第16話 ミートナ市包囲戦@後始末
戦後処理の第一歩を踏み出した相沢たち。
しばしの休息を手に入れるためにいろいろけしかけてみることになります
通称「中MAT」でエストライド軍にとって虎の子だった攻城魔法部隊を吹き飛ばしてから四日後。
セントロアナから王立騎士団主力が到着した。
地獄耳のハルフが出した伝令から王立騎士団到着の報告を受けた時、俺は兵士や市民と一緒に戦場の後片付けに追われていた。
「ちょうどいいや、サイラス。王立騎士団の連中にも手伝わせようぜ!」
俺は悪臭を防ぐために顔にまいていた手ぬぐいをはずして隊長を呼ぶ。
「よろしいのですか?」
同じく、顔の手ぬぐいをはずしたサイラスが問い返してくる。
「どうせ出番はないんだし構わないんじゃねえ?」
その通り、俺たちのやっていることは「戦場の後始末」。エストライド軍の捕虜だけでは足りずに我が軍の兵士、ボランティアの市民総出でやっているのだ。
エストライド軍が残していった膨大な遺棄死体の始末を、だ。
攻城戦部隊を撃破された敵は突撃を開始。予想通り、各種トラップに損害を出し、突撃の勢いを削がれ、防御陣地からの側面攻撃、そしてやっと取り付いた城壁からの油攻めに遭った。
攻防二日目には回復した魔道中隊も加わり、敵の突撃は死傷者を出すばかりとなった。こちらも自衛隊の車両に残された赤外線暗視装置を使い夜襲を繰り返し、敵に対して精神的にも打撃を加えていった。
そして四日目の朝、城壁の兵士が敵陣の方を見ると、エストライド軍は夜のうちに消え去っていたのだ。膨大な死傷者を残したまま。
ノルドライド神聖王国軍は国境警備の王立騎士団四百と、ミートナ郡大隊五十二名の戦死者を出した。
対するエストライド公国軍は死者二万八千。負傷者=捕虜七千を出した。損耗率五十八パーセント。近現代戦でいえば「壊滅」だな。
「ミートナ郡代官、相沢殿ですな?」
クーメとサイラスと一息ついているところに、王立騎士団の指揮官らしい、銀色の鎧に豪奢なマントを身に付けたヒゲ面の男がやってきた。
「セントロアナの王立騎士団第一軍団、アリエテであります」
「遠路お疲れ様です。おかげで助かりました」
アリエテは千名弱の俺たちが六万の敵を破ったことがまだ信じられないようだ。
「アリエテ殿、敵が死体を残して逃げてしまい、このままでは我がミートナ市の衛生管理が崩壊してしまい疫病が流行してしまいます。どうかお力をお貸しください」
俺はペコリと頭を下げて言う。要は後始末の手伝いをさせたいのだ。頭を下げるのはタダだからな。
「ぬっ! では敵の追撃はどうされるのだ?」
本来は捕虜の仕事を押し付けられたアリエテはむっとした表情で言ってくる。
おっさん、残念だが手を打ってんだよ。
「わが市の香具師、地獄耳のハルフ一派が我が騎兵中隊と大森林へ向かっております。大森林に詳しい冒険者も同行させていますので、さらなる捕虜の獲得が期待できましょう」
「うっ、うぬ……」
今、そしてこれから欲しいのは人手だ。コメの栽培や復興支援などの公共事業には人手がいる。王立騎士団みたいな連中に貴重な人手候補をボコボコ殺されたらたまらんからな。
脳筋連中にはせいぜい肉体労働をやっていただくこととしようじゃないか!
