18 子供を守る方法
ユウキの眠る場所をどこにするか考えて、市庁舎の仮眠室にあった簡易ベッドをロビーに持ってきて毛布やバスタオルでそれらしい寝床を作ってやると、ユウキはバスタオルだけを持って部屋の隅に座り込んだ。
「何してるの?こっちで寝なさい」
「……ぼくは部屋の隅にしかいちゃいけないんだ」
「え?」
「ママが言ってた。ぼくはゴミだから部屋の隅っこにいればいいって」
あ、この子……そういう環境にいたのか……。
「あのね、ここに君のママはいない。ここにいるのは私と彼だけ。だからここにいる人の決まりは私と彼が作るの。だからこっちで寝なさい」
「……いいの?」
「いいよ。てか、子どもがそんなこと気にするんじゃないの。明日の朝ごはんを楽しみにしてもう寝なさい」
「朝ごはんって、朝起きて食べるご飯?ぼく食べたことない」
……しんどいな、こういうの。
「迦楼羅。朝ごはん任せていい?」
「分かった。ちょっとあとで物資漁らせてもらうわよ」
「うん。調理道具が必要ならカセットコンロとキャンプ用品はそっちの奥にあるはずだから使って」
「了解」
私は別に聖人君子じゃない。避難してきた友達を放っておけるくらいには判断が冷たい。
でも子どもはダメだ。だってまだこの子10歳にもなってないくらいだよ。そんな年齢の子供は大人が守らないでどうするの。
私が一人になった時はもうちょっと大きかったけど、でも回りの大人に守ってもらえて無事大人になれた。
だから私もこの子を守ろうと思う。
ベッドに丸まったユウキにもう一枚毛布を掛けてやる。春だけど夜はやっぱり冷えるから。
「おやすみなさい」
「……おや、すみ……?って何?」
ああ、そんな当たり前のことも知らないのか。
「眠るときはおやすみなさいって言うんだよ」
「うん……おやすみなさい……」
目を閉じたユウキはすぐに寝息を立てて夢の中に落ちて行った。
その寝顔は、さっきまでの怯えが嘘みたいに静かだった。
――きっと、限界だったんだろう。
そして私と迦楼羅は話し合いをするために外に出た。
夜空にはびっくりするくらい星が瞬いていた。
「それで、どうするの?」
「……ここに置くなら、子どものルールも作らないといけないと思う」
「そうね」
「それに、あの子の面倒を誰が見るか。それも必要」
「アタシと結花が向こうに行ってる間、1人にして事故があっても嫌だしね」
「うん、それ。だから誰かもう一人連れてくる」
「……それはアタシは賛成できないわ」
迦楼羅の言葉に、私はどう反応していいか分からなかった。
「今の段階で、ここにこれ以上他の人間を連れてくるのはリスクが高いわ。あの子は子供だからまだ状況の理解が及んでない。でも大人はすぐにゲートの仕組みを理解してしまうわ。勝手に誰か連れてくることもできてしまう。数って暴力よ。そんな人間が増えたら、ここのルールなんて好きなようにされてしまうわ」
「……」
確かにそうだ。
……危うかった。
私は、守る方法を間違えるところだった。
いけない、少し、情に流されてた。
「なら、どうする?」
「送り返すのはなしね。だったら、結花。2週間くらい、あちらへ行かなくてもいい?」
「え?」
「二週間で、あの子が一人で留守番できるようにするの。アタシたちが朝行って、昼に帰ってくるまでは一人で留守番ができるように」
「留守番……」
「そうよ。危ないところを教えて近寄らせないようにする、物資で食べていいものを分けて教えておく、アタシたちがいない間、何かあの子でもできる危なくない仕事を教えておく。どう?最悪、アタシたちがあっちから戻ってこれなくなっても、1人で最低限暮らせるようにする」
うん、それが一番いいかもしれない。
あんな小さな子を一人で残していくのはちょっと怖いけど、ここにあの子がいたいというのなら、ルールを守ってもらわないといけない。子供を守ることは大事だけど、同じくらい生きる力をつけさせることは大事だ。
「二週間後にはあの子に必要な物資も調達してこないとね。とりあえず服かしら」
「あと靴のサイズ見ておいてくれる?」
「分かったわ。じゃあ、明日の朝ごはんはアタシが作るからあんたももう寝なさい」
「……ありがと、迦楼羅」
「何が?」
「私一人じゃ間違ってた」
「そうね。でもアタシはアンタのその優しさに助けられたのよ、1人で朽ち果てていくはずだったホームセンターで」
「あの時、迦楼羅に出会えたのは幸運だったと思ってるよ」
「ふふ、お互いにね」
夜空の星をもう少しだけ眺めて市庁舎へ戻る。
ユウキはすやすやと眠っていた。
いい匂いがして目が覚めた。
私は仮眠室じゃなく、ユウキのすぐそばで寝袋にくるまって寝た。
起きた時に一人だと怖いだろうと思ったのだ。
「結花、起きた?ユウキはもう起きてるわよ」
迦楼羅の声がして寝袋から体を起こすと、カウンターの向こうで迦楼羅が何やら作っていた。
いい匂い。
ホットケーキ?
