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伝書人は今日も旅をする  作者: 金麦
第一部 風の向こうへ
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18/30

第18話 集まる魔物



 翌朝。


 空が白み始める前に、カナタとリーゼはリュネアの北東門へ向かった。


「忘れ物はありませんか?」


「大丈夫」


「水は?」


「ある」


「食料、地図、魔法灯、応急手当用品」


「全部あるって」


 カナタが腰の鞄を叩く。


 中には、白い封蝋で封じられた一通が入っていた。伝書院の正式な印が押された、ハルディア砦宛ての緊急報告だ。


「重要な任務ですから」


「分かってるよ」


「では、行きましょう」


 二人は北東へ続く街道を歩き始めた。


     ◇


 最初の数時間は、何事もなかった。


 街道は整備され、朝の風も穏やかだ。けれど、二人は周囲への警戒を解かなかった。


 道の脇。


 森の中。


 遠くの丘。


 魔物の痕跡を探しながら進んでいると、カナタが足を止めた。


「リーゼ。あれ」


 街道脇の土に、いくつもの足跡が残っていた。


 リーゼがしゃがみ込み、形を確かめる。


「昨日の報告にあった魔物のものです」


「一匹?」


「いいえ。複数います」


 足跡は森から出て街道を横切り、北東側の森へ続いていた。


「……みんな同じ方へ向かってる」


「偶然でしょうか」


「分からない。でも、気になるな」


 二人は足跡を追わず、そのまま街道を進んだ。


     ◇


 昼前、小さな休憩所で足を止めると、先に休んでいた商人たちが声をかけてきた。


「伝書人か?」


「はい。ハルディア砦へ向かっています」


 リーゼが答えると、年配の商人は顔を曇らせた。


「なら、気をつけた方がいい。昨日、街道の先で魔物の群れを見た」


「どのくらいです?」


「十匹以上はいた。最近、あの辺りは様子がおかしい」


「魔物が増えているんですか?」


「ああ。以前なら一匹見かけるかどうかだった場所に、何匹も出るようになった」


 別の商人が続ける。


「しかも、砦に近づくほど数が増えている」


「砦に?」


 カナタが聞き返す。


「まるで、何かに引かれているみたいにな」


 その言葉に、カナタは街道の先を見た。


 ハルディア砦は、まだ見えない。


 だが、足跡の向かう先は同じだった。


     ◇


 休憩を終えてしばらく進むと、森の奥で枝が鳴った。


 ガサッ。


 二人は同時に足を止める。


 リーゼが短剣に手を添えた。


「気配があります」


「一匹?」


「……複数です」


 木々の間で影が動いた。


 一つ。


 二つ。


 さらにいくつも。


 魔物たちは二人を襲うことなく、森を抜けて街道の先へ向かっていく。


「刺激しないでください」


「分かってる」


 二人は道の端へ寄り、十分な距離を取って群れをやり過ごした。


 魔物の姿が見えなくなってから、カナタが呟く。


「さっきの足跡と同じだ」


「はい。あの群れも砦へ向かっているのでしょう」


 リーゼは、魔物が消えた方角を見つめた。


「まだ、そうと決まったわけではありません」


「でも、可能性は高そうだ」


     ◇


 午後になると、街道の様子はさらに荒れていた。


 折れた枝。


 荒らされた草むら。


 新しい爪痕。


 そして、道端には壊れた荷車が転がっていた。


 木箱が散らばり、外れた車輪が泥に埋まっている。地面には爪痕が残っていたが、血の跡は少なかった。


「襲われたんでしょうか」


「たぶん。でも、荷車の壊れ方を見ると、逃げようとして事故を起こしたのかもしれない」


 リーゼは周囲を確認する。


「怪我人が出たという話もありましたね」


「うん」


 カナタは荷車を見下ろした。


 魔物の目撃情報だけなら、まだ偶然だと言えたかもしれない。


 だが、群れの出現、荒らされた街道、負傷者。


 異常は、すでに人の暮らしへ影響を及ぼしている。


     ◇


 夕方。


 丘を越えると、遠くにハルディア砦が見えた。


 その周囲に広がる平地には、いくつもの影が動いている。


「……あれは」


 カナタが目を凝らす。


 森から出てくるもの。


 丘を越えてくるもの。


 遠くから歩いてくるもの。


 様々な魔物が、砦の周辺へ集まっていた。


「聞いていた数より、ずっと多いです」


 リーゼの声が硬くなる。


 群れの中には、四足で歩く巨大な獣や、岩のような身体を持つ大型の魔物まで混じっていた。


「大型までいるのか……」


 カナタは息を呑む。


 しかし、魔物たちは砦を襲ってはいなかった。


 一定の距離を保ちながら、周囲を取り囲むように集まっている。


「攻撃していませんね」


「うん」


「では、何をしているのでしょう」


 カナタは答えられなかった。


 ただ、群れの視線と動きが、砦の一点へ向けられているように見えた。


     ◇


 砦から警戒鐘が響いた。


 ――ゴーン。


 城壁の上で兵士たちが動き始める。弓を構える者、魔法の準備をする者、門を閉める者。


「正面から行くのは危険です」


 リーゼが言った。


 カナタは地図を広げる。


「東側に小さな道がある。遠回りになるけど、あそこからなら近づけそうだ」


「では、そこへ」


 二人は街道を外れ、魔物の群れを避けながら砦へ向かった。


 近づくほど、群れの異様さがはっきりする。


 魔物たちは互いに争うこともなく、ただ砦の周囲に集まり続けていた。


 その時、カナタの胸元で何かが震えた。


「……?」


 取り出したのは、いつも持ち歩いている青い羽根だった。


 羽根は、ハルディア砦へ向けるとわずかに震え、淡い熱を帯びた。


「また反応してる……」


「カナタの魔力に?」


「分からない」


 カナタは羽根を握りしめ、砦を見た。


「なんだよ、これ……」


 魔物が集まっている理由は、まだ分からない。


 けれど、偶然ではない。


 何かが、この場所へ魔物を引き寄せている。


     ◇


 砦の門前までたどり着くと、兵士が二人を呼び止めた。


「止まれ!」


「伝書人です!」


 リーゼが伝書院の徽章を掲げる。


「リュネアの伝書院から、ハルディア砦宛ての緊急伝書を届けに来ました!」


 兵士の表情が変わった。


「すぐに中へ!」


 門がわずかに開き、二人は急いで中へ滑り込んだ。


 背後で重い門が閉じる。


 ドンッ。


「……着いた」


 カナタが息を吐く。


 だが、砦の中も落ち着いてはいなかった。


 怪我をした兵士が治療を受け、隊長らしき人物が次々と指示を飛ばしている。誰もが城壁の外を警戒していた。


「外の魔物は?」


 カナタが尋ねる。


「今朝から、さらに増えました」


 兵士は苦い顔をした。


「このままでは、砦が完全に囲まれます」


 カナタとリーゼは顔を見合わせた。


 街道で見た足跡。


 商人たちの証言。


 砦を囲む群れ。


 そして、青い羽根の反応。


 すべてが、ハルディア砦を中心に繋がり始めている。


 カナタは鞄の中の封筒に触れた。


 この手紙を届けるために、二人はここまで来た。


 けれど、手紙に記された異常は、目の前で起きている事態の一端にすぎないのかもしれなかった。

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