100 逃げる順番
翌朝。
もう陽は登っているけど、暑さはまだそこまででもない時間だ。
空気は割とひんやりとしていて、夏ならではの夜明けだけの涼しい時間。
昼間でも、海からの風のおかげで灼熱、まではいかないのがありがたい。今から冬の海風が怖いけど。
集落のあちこちの家に薪ストーブがあったのはこの島での冬の暖房は薪ストーブがメインだったんだろう。これから冬に向けて、薪ストーブの設置と修理を、家を直すのと同時に進めたほうがいいかもしれないな……。これは、大工組とインフラ組に相談案件だな……。
「じゃあ、行ってくるわね」
今日は二台とも助手席は空けてある。そこにもできるだけ物資を積んで、迦楼羅とタツヤくんは鳥居の向こうに抜けていった。
抜けた後にスウッと下に落ちる青白い光は相変わらずギロチンのような輝きに見えた。
鳥居を抜けた先には、思っていたよりこちらを見る気配が多かった。境内、住宅街の路地、家の中、最低7人以上。
「……早起きご苦労様ね」
その視線は間違いなく二台の軽トラの荷台に注がれている。
米袋、クーラーボックス、段ボール。
そして何より。
二台目の軽トラの荷台にみっしりと詰まれた水の入ったタンク。
今すぐ飛びついて奪いたいとすら思っているのだろう、向けられる視線の羨望の強さでそれがよくわかる。
だが無視だ。
そのまま二台は目的の農業高校へと向かう。
すっかり真夏になったからか、街にいるゾンビの動きは鈍く以前に比べて数も減ったように思う。
(ゾンビも暑いのは苦手なのかしらね……)
そのままゾンビと、時折どこからともなく向けられる生存者たちの羨望の視線を感じながら、農業高校へたどり着いた。
向かってくるのを見張っていたのだろう。
軽トラがかなり近づいたところで校門が開けられた。
危機感が薄い。その隙にゾンビがなだれ込んで来たらどうするつもりだったのか。
(うん……やっぱりこっちを仕切ってるやつらはそう利口じゃないわね)
その観察の通り、向こうのグループはまず相良を前面に出してきた。
難しい話はまず元からいた相良に、という思考の放棄だ。
「よく来てくれたな。昨日連れて行った奴らはどうだ?」
まさかゆっくり食事をとって休んでいるなんて言うわけにも行かず
「早速働いてもらってるわ。子どもたちも田んぼのあぜ道の草むしりからしてもらっているわよ」
と、あくまで労働力として連れて行ったことを声高にアピールしておく。
「何せ、準備してる田んぼが広くてね。農業機械もまともに使えない今じゃ、昔ながらの人力作業がメインだわ」
「なるほど、確かにな。それで、これが今回の物資か?」
「ええ。水はかなり多めになったけどね。こっちは飲用可能の井戸が複数あるから、水だけは不自由してないのよ。こっちも井戸はあるって聞いてるけど、生活用水に使っていたら足りないだろうし、飲用が不足するはずだから、この暑いのに飲める水がないと不自由するだろうから持って行けってうちのリーダーが多めに持たせてくれたのよ」
実際タンクの水には濁りはないのが見ればわかる。
「……感謝する」
彼らが影で聞いていることは分かっていたから、分かりやすく水を持ってきた理由を話しておくのも作戦の内だ。
「それじゃ時間もないことだし、交換作業といきましょうか。相良さん、積み下ろしは他の人に任せて、少し話があるんだけどいいかしら?」
それから近寄ってきた他の男たちに迦楼羅が「少し相良さんに交換物資についての話があるんだけどいい?」と了解を得て、相良だけを校舎の隅に連れていく。
男たちは目の前にやってきた物資に夢中で、こっちに見張りを立てることもなかった。
「相良さん、単刀直入に言うわ。問題のあるやつ以外は全員連れていく。でも露骨にやるといちゃもんをつけられるのも分かる。最終的には無理やりもありだけど、できればそれは騒ぎになるから避けたいの。だから協力して」
