21 お風呂で感じる幸せ
「お風呂に入りたい……!」
私の切実な叫びが声になる。
ここに来て約三週間。一度もお風呂に入ってない。
お湯を沸かして身体や頭を拭いて、で何とかごまかしてきたけどもう限界。
日本人はお風呂に入らないと活動できない生態なのよ……!
「お風呂……お風呂ねえ。そろそろ言い出す頃だとは思ってたわ」
「ゆかねえ、おふろってお湯いっぱい貯めてるとこ?」
「そうよ、ユウキ。お風呂はね、体と心の汚れを洗い流してくれるすごく素敵な場所なの」
「?ふうん」
うん、よく分かってないね?
「じゃあ今日は結花のためにお風呂探しに行きましょうか。実はちょっと気になってる場所はあったの」
「お風呂の場所?」
「ええ。観光地図を見ていたら、どうも温泉があったっぽのよね、この島」
「温泉……!」
「まあ伊豆諸島は火山島なわけだし、湧き水があるのなら温泉があっても不思議じゃないけど。でも、100年ほど前の温泉施設の機械はもうさすがに生き残ってはないと思うのよね」
「……まあ、それは確かに」
温泉施設のボイラーやパイプが手入れもなしに無事に使える状態で残っているわけはない。
楽観的に考えなくてもそれくらいは分かる。
「でもね。源泉はまだ生きてるかもしれない」
「源泉……!」
「これ見て」
迦楼羅が見せてくれたのは島の温泉施設のパンフレットの残骸だった。
「源泉を引いて作ってた施設っぽいのよね。なら、ここにひいていた源泉はまだ生きている可能性があると思うのよ」
「……源泉が生きてたら、お風呂に入れる……?」
「可能かもしれないわ」
希望が見えた……!
「迦楼羅、すごい!ありがとう!」
「まだ使えるかどうかは分からないわよ。まずここに行ってみましょう」
「うん!」
お風呂……お風呂に希望がわいてきた……!
迦楼羅とユウキと浮かれてる私が車でやってきたのは海岸線にある温泉施設だった場所だ。
潮風にさらされ、年月の経年劣化で建物はかなりボロボロだったけど倒壊の危険はなさげだったので中に入ってみる。
静かなロビーを抜けておくには行ってみると内風呂だった場所がそこにあった。
ガラスが割れ、中の状態は散々だ。
さすがにもうお湯はない。
そしてそこから外に出たところに露天風呂があった。
海が見える露天風呂なんて、平和な頃ならものすごく来たかった場所だ。
今や露天風呂には海水が押し込み、山から落ちてきた枯れ葉で無残な状態になっていた。
「これは、ダメだね」
「そうね。これはさすがに……」
「おふろこわれてるの?」
ユウキの無邪気な言葉が痛い……。
観光案内には、源泉の温度は約60度とあった。なら、そのまま入れる温度じゃない。どこかで湧き水と合わせて流していたはず。
うろうろと探してみたけど、それらしい場所は見つからなかった。
地下を掘っているのならそれがつぶれてしまったのかもしれない。
「お風呂……温泉……」
私の悲痛な叫びを不憫に思ったのか、迦楼羅が地図を見せてくる。
「結花。諦めるのは早いかもよ」
「え?」
「見て。ここに一軒だけ温泉宿があるわ」
「温泉宿……」
「こんな大きな施設でうろうろするより、こっちのほうがいいかもしれないわよ」
「迦楼羅様……!神か……!」
「元ホストです。こっちに行ってみましょうか」
「うん!」
車を降りた瞬間、潮と、どこか懐かしい匂いがした。
さっきの施設よりも、ずっと小さい温泉宿。
いかにも家族経営の規模って感じのこじんまりした、かつては人を招いていた場所。
「……ここ?」
「ええ。個人でやってた宿っぽいわね」
看板は傾いて、文字もかすれている。
けれど――完全に崩れてはいない。
扉を押すと、ぎい、と音を立てて開いた。
中は静かだった。
カウンター。
靴箱。
階段。
壁に貼られた日帰り入浴の料金表。
誰もいないのに、“生活していた場所”の形だけが残っている。
