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終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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24 図書館での出会い 後編

 「誰!?」


 迦楼羅の声が静かな図書館の前で鋭く響いた。

 その瞬間――空気が張り詰める。

 私はとっさに持ってきていたスコップを握り直した。


 入口のガラス扉の陰。

 そこに、確かに“何か”がいる。


 ゾンビ……?


 違う。


 さっきまで、気配がなかった。匂いもなかった。

 隠れてた?

 そんな知性があいつらに残っていたの?


「……出てきなさい」


 低く、迦楼羅が言う。

 数秒の沈黙。


 それから――。

 ゆっくりと、入り口の影が動いた。


 現れたのは――女だった。


 四十代くらい。

 髪は乱れていて、服も汚れている。顔色も良くない。


 けれど。


 目だけは、はっきりと理性を持っていた。


「……アンタたち、何者?」


 先に口を開いたのは、向こうだった。

 声はかすれているけど、しっかりしている。

 私は、少しだけ警戒を緩める。


「それ、こっちの台詞なんだけど」

「質問に質問で返すな。三流」

「は?」


 思わず間の抜けた声が出た。

 この状況で、何その言い方?

 でも――。

 そのやり取りを聞いて、迦楼羅がふっと笑った。


「……ああ、なるほど。久しぶりね、桃ちゃん」

「は?」

「覚えてない?店に来てたじゃない。締め切り前になると死にそうな顔でウイスキー飲んでた成宮桃先生」


 一瞬。

 女の目が、わずかに見開かれる。


「……かる、ら……?アンタ、迦楼羅!?」

「お久しぶりね、桃ちゃん」


 ひらひらと迦楼羅が彼女に向かって手を振る。

 え、知り合い?

 女の顔に、はっきりとした“呆れ”が浮かんだ。


「……アンタ、生きてたの」

「ええ。ホストはしぶといのが取り柄なのよ」

「……ほんとね」


 ふっと、女が息を吐く。

 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


 でも――。


 次の瞬間。

 私は、気づいてしまった。

 その女の、右腕。

 袖の下から見える皮膚が――。


 どす黒く、青く、変色している。

 それは、血の通っていない肌だ。

 よく見れば顔色も、ただ悪い、ではない。


「……ねえ」


 私が思わず声を落とす。


「あなた……」


 彼女は、一瞬だけ視線を逸らした。

 そして、吐き捨てるように言う。


「見りゃ分かるでしょ」

 自嘲気味に、口の端を歪める。

「もう人間やめてるのよ」


 空気が、凍る。


「でも――」

 女は続けた。

「まだ、“こっち側”なの」


 自分のこめかみを、指で軽く叩く。


「あいつらみたいに噛みつきたいなんて衝動もない。こうなってからはあいつらはあたしを仲間だと思ってるのか、襲ってこないし。やたら喉は乾くけど、ここの水道はまだ生きてたから、今までどうにかなった」


 ――迦楼羅と、同じ。


「……一人、なの?」


 私の問いに、彼女はぴくんと反応した。


「……子どもが、いるわ」


 子ども?


「あたしの娘。ここに一緒にいるの。そろそろあの子も限界なのよ」

「桃ちゃん……そういえば、シンママって言ってたわね……」


 子どもを守ってここで一人で……。

 

「あの子はまだ人間のまま。だからどうにか安全なところに避難させたいの」

「……」

「あたしはもういい。でもあの子……彩羽(いろは)はまだ5歳なの。あの子だけは……!」

「……ねえ、結花」

「うん」

「保護していい?」

「……迦楼羅にとって信用できる人?」

「そうね、酒癖はちょっと悪いけど、桃ちゃんは小説家だから知識も豊富だし話も楽しい人よ」

「……分かった。じゃあ保護しよう。でも、ホームセンターにはいくよ」

「もちろん。ねえ、桃ちゃん」

「桃ちゃん言うな!」

「だって桃ちゃんとしか呼んだことないでしょ?桃ちゃんと娘さん、アタシたちがいるところで良かったら連れて行くわ。ただ、これからアタシたち、ホームセンターに行きたいの。それに見ての通り軽トラだから、後ろの荷台に乗ってもらうことになるけどいい?」