「何をすればいい?」
「今回も自転車と自転車用品、それと人間との交換。助手席は空けて来たから、怪我をしてる人はそっちへ。あと13人だったわね?」
「ああ」
「それ、相良さん、自分は入れてないでしょ?」
「……」
「ダメよ、あなたも連れていく。だってあなたはここの人たちのリーダーなんだから」
「だが……」
「だからあなたは最後。アタシたちはもう一度来るわ。その時には畑の肥料とか、荷台に積むものを要求する。その時はあなたがやって。そして、あなたを荷台に乗せたまま出発する」
「……」
「あなたが守りたい人たちがアタシたちの場所で待ってるわ」
「……分かった。じゃあ、俺だけじゃなく、あと2人置いていく。合計三人を最後に連れていくことにしてくれ」
「分かったわ。残す2人は任せる」
「承知した」
短い返答。
だがその声には、昨日までにはなかった重みがあった。
覚悟だ。
自分が最後に残る順番に回る覚悟。
諦めるほうがもう楽かもしれないと流されかけていた男の闘志にもう一度火が付いたのを確かに迦楼羅は確認した。
「おい、話し合いは終わったか?」
「ええ、終わったわ。次に来た時に交換する物資についての話し合いをしていたの。で、今回持ってきたものは納得できるものかしら?」
「そうだな。この水は飲めるので間違いないか?」
「ええ。アタシたちも毎日飲んでるものだから問題はないわ。飲用可能の井戸水よ」
「それは助かる。ここにも井戸はあるが、生活用水に使ってるとギリギリでな」
「じゃあ次も水があるほうがいいかしら?」
「そうだな」
「じゃあ、持ってきたポリタンクをできるだけ持って帰りたいから、水を移してもらえると助かるわ」
「分かった。確かこっちに貯水タンクがあったはずだからそっちに移すまで待ってくれ」
「ええ。じゃあアタシたちは次に連れていく労働力を選ばせてもらってるわ」
それから怪我人を含めた11名を選ぶ。二名は助手席、残りはまた体育館から持ってきたマットを敷いた荷台に乗ってもらい、タツヤのほうの荷台には自転車と、自転車部の部室にあった自転車用品を変に思われない程度に積ませてもらった。
「じゃあ、三回目は水と、他には?」
「食料はもっとあってもいい」
「分かったわ。うちのリーダーにお願いしてみる。さすがに主食は今回ほどは無理よ?」
「ああ、分かってる。それは、そのうちそっちで米が採れたら頼みたい」
「こっちでは作らないの?小さい田んぼあるでしょ?」
「できるやつがいねえんだよ」
「……そう。じゃあ機械とか道具もいらない?」
「あってもゴミだな」
「じゃあ、次に来た時にアタシたちが引き取るのはどう?」
「そうしてくれりゃ、倉庫が広くなって助かるな」
これは嬉しい誤算だ。
田んぼや畑の作業が捗るようになるかもしれないのだから。
「じゃあそうさせてもらうわ。お礼に三回目の物資も少し奮発させてもらうわね」
「ところであんたら、どの辺の避難所なんだ?」
「ここからなら遠くはないわ。同じ幸手市内よ。市内でも、田んぼがある端っこの田舎のほうだけど。周りは中小企業の会社も多いから、最初からそれなりに物資を集められたの」
「なるほどな。それならここのことを知っていてもおかしくはなかったってことか」
「ええ。この農業高校のことはよく知っていたから、こうやって交流もしてきたのよ」
何かを考えているらしい彼らのことは無視して、持って帰る物資をタツヤと一緒に積む。
「よし、こんなもんね。それじゃまた明日来るわ」
「おお、待ってるからな」
「明日もよろしくね」
相良を含めた3人と向こうのグループ5人を残し、迦楼羅とタツヤは「戦利品」を見せるようにして昼の鳥居をくぐったのだった
【神集島住人数】
76人




