112 襲撃
――翌日。
朝は、いつも通りに始まった。
私は、1人がおそらく鳥居の向こうへ行った報告を聞いて、急いで防衛ラインを組みなおすことを決め、高瀬さんやツバサくんたちと相談して、鳥居の土嚢を増やし、少し高くした。入口になっている空の土嚢にもしっかり詰めて、スパイクトラップを増やして鳥居の出口すぐそばから並べ、土嚢の外側にも満遍なく並べて誰も近寄らないように厳しく通達した。
子どもたちには建物から出ないように言い含め、スリングショットを使えるようになった人たちに何人かずつ交代でスリングショットを持って、鳥居が開く時間に合わせて見張りに立ってもらった。
真夜中に鳥居のゲートが開かないのは分かっていたから、その時間は休めるのがよかったと思う。
朝6時は何もなかった。緊張感がすごかったけど、その時間が過ぎるのを待って、朝ごはんの支度をして全員で市庁舎前の広場で朝ご飯を食べた。
そして、9時。
空気が、わずかに歪む。
鳥居の向こう。
ゲートが、開く。
――次の瞬間。
エンジン音。
「……来るぞ!」
ツバサくんの声が低く落ちる。
一斉にスリングショットを構えた部隊が並ぶ。
だが。
鳥居から飛び出してきた軽トラは――少し走って止まった。
いや。
止まらざるを得なかった。
鳥居の出口に、びっしりと並べられたツバサくん渾身のスパイクトラップが火を噴いたのだ。
大量の釘がタイヤに刺さり、入り込んできた軽トラのタイヤは保たなかった。
鳥居を抜けたところで停まった軽トラの荷台には、バールや金属バットを持った男たちが乗っていた。
こちらを見てギラギラした欲望を隠そうともしていない。
鳥居周辺にいたスリングショット部隊の後ろに、ツバサくんやナオトさんがバールを持って待機してる。
念のため、盾代わりに大工組が急いで作ってくれた分厚い板で作ってくれた防壁のおかげで多少の攻撃は防げる。
まっすぐ突っ込める道は、もうないと分かったのか、軽トラの荷台からドサドサと男たちが下りてきて奇声を挙げてこっちに突っ込んで来ようとして、土嚢の外側にも敷き詰めていたスパイクトラックを次々と踏む。
悲鳴を挙げながらも手に持った武器を手放さない姿を見て、ああ、ここを略奪するために来たんだな、と明確に分かる。
……あいつら、鳥居の周りにいたやつらだ。
私の隣にいた千里が真っ青な顔で男たちを見て、私の腕にきつくしがみついてくる。
「……あいつら、よ。結花の部屋に来て荒らしていったの……」
「……!?」
「間違いないわ」
「……チッ」
運転席の男が舌打ちするのが見えた。
それは、高瀬さんが言っていた新宿での新顔の人だった。
……あの人が連れてきたのか。
そう思った瞬間。
「撃て」
低い声。
高瀬さんだった。
迷いがない指示。
次の瞬間。
ビシッ、ビシッ!!
スリングショットの一斉射。
石が、一直線に飛ぶ。
足元。
膝。
手に持った武器。
的確に叩く。
スリングショットは装填にも時間がかからないから、びっこを引く人間なんていい的だ。
「ぐあっ!」
「痛ぇ!!」
スパイクで足をやられた男たちは、まともに踏ん張れない。
そこに石が飛ぶ。大小さまざまな石の雨が男たちに降り注ぐ。
ちょっと一方的過ぎてかわいそうな気はしなくもないけど、こいつらは敵だ。
ここを蹂躙しようとする敵を私は許さない。
私の親友を傷つけた奴らを許すもんか。
崩れる。
前に進めない。
進もうとするほど、足が取られる。
スパイクトラップはかなり広めに敷いてあったから、そのゾーンを抜けるだけで大変だろう。
さらに。
「第二射」
高瀬さんの指示に、再び、一斉にスリングショット部隊が石を放つ。
ビシッ!!
