第24話 『いつもの仕事と、新しい力』
王国軍との面談から、一週間。
伝書院には。
いつもの朝が戻っていた。
「おはようございます」
「おはよう、カナタさん」
「今日の荷物、結構多いですよ」
「本当ですか?」
「はい。東地区行きが多いですね」
「じゃあ、先にそっちをまとめます」
カナタは届いた手紙を受け取り、机の上に並べていく。
宛先。
届け先。
重要度。
天候。
そして。
道の状態。
一つずつ確認していく。
以前なら、少し緊張していた作業。
今では。
自然と手が動く。
「……慣れてきたな」
自分でも少し驚いた。
異世界へ来たばかりの頃は。
文字を読むことすら難しかった。
道も知らない。
魔物も知らない。
魔法も知らない。
伝書人という仕事についても。
何一つ分からなかった。
それが今では。
手紙を見れば。
大体どの道を通るべきか分かる。
天気を見れば。
午後の雨を予想できる。
荷物を持てば。
どの程度の距離なら無理なく運べるか判断できる。
そして。
「これ、今日届けます」
「分かりました」
自然に仕事をしている。
カナタは。
少しだけ嬉しくなった。
⸻
昼前。
カナタは数通の手紙を整理していた。
その中には。
町の外へ届けるものもある。
「カナタ」
リーゼが声をかける。
「はい?」
「明日の予定ですが」
リーゼは地図を広げた。
「東側の村へ二通。それから南の集落へ一通です」
「結構あるな」
「ただし、今回は危険区域を通りません」
「なら一人で?」
「はい。現在の体調なら問題ないでしょう」
「魔力も戻ってきたしね」
カナタは自分の手を見る。
ハルディア砦でほとんど使い切った魔力。
まだ完全に元通りではない。
しかし。
日常の仕事には支障がない程度まで回復している。
「無理はしないでください」
「分かってる」
「本当に?」
「……分かってます」
「ならいいです」
リーゼは微笑んだ。
⸻
午後。
セレフィナから二人に声がかかった。
「今後について、少し話しておきましょう」
院長室。
カナタとリーゼが向かいに座る。
「王国軍との件ですが」
セレフィナは一枚の書類を机に置いた。
「現状、カナタを軍へ所属させる話は保留になっています」
「保留?」
「はい」
「じゃあ、まだ狙われてる?」
「狙われている、という言い方は少し物騒ですが……」
セレフィナは苦笑した。
「注目されているのは間違いありません」
「……ですよね」
「ただし、レオニス様の働きかけもあり、現時点で軍への所属を強制されることはありません」
カナタは少し安心する。
「よかった」
「ですが、今後も国から協力を求められる可能性はあります」
「魔物とか災害とか?」
「はい」
「その時は?」
「あなたが判断してください」
セレフィナははっきり言った。
「断っても構いません」
「……」
「ただ、私はあなたが助けられる人がいるなら、きっと力を貸す人だと思っています」
「……そうかもしれません」
「だからこそ」
セレフィナはカナタを見る。
「あなたには、まず伝書人としての力を身につけてもらいます」
「伝書人として?」
「はい」
セレフィナは地図を広げた。
「今後、あなたには少しずつ遠距離の仕事を任せます」
「遠距離……」
「近隣の村だけではありません。街道沿いの宿場町、山間部の集落、場合によっては国境近くまで」
カナタの目が少し輝いた。
「……旅が増える?」
「そういうことです」
「それなら、嬉しいです」
セレフィナは笑った。
「あなたらしいですね」
「でも」
リーゼが口を挟む。
「魔力については?」
「そこも、少しずつ訓練してもらいます」
セレフィナはカナタを見る。
「あなたの魔力は、単純な量だけなら既に規格外です」
「……」
「問題は、それをどこまで細かく制御できるか」
「分かっています」
「ハルディア砦では、ほぼ全てを使いました」
カナタは黙った。
「次に同じことが起きても、倒れるまで使う必要がないようにする」
「……はい」
「それが、今後の課題です」
セレフィナは二人を見る。
「伝書人としての技術」
「魔力制御」
「そして、あなた自身の力の意味」
「この三つを、少しずつ学んでください」
カナタは頷いた。
「分かりました」
⸻
その日の仕事が終わった後。
訓練室。
カナタとリーゼは向かい合っていた。
「今日は何をするの?」
「魔力供給の練習です」
「また?」
「はい」
