鎖?」
狭い道にバリケードができていたのだ。
積み上げられた家具と金属の物干しざおでできたバリケードが二人の行方をふさいでいた。
「桃ちゃん、この先って住宅街?」
「うん。こっちが入れないなら仕方ない。迦楼羅、スーパーの反対側回って。そこからなら、塀を超えれば家にすぐ入れる」
「分かった」
もう一度道路に出て、スーパーの裏手に回り、ブロック塀のそばに車を停める。
「ここよ」
そこはドアを破られ、窓を壊された平屋だった。
「ゾンビが来たのよね。その時は窓だけだったんだけど、ドアも破られちゃったかぁ。これ、修理代えげつないことになりそう」
「修理してくれる業者がいるんだったらね」
「あら、人間って案外しぶといわよ」
「今、アタシたちが避難してる場所がどういうところか忘れたの?」
「……そうね。そうだったわね」
文明が尽きた先の世界かもしれない場所に今いるのだということを一瞬忘れていた。
「さあ、行くわよ。ねえ迦楼羅。あの島、製氷機ある?」
「ないわよ。冷蔵庫動かせるほどの電力ないもの」
「電力自体は?」
「ソーラーパネルと蓄電器で小さいものなら何とかってくらいよ」
「了解。じゃあ持っていくもの増えたわ」
桃が塀を乗り越えて自宅に向かう。
人の気配はないが、窓だけでなくドアまで壊されているのなら中は荒らされている可能性が高い。
用心しながら中に入る。まずは玄関横の寝室に入る。クローゼットが荒らされた痕跡があった。
「とりあえず彩羽の着替えを詰めるわ」
「アタシが何かやることある?」
「何が残ってるか分からないけど、廊下の奥がキッチンになってる。その隣がお風呂。使えそうなものがあったら適当に持って行きましょう」
「りょーかい、と」
キッチンに行くとそこはしっかり荒らされていて、冷蔵庫も開けっ放しだった。
迦楼羅は食器棚を見て、彩羽のものらしい食器とカラトリーをそこにあったエコバッグに突っ込み、キッチンの引き出しにあったパン用のナイフとマッシャーとピーラーを入れる。
それから残されていた片手鍋。このくらいのサイズのものが一つ欲しかったからちょうどいい。
続けて風呂場に行くと、シャンプー類などはなくなっていたが、ボディタオルとシャンプーハットは残っていたので回収する。
「よし、こんなもんかしらね。桃ちゃーん、そっちはどうー?」
寝室に戻ると、桃は彩羽の着替えをしっかり詰め込んだ後だった。
「あと、迦楼羅、こっち手伝って」
向かったのは書斎。仕事部屋だ。
「良かった、残ってた」
そこも荒らされた痕はあったが、桃はお目当てのものが無事だったことに笑みをこぼした。
「ノートパソコンと、この小型製氷機。それと、ユウキくんと彩羽の娯楽に、このポータブルプレイヤー。これだけは持っていきたいの」
「仕事道具も?」
「そうね。だってあの島、あたしのファンが来ちゃったんだもの。ファンのために書きたいじゃない?」
「さすが売れっ子作家。ファンサはバッチリね」
「作家はね。書いたものを読んでもらえることが喜びなのよ。それとこの小型製氷機。これなら蓄電池で十分動くし、これ用のソーラーパネルもあるわ」
「そうなの?」
「うん、だって彩羽とキャンプに行く時は野外用のソーラーパネル繋げて使ってたんだもの。これを書斎に置いてたのは、お酒のための氷が必要だったからだしね」
と、製氷機のそばに置いてあったソーラーパネルを見せる。これをセットで持っていきたいと言う。
「それは役に立ちそうだわ。あの島、冷蔵庫がないから、これからの季節怖かったのよね。氷作って密閉空間に入れておけば冷蔵庫代わりになりそう」
「2時間くらい氷作るのにかかるけどね」
「そんなの許容範囲よぉ。よし、じゃあ、桃ちゃんはノーパソ落とさないようにね。他はアタシが運ぶわ」
「よろしく」
外に出たところで気づいた。
――視線。
あちこちから感じる視線。




