104 ショッピングモールは危険です
ショッピングモールの巨大な建物が見えてきたとき、誰も口を開かなかった。
本来なら、休日は買い物客で賑わい、地元のコミュニティと生活が集約した場所だ。
そこが今では。
「相変わらず多いわね……」
入口やモール前の広場に溢れる人ではなくなったモノたち。
それが入り込んでいく巨大な建物は、まるで墓標のようだ。
「……さて、正面からは無理だな」
助手席の高瀬が呟く。
「なら、正面以外を探すしかないわね」
「裏口とか、搬入口か?」
「それもありだけど、あそこはどう?」
迦楼羅が指さしたのは5階建ての立体駐車場だった。
店内に直接行ける階段も通路もある。
「なるほど、立体駐車場なら店内の中まで通路を使えば入れるかもしれんな」
「ええ。ゾンビのほとんどはおそらく1階のフロアにいるでしょうけど、上にもいないことはないはず。車で入るほうが成功率は上がるし安全よ」
「妥当だな」
駐車場の入口付近には、放置された車が何台も折り重なるように止まっていた。
ドアが開きっぱなしの車。
ガラスの割れた車。
そして――乾いた黒い染み。
「よし、行くわよ」
2台の軽トラが立体駐車場へ向かう。
入口は無事に突入できた。
「三階まで行くわよ」
無線で後ろの車に連絡を入れながら、上へと向かう。
駐車場内にも何体かゾンビがふらふらしていて、車の音に反応していたが、こちらに向かって来ようとするのを冷静に轢き倒していき、三階にたどり着く。
一度通路の前まで行き、中の様子を見ると、三階には見える範囲ではゾンビの数は少なかった。
「扉を開けて車ごと突っ込むわよ」
一度車を降りて、通路の扉を開ける。扉も通路も軽トラ一台くらいなら十分通れる幅はあった。
「電器屋は一番奥の広いフロアにあるみたいだから、そこまで一直線。いいわね?」
「了解です」
後ろの軽トラの運転手のツバサの返事を合図にアクセルを踏んだ。
「行くわよ!」
アクセル全開。
通路を一気に駆け抜ける。
音に釣られて現れた数体を、躊躇なく弾き飛ばし下へ落とす。
止まらない。
止まれば終わり。
視界の先――そこには。
開けたフロアと電器屋の看板。
電器屋の前に着くと、店内のフロアマップをサッと確認して、店内の真ん中あたりに設置されているソーラーパネルのコーナーに走る。
「……結構色々種類があるのね」
大小さまざまなパネル。
ポータブル電源。
蓄電器も様々だ。
――残っている。
「これは当たりだな」
高瀬が低く言う。
手近な箱を持ち上げてみる
――重い。
「全部は持てないわ。ここからが本番よ」
迦楼羅が指示を出す。
「選ぶわよ」
空気が変わる。
「優先は大容量。次に持ち運びできる重量。規格は統一できるものを優先」
「了解」
「桃ちゃんは型番確認。ツバサは搬出ルート確保。高瀬さんは外警戒」
全員が一斉に動く。
「アタシはランタンと電池を見てくるわ」
防災コーナーと看板を掲げてある店内案内を見てそちらに向かうと、欲しかったものがぎっしりあった。
懐中電灯、LEDランタン、ネックライト、人感センサー。
ソーラーパネル対応の充電池、充電機器、乾電池。
同じくソーラーパネル対応の小型の製氷機。
風邪薬や痛み止めを含めた衛生用品のセットまであった。これはラッキーだ。
ソーラーパネルと蓄電器を含めたそれらを軽トラの荷台に積み、レジにまとまった金額を置き、再び車に乗ろうとしたところで、桃が迦楼羅を呼び止める。
「迦楼羅、待って」
「どうしたの、桃ちゃん」
「そこ。手芸屋よ」
桃に言われて見ると、電器屋の斜め前に無人の手芸屋があった。
「あら、これはラッキーね。桃ちゃん、お手柄。ちょうどいいわ、そこで裁縫道具をまとめて買いましょう。ただ……どういうものが必要なのかアタシ良く知らないのよね……」
「俺もです」
「俺もだ。針と糸くらいは分かるが……」
男たちの無知さに桃がため息をつく。
「しょうがないわね、あたしが一回りしてくるわ」
「桃ちゃん、油断しないでね」
「分かってるわよ」
桃はそう言って、迷いなく手芸屋の中へ入っていった。
店内は暗く静かだった。
――静かすぎる。
電器屋のざらついた空気とは違う。
布と糸の匂いが、やけに生々しい気がした。
棚には色とりどりの布。
整然と並んだ糸。
時間が止まったみたいに、すべてがそのままだった。
「……ラッキーじゃん」
小さく呟きながら、桃は手早く見て回る。
針セット。
丈夫そうな糸。
ミシン糸も針もボビンケースもある。
ボタンも様々だ。
布も十分。
「これなら……」
奥へ、もう一歩踏み込む。
その時。
――カサ。
わずかな音。
桃の足が止まる。
「……?」
視線を奥へ向ける。
レジカウンターのさらに奥。
バックヤードへ続く半開きの扉。
暗い。
光が届いていない。
「……誰か、いる?」
小さく呼びかける。
返事はない。
ただ。
――ズル……。
何かを引きずるような音。
次の瞬間。
バックヤードの扉の隙間から、手が出た。
黒ずんだ指。
爪は割れ、皮膚は裂けている。
「っ――!」
桃が後ろへ跳ぶ。
同時に、扉が勢いよく開いた。
中から飛び出してきたのは――名札を付けた店員服のゾンビ。
エプロンは血で固まり、顔の半分が崩れている。
だが動きは――暗い場所のせいか思ったより速い。
「チッ……!」
桃が棚にぶつかりながら体勢を立て直す。
ゾンビが一直線に距離を詰めてくる。
狭い。
棚が邪魔で動きにくい。
腕を掴まれる。
「離せっ……!」
噛みつこうと顔が迫る。
桃は反射的に腕で押し返すが――向こうの力のほうが強い。
足がもつれる。
倒れる――倒されたら負ける、と、その瞬間。
――ガンッ!!
横から強烈な衝撃。
ゾンビの体が吹き飛び、棚に叩きつけられる。
「桃ちゃん!」
迦楼羅だった。
手には持ってきていたいつものバール。
振り抜いた勢いのまま、もう一撃。
――ガンッ!!
頭部を叩き潰す。
ゾンビは動かなくなった。
数秒の沈黙。
「……大丈夫?」
荒い息のまま、迦楼羅が問う。
「……っ、は……」
桃は床に手をつき、呼吸を整える。
「……油断した」
「してたわね」
容赦ない一言。
だが声は静かだった。
「油断するなって、さっき言ったばかりよ」
「……分かってる。ありがとう、助かった」
桃が立ち上がる。
手は、わずかに震えていた。
それをぎゅっと握り締める。
「でも、これで分かった。どの店舗もバックヤードにまだいるかもしれない」
「ええ。だから――」
迦楼羅が視線を奥へ向ける。
「ここは長居しない。必要なものだけ取って、すぐ出るわよ」
「了解」
桃は一度だけ深く息を吸い、もう迷わず棚から目につく端から必要なものをかき集め始めた。
今度は――背後を、何度も確認しながら。