軽トラの運転席のフロントガラスにヒビが入る。
運転していた男が、顔を庇う。
「やめろ!!話を――」
「する必要はない」
高瀬さんの声が、それを切った。
静かで。
容赦がない。
「ルールは言ったはずだ」
一歩、前に出る。
安全圏からは出ない。
それでも、高瀬さんは一歩、前に出た。
絶対に越えない一線を、正確に踏まえた位置。
「ここのルールを破るものは追放一択。そして外から勝手に入ってきたお前らは当然立ち入り禁止だ」
低く、短い一言。
それだけで。
前に出ようとしていた男の足が、止まる。
――止まらざるを得なかった。
足はすでに血を滲ませ。
一歩踏み出すだけで激痛が走る状態。
そこへ、次の一射。
ビシッ!!
「ぐっ……!」
膝を打たれ、男が崩れる。
その様子を見て、残りの連中も一瞬だけ動きを鈍らせた。
その間を、高瀬さんは逃さない。
「全員、武器を捨てろ」
静かな声。
だが。
逆らえばどうなるかは、もう十分すぎるほど伝わっている。
「……」
誰も動かない。
その沈黙に。
「撃て」
間髪入れず、次の命令。
――ビシッ!ビシッ!!
今度は、手、足、腹。
容赦なくスリングショットから石つぶてが飛ぶ。
「ぎゃっ!?」
バールが落ちる。
金属バットが転がる。
「次は頭にいくぞ」
淡々と告げる。
脅しじゃない。
事実だけを並べた声。
空気が、凍る。
――カラン。
一人が、武器を捨てた。
それを皮切りに。
次々と武器が地面に落ちていく。
最後に運転席の男。
あの裏切り者が、ゆっくりと両手を上げた。
「……悪かった」
絞り出すような声。
だが。
「遅い」
高瀬さんは、即答した。
一切の揺らぎもなく。
「ルールを破った時点で、お前はここにいる資格を失ってる」
視線が、鋭く突き刺さる。
「それと」
わずかに、間。
「外の連中を連れてきた時点で――この島の敵だ」
その宣言に。
誰も、何も言えなかった。
風が吹く。
血の匂いと、土の匂いが混ざる。
高瀬さんは振り返らないまま言った。
「縄、持ってこい」
短い指示。
すぐに数人が動く。
――数分後。
男たちは、まとめて縛り上げられていた。
鳥居のそばにはパンクした軽トラ。
高瀬さんは、それを一瞥して。
「使えるな」
ぽつりと呟いた。
そして。
「全員荷台に乗せろ」
その一言で。
処分の内容が、全員に理解された。
誰も、止めない。
止められない。
これはこの島の明確な「ルール」なのだ。
縛られた男たちが、次々と軽トラの荷台に放り込まれていく。
「待ってくれ!」
「話を――!」
「もうやらねえ!ほんとだ!」
叫び。
懇願。
泣き声。
全部。
――無視された。
高瀬さんは、最後に裏切り者を見た。
「……向こうに残してきた仲間を助けたかったんだろ?」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
声が、ほんのわずかに低くなる。
「なら、最後まで向こうでやれ」
それだけ言って。
荷台に放り上げた。
ドン、と鈍い音。
そして。
迦楼羅が高瀬さんに近寄る。
何か相談しているみたいだ。
「……分かった、そうしよう」
「じゃあすぐ準備してくるわ。12時のゲートまでもう少しあるし」
「ああ」
迦楼羅が私の前まで来て、今、高瀬さんと相談した内容を教えてくれる。
「うん、分かった。それならいいと思う。でも、その前に千里があいつらに話があるんだって。高瀬さんに言って、千里を守ってもらってくれる?」
「分かったわ。じゃあ千里、行ける?」
「うん……」
迦楼羅に支えられるようにして、千里が軽トラに近寄り、迦楼羅が一言二言高瀬さんに千里のやりたいことを告げる。
そして高瀬さんに千里を渡すとこっちに戻ってきた。
「千里のこと見ててあげて、結花」
迦楼羅は準備のために一度戻る。
千里が震える足で、縛り上げられた男たちに近寄る。
その声は小さかったけど良く聞こえた。