リーゼは少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「ハルディア砦で分かったことがあります」
「何?」
「私たちの魔力は、かなり相性がいいです」
「うん」
「なら、それを偶然に頼るのではなく、意識して使えるようにした方がいいと思います」
「なるほど」
カナタが手を差し出す。
リーゼがその手を取る。
「まずは手だけで」
「了解」
ゆっくりと。
魔力が流れる。
カナタからリーゼへ。
リーゼからカナタへ。
二人の魔力が触れ合う。
「……」
リーゼが目を閉じる。
「どう?」
「……やっぱり」
「何か変?」
「いえ」
リーゼの表情が柔らかくなる。
「落ち着きます」
「俺も」
魔力が循環する。
身体の奥が温かくなる。
力を使っているはずなのに。
疲れる感覚がない。
むしろ。
心までゆっくり緩んでいく。
「……不思議」
リーゼが呟いた。
「何が?」
「カナタの魔力に触れていると……少し気持ちが軽くなるんです」
「俺も似た感じがする」
「そうですか?」
「うん。なんか、安心する」
リーゼは少し笑った。
「なら、もう少し続けてみましょう」
「分かった」
⸻
しばらくすると。
リーゼの頬がほんのり赤くなった。
「……大丈夫?」
「はい」
「顔赤いけど」
「魔力が温かいからです」
「そう?」
「はい」
リーゼは目を閉じたまま。
ゆっくり息を吐く。
「……少し、ぼんやりします」
「やめた方がいい?」
「いえ」
リーゼは首を横に振る。
「嫌ではありません」
むしろ。
身体から余計な力が抜けていく。
心地よい疲労感。
温かな安心感。
まるで。
魔力に少し酔っているような感覚だった。
「……不思議ですね」
「リーゼ?」
「もう少しだけ」
「分かった」
カナタも魔力の量を少しだけ調整する。
以前のように。
無意識に大量の魔力を流すことはしない。
ほんの少し。
細く。
一定に。
それだけでも。
二人の魔力は驚くほど自然に混ざっていった。
「……上手くなってきましたね」
「そう?」
「はい」
リーゼは微笑んだ。
「前よりずっと安定しています」
「リーゼが教えてくれるから」
「私も、カナタから学んでいます」
「お互い様ってこと?」
「そうですね」
二人で笑う。
⸻
訓練が終わる。
リーゼは壁に背を預けた。
「……ふぅ」
「大丈夫?」
「はい」
けれど。
少しだけ眠そうだった。
「今日はここまでにしましょう」
「そうですね」
「魔力を使いすぎてない?」
「カナタの方こそです」
「俺は大丈夫」
「では、確認します」
リーゼがカナタの手を取る。
魔力を確認する。
「……問題ありません」
「よかった」
「それに」
リーゼは少しだけ笑った。
「前より、ずっと上手に魔力を抑えられています」
「本当?」
「はい」
「じゃあ、少しは成長したかな」
「かなりですよ」
カナタは嬉しそうに笑った。
⸻
帰り道。
リーゼはいつもより少しゆっくり歩いていた。
「眠い?」
「……少しだけ」
「魔力に酔った?」
「そんな感じです」
「じゃあ、今日は早く寝よう」
「そうですね」
少し歩いて。
リーゼがぽつりと言う。
「でも……」
「ん?」
「この訓練、嫌いではありません」
「俺も」
「……そうですか」
リーゼは嬉しそうに笑った。
「では、また明日」
「うん」
⸻
夜。
カナタは部屋に戻ると。
ベッドに横になった。
今日の訓練を思い返す。
以前は。
自分の魔力をどう扱えばいいのか分からなかった。
力を込めれば強くなり。
抑えようとすれば難しい。
それが今は。
少しずつだが。
細かく調整できるようになっている。
「……まだまだだな」
けれど。
悪くない。
そして。
その成長を一緒に感じてくれる人がいる。
カナタは目を閉じた。
明日も仕事がある。
手紙を届ける。
誰かのところへ。
誰かの想いを。
そのために。
明日も歩く。
⸻
同じ頃。
リーゼも自分の部屋でベッドに入っていた。
「……今日も、温かかったな」
目を閉じる。
魔力を思い出すだけで。
身体の奥に残った穏やかな感覚が蘇る。
少しだけ心地よくて。
少しだけ眠くなる。
リーゼは小さく笑った。
「……明日も、少しだけなら」
そう呟いて。
静かに目を閉じた。
その頃。
カナタの部屋では。
机の上に置かれた青い羽根が。
誰にも気づかれないほど小さく。
一度だけ。
淡い青色に光っていた。




