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終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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17 島への侵入者

 無事に12時ジャストのゲートをくぐって戻ってきて、1度市庁舎の前で軽トラを停める。水が飲みたかったのだ。物資からペットボトルを出してきて、のどを潤すと、そのまままずは軽トラで畑に向かう。

 ホームセンターで買ってきた畑に必要なものを小屋に卸すと、一度市庁舎に戻った。

 そこでそれ以外のものを下ろすと、市庁舎の一階のロビーの片隅が、ここまで持ち込んだ備蓄品で山ができていた。

 うーん、仕分けにオリコン欲しいなぁ。でもそんな贅沢言ってられないし、仕方ない、段ボールに仕分けてマジックで内容物を記すしかないか。

「結花、本屋は明日?」

「だね。できるだけ早めに済ませたいから」

「疲れてない?」

「それほどじゃないかな。アドレナリンすごいんだと思う」

 

 この非日常が、私にアドレナリンと言うガソリンを注入してる感じ。

 何ていうか頭が冴えてる感じがするんだよね。

 興奮してるって言うのかな。

 疲れてるはずなのに、全然眠くない。

 むしろ、ずっと動いていたくなる。


 もう今日は6時までゲートは開かない。そして夜に向こうで動くのは危ない。

 なので、今日はもう向こうに行かずにこっちで作業を進めることにした。

 私の避難拠点は市庁舎でいいんだけど、千里を連れて来た時にプライバシーの問題を考えると一緒に市庁舎って訳にはいかないだろうから。

 

 考えていたのはホテルの活用。

 掃除は各自でしてもらって、好きな部屋を使ってもらう。住民票が必要なくらい住人が増えたらそれはそれでいいと思ってる。

 もちろん、向こうの世界の秩序が戻るのが一番いい。でもそうならなかった時のことを考えておくのは悪いことじゃないと思う。最悪の更に最悪の環境になることもある。予想外のアクシデントなんてもっとたくさんある。


 市庁舎に戻ってきて、ロビーに積み上げられた段ボールを見上げながら、小さく息を吐いた。


 ――やることは、まだまだある。


「とりあえず、今日はここまでにする?」

 迦楼羅が軽く肩を回しながら言う。

「うん……そうだね。さすがにちょっとだけ疲れてきたかも」

「今夜はアタシがご飯作ってあげるわ」

「え、ほんと?」

「ええ。明日は本屋と図書館でしょ?力仕事になるから、ちゃんとしたもの食べないとね」


 そう迦楼羅が言った瞬間だった。


 ――ガサ。


 ほんのわずかな音。

 私でも彼でもない違和感のある音がした。


 段ボールの山の奥、軽トラから運び込んだ荷物の陰。

 ブルーシートの向こう側。

 

