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伝書人は今日も旅をする  作者: 金麦
第一部 風の向こうへ
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16/30

第16話 旅の途中で


 それから。


 カナタの仕事は、少しずつ変わっていった。


 最初の単独任務を終えてから。


 一人で任される配達が増えた。


「カナタさん、今日はこれをお願いします」


「はい」


「エルナ地区の南側です」


「分かりました」


「帰りに伝書院へ寄る荷物もあります」


「了解です」


 一通。


 二通。


 時には三通。


 距離も少しずつ伸びていく。


 もちろん、まだ見習いだ。


 危険な地域には行かせてもらえない。


 魔物が多い場所や、天候が不安定な場所では必ず先輩の伝書人が同行する。


 それでも。


 カナタが一人で歩く時間は、確実に増えていた。


     ◇


 ある日の朝。


「今日は一人ですか?」


 リーゼが尋ねる。


「うん」


「どちらまで?」


「エルナ地区を抜けて、東側の集落まで」


「片道は?」


「二時間くらい」


「……」


 リーゼが少し心配そうな顔をする。


「大丈夫」


「そう言われると思いました」


「昨日も行った道だし」


「昨日は私が一緒でした」


「でも道は覚えてる」


「それは信用しています」


 リーゼは地図を見る。


「天候も問題ありません」


「うん」


「では」


 リーゼは小さな袋を渡す。


「予備の水です」


「ありがとう」


「それから、帰りが遅くなったら無理せず途中の宿場で休んでください」


「分かった」


「魔力も必要以上に使わないこと」


「分かってるって」


「カナタの場合は、本当に大事なことですから」


 リーゼは真剣な顔をしていた。


「分かった」


 カナタは笑う。


「行ってくる」


「はい」


 リーゼも笑った。


「気をつけてくださいね」


     ◇


 最近のカナタは。


 一人で歩くことにも慣れてきた。


 最初は。


 何度も地図を確認していた。


 今は。


 道を見れば、だいたい分かる。


 この先に分岐がある。


 この道は雨が降るとぬかるむ。


 あの丘を越えれば集落が見える。


 そういう感覚が。


 少しずつ身についてきた。


 そして。


 伝書人として、一番大切なことも。


 少しずつ分かってきた。


 急がない。


 無理をしない。


 手紙を濡らさない。


 なくさない。


 宛先を間違えない。


 そして。


 必ず帰ってくる。


「……」


 カナタは手紙の入った袋を確認する。


 問題なし。


 そのまま歩く。


 風が吹く。


 草が揺れる。


 空には薄い雲。


 今日も。


 いい旅になりそうだった。


     ◇


 夕方。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 伝書院へ戻ると、受付の職員が笑顔で迎えてくれた。


