113 帰還の報告
――その日の夕方。
鳥居から軽トラが戻ってきた。
エンジン音が、妙に乾いて聞こえる。
「……戻った」
誰かが呟く。
私も、自然と息を詰めていた。
軽トラはゆっくりと市庁舎前まで入ってきて、止まる。
運転席のドアが開き、まず高瀬さんが降りた。
続いて、助手席から迦楼羅。
軽トラの荷台にはもう男たちの姿はなく、代わりに物資が山積みになっていた。
「みんな、ただいま」
ひらひらを青白い手のひらを振って挨拶をする迦楼羅を少し遠巻きにしているグループもいる。
それは仕方ない。
明日にでも全体ミーティングでちゃんと話をしないと。
「おかえり、2人とも。疲れてるとこ申しわけないけど、報告してもらえる?」
「ええ、もちろん。市庁舎のほうに行きましょう、高瀬さん」
「ああ」
市庁舎に戻ってきて、二階の会議室に千里がお茶を用意してくれて私は二人と向き合った。
「さて、じゃあ、何があったのかどうしたのか教えてください」
ノートを開き、全部を記録するつもりで、私は二人に話を求めた。
鳥居を出て、荷台に文字通りの「ゴミ」を乗せたまま、迦楼羅のナビで二人が向かったのは、かつて交流があった農業高校だった。
もしまだあそこにあの時置いてきた彼らが残っているのなら、欲しがっていた「働き手」をくれてやろう、というのは迦楼羅の提案だった。
「農業高校なんだろ?」
「ええ。アタシたちが最後に行ったときには、5人しか残っていなかったわ。さして真面目に仕事をしなさそうな奴らばっかりだったけど、さすがに命がかかってちゃそれなりにやってるんじゃないかと思うのよ。きちんと働きさえすれば、それなりに使える場所だったし。働き手が欲しいって言ってたから、ちょうどいいんじゃないかと思って」
「潰しあったらどうする?」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。生きたきゃ踏ん張るしかないでしょ。ちゃんと自分で水も食べ物も作ったり確保しないともうどうしようもない世界なんだから」
もうこちらの世界は完全にゾンビが蔓延する場所になっていた。生存者グループのすべてが消えたわけではないだろうが、生きるためには協力し合うしかない現状だ。
警察や自衛隊などの組織が動いている様子は最初からなく、あまりにも早く広がったパンデミックになにも追いつかなかったということなのだろう。
初動で避難した結花の危機管理能力の強さがよくわかる。
「警察も、あまりにも鎮圧しないといけない事態が多すぎて、組織的な動きはできなかった。俺とタツヤは同じ交番勤務だったが、交番周りの暴動みたいな動きを停めることすら無理で、あいつらがなだれ込んできた交番の中で噛まれずに済んだのが奇跡みたいなもんだった」
「新宿すごかったもんね……。あの数を警察官二人で鎮圧なんて無理すぎるでしょ……」
「それでも何とかタツヤと2人で交番で立てこもって、私物と交番に置いてあった非常物資を持って私服に着替えて街の中で隠れるところを探した。それであのビルにたどり着いた。最初は俺たちだけだったが、そのうち逃げ込んでくる奴らが入ってきて、最終的に30人になった」
「なるほど。でもその人数をまとめてたんだからすごいわよ」
「あの周辺の生存グループとそれなりに連携を取れていたから何とかなっただけだ。物資の情報とかな」
「じゃああの新顔の奴はその周辺のグループの奴だったってこと?」
「どうやらそうらしいな。あいつは自分が見捨てて来た奴らを助けたかったらしい。あそこの情報をこいつらにリークして、奪わせれば、新しい奴らを連れてくるのも構わない、とでも言われたんだろうな。……馬鹿なやつだ。そうなったとしても、奴隷になるのがオチだろうに」
「人は自分が信じた希望の光には闇はないと思いたいものよ」
迦楼羅の言葉に、高瀬は小さく鼻を鳴らした。
「希望、か」
「違うの?」
「……希望そのものは否定しない。だが、あいつは自分だけは大丈夫だ、成功する、と思った。だからやらかした」
高瀬は淡々と言う。
「略奪する側の人間が、自分を仲間として扱うと思ったんだろう。ああいう連中は違う。利用できなくなれば切る。それだけだ」
「アタシもそう思うわ。仲間になるってそんな簡単じゃない」
「ああ」
短く高瀬が頷く。
「実際、突っ込む運転役をやらされて、完全に下っ端扱いだった」
