101 全員救出のために
無事に帰ってきた二人が持って帰ってきた「物資」を下ろし、私たちは最終の交換のための相談を始めた。
「まずは水ね。これはまた多めに持っていきましょうか」
「そうね。向こうの井戸は生活用水くらいにしか使えないくらい濁っているみたいだから」
「なら、ろ過して煮沸すればいいのに」
「その知識がないのよ」
なるほどね。
知識は武器だ、知っているかどうかだけで生存率はグッと上がる。
「なら、それは教えてあげてくれる?」
「いいの?」
「構わないわ。ついでに煮沸用の火種も持って行ってあげて。喫煙者がいるのならライターくらい持ってそうだけど、マッチとライターはたくさんあるからいくつかなら構わないわ。私が明日までに、あるもので作れるろ過装置の作り方も書くからそれを渡して説明したらいいわ」
「お優しいことね」
「優しい、か。そうね、優しく見えるかもしれないわね。でもこれは足止めの為」
「足止め?」
「そう。無知なまま飢えた連中は、一番危険なのよ。もらった水が尽きた時、きっと井戸水を飲もうとするでしょ?それで体調不良になった時に逆恨みされたり、あの周辺にいるかもしれないまともな生存者たちに迷惑をかけないためよ。水はこうしたら飲める、っていう方法を知っていて実践すれば、少なくともすぐには暴発はしないし、私たちを探そうとも思わないでしょ?」
「なるほどね」
「そのための布石。鳥居の周りにいる奴らと万が一結託するかもしれない危険は防ぐわ」
そうだ、万一、使える足を確保してここまで来て、鳥居の周りにいるグループと結託するようなことがあれば最悪だ。
「分かった、そうしましょう」
「じゃあ準備。あと、またマットは敷いてきてくれる?あれは今後も使えると思う」
「了解」
明日持って行ってもらうお米30キロの袋を一つ、小麦粉を5キロ。最近作ったパン焼き窯で作った丸パンを大きめのゴミ袋いっぱいに。
他、塩を1キロ、しょうゆ1本、日本酒を1本。
魚の干物をクーラーボックスにいっぱい。
それからさらに増やした水。
これだけあれば文句はあるまい。
翌日、また迦楼羅とタツヤくんを見送って、私はツバサくんとハルくんと店長さんのスリングショットの講習へと赴いた。始めたばかりだけど、こっちからもあっちからも参加者は増えていて、ここを守らないと、という気迫に満ちていて頼もしいばかりだ。
迦楼羅、タツヤくん、お願いね。無事に帰ってくるって信じてるから。
翌日の早朝の鳥居の周りは更に人数が増えているようだった。
後を尾けてくる車もいたが、好きにさせることにした。だが、最後まで尾けてくるほどにはガソリンに余裕はなかったようで、すぐバックミラーには映らなくなった。
そしてそのまま真っすぐに農業高校へ向かうと、昨日と同じくすぐに校門は開けられた。
「よお、来てくれたな」
相良ではない男が二人を出迎える。
「来たわよ。さあ、まず物資を確認してくれる?」
「ああ」
2人で荷台を確認し頷きあう。
「いいだろう、今日も気前がいいな」
「パンまで焼いてるのか?」
「ええ。直火の窯だから焼きムラはあるけどね」
「なるほど、それでもありがてえ」
それから相良たちが出てきて、物資を下ろす。後発組のグループは手伝う素振りすら見せず、分かりやすい。
「さて、それじゃあ今日の交換といきましょうか」
「ああ、それなんだけどな。人間はもうなしだ」
「は?」
「こっちにも人手がいるんだよ。食い扶持がかかっても、働き手がいないと困るのはそっちと同じだ」
ニヤニヤしながら言うその顔に、露骨に迦楼羅が顔をしかめて見せる。
「約束が違うわ」
「人間以外なら持っていけよ。それなら構わねえ」
「……なるほどね。じゃあ、校舎の中を見せてもらっていいかしら?部室や倉庫も」
「ああ。着いて回らせてはもらうけどな」
「じゃあ、そうさせてもらうわ。校舎内の見取り図はあるかしら?」
「ああ、ここにある」
校舎の入り口に貼られた手書きの校舎内の見取り図は誰が書いたものか見やすかった。
「ふうん、この校舎の向こうの棟が専門教室の棟なのね。じゃあまずここを回らせてもらうわ」
迦楼羅が校舎の奥に足を踏み込む。
散らかり荒れた渡り廊下を超えて、比較的静かな棟へ足を踏み入れる。
「一階が食品加工実習室、ね。ここから行きましょう」
一階の食品加工実習室に入ると、そこには調理道具と調味料、レシピの教科書が遺されていた。
「調味料はこっちでも必要だろうから、少しだけもらうわね。教科書も少しもらうわ。あら、保存食の作り方も書いてある。これは使えるわ。あとは調理道具もいくつかちょうだいね」
「ああ、持ってけよ」
