103 遠征ミーティング
翌日、私の目の前にはノートが並べられていた。
今日のミーティングには高瀬さんにも参加してもらってる。
「集まってるわね」
私はノートを一冊手に取る。
ページをめくると、びっしりと書き込まれた文字。
――必要なもの。
その一つ一つが、生きるための叫びみたいに見えた。
「……優先順位、決めるわよ」
ホワイトボードの前に立ち、そこに板書をしていく。
「全部は持って帰れない。だから、今回は欲しいものじゃなくてないと困るものが優先」
そう言って、私はカウンターに新しいノートを開いた。
【次回遠征・物資優先リスト】
■最優先(生活維持と安全維持に直結)
・ソーラーパネル(小型〜大型)
・ポータブル蓄電池(1000Wh以上をできれば3台)
・LEDランタン、ネックライト、懐中電灯(予備含む)
・人感センサー(5つ)
・乾電池(単一〜単四)
・充電池(単一〜単四)(充電機器も)
・浄水フィルター、簡易ろ過装置、浄水剤
・大型ポリタンク(給水用)
■重要(生活の質と安定)
・保存食(缶詰、レトルト、乾物)
・甘味
・調味料(砂糖、味噌、油)
・医薬品(解熱剤、消毒液、包帯、胃薬)
・衛生用品(ゴミ袋、生理用品、紙類、石鹸、アルコール、マスク)
■作業・生産系
・農具(予備の鎌、スコップ、鍬)
・肥料、土壌改良材、米ぬか
・種子(野菜、穀物)
・保存容器(瓶、密閉容器)
・機械工具(できれば充電式)
■防寒・衣類系
・毛布、寝袋
・冬用衣類(コート、手袋、靴下)
・防水シート
・裁縫用資材(糸、針、布追加)
■あれば助かる
・カセットコンロ、ボンベ
・子ども向け用品(文具、本)
「……こんなところね」
書き終えて、ペンを置き、ホワイトボードに書き写す。
「優先順位、分かりやすいわね」
迦楼羅が覗き込む。
「電気、最優先なんだ」
「ええ」
私は頷く。
「火はどうにかなる。でも電気は代替が効かない。今の状況じゃ、手に入れる手段で最も確実なのは太陽光。この島に川があれば、水車を作って水力発電もできたかもだけどね」
「そこまで考えてるの素直にすごいわ」
「現代人は電気に依存してるから、何かの形で手に入れないと生活そのものが無理だもの」
冷蔵庫。
製氷機。
夜の明かり。
そして――安全。
「電気があれば、できることが一気に増える」
「逆に言えば、なければ頭打ちね」
「そういうこと」
私はノートを閉じる。
「それに今回の場所、覚えてるでしょ?」
「ショッピングモールね」
「ええ。だから」
指で、リストの最上段を叩く。
「電気関係はあるだけ全部買って帰るすつもりで行く。問題は軍資金ね……。私の手元の現金は後50万ってとこだし」
迦楼羅が、にやりと笑った。
「それならもうちょっと軍資金は足せそうよ」
「え?」
「ね、高瀬さん」
迦楼羅が高瀬さんに視線を向ける。
「……使ってくれ」
高瀬さんがカウンターに出した分厚い封筒に私は驚いた。
「持っていてよかった。やっと役に立つ。どうせもう普通通りには使い道なんてない金だ」
「え、あの……これは……」
「GWが明けたら知り合いのところに現金で車を買いに行く予定で用意していた金だ。安心してくれ、俺の貯金から下ろしていたものだ。カバンの中に突っ込んだままにしてたのを昨日気付いて、迦楼羅に話してた。もう今じゃ使いようもないしな。どうせならここで生きるためのものに使ってもらうほうがありがたい」
「……」
「一つだけ頼めるなら、俺用に動きやすいツナギかジャージが欲しい」
「……リストに入れます」
「久々に派手な買い物になりそうね」
「命がかかってる買い物よ」
軽く息を吐く。
「……準備、始めましょうか。メンバーは迦楼羅、高瀬さん、桃ちゃん、ツバサくん」
「戦えるメンツで行くってことね」
「そう。ただ、戦えるだけじゃない。度胸も根性もあるメンバーを選んだつもり」
遠征は、もう始まっている。
ハルくんが買い物リストを見て、預けていた金のネックレスを「ソーラーパネルと蓄電器って高いんでしょ?あれ使って買ってきてください」と言ってきて、私は躊躇ったけど、最終的に迦楼羅の「ハルの男気に応えてあげなさいよ」と言う言葉に頷いた。
「でも一番に会社の倉庫に行ってきて。ソーラーパネルと蓄電器が残っていたら買ってきて。ついでにガソリン缶と軽油缶も残ってたら」
「分かったわ。社割価格でいいんでしょ?」
「うん。もし他に使えそうなものがあったらそれも」
「了解」
あの倉庫がこの半年でどれほど漁られているかは分からないが、結構なゾンビが構内にいたことを思い出すと、長時間の滞在は難しい場所だ。ならば、また裏側からこっそり入り基本的には危険物の倉庫だけにしておくほうがいいだろう。様子を見て行けそうなら、シャッターの開いている倉庫へこっそり入る。
