第九十七話 石の道
二月の半ば、宗兵衛は初めて小牧山に登った。
低い山だった。二宮山の半分の高さもない。尾張の平らな野の真ん中に、ぽつんと一つ盛り上がっている。頂に立つと、四方がよく見渡せた。南には清洲の方角が霞んで見え、北には木曽川の向こうに美濃の山々が連なっていた。
「よう見えますね」
佐吉が息を弾ませながら言った。
「ああ。よく見える」
宗兵衛は北の山並みを見ていた。あの向こうに、稲葉山がある。
麓では、もう縄張りが始まっていた。山の斜面に杭が打たれ、縄が張られていく。どこに曲輪を置き、どこに道を通すか。殿が自ら山を歩いて決めたのだと、甚内から聞いていた。
その日の夕方、修理亮が組の者を集めた。
「わしの組には、石を任された」
修理亮は短く言った。
「山の中腹から上に、石を積む。その石を、北東の岩崎の山から切り出して運ぶ。切り出しは石工がやる。運ぶのは、わしらの仕事じゃ」
修理亮は宗兵衛を見た。
「宗兵衛。運びの段取りは、お主がやれ。人足、荷車、道、日数。美濃の時と同じじゃ。ただし、今度運ぶのは米ではない。石じゃ」
「はっ」
宗兵衛は頭を下げた。
石を積む。宗兵衛は、それを知っていた。小牧山の城には、石垣があった。この時代の尾張にはまだ珍しい、石を積み上げた城だった。だが、どれだけの石を、どうやって運んだのかまでは、知らなかった。
翌日から、宗兵衛は佐吉と平六を連れて、岩崎の山と小牧山の間を歩いた。
道のりは一里と少し。平らな道だった。だが、平らな道でも、石は米とは違った。
石工の頭は、切り出した石の一つを指して言った。
「これで、大人四人がかりじゃ。荷車に一つ載せれば、車軸が軋む。二つ載せれば折れる」
宗兵衛は石の前にしゃがみ込み、書付に数を書いた。荷車一台に石一つ。一日に往復できるのは二度。石垣に要る石の数は、石工の見立てで数千。
荷車が足りない。何度数え直しても、同じ答えだった。
その夜、宗兵衛が勘定に頭を抱えていると、平六が荷車の車輪を叩きながら言った。
「宗兵衛様。荷車で運ぶから、足りんのです」
「荷車でなければ、何で運ぶ」
「修羅です」
平六は土間に指で絵を描いた。二本の太い木を並べ、その上に横木を渡した、橇のような形だった。
「わしの在所では、寺の普請の時に、これで大石を引いておりました。車輪がないから、壊れん。道に丸太を並べて、その上を滑らせる。人は要りますが、荷車よりよほど重い物が運べます」
宗兵衛は土間の絵をしばらく見つめていた。
「平六。それを、明日、石工の頭に見せてくれ」
「わしがですか」
「お前が考えたことだ。お前が話すのが一番いい」
平六は驚いた顔をしたが、やがて、小さく頷いた。
三日後、宗兵衛は修羅を二つ作らせ、岩崎の山から最初の石を引いた。
丸太の上を、修羅が滑っていく。二十人の人足が綱を引き、後ろの者が丸太を前へ運び直す。荷車の倍の大きさの石が、ゆっくりと、だが確かに、小牧山へ向かって進んでいった。
宗兵衛は、その横を歩きながら、書付に数を書いた。一刻で進んだ距離。人足の数。丸太の数。休みを入れる間合い。
だが、修羅一つに人足が二十人要る。二つ動かせば四十人。組の荷駄の者だけでは、とても足りなかった。
宗兵衛が人足の割り振りに悩んでいると、翌朝、弥吉が見慣れない男たちを連れてきた。十人ほどの、日に焼けた百姓たちだった。
「川沿いの村の者じゃ。田起こしまでの間なら手伝えると言うてな」
先頭の男が、宗兵衛の前で頭を下げた。
「小太郎の父でございます。美濃では、荷を担いで川を二度渡りました。石も、担げます」
宗兵衛は男の顔を見た。去年の秋、小太郎が「お父も帰ってきた」と言った、その父親だった。
「扶持は、組から出します。飯も出します。日が暮れたら、必ず村へ帰ってください」
「へえ」
男たちは綱を手に取った。宗兵衛は書付を開き、十人の名を一人ずつ聞いて書いた。
修理亮は、その日の夕方に石の道の様子を見に来た。修羅の列と、綱を引く百姓たちを黙って眺めてから、宗兵衛に一言だけ言った。
「田起こしが始まったら、必ず帰せ。あの村の年貢は、まだ半分残っておる」