二階の裁縫実習室は、思ったより荒れていなかった。
棚には色とりどりの布が畳まれたまま残っている。
戸棚には裁縫道具もそのままだ。
「これは……欲しいわね」
迦楼羅は迷いなく厚手の布を抜き出した。指で引っ張り、強度を確かめる。
「そんなもん使えるのか?」
「ええ。避難場所に足踏みミシンがあるのよ。あれなら電気がなくても使えるから、これからの季節のために防寒用具。寝具。あとは袋ね。いくらでも用途はあるわ。それに、畑仕事ができない労働力の仕事になる。無駄飯ぐらいにはならないわ」
「なるほど、考えてるな」
布地と、戸棚から裁縫箱、ミシンのための糸や針などの道具も持ち出す。
「ねえ、あと、これもくれない?」
迦楼羅が指さしたのは足踏みミシンだった。
「一台はこっちにもあるんだけど、もう一台あったら冬に向けて作業が捗るの」
「まあいいんじゃねえか?誰も使わないしな。それより、冬の防寒用具、か?できたらこっちにもくれよ」
「素人仕事よ?」
「ないよりマシだろ」
「そうね。じゃあ検討しておくわ」
足踏みミシンは重い。迦楼羅なら片手で運べるが見せるわけにはいかない。なので、相良たちとタツヤとで運ぶことになったが、階段を降りるだけでかなり大変だった。
荷台に乗せるときも相当危なかったが、何とか乗せることができた。
それから3階に行くと、そこは微生物実験室と畜産情報室が並んでいた。
微生物実験室には屋上のソーラーパネルで非常用電源が動いていて、酵母が中に並んでいた。そばには電源の入っていない桃の製氷機サイスの小型冷蔵庫と製氷機もあったので、それも持ち出すことにする。
さすがに酵母は持って帰れないな、とあきらめたが、無理なく使えるサイズの電化製品はありがたい。
畜産情報室にあった教科書を何種類かも集める。
「何だ、そんなもんもいるのか?」
「ええ。山羊と鶏がいるのよ。だからパンも焼けるようになったの」
「へえ、ずいぶん快適なんだな、そっちの避難所は」
「まだまだよ。だから人手を増やしてもっときちんとした場所にしたいの」
「……なるほどな」
「そうだわ、物資のほかにあなたたちにうちのリーダーから渡してほしいって頼まれたものがあるの」
迦楼羅がふと思い出したように、ポケットから折りたたまれた紙を出す。
「なんだ、手紙か」
「手紙、みたいなものかしらね。ここの井戸、水が濁ってるんでしょ?」
「ああ」
「その濁ってる水を飲めるようにするための方法ですって。大して難しくもないらしいから、飲む水が足りない時に試してみてって」
「ありがとよ。あいつらにやらせてみるわ」
自分たちでやる気はないらしい。
あとは部室のほうを回って、自転車部の自転車を追加で3台と手入れの道具とヘルメットとサポーターを選ぶ。
「こんなもんかしらね。それじゃ帰り支度しましょうか」
軽トラに荷台の前には持って帰る物資がどっさりだ。
それを崩れないように一つ一つ丁寧に積んでいく。
それを手伝うのは当然のように相良たち3人で、他の5人はニヤニヤと3人の重労働を手伝おうともせず見ているだけだ。
「そのままじゃ危ないわね。ミシン、固定するわよ」
迦楼羅は運転席の下からラッシングベルトを引き出した。
マットを緩衝材代わりに荷台に敷いたが、ミシンの重さで沈む。
「ミシンが上にあるからこれ、重心が高いの。ずれたら落ちるわ。ちゃんと押さえててくれる?」
「お、おう……」
相良たち三人が、そのまま荷台に残る。
その間にタツヤはもう一台の運転席に自然に乗り込んだ。
その様子を横目で迦楼羅は確認し、相良の肩を軽く叩く。
「ほら、もっとしっかり絞めて。落としたら大変よ」
「……分かった」
ベルトを通し、締め、もう一度引き直す。
「甘いわね。もう一回。きつく」
「これでどうだ」
「……いいわね」
ぎり、と最後に強く締め上げる。
「よし、固定できたわ」
迦楼羅はそのまま荷台から飛び降りた。
「タツヤ、出して」
「あいよ」
先にタツヤの乗る軽トラのエンジンが唸りを上げる。
「おい、ちょっと――!」
誰かの声が上がったが、軽トラはそのまま前に出た。
そして迦楼羅もそのまま運転席に乗りエンジンをかけ、アクセルを踏む。
その時には荷台の3人はしっかり固定されたミシンの陰に隠れるように座っていた。
「行くわよ!」
そして男たち5人を置いて、迦楼羅のトラックも校門を突破する。
バックミラーの中で、校門の前に立ち尽くす男たちの姿が小さくなっていく。
追ってくる気配はない。
荷台の上で誰かが大きく息をついた。
これで、そこから出たかった人間は全員出られた。
二台の軽トラはこうして最後の救出を終えたのだった。