 私はぴたりと動きを止めた。


「……今、何か音しなかった?」

「したわね」


 迦楼羅の声が一瞬で低くなる。


 さっきまでの緩んだ空気が、一気に張り詰めた。


 私はゆっくりと視線を向ける。


 段ボールの隙間。

 暗がりの奥。ブルーシートの向こう。


 ――何かが、いる。


「結花、下がって」

 短く言って、迦楼羅がバールを手に取り、荷物の山ににじり寄る。


 その一歩が、やけに重く見えた。


 もし、これが――向こうから入り込んだものなら。


 ゾンビだったら。

 喉の奥がひゅっと鳴る。

 でも。

 もうここは、私たちの場所だ。


 守らないといけない場所だ。

 私は無意識に、近くにあったスコップの柄を握った。


 ――一歩。


 ――また一歩。


 迦楼羅が段ボールに手をかけて、ゆっくりと引いた。

 崩れるように箱がずれて――。ブルーシートをめくる。

 その奥にいたものが、露わになる。


 小さな影。

 ぎゅっと体を丸めて、震えている。


 汚れた服。

 細い腕。

 こちらを見上げる、大きな目。


 ――子供だった。


「……え」


 思わず声が漏れる。

 子供はびくっと肩を震わせて、さらに身を縮めた。

 逃げ場なんて、もうどこにもないのに。


 その目だけが、必死にこちらを見ている。

 恐怖と、警戒と――。


 ほんの少しの、希望。



 荷物の山の向こうから出てきた子供に言葉を失っていると、その子供は手に持っていたチョコレートをぎゅう、と握りしめた。そうか、お腹空いてるのね……。

 男の子、かな?何歳くらいだろう……。


「ねえ……」


 私が話しかけると、ビクッと震えた。

 一歩だけ近づく。


 その瞬間――迦楼羅の低い声がした。


「結花、止まりなさい」

「え?」

「“どこから来たか”確認するのが先よ」


 その一言で、空気が変わる。


「そうね。うん、でもその前に……ご飯食べさせてあげたい」

「はあ、まったくアンタ、基本的に甘ちゃんよね」

「その分、迦楼羅が引き締めてくれたらいいと思うよ」

「まあいざってときのアンタの決断の強さは信じてるからいいけど。で、アンタ。どこの誰?なんでここにいるの?どこから来たの?」

「あんまり矢継ぎ早に言っちゃダメだよ。ええと……君。お腹すいてるのよね?」


 私の言葉に子供が頷く。


「何日食べてないの?」

「……1週間」


 え、待って、それってパンデミックの前からじゃない?


「家に、何もなくて。家から出ちゃいけないって言われてたけどもうだめで……」

「……」

「ママと良く行ってたスーパーでこれでなんか買えないかなって思って行ったんだ……」


 彼がポケットから出したのは100円玉1枚だった。

 か細い声だった。

 喉が乾いているのか、途中で言葉が途切れる。


 私は一歩踏み出しかけて――止まる。


 ……ダメだ。


 さっき自分で決めたばかりだ。

 ここは“避難所”じゃない。

 “拠点”なんだ。暮らしていくための場所。


「……名前、言える?」


 できるだけ優しく、でも距離は詰めないまま聞く。

 子供は少し迷って、それから小さく口を開いた。


「……ユウキ」

「ユウキくんね」


 頷く。


「ユウキくんはどこから来たの?」


 今度ははっきり聞く。


 ここが一番重要だ。


 ゲートを通ってきたのか。

 それとも――。


 ユウキは視線をさまよわせて、それからぽつりと言った。


「……トラック」

「トラック?」

「スーパーの、駐車場……荷台に、乗った……」

「表にある軽トラ?」

「……うん。勝手に乗ってごめんなさい」

 私は迦楼羅と一瞬だけ視線を交わした。

「結花」

「うん……分かってる」


 つまりこの子は、向こう側から、気づかれずに“持ち込まれた”存在だ。

 私たちの軽トラの荷台の荷物の間に隠れてて、こっちに一緒に来てしまったんだ……。


「……結花?」


 迦楼羅が低く呼ぶ。

 判断を委ねてきてる。


 ――どうする?


 この子をもう一度向こうに置いてくる?

 ルール的には、あり得る。


 でも。


 目の前で震えてるこの子を。

 私は一度、ゆっくり息を吐いた。


「……まずは、食べさせる」

「結花」

「そのあとで、ちゃんと決める」


 迦楼羅から視線は逸らさない。


「ここは“ルールのある場所”だから」


 それだけは、譲らない。


 ユウキの目が、少しだけ見開かれる。


 怖いのか。

 それとも、安心したのか。


 まだ分からない。


「水、飲める?」


 コクリ、と小さく頷く。

 私はペットボトルを一本取り出して、床に置いた。


「ここに置くね。自分で取れる?」


 距離は保ったまま。


 ユウキは少しだけためらって、それからゆっくりと這うように近づいて、ペットボトルを掴んだ。

 ――がぶ、と音を立てて飲む。

 その必死さに、胸が締めつけられる。

 でも。

 ここは同情だけで動いていい場面じゃない。


 私はノートを手に取った。


 新しいページを開く。


 そして書く。


 ・子供がいる場合のルールを作る(早急)


 ペン先が少し震えた。

 でも、止めない。


「……ルール、追加しないとね」


 小さく呟くと、隣で迦楼羅が、静かに笑った。


「いい顔してるじゃない」


 それから、1週間も食べていないユウキの胃のことも考えてレトルトのおかゆで晩御飯を済ませた。

 迦楼羅の料理は明日以降に持ち越しだ。

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