「はい」
修理亮はそれ以上何も言わず、小牧山の方へ馬を返した。
問題が起きたのは、その次の日の昼過ぎだった。
最初の石が小牧山の麓に差しかかったところで、修羅の列が止まった。前に、荷車の列が詰まっていた。材木を積んだ荷車だった。
「どこの組じゃ」
人足の一人が声を上げると、荷車の向こうから、聞き慣れた声が返ってきた。
「わしの組じゃ」
藤吉郎だった。泥だらけの草鞋で、荷車の間を縫ってこちらへ歩いてくる。
「宗兵衛か。お主が石とは聞いておったが、こんな化け物を引いておるとはな」
藤吉郎は修羅の上の石を見上げて、目を丸くした。
「藤吉郎殿は、材木ですか」
「おう。麓の曲輪の柱じゃ。殿が、夏までに移ると仰せでな。間に合わせねばならん」
麓へ入る道は一本しかなかった。修羅が通れば、荷車は止まる。荷車が通れば、修羅は止まる。
藤吉郎は道を見て、それから宗兵衛の顔を見た。
「どちらが先に通る」
人足たちが、両方の組から宗兵衛と藤吉郎を見ていた。
宗兵衛は書付を開いた。
「藤吉郎殿の荷車は、一日に何度、この道を通りますか」
「朝に二度、昼に二度、夕に一度じゃ」
「修羅は、一日に一度しか通れません。ただ、通るのに半刻かかります」
宗兵衛は書付の頁を藤吉郎に見せた。そこには、修羅の進み方が刻ごとに書かれていた。
「昼の二度目の荷車が通った後、夕の荷車までの間に、修羅を通させてください。その間なら、どちらも止まらずに済みます」
藤吉郎は書付を覗き込み、しばらく黙っていた。
それから、にやりと笑った。
「お主、わしの荷車の数まで勘定に入れておったのか」
「今、聞きましたので」
「嘘をつけ。聞いてから勘定して、こんなに早く答えが出るか」
藤吉郎は笑いながら、宗兵衛の肩を叩いた。
「よかろう。昼の後は、お主の石に道を譲る。……ただし」
藤吉郎は声を落とした。
「美濃の帳面の借りは、あれで返したつもりじゃった。今日のこれで、また借りが一つできた気がする。わしは借りが嫌いでな。いずれ返す」
「借りなどと……」
「わしが決めることじゃ」
藤吉郎はそう言って、自分の荷車の方へ戻っていった。
その日の夕方、修羅は小牧山の麓に着いた。
石工たちが石を囲み、山の上へ引き上げる支度を始めた。中腹に積む石垣の、最初の一つになる石だった。
宗兵衛は書付を開き、その日の一行を書いた。石一つ、着く。修羅は平六の考え。
その下に、少し迷ってから、もう一行書き足した。
麓の道、藤吉郎殿の組と分けて使う。昼の後は石。
佐吉が横から覗き込んで、首を傾げた。
「宗兵衛様。藤吉郎様のことまで書くのですか」
「ああ。道を一緒に使った者のことは、書いておく」
宗兵衛は書付を閉じた。
石垣が積み上がるまでに、あと何千の石を運ばねばならないのか。夏までに、殿はこの山へ移るという。数えれば、気の遠くなるような数だった。だが、一つ目は着いた。一つ目が着けば、二つ目の勘定ができる。
麓では、石工たちが着いたばかりの石を叩いて、割れがないか確かめていた。その音が、春の夕暮れの山に、乾いた音で響いていた。
【あとがき】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。今回から、小牧山の普請が始まりました。小牧山城は、近年の発掘調査で、山の上部に石垣が築かれていたことが分かっています。石は近くの岩崎山などから運ばれたと考えられています。ただし、どの組が何を運んだのか、どのような段取りだったのかは分かっておらず、修理亮の組が石を任されたことや、平六の修羅の話、藤吉郎の組と道を分けた話は創作です。修羅は、大きな石や材木を運ぶために古くから使われた橇のような道具です。宗兵衛が小牧山に石垣があることを知っていたのは、現代の発掘の知識によるものですが、それをどう運ぶかは、この時代の人たちの知恵に頼るしかありませんでした。面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などで応援していただけると励みになります。




