19 3人目の住人
ユウキがどうやってこの島に入れたか分かって一安心だ。
チョコレートをいくつか食べて満足したらしいユウキの前に私はしゃがみ込んだ。
「ユウキ。これから大事な話するね」
ユウキは少し緊張した顔で頷く。
さっきまでの“おいしい”って顔はもう消えている。
この子、こういう空気には敏感なんだ。
「ユウキはさっき、ここにいたいって言ったよね?」
「……うん。おうちにはもどりたく、ない」
小さな声だった。
でも、はっきりしていた。
「うん。じゃあ、ここで暮らすなら——ルールを守ってもらう」
「ルール?」
「決まりって意味だよ」
私はノートを開いて、昨日書いたページを見せる。
「ルールっていうのはね、“ここでみんながちゃんと生きるための決まり”」
「……やくそく、みたいなもの?」
「そう。約束を守れないと――ここにはいられない」
「……」
ユウキの指が、ぎゅっとズボンの裾を掴む。
怖いよね。うん、分かる。
でもここは曖昧にしちゃいけないんだ、この子がどれだけ幼くても。
「じゃあまず、一つ目」
私は指を立てる。
「“勝手に食べない”」
ユウキの目が、びくっと揺れた。
「ここには食べ物がいっぱいある。でもね、全部好きに食べていいわけじゃないの」
「……だめ、なの?」
「ダメ。なくなったら、みんな困るから」
少し考えるように、ユウキが黙る。
「でも――ちゃんと食べる時間はあるし、ユウキの分もちゃんとある」
そこで、少しだけ声を柔らかくする。
「ごはんはちゃんと食べられるわ。もうお腹は空かないよ」
「ほんと……?」
「うん。かるにいのごはん美味しかったでしょ?これからは一緒にかるにいのごはん食べようね」
「……うん!僕、やくそくまもるよ!」
「二つ目。“危ないところには近づかない”」
今度は少し強めに言う。
「刃物、火、知らない場所。これは絶対ダメ」
「……うん」
「これはね、守らなかったらケガしちゃうし場合によっては死ぬから」
空気が、一瞬で冷える。
ユウキが息を止めた。
「ここは、安全な場所にする。でも、危ないものもある。だからちゃんと教える。ユウキが安全に暮らすためにも」
「三つ目」
私は少しだけ間を置く。
「――仕事をすること」
「……しごと?」
「そう。ここにいるなら、みんなでやるの」
ユウキの顔が、不安そうに歪む。
「むずかしいこと、できない……」
「大丈夫。難しいことはさせない」
少しだけ笑って見せる。
「ユウキにできることを、お願いする。そしてできることをこれから一つずつ増やしていけばいいの」
「……ぼくに、できること?」
「うん。例えばね」
私はロビーの段ボールを指差した。
「この箱、ぐちゃぐちゃになると困るの。どこに何があるか分からなくなるから」
「……うん」
「だから、何がどこにあるのか、ユウキに片付けの手伝いをお願いしたいの」
ユウキの目が、少しだけ動く。
「……ぼくが?」
「そう。ユウキにしか頼めない。かるにいもゆかねえも忙しいから」
一拍置く。
「できる?」
少しの沈黙。
それから――頷いてくれた。
「……やる」
小さく、でもはっきりと。
その瞬間、隣で迦楼羅がふっと笑った。
「いいじゃない。顔つき変わったわよ」
「そう?」
「ええ。“やらされてる顔”じゃなくなった」
私は少しだけほっと息を吐く。
「じゃあ最後に一つだけ」
私はユウキの目を見る。
「分からないことは、勝手にやらないで私か、かるにいに聞くこと」
「……きく」
「そう。それができれば、大丈夫」
「わかったよ、ゆかねえ。だから僕を帰らせないで」
「うん。じゃあユウキがこの島の三人目だね」
ユウキは、こくん、と頷いた。
さっきよりも、ほんの少しだけしっかりした動きで。
この島の住人が三人になった瞬間だった。
朝食を終えて、簡単に片付けを済ませたあと、私たちはユウキを連れて外に出た。
「さっき言った通り、今日からは、ユウキにも仕事してもらうよ」
そう言うと、ユウキは少しだけ緊張した顔で頷いた。
「……ぼく、できるかな」
「できることしか頼まないから大丈夫」
市庁舎の外に出ると、朝の空気はひんやりしていて気持ちよかった。
本当はいけないんだけど、軽トラの荷台に迦楼羅に乗ってもらって、三人で畑に向かう。
昨日、持って帰ったものがまだ置きっぱなしだ。
まだ土がむき出しで、これから作っていく場所。小石や雑草もいっぱいで、まずはこれを何とかしなくちゃいけない。