私は、そこまで聞いて一旦ペンを止めた。
「……じゃあ、農業高校では?」
その質問に、迦楼羅が肩をすくめる。
「大歓迎されたわよ」
「え」
「働き手だ!って」
「向こうはまだ一応生きてた。校内にあるもので何とかしてたんだろうな。それにどうやら5人だけじゃなさそうだった」
「まあ、縛ったまま放り出したから最初はあいつらも怒鳴ってたけどね。でも向こうの連中、畑仕事してる最中だったから、さっさと話をつけてきた」
「怒鳴ったのが話をつけるってことか?」
高瀬さんが補足する。
「校門のところで、あんたたちが欲しがってた働き手を連れて来たわよ!って叫んだら一気にこっちに来たわ」
「水汲み、見張り、畑、薪割り。人手不足なのは本当らしい。連中を見た瞬間、目の色が変わった」
私はなんとも言えない顔になる。
「……それ、あいつら助かったの?」
「さあ?」
迦楼羅はあっさり言った。
「でも少なくとも、略奪して生きるよりはマシじゃない?」
返答に困る。
「向こうになんて説明したの?」
「最低限だけ話した」
高瀬さんが言う。
「あいつらが何て言うかは分からないけどね」
「島のことは伏せた。自分たちのところで問題起こしたやつらでいいのなら使え、とだけ伝えた」
「少しだけど物資を渡したからか、働き手が来たからか、喜んで引き取ってくれたわ」
「ああ。事情は深くは聞かれなかった」
それだけで、十分だったのだろう。
この世界では。
もう事情を細かく聞かないことも、生き残る知恵になっている。
「で、そのあと街を回って物資を買ってきたのよ」
迦楼羅が、ぱん、と手を叩いた。
「これが本題」
そう言って、机にメモを置く。
「スーパー二件、ドラッグストア一件、ホームセンター一件。調剤薬局一件、あと途中のガソリンスタンド」
「そんなに……?」
「迦楼羅がいたからな」
高瀬さんが、少しだけ疲れた顔で言った。
「ゾンビを掃除して、店のシャッター壊して搬出して、積み込みして、金を払って、移動して……を全部短時間でできた」
「特に調剤薬局は穴場だったわ。薬局って薬だけじゃないのね。甘味とか飲み物とかバックヤードも店内もしっかり残ってた。次は町の調剤薬局を回るのもありだと思ったわ」
「そこは盲点だったわ……」
「褒めていいのよ?」
「助かったのは事実だ」
高瀬さんはそこで、お茶を一口飲む。
「ただ、街はかなり危険になってる」
空気が少し変わった。
「ゾンビが増えた?」
「いや」
「……人間?」
私の言葉に、高瀬さんは頷いた。
「生存者同士で潰し合いが始まってる。目に見える範囲のすぐに使える物資が尽き始めてるんだろうな。実際、俺たちの車も何度も追いかけられた。動く車はないみたいだが、ロードバイクとかスピードが出るので追いかけてくるのもいたよ」
「銃声みたいなのも聞いたわよ」
迦楼羅がさらっと言った。
私は思わず顔を上げた。
「銃!?」
「猟銃かもしれん。距離があったから断定はできないが」
「あと、道路に放置された車が増えてたわ。わざと道塞いでる感じの場所もあった」
待ち伏せ。
襲撃。
略奪。
言葉にしなくても分かる。
私は、ノートに静かに書き込んだ。
『外部環境、悪化』
「……島の情報は?」
「漏れてないと思いたいが、時間の問題だろうな」
高瀬さんが低く言う。
「今日の連中も、鳥居そのものを理解してたわけじゃない。ただゾンビがいない避難場所がある程度の認識だったんだろう」
「でも、何回も人が出入りしたら、そのうち勘づかれるわよね」
「だから今後は外に出る人数も回数も絞る必要がある」
会議室が静かになる。
物資は増えた。
戦力もある。
防衛線も作った。
でも同時に。
外の世界は、確実に壊れ始めている。
その現実が、じわじわと胸に沈んでいった。
そんな空気の中で。
迦楼羅だけが、ふっと笑った。
「まあでも、結花」
「え?」
「今日のあんた、結構よかったわよ」
「……何が?」
「あの時」
迦楼羅が、軽く顎を上げる。
「ここを蹂躙しようとする敵を許さないって顔してたわ」
どきり、とした。
「そ、そんな顔してた?」
「してた」
高瀬さんまで頷く。
「正直ちょっと怖かった」
「えぇ……」
思わず机に突っ伏す。
そんな私を見て、迦楼羅が声を立てて笑った。
少しだけ。
本当に少しだけ。
張り詰めていた空気が、和らいだ。
【神集島住人数】
一人減って、78人