私たちはそのまま家の裏手に回ってみた。
山になっているところに石段があって、上に上がれるようになっている。
「……ねえ、これ」
石段を上がり、さらに奥に入っていった迦楼羅の声に呼ばれて行くと、そこには小さな石組みの囲いがあった。
その中心。
――湯気。
「うそ……」
近づくと、じわじわと水面が揺れている。その流れは壊れた囲いの隙間から外へと流れだしていた。
触れた瞬間、思わず手を引っ込めた。
「熱っ……!」
「大当たりね。ここの源泉、生きてるわ」
「でも、このままじゃ入れない」
湧き出るお湯は、そのままだと熱すぎる。
それに、湯船もない。
「結花、お風呂作りましょう」
「お風呂を?」
「そう。この流れの下のところに、市庁舎の裏手にあったドラム缶を持ってくれば、即席のお風呂になるわ」
「迦楼羅様……!天才か……!」
「天才は否定しないでおくわ」
ドラム缶風呂ってあるもんね。確かにありだわ。
早速軽トラで空のドラム缶を一つ持ってきた。
そして源泉の流れのところに、この宿の倉庫にあった、おそらく客向けに流しそうめんをするために作っていたのであろう竹を拝借し、源泉の囲いの壊れた場所にひっかけて、少しずつドラム缶に溜まっていくお湯を確認して、宿の水道から水を出して壊れていなかったホースをつなげる。
よし、あとは……。
温泉宿にあった浴衣は古くはなっていたけどまだ使えるレベルだった。
ぶっちゃけ帰って着替えを取ってくる余裕がない。早く入りたい。
ここにいるのは迦楼羅とユウキだけ。
だから、古い温泉浴衣で十分だ。
タオルと手ぬぐいも少し残されていた。少し埃っぽいけどまあ大丈夫だろう。
シャンプーとかはさすがになかったけど、未開封の固形石鹸を一つ見つけたから良しとした。乾燥してはいたけど、形は残ってたので使えそうだった。
ちょろちょろたまっていくお湯の湯気を見ているのが楽しい。
「ゆかねえ、これに入るの?」
「そうだよ。ユウキも入る?」
「熱くない?」
「熱くないようにするよ」
「じゃあ僕も入る」
「うん、一緒に入ろうか」
お風呂にちゃんと入ったことがないと言うユウキに、お風呂の気持ちよさを教えるのが今日の私のミッションだ。
次こそ絶対シャンプーは使う。
1/3ほどたまったところで水を入れる。
そわそわ。
お湯に触れるとうん、ちょうどいい。
迦楼羅が気を利かせて、ドラム缶風呂の真横にブルーシートの目隠しをしてくれて、私とユウキは服を脱いでドラム缶風呂に向かった。
お風呂に入る前にかけ湯をして、乾燥した石鹸で何とか体を洗って頭を流して、改めて次は絶対にシャンプー持ってくると誓った。
そして私が先に入らせてもらう。
湯気が立ち上る幸せなその場所に。
恐る恐る足を入れる。
「……あ」
じんわりと、つま先から熱が広がる。
次の瞬間。
「はあああああああ……」
声が、勝手に漏れた。
肩まで沈む。
お湯が、体を包む。
ドラム缶からあふれたお湯が地面を濡らしていくのもとても幸せな光景に見えた。
――ああ。
生き返る。
「……お風呂って、こんなにすごかったっけ……」
「ゆかねえ、気持ちいいの?」
「うん。すごく」
「僕も入る」
「いいよ、おいで」
ユウキは小柄だから私と二人でも何とか大丈夫だ。
お風呂に入ったユウキが「ふあああああ」と声を出す。
「あったかいねえ……」
「うん、これがお風呂だよ」
「ゆかねえとかるにいみたいだね、お風呂って」
「え?」
「あったかくて優しい」
そのユウキの言葉に何だか私は少し泣きたくなった。
「そろそろ上がらないとのぼせるわよ、2人とも」
迦楼羅のブルーシートの向こうからの声に名残惜しかったけど、この島での最初のお風呂から上がった。
【拠点ステータス】
住人数:3人
施設:島、湧き水、防災用品多数、生活用品多数、お風呂(new!)
備蓄食料:約半年分