「ここでユウキにお仕事してもらおうと思うの」
「……ひろい。すごい」
ぽつりと呟くユウキの声は、どこか少しだけ楽しそうだった。
よかった。
怖がってばかりじゃない。
「まずは簡単なことからね」
私はしゃがんで、小さな石を一つ拾う。
「この石、畑にたくさんあるの見える?」
「うん」
「これね、このままだと邪魔になるの。だから拾って――」
畑の端を指差す。
「ここに集めるの」
「……ここ?」
「そう。これをやるだけで、立派なお仕事。あと、草がたくさん生えてるでしょ?これもこうやって抜いて……」
雑草を抜いて見せて、それも畑の端っこに持っていく。
ユウキは少し考えてから、こくんと頷いた。
「……やる」
小さな手で、土の上の石を一つ拾う。
草を抜く。
そして言われた場所まで歩いて、そっと置いた。
ちらっとこちらを見る。
「……ゆかねえ、これでできた?」
「うん、できたね」
ちゃんと褒める。
その一言で、ユウキの表情がほんの少しだけ明るくなった。
「じゃあ、それを続けてみて」
「うん!」
今度は少しだけ足取りが軽い。
――いい感じ。
私は立ち上がって、隣の迦楼羅を見る。
「思ったより大丈夫そう」
「ええ。最初にしては上出来ね」
そう言って、迦楼羅は苗の入った箱を開け始めた。
「アンタは、こっち手伝って。サトウキビあったから作ってみることにするわ」
「うん」
私は使える部分の畝の確認をしながら、苗をどう植えるかを迦楼羅と相談する。
その間も、ユウキは一人で石を拾っていた。
ぽつ、ぽつ、と。
小さな手で。
ちゃんと、言われた通りに。
――そのはずだった。
「……あ」
小さな声がした。
振り向くと、ユウキが畑の真ん中で何かと格闘している。
そこには――ユウキより頭一つ分くらい大きな石。
畑の真ん中にあったから、苗の分岐点代わりにいいかもしれないと迦楼羅と話してたやつだった。
「ユウキ、それ――」
言いかけた瞬間。
ぐらり、と石が傾いた。
ユウキが慌てて支えようとして、石を抑えるけど、ユウキの小さな手じゃ重力に負ける。
さらに傾く。
「ユウキ!手を放して!」
私の怒鳴り声にビクッとして手を放すと尻もちをついて、そこに石も転がる。
「……っ」
どうしていいか分からない、という目。
次の瞬間。
「ユウキ!」
迦楼羅が駆け寄る。
「ケガはない!?」
迦楼羅の鋭い声が飛んだ。
びくん、とユウキの体が跳ねて、その場に固まる。
私はすぐにユウキのところへ歩いていった。
しゃがんで、視線を合わせる。
「……これ、やろうと思ったの?」
ユウキはこくん、と小さく頷く。
「……これも、やったほうがいいかなって」
消えそうな声。
私は一度、ゆっくり息を吐く。
「ユウキ」
できるだけ穏やかに呼ぶ。
「これね、大事なやつなの」
「……ごめんなさい」
すぐに謝る。
条件反射みたいに。
私は首を振った。
「ううん。“ごめんなさい”の前に、やることがあるよ」
「……え?」
「覚えてる?さっき言ったルール」
ユウキの目が揺れる。
「……わからないことは」
「うん」
「……きく」
「そう。それ」
私はゆっくりと、ユウキの手に触れる。
「これ、触っていいかどうか、聞いてほしかった。小さい石じゃないでしょ?」
「……うん」
小さく頷く。
さっきよりも、少しだけしっかりした動きで。
「やろうとしたことは、いいことだよ」
その一言で、ユウキの目がわずかに上がる。
「でもね、“勝手にやる”のはダメ」
「……うん」
「ユウキが悪い子だからじゃないよ」
少しだけ笑う。
「ここは、間違えると困る場所だから」
隣で、迦楼羅がふっと息を吐いた。
「ここは食べ物を作る場所なの。だから失敗はいいけど間違いはダメ」
少しだけ厳しい声。
でも、怒鳴りはしない。
「……ごめんなさい」
「だからそれはいいって言ってるでしょ」
呆れたように言ってから、続ける。
「次からどうするの?」
ユウキは少しだけ考えて――言った。
「……きいてから、やる」
「そう。それでいい」
私は頷いた。
「じゃあ、これは一緒に直そうか」
石に手をかけて起こす。埋まってた穴に戻して、周りを踏み固める様子を見せた。
「ユウキ、ここ、こうやって踏んで固めてくれる?石が倒れないように」
ユウキが、そっと近づいてくる。
さっきよりも慎重に。
でも、逃げずに。
その様子を見て、私は少しだけ安心した。
――大丈夫。
この子は、ちゃんと覚えられる。
【神集島住人数】
3人