迦楼羅はそう決めて、結花にどの倉庫にどんなものがあるはずか簡単な見取り図を描いてもらった。
「それから結花さん。俺のニューナンブ。あれを貸してもらえるか?」
高瀬の言葉に、一瞬結花が息をのむ。
「使わないに越したことはないが、対人間の抑止力としてあれは使える」
「……分かりました」
市庁舎の金庫にしまってあったそれを出してきて高瀬に渡す。
その鈍い光はこれから始まる緊迫感を予感させた。
会議が一段落したあとも、私はホワイトボードの前に残っていた。
書き出したリストを、じっと見上げる。
――多い。
分かってはいた。
でも、こうして並べると現実になる。
必要なものは言い出したらキリがないことが、こうして文字にすると可視化する。
「……全部は無理ね」
小さく呟く。
後ろで、椅子を引く音。
「やっぱり削るのね」
振り返ると、この場に残っていた迦楼羅が腕を組んで立っていた。
「ええ。積める量も、持てる時間も限界があるもの」
「どこから切る?」
私はマーカーを持ち直し、ゆっくりと息を吐く。
「……今じゃなくても死なないものから」
ホワイトボードに近づき、一番下の項目に線を引く。
■あれば助かる
・カセットコンロ、ボンベ
・子ども向け用品(文具、本)
そこに二重線を引いた。
「ここは後回し。かまどが使えるし、薪も準備を始めたしね。それに薪ストーブでも煮炊きはできるって親方たちも言ってたし」
「まあ、そうなるわね」
「優先順位を間違えると、全員死ぬ」
言葉にすると、妙に重かった。
でも、目を逸らさない。
次に、私は「防寒・衣類系」に視線を移す。
「……これも削る」
「え?」
「全部じゃない。最低限だけ」
■防寒・衣類系
・毛布、寝袋
・冬用衣類(コート、手袋、靴下)
・防水シート
・裁縫用資材(糸、針、布追加)
上三つに二重線。
「毛布は、元々この島にあるものを使いましょう。冬までに使えるものを選別して、洗濯して干してしまっておけばいい。防水シートは、漁業関係の家をもう少し探してみましょう」
「裁縫用の資材はリストに残すのね?」
「ええ。冬は必ず来る。そのためには裁縫資材はできれば欲しい。準備は早めにしたい。それに季節的に冬物関係はショッピングモールにはない。だから今確実にあるもので準備を優先するわ」
「……確かに」
指で、上の「電気」の項目を叩く。
「むしろ増やすのは薪ストーブの交換用の煙突の材料ね。これ、誰か知ってるか調べられるかな?じゃなかったら図書館へ行って私が調べてくるけど」
「シゲトに聞いてみましょう」
「そうね。シゲトさんなら知ってる可能性が高い。だからここはむしろ使えそうな薪ストーブを確認して、交換が必要な煙突がいくつあるか調べるところから。冬の準備としてはそれが優先ね。それに、ミリタリーショップで結構な数のジャケットを買ってきてくれてるから、あれでとりあえずはそこそこの人数の防寒はできそう」
「防寒はまず着込む。基本ね」
「そう。基本は大事よ」
迦楼羅が、ふっと息を吐いた。
「合理的ね」
「非情とも言うけどね」
「リーダーは時に非情なほうが全体の方向を間違わないものよ」
さらに視線を動かす。
「……甘味」
少しだけ迷う。
「それも切る?」
「……これは残す」
線は引かない。
「精神的な余裕も、生存には必要だから。特に子どもたちのためにも」
「へえ」
「全部削ったら、たぶん壊れる人が出る」
それは、なんとなく分かっていた。
そして最後に、「作業・生産系」にペンを向ける。
「肥料と土壌改良材……優先度下げる」
「畑やるんでしょ?」
「コンポストトイレや山にある枯れ葉を使ってそれなりのものは代用できる。むしろここに欲しいのは米ぬかね。遠藤先生が言ってたの。米ぬかは畑の肥料にもできるし、掃除にも使えるし、漬物も作れる万能材料だって」
「じゃあ、道沿いにあるコイン精米機も回って米ぬかをもらってきましょう」
「うん、それはお願い」
ペンを置く。
「まず現状を維持すること。拡張はそのあと」
ホワイトボードには、線で消された項目と、丸で囲まれた項目が混在していた。
「……こんなところね」
「だいぶ減ったわね」
「でもまだ多い」
苦く笑う。
「現地でさらに削ることになると思う」
「その場判断ね」
「ええ。迦楼羅に任せるわ」
「了解」
少しだけ、沈黙。
「ねえ、結花」
「なに?」
「こういうの、慣れてきた?」
「……全然」
即答だった。
「でも、慣れないと死ぬから」
それだけ言って、私はもう一度リストを見上げた。
――これは買い物じゃない。
取捨選択。
生き残るための準備。
「……よし」
ノートに最終版を書き写す。
「これで行きましょう」
遠征の形が、ようやく見えてきた。




