107 命を見捨てるということ
ちょっとしんどいです。
そのまま隣のホームセンターへ滑り込む。
「……静かね」
桃が小さく呟く。
さっきまでの気配が嘘みたいに、周囲には“それ”が見えない。
「どうやら、さっきの銃声であっちに引っ張られたみたいだな」
ツバサが周囲を見回す。
「……一時的に、ね」
迦楼羅が即座に釘を刺す。
「音は広がる。ってことは――」
「遠くのやつも来る」
高瀬が短く言う。
つまり。
――今は空いているだけ。
この場所は安全なわけじゃない。
「時間制限、10分」
「こっちもかよ」
「ほんとは5分って言いたいとこだけどね。さあ、いきましょ。ここは店内優先。衛生用品、あれば医薬品と食料品、調味料もね」
「了解!」
全員が散る。
広い店内。
天井は高く、見通しはいい。
――だからこそ。
どこから来るか、分かる。
……分かりすぎる。
「この静けさ、逆に怖いな……」
ツバサが呟く。
「喋るな、音になる」
高瀬が低く制する。
カートに片っ端から目についたものを入れていく。
さすがに缶詰などの食料品はもうなかったが、調理が必要な乾物などは残っていた。
痛み止めなどの医薬品も少しは残っていたので優先的に買う。
桃は、お菓子のコーナーに残っていたものをカートに詰めて来た。
その時。
――カン。
遠くで、何かが落ちる音。
全員の動きが一瞬止まる。
「……来始めたわね」
迦楼羅が低く言う。
入口の向こう。
影が、ひとつ。
またひとつ。
増えていく。
「あと何分だ」
「三分!」
「十分よ。積め!」
スピードが上がる。
焦りではなく、判断の加速。
集めて来た物資をひたすら荷台に乗せていく。
「それ以上は持つな!重さで動きが鈍る!」
「了解!」
そして。
「……もういい!」
迦楼羅が切る。
「撤収!」
全員が一斉に動く。
軽トラへ。
エンジン始動。
その頃には。
入口の外は、もう空白ではなかった。
「来てるぞ!」
「分かってる!」
アクセル全開。
突っ込む。
迫る影を弾き飛ばしながら――軽トラはそのまま、郊外の道へと抜けた。
バックミラーの中。
ホームセンターの入口に、黒い影が溜まっていくのが見えた。
「……呼びすぎたな」
ツバサが小さく言う。
「一発で済んだだけマシよ」
迦楼羅は前を見たまま答える。
その横で。
桃が、そっと耳に手を当てた。
まだ――あの音が残っている気がした。
「次は精米機だったな」
高瀬が言う。
「ええ。米ぬか回収」
短く頷く。
「――次で最後よ」
車は、郊外の道をさらに奥へと進んでいった。
放置車両とゾンビを避けながら道を進んでいると、ゲームセンターが見えた。その駐車場の敷地内にコイン精米機があるのを確認して、二台の軽トラはゲームセンターの駐車場へ滑り込む。
「ゾンビは?」
「駐車場には見当たらない。でもゲーセンの中にはいるかもですね」
駐車場には空の車が数台。ぴったり扉を締められたゲーセンの建物の中は見えない。
だが、中にいても不思議ではないことを思うと近寄るまいとごく自然に思う。
「目的優先。精米機から米ぬかを回収」
「了解」
コイン精米機は駐車場の端にあった。
電源は当然落ちているが、目的はそこじゃない。
小屋の裏側。
そこには米ぬかがみっしり残っていた。
食べ物じゃないから放置されたのだろう。
「米ぬか、まだ残ってる」
ツバサが中を覗き込む。
「袋、出して」
「はい!」
桃が袋を広げる。
機械の下部に溜まっている米ぬかを手早く掻き出していく。
「これだけあれば、畑にもトイレにも使えそうね」
「こういう知識を持ってるやつがまずすごいですよ」
順調――だった。