「無事に届けられました」


「お疲れさまでした」


 報告書を提出する。


「道中は?」


「問題なし」


「魔物は?」


「遠くで一匹見ましたけど、近づいてきませんでした」


「なるほど」


「天候も問題ありませんでした」


「それなら大丈夫ですね」


 職員が記録を書く。


 その様子を。


 少し離れた場所からリーゼが見ていた。


「……」


 カナタが戻ってくる。


 それだけで。


 少し安心する。


 以前なら。


 外へ出るたびに心配していた。


 けれど今は。


 少しずつ。


 送り出すことにも慣れてきた。


「お疲れさまでした」


 リーゼが声をかける。


「ただいま」


「どうでしたか?」


「普通だった」


「それが一番です」


 二人で笑った。


     ◇


 仕事が終わる。


 夕食まで少し時間があった。


「魔法の練習、しますか?」


 リーゼが尋ねる。


「うん」


 カナタも頷いた。


 二人はいつもの訓練室へ向かった。


 最近は。


 魔力の量を測ることより。


 制御することを中心にしている。


「今日は何をする?」


「魔力循環です」


「循環?」


「はい」


 リーゼは説明する。


「外へ出すのではなく、体の中で魔力をゆっくり循環させます」


「難しそう」


「最初は簡単です」


 カナタが目を閉じる。


 自分の中にある魔力を感じる。


 大きい。


 深い。


 以前より。


 その感覚が分かるようになってきた。


「ゆっくりです」


「うん」


「急がないでください」


「分かった」


 魔力を動かす。


 ゆっくり。


 少しずつ。


 身体の中を巡らせる。


「……」


 リーゼがカナタの手に触れる。


「私も流れを確認します」


「うん」


 魔力の流れを合わせる。


 その瞬間。


「……あ」


 リーゼが小さく声を漏らした。


「どうした?」


「いえ……」


 リーゼは目を閉じる。


「少し……温かいですね」


「いつも言ってるな」


「はい」


 けれど。


 今日は。


 それだけではなかった。


 カナタの魔力が。


 指先から伝わってくる。


 深い。


 大きい。


 それなのに、不思議なほど穏やかだった。


 まるで。


 どこまでも続く水の流れに。


 自分の魔力が溶け込んでいくような感覚。


「……」


 リーゼは眉を寄せる。


「リーゼ?」


「すみません」


「何か変?」


「少し……変です」


 リーゼはカナタの手を見つめる。


「カナタの魔力って、こんな感じでしたか?」


「え?」


「前より……近く感じます」


「近く?」


「はい」


 リーゼは自分でも上手く説明できない。


 魔力感知は、伝書人として身につけている技術の一つだ。


 相手の魔力の強さ。


 流れ。


 属性。


 乱れ。


 そういったものを感じ取る。


 だが。


 カナタの魔力だけは。


 それらとは違う。


 まるで。


 触れているだけで。


 魔力の奥にあるものまで伝わってくる。


「……変ですね」


「嫌?」


「いいえ」


 リーゼは小さく首を振った。


「むしろ……」


 言葉を止める。


「むしろ?」


「落ち着きます」


 カナタの魔力が。


 ゆっくりと身体を巡る。


 すると。


 張っていた肩の力が抜けていく。


 呼吸が深くなる。


 身体が温かくなる。


「……これ」


 リーゼが小さく呟く。


「お酒を飲んだときみたいな感じです」


「酔ってる?」


「たぶん……少し」


 リーゼの頬が少し赤くなる。


 目元も柔らかくなっていた。


「変ですね」


「大丈夫?」


「はい」


 けれど。


 リーゼはカナタの手を離さなかった。


「もう少しだけ」


「え?」


「このまま……」


 リーゼは目を閉じる。


「もう少し、魔力を感じていたいです」


「疲れない?」


「不思議と……」


 リーゼは静かに息を吐く。


「嫌じゃないんです」


 カナタは少し困った顔をする。


「でも、前みたいに倒れたら困るだろ」


「……それは」


「今日はここまでにしよう」


「……はい」


 カナタが魔力を止める。


 途端に。


 リーゼが小さく息を吐いた。


「……あ」


「どうした?」


「もう終わりなんですね」


「うん」


「……少し残念です」


「リーゼ」


「分かっています」


 リーゼは苦笑した。


「自分でも、少しおかしいと思っています」


     ◇


 カナタが魔道具を片付けている間。


 リーゼは自分の手を見ていた。


「……」


「どうした?」


「いえ」


 リーゼは首を振る。


「少しだけ、気になることがあって」


「何?」


「私、魔力感知は得意なんです」


「そうなの?」


「伝書人の訓練でも、それなりに評価されていました」


 リーゼは自分の指先を見る。


「だから、他人の魔力がどういうものなのかは、ある程度分かります」


「うん」


「でも」


 リーゼはカナタを見る。


「カナタの魔力だけは、少し違うんです」


「どう違う?」


「説明できません」


「そっか」


「ただ……」


 少し考える。


「普通の魔力より、ずっと深く感じるんです」


「深い?」


「はい」


「それって、俺の魔力量が多いから?」


「最初は、そう思っていました」


 リーゼは頷く。


「でも、違う気がします」


「……」


「量だけでは説明できない感じです」


 そのとき。


 机の端に置いてあった青い羽根が。


 ほんの一瞬だけ。


 淡く光った。


「……!」


 リーゼが振り向く。


「今……」


「ん?」


「羽根」


 カナタも見る。


 しかし。


 もう何も起きていない。


「光った?」


「はい」


「俺の魔力?」


「たぶん……」


 リーゼは羽根を手に取る。


 すると。


 何も起こらない。


「……」


 カナタが触れる。


 淡い光。


「やっぱり俺だけか」


「……そうですね」


 リーゼは少し考える。


 そして。


「でも」


「うん?」


「今は、私がカナタの魔力に触れている状態で反応しました」


「……」


 二人で羽根を見る。


「偶然かな」


「分かりません」


 リーゼは羽根を机へ戻した。


「今は、記録しておきましょう」


「うん」


「いつか、何か分かるかもしれません」


     ◇


 訓練室を出る。


 リーゼは少し壁に手をつきながら歩いていた。


「大丈夫?」


「大丈夫です」


「酔ってるみたい」


「……少しだけ」


「顔赤いぞ」


「言わないでください」


「水飲む?」


「お願いします」


 休憩室で水を飲む。


 しばらくすると。


 リーゼの表情も落ち着いてきた。


「……もう大丈夫です」


「よかった」


「カナタ」


「ん?」


「今日の魔力制御」


「うん」


「かなり上達しましたね」


「そう?」


「はい」


 リーゼは嬉しそうに笑う。


「以前なら、あれだけの魔力を循環させたら、途中で暴れていました」


「今は?」


「ちゃんと流れています」


「じゃあ成功?」


「大成功です」


「よし」


 カナタも笑った。


 リーゼは少し黙ってから。


「ただ」


「うん?」


「私が慣れるまでは、長時間の訓練は控えましょう」


「分かった」


「どうも私は、カナタの魔力を感じると、少し気が緩んでしまうみたいです」


「酔っ払うみたいに?」


「はい」


「面白いな」


「面白がらないでください」


「ごめん」


 リーゼも笑う。


「でも」


 リーゼは自分の手を見る。


「不思議です」


「何が?」


「カナタの魔力は、とても大きいのに」


「うん」


「触れていると、怖さを感じないんです」


「……」


「むしろ、落ち着く」


 リーゼは少し考える。


「もしかしたら」


「うん?」


「私とカナタの魔力の相性が、とてもいいのかもしれません」


「相性?」


「魔力にも相性がありますから」


「なるほど」


「ただ、ここまで極端なのは聞いたことがありません」


 リーゼは笑う。


「カナタは本当に、普通じゃないですね」


「褒めてる?」


「たぶん」


「たぶんかよ」


 二人で笑った。


 けれど。


 リーゼはまだ知らない。


 自分自身の魔力が。


 なぜカナタの魔力にこれほど強く反応するのか。


 そして。


 カナタの魔力と青い羽根が反応した瞬間。


 なぜ自分の魔力まで、ほんの一瞬だけ呼応したのか。


 その理由を。


 セレフィナだけが。


 まだ語らずにいた。

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