起きだしてカウンターへ行くと、そこには作り立てのホットケーキが紙皿の上に鎮座していた。ふわふわでおいしそう。
「ユウキ、おはよう」
迦楼羅のそばで、じっと焼かれるホットケーキを見ていたユウキが弾かれるように私を見上げてくる。
「ユウキ、教えたでしょ?起きたらなんて言うの?」
「……おは、よう、ゆかさん」
ゆかさん?
「アンタの名前聞かれたから教えたの」
「に、しても、子どもにさん付けで呼ばれるのはねえ……」
「じゃあアンタが呼び方決めてあげなさい。因みにアタシはかるにい、で決まったわ」
「じゃあ、私はゆかねえでいいよ」
「うん、ゆかねえ」
呼び方も決まったところで、朝ごはんだ。
迦楼羅の作ってくれたホットケーキはふわふわで美味しかった。
ユウキは、ホットケーキを初めて見たらしく食べ方が分からなかったみたいで、迦楼羅が教えてあげていた。
ジュースなんてないから水だったけど、ユウキは美味しい美味しいと言いながらホットケーキをおなかいっぱい食べてくれた。うん、やっぱり子供が飢えるのなんて見たくない。
「さて、じゃあユウキ。アタシと結花の話を聞いてくれる?それからアンタの話も聞かせて」
「……僕のはなし?」
「そうよ。聞かれたことに答えるだけでいいわ。分からないことは分からないでいい」
こくん、と頷いたユウキに、リラックスさせるためにチョコレートを差し出した。
「食べて、いいやつ……?」
「もちろんよ。これはユウキの」
嬉しそうな難しそうな顔をして、それでもユウキはチョコレートを受け取ってくれた。
「食べていいよ」
「……うん」
袋を開けて中から出した一粒のチョコレートをものすごく大事そうに口に入れて笑顔になる。
「おいしい……」
「今度はチョコレートのホットケーキを焼いてあげるわね。約束」
うん、まあホットケーキミックスは多めに備蓄してあるから、それくらいはいいか。私も食べたいし。
「それでユウキ。まず、アタシと結花の話をするわね。全部分からなくてもいい。でも聞いてね」
「うん、かるにい」
チョコの威力はすごい。
かしこまったユウキに、まず迦楼羅が、今向こうの世界で起きていることを説明する。
ゾンビに関しては街の中で見ていたので理解は早かった。
「そしてここはね。未来なの」
「みらい……?ってなに……?」
「そうね。”明日”よりもっともっと先のこと」
迦楼羅の言葉に、そうだ、ここは昨日よりもっともっと先なんだ、と改めて思った。
「アタシとゆかねえはね。ここに暮らせるお家をたくさん作りたいと思ってるの。ユウキも手伝ってくれる?もちろん、おうちに帰りたいって言うなら、連れて行くわよ」
迦楼羅の言葉に、一瞬顔をこわばらせたユウキが首を振る。
「ママ……帰ってこないし、僕、ここにいたい」
「ユウキのママはどこに行ったの……?」
「かれしのとこって言ってた。全然ママ帰ってこなくて、おうちに食べるものもなくてお腹空いちゃったから、僕、スーパーに行ったんだ。ママがあそこなら安いパンがあるって買ってきてたから、100円でも買えるのあるかなって思って……」
なんてこと。完全にネグレクトじゃない。こんな小さい子を……。
「そういえばユウキ。ユウキは今何歳なの?」
「僕、7歳だったけど誕生日来たから8歳になったよ!」
「え、じゃあ学校は?」
「……がっこうってなに?」
「え?」
「僕、おうちから出るなって言われてたから」
ちょっと待って、8歳なら小学2年生か3年生よね。かなり小柄だから、まだ幼稚園児くらいだと思ってた。
てか、つまりこの子……。
「無戸籍児の可能性があるってことね……」
迦楼羅の言葉に胸が詰まった。