「……あんたたち、私のこと覚えてる?」
千里に問われ、彼女の顔をまじまじと見た男がにやりと笑った。
「あの部屋にいた女じゃねえか。なんだ、ここにいたのかよ。探したぜえ」
「……」
千里の肩が、びくりと揺れた。
でも震える足で一歩踏み出す。
軽トラの荷台に手をかけて、そんな千里を狙う目がある。
「……あの時」
声は震えている。
けれど、はっきりしていた。
「結花の部屋、荒らして……笑ってたよね」
男は、鼻で笑う。
「ああ?そんなのいちいち覚えてるかよ」
縛られたまま、顔だけを上げる。
「物資あったから取っただけだろ。運が悪かったな」
軽い。
あまりにも軽い言葉。
その瞬間。
千里の指が、ぎゅっと握られた。
「……運、じゃない」
小さく、呟く。
「怖かったんだよ」
顔を上げる。
目は、もう逸れていない。
「あんたたちが来て、笑ってドアを壊して勝手に入ってきて、私にひどいことをして」
一つ一つ、言葉を置く。
「……殺してやりたいと何度も思った。何もできなかったけど」
沈黙。
風の音だけが通る。
「でも」
千里は、深く息を吸った。
「今は違う」
その一言に。
場の空気が、わずかに変わる。
男が、眉をひそめた。
「あ?」
「ここは」
千里は、ゆっくりと周囲を見る。
土嚢。
防壁。
仲間たち。
「守ってくれる人たちがいる場所だから」
言い切った。
震えは、まだ残っている。
でも。
声は、折れていなかった。
「……だから」
もう一度、男を見る。
「殺さないから、これくらいはさせなさいよね」
手を振り上げて、力いっぱいビンタをする。
パンッ!!
とてもいい音が響いた。
「二度と、来ないで」
それは命令でも、懇願でもなく。
ただの――線引き。
男は、数秒だけ黙ったあと。
「はっ」
吐き捨てるように笑った。
「どうせすぐ潰れ――」
――ガン。
言葉の途中で、頭が揺れる。
石が当たった音だった。
「黙れ」
低い声。
高瀬さんが手に持った石で遠慮なく男の頭を殴った。
「発言は許可していない」
それだけ。
それ以上は何も言わない。
でも。
それで十分だった。
男は、口を閉じた。
千里は、しばらくその場に立っていたけど。
やがて、小さく頷いた。
「……もう、いい」
振り返る。
足取りは、まだ不安定。
でも。
来た時より、ほんの少しだけ――強い。
戻ってきた迦楼羅がすぐに支える。
「大丈夫?」
「……うん」
その声は、少しだけ軽くなっていた。
私は、思わず息を吐いた。
きっと、あれでよかったんだと思う。
全部を取り返すことはできないけど。
千里は、あの時の何もできなかった自分とは今は違う場所に立てたから。
その間に準備は始まっていた。
スパイクトラップと土嚢をどけ、パンクした軽トラを人間が乗ったままの荷台ごと迦楼羅がひょい、と持ち上げて引きずり出す。
それだけで、彼が普通の人間でないことが全員に分かってしまった。
「ゾンビ……か?」
「いや。でも……」
「皆さん、後でちゃんと説明します。今はまずやることを優先してください」
私の声に全員引き下がる。
それから迦楼羅とシゲトさんと英二さんで、替えのタイヤを持ってきて、軽トラのタイヤを交換してしまう。ちょっと惜しい気はしたけど、必要なことだから許可を出した。
そのまま男たちの隙間に、迦楼羅の持ってきた少量の物資を積む。
「これはあげるわ」
迦楼羅の声が低く響く。
「だから二度とこっちに来るな、って言っても無駄っぽいから今からあんたたちを捨てに行くわね」
荷台には、縛られた男たち。
そして――空いたスペース。
高瀬さんが、運転席に手をかける。助手席には迦楼羅。
「……時間だ」
短い一言。
全員が、鳥居を見る。
空気が、また歪む。
光が、揺れる。
――正午のゲートが開く。
エンジン音が、低く響く。
タイヤを変えた軽トラが、ゆっくりと前に出る。
そのまま迷いなく、鳥居の向こうへ消えていった。