その時。
――ガタン。
背後からの音に、全員の動きが止まる。
ゲームセンターのシャッターが、わずかに内側から揺れた。
「……いる」
高瀬が低く言う。
次の瞬間。
――ガラッ。
シャッターが、少しだけ持ち上がる。
隙間から、顔が覗いた。
――人間。
だが。
「……っ」
桃が息を呑む。
頬はこけ、唇はひび割れ、目は落ち窪んでいる。
感染している感じはない。
だが、明らかに――衰弱していた。
「……人……?」
かすれた声。
中から、さらに2人が覗く。
誰もが同じ状態。
痩せ細り、水気が抜けたような顔。
「……助けて……くれ……」
一人が、這うように外へ出てきた。
その瞬間。
「止まれ」
低い声。
高瀬だった。
ニューナンブに手をかけたまま、動かない。
「それ以上、出るな」
空気が一変する。
生存者たちの顔に、明確な恐怖 が浮かぶ。
「ひっ……!」
「銃……!」
後ずさる。
だが、逃げる力も残っていない。
迦楼羅が一歩前に出る。
「落ち着いて。撃たない」
短く言い切る。
「ただし――距離は保つ」
視線は鋭いまま。
「状態を見せて」
「……状態……?」
「噛まれてないか」
一瞬の沈黙。
そして、彼らは震える手で腕や首を見せる。
傷は――ない。
ただ。
「……熱があるみたいね」
桃が小さく言う。
額に触れたわけじゃない。
だが分かる。
息が荒い。
肌が赤い。
そして――。
「水……」
男が、絞り出すように言う。
「もう……四日……まともに……」
言葉が途切れる。
膝から崩れ落ちた。
「……脱水ね」
迦楼羅が即座に判断する。
「発熱してる」
桃が続ける。
「田所さんが言ってたやつ……」
――水が足りないと、体温調整ができなくなる。
新宿で見た光景を迦楼羅と高瀬は思い出していた。
高瀬は、銃を下ろさないまま言う。
「どうする」
短い問い。
だが、重い。
助ければ――負担になる。
見捨てれば――死ぬ。
迦楼羅は、迷わなかった。
「水と食料、できるだけ渡す」
「……いいのか」
「見殺しにはしない。でも連れていかない。生き抜くなら自力でやってもらうわ」
線引きは、はっきりしていた。
「桃ちゃん、水と回収してきたお菓子、出せるだけ出して」
「分かった」
荷台に乗せてあった回収してきた駄菓子を袋に入れ、水のペットボトルを何本か、転がすように投げる。
男が、それにすがりつく。
震える手で蓋を開け――一気に飲もうとする。
「待って!」
桃が叫ぶ。
「一気に飲んだら危ない!少しずつ!」
男は一瞬止まり、そして。
小さく、頷いた。
ゆっくりと、口を湿らせるように口に含む。
それだけで――表情が変わった。
「……生き……返る……」
後ろの仲間たちも、縋るような目でこちらを見る。
だが。
「これ以上は無理よ」
迦楼羅が言い切る。
「自分たちで動けるようになって。そしたら、まだ生き残れる」
冷たい言葉。
だが――嘘ではない。
高瀬が、最後に一歩だけ前に出る。
「この辺りは、もう音で集まってくる」
視線を、彼らに向けたまま。
「ここに留まるなら、死ぬぞ」
脅しではない。
事実だった。
生存者たちは、何も言えない。
ただ、水を握りしめている。
「……行くわよ」
迦楼羅が背を向ける。
それが合図だった。
全員が動く。
米ぬかを積み終え、軽トラへ。
エンジンがかかる。
その時。
「……ありがとう……」
かすれた声が、背後から届いた。
誰も振り返らない。
振り返れば、足が止まる。
それを、全員が分かっていた。
軽トラは、そのまま走り出す。
バックミラーの中で、ゲームセンターの前に、小さく人影が残ったまま――遠ざかっていった。