我が兵士たちが休んだり飲み会を始めたことを確認して、俺はほぼ十日ぶりに自分の執務室に戻った。
「かぁ~、疲れた!!」
俺の言葉を聞いたのか、クーリエがすぐに酒を持ってきてくれた。ぐいっとあおってお代わりを促し、それも飲み干す。
「旦那様、本当にお疲れ様でございました」
そう言うクーリエを応接セットに座らせて、グラスに酒を注いでやる。
「みんなのおかげさ!」
「滅相もございません!」
謙虚なことを言いつつもうれしそうにグラスの酒を空ける執事様だった。
「ところで、美咲はサイラスの家でおとなしくしてたのかな?」
俺はやっと一息ついたのもあり、あの小生意気なガキのことを思い出した。いくら生意気とはいえ、こちらも身がすくむ本物の戦争だったんだ。きっとビビッておしっこちびってたに違いない。
そんな答えを期待した俺に返ってきた答えは衝撃的だった。
「はい、奥方様とご一緒に立派に家を守られたそうです。エストライド軍が来たら叩きのめしてやると言われて、お召し物の靴下に石をお入れになり、盛んに振り回しておられたそうです」
しれっとクーリエが報告してるけど、それ当たり所悪いとマジで死ぬぞ。そんな戦い方どこで覚えたんだ、美咲よ……。
そこへノックもなしに執務室のドアが開いた。迷彩服姿の小柄な人物が酒瓶を手に入り込んできた。
「おう! 相沢! おめえ、素人にしちゃやるじゃねえか!」
完全に酒で目が据わっている残念な美人、横峰だ。
「よ、横峰も射撃とかすげえじゃん、びっくりしたよ。なあ、クーリエ?」
とりあえず筆頭執事に話を振って俺は逃げの体勢を取る。
「はい、横峰様の統率力は我が目を疑うほどでございました!」
「兄ちゃん、わかってりゃいいのよ!」
クーリエを兄ちゃん呼ばわりして機嫌がいいのか悪いのかわからない横峰はフラフラしながら、なぜか俺に倒れかかってきた。反射的に受け止めるが、いかんせん泥酔しているので重いことこの上ない。
「では、ごゆっくり……」
何か間違った空気を読んだクーリエが静かに退室する。
「ちょ、待てよクーリエ! って、おい、横峰!」
そう言いつつも、女の子に全面的に体を預けられる感覚は悪くはない。横峰の華奢だけど部分的には十分にやわらかい感触も、髪の毛の匂いも十分に感じられる。
「おい、横峰……」
耳元で呼びかけると、かすかにピクリと反応する。そのしぐさがまたいつもと違って可愛らしく感じてしまう。
いかん、いかんぞ……。
「相沢さん、ダメ……」
ぐったりしながら俺の耳元で弱々しくささやく女性自衛官。俺の理性をそれだけでもぶっ壊しそうになる。
「何がダメなんだよ?」
「いつものわたしじゃなくなりそう。ホントにマジで……」
成り立っているのか成り立っていないのかよくわからないやりとり。互いの鼓動を直に感じることができる距離で、冷静な会話をどこまで続けられるのかわからない。
「いつもの横峰でなくなったらどうなるんだ?」
「……恥ずかしい」
そう言って俺の肩に頭を預ける。こいつ、意外と可愛いところあるじゃん!
「別に気にしないからいいよ」
できる限り優しく言う。
こいつはもう、OKだよね? いろんな意味で。
「相沢さん……もうムリ……ガマンできない」
横峰から決定的な言葉が告げられる。俺もこうなっては拒否する気もない。
「いいよ、ガマンしなくても……」
「ありがとう……」
俺の背中に回した手にぎゅっと力を込めてくる。そしてそっとささやく横峰。
「ああ、もう限界……」
ぼげえぇぇぇぇ
いろんな欲望とか妄想とか考えちゃいけないことを考える俺の肩口に、不意に生暖かい感触が伝わってきた。
次の瞬間、俺の鼻腔を襲う甘酸っぱい感覚……。肩から腕に、首筋に伝う生暖かい液状っぽい何か……。
それが何であるかを察した俺の心は怒りとも絶望とも、悲しみとも知れぬ感情に覆いつくされた。
「ああ、ごめんなさい。全部吐いちゃった。もったいない……」
その言葉を最後に横峰はかすかにいびきをかいて眠りこけた。
ミートナ市包囲戦の最後に俺が行った仕事。
酔いつぶれて寝ゲロを吐いた横峰の後始末と、ぐったり寝込んだ彼女を無事なソファーに抱えて寝かせ、クーリエも休んだので、汚れたスーツをひとり寂しく洗濯することだった。
俺、一応お代官様なんだよな?
部下のメンタルケアってのは非常に大切です
横峰みたいな部下がいたとしたら、あなたならどうする?
ぼくはブチ切れますww




