23 図書館での出会い 前編
「ユウキはお留守番でお仕事ね」
行く先が図書館、と聞いて一緒に行きたがったユウキだったが、まだこの子をあっちへ連れていくには早すぎる。
なので、いつもより少し多めに「仕事」をお願いした。
基本的には聞き分けがいい子なのでそれで終わった。
「じゃあ今日は市役所の隣の図書館と、そこからホームセンターへ」
「ええ。あ、結花。できればホームセンターでもう少し種と肥料を調達しておきたいんだけど……。ユウキが畑が楽しそうだから」
「そうだね。芽が出たの、キラキラした目で見てたもんね」
迦楼羅とユウキが植えた小松菜が、芽を出してきて、ユウキがとてもうれしそうに世話をしているのだ。
「それとね。おそらく山羊がいるわよ、あの島」
「山羊?」
「ええ。まだ姿は見てないけど、おそらく山で野生化してる。元々、観光客のために島で飼育してたみたいなんだけど、人の手が回らなくなった時に飼育場から逃げ出して山で繁殖したんじゃないかしら。山があるから餌場は豊富だし。畑にたまーに足跡があるのよね。今のところ芽が食べられた様子はないけど、この先は分からないし」
「じゃあ、山羊の飼い方、みたいな本もあったらいいかもね」
「そうね。山羊を捕まえることができたら、山羊乳が手にはいるかも。そうしたら料理の幅が広がるわよぉ」
それは朗報……!それに乳製品はもう手に入らないだろうから、山羊がいるのならそれもどうにかなるかもしれない。
ユウキには乳製品をしっかりとらせたいとは思ってたしね。
ユウキに見送られて、私たちは軽トラに乗り込んだ。
エンジンをかけると、静かな島に低い音が広がる。
私たちだけがここにいるんだと分からされる音だ。
「行くわよ」
「ええ」
朝9時。
青白く光るゲートをくぐる。
一瞬の浮遊感。
そして――。
景色が切り替わる。
神社の前の道には放置車両が増えてゾンビも増えていた。
車の音にこちらにふらふらと近寄ってこようとする。
明らかに今までと街の空気が違った。
「……っ」
思わず息を止める。
湿った匂い。
腐敗と、焦げたような、嫌な臭いが混ざっている。
「結花、窓閉めてエアコン停めなさい」
「うん……」
言われるままに窓を閉めてエアコンをオフにする。
それだけで少し息がしやすくなった気がした。
「さあ、車の音にこれ以上ゾンビが来ないうちに振り切っていくわよ」
「うん!」
アクセルを踏んで、放置車両の間を市役所方面へと走る。
市役所方向へ向かう道は、二週間前とはまるで別物だった。
道路の脇には、放置された車がどんどん増えていく。電柱やガードレールに突っ込んだものもある。
ドアが開きっぱなしのものも。
その中には――誰もいない。
「……人の気配が、ない」
「ええ。完全に“終わってる”わね」
迦楼羅の声は、いつも通り冷静だった。
でも、その言葉は重い。
市役所が見えてきた。
「……え」
思わず声が漏れる。
そこは――避難所だったはずの場所。
駐車場には、ブルーシートの残骸。
崩れたテント。
散乱した段ボール。
車もたくさんあった。
そして。
地面にこびりついた、無数の黒い跡。
「……」
言葉が出ない。
軽トラをゆっくりと進める。
風が吹いて、紙が一枚、ひらりと舞った。
フロントガラスに張り付いたそれを、私は無意識に見つめる。
『避難者名簿』
手書きの名前が、びっしりと並んでいた。
「……っ」
思わず視線を逸らす。
ここに――いたはずなんだ。
守られるはずだった人たちが。
「結花」
迦楼羅の声が、少しだけ低くなる。
「見ないでいいわ。今は、やることをやるわよ」
「……うん」
頷いて、アクセルを踏む。
――ここに、千里がいなくて良かった、なんて思ってしまう私はやっぱり……。
市役所の横を抜けて、図書館の建物が見えてきた。
ガラス張りの外観は、そのまま残っている。
壊れた様子もない。
「……静かすぎない?」
「ええ」
ゾンビの姿も、音もない。
ここも避難所にしてなかったんだろうか?
二階建てだし、カギはかかるし。
「避難所は市役所のほうに集中させていたのかもね。それにこ図書館の隣、体育館でしょ?むしろそこがメインだったのかもよ」
「なるほど。避難所って体育館ってイメージあるもんね」
「それにそこなら市役所の職員も管理しやすい場所だし。まあどうやら近すぎて、どっちも全滅ってことになったっぽいけどね」
「……」
「何にせよ、アタシたちの目的は図書館。あいつらが来ないうちに行くわよ」
「……うん!」
そうだ、今はここでやらないといけないことがある。
「行くわよ」
「うん」
軽トラを止めて、図書館の入り口に近づく。
そこはガラス張りのドアが割られてしまって、中に入れるようになっていた。
中に入ると薄暗いロビーに、書架の案内があった。
「とりあえずお目当ての棚は、奥から二番目ね」
「了解。この中は臭くないからあいつらはいなさそうだけど油断せずに行きましょ」
2人してゆっくりと書架の間を進んでいく。
お目当ては、実用書の棚だ。
「うん、ここだ」
実用書が並ぶ書架から罠の作り方、という本野生動物の生態、というタイトルの本。サバイバル料理本と普通の料理本を何冊かと、ユウキの為に辞典と辞書。
分からないことは自分で調べる癖をつけてほしいから。
「これくらいでいいかしら」
「うん、ホームセンターでの調達も多いし」
本をカウンターのところにあった貸出バッグに入れて軽トラの荷台に積んだところで、迦楼羅が鋭い視線を図書館の入り口に向けた。
「誰!?」
ドアの陰で。
“何かが動く音”がした。