「道路交通法違反を正々堂々と宣言するとはね」

「でも取り締まる警察はいないわよ」

「警察署ももうアウトってことね」

「行ってないから分からないけど、警察組織がまだ稼働してたら、市役所はあんなことになってないでしょ」

「あんなこと……?」

「壊滅してる」

「……市役所が壊滅ってことは、隣りの体育館ももうだめね。道理で最近音がしないと思ってた」


 音がしない。

 それはもうそこに「人間」はいないということ。


「あんまりここに長居もできません。娘さんを連れてきてください」


 私がそう言うと、彼女は一瞬だけこちらを見た。


 真っすぐに私を値踏みする目。

 それから、ふっと息を吐く。


「……連れてくるわ」

「お願いします」

 短く答えて、彼女は二階へと駆けていった。


 私はその間、市役所の方に視線を向ける。

 遠くに、ゆらゆらと揺れる影。

 ……急がないと。


「……来るわね」

「ええ。時間はないわ」


 迦楼羅が、バールを軽く握り直す。

 数分。

 たったそれだけのはずなのに、やけに長く感じる。

 やがて――。


「……お待たせしたわね」


 入口に彼女が現れ、その陰から小さな女の子が顔を出す。

 肩くらいまでの髪。

 少し汚れているけど、大事にされていたのが分かる服。

 ピンクのリュックを背負っている。


 その子は、母親の後ろに半分隠れながら、こちらを見た。


 大きな目。


 でも、その奥にあるのは――怯え。


「……ママ」

「大丈夫よ」


 彼女が、しゃがんで目線を合わせる。


「この人たちが助けてくれるって」

「ほんと……?あの臭いのがいないとこに行けるの……?」


 小さな声。

 震えてる。

 私は、ゆっくりしゃがんだ。


 なるべく怖がらせないように、目線を合わせる。


「こんにちは」

「……こんにちは」

「私は結花。こっちはかるにい」

「かるにいよ。よろしくね。可愛いお嬢さん」


 迦楼羅が、いつもの柔らかい声で言う。

 その瞬間。

 少しだけ、彩羽ちゃんの表情が緩んだ。


 やっぱり、この人すごいな。


「ここ、怖かったよね」

「……うん」

「もう大丈夫。一緒に来る?」


 数秒。

 彩羽ちゃんは、母親を見上げる。


 彼女は、ほんの少しだけ迷って――。


 それから、頷いた。


「……行きなさい」

「ママも?」

「……」


 一瞬の沈黙。


 その沈黙を、私は見逃さなかった。


 ――ああ、この人。


 自分は置いていくつもりだったんだ。


「一緒にだよ。言ったでしょう?一緒に来てもらうって」

 私が言う。

「え?」

「お母さんも一緒に来るの」

 はっきりと言い切る。

「じゃないと、この子が安心しないでしょ。それに聞きたいことが色々あるの」

 彩羽ちゃんが、ぎゅっと母親の服を掴む。

「ママ、いっしょがいい……」

 その声に。

 彼女の顔が、ぐしゃっと歪んだ。

「……っ」

 何かを堪えるように、唇を噛む。

 それから。

 小さく、息を吐いた。

「……分かったわよ」


 ぼそっと。


「あたしみたいなの連れて行って後悔しても知らないわよ」

「素直じゃないわねえ」

「うるさい」


 即答だった。


 でも。


 その声は、ほんの少しだけ軽かった。


「行くわよ」

 迦楼羅が言う。

「ゾンビ、増えてきてる」

 外を見ると、確かにこちらに近寄る影が増えていた。

「急ごう」


 私は立ち上がる。

 彩羽ちゃんが、母親の手をぎゅっと握る。


 その反対の手を――。

 少し迷ってから、私が取った。


「行こう」

「うん」


 その小さな手は、驚くほど冷たかった。

 でも。

 ちゃんと、生きている温度だった。

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