第九話 任された役目
翌朝。
宗助は昨夜の源四郎の言葉が頭から離れなかった。
『お主に任せたい務めがある。』
足軽となってから初めて、自分だけへ向けられた言葉だった。
夜明けとともに広場へ向かうと、源四郎はすでに待っていた。
「参りました。」
「うむ。」
源四郎は周囲を見回し、他の足軽たちへ指示を出していく。
「弥吉は西の見張り。」
「喜兵衛は兵糧蔵。」
「残りは槍の鍛錬じゃ。」
一人、また一人と持ち場へ散っていく。
やがて広場には宗助だけが残った。
「宗助。」
「はっ。」
「今日は儂と参れ。」
宗助は少し驚いた。
「私一人ですか。」
「左様。」
源四郎は歩き始める。
二人が向かった先は村外れの街道だった。
そこには倒れかけた道標が一本立っている。
「これを見よ。」
源四郎は道標へ手を置く。
「旅人はこれを頼りに道を進む。」
「倒れれば迷う者も出る。」
宗助は頷いた。
戦国時代には案内板などない。
こうした道標一つが人の命を左右することもある。
「兵とは槍を振るうだけではない。」
「村を守り、人を守り、道を守る。」
「それが織田家の兵じゃ。」
宗助は源四郎の言葉を胸へ刻む。
信長が目指す国とは、こうした日々の積み重ねの上にあるのかもしれない。
「持ち上げるぞ。」
「はい。」
二人で道標を掘り起こし、新しい土を踏み固める。
汗が額を流れ落ちる。
腕は痛む。
それでも作業が終わる頃には、道標は真っ直ぐ街道を向いて立っていた。
その時だった。
馬の蹄の音が近付いてくる。
街道の向こうから一騎の武士が駆けてきた。
宗助と源四郎は道の脇へ下がる。
武士は二人の前で馬を止めた。
「源四郎殿。」
「何用にござる。」
「清洲より伝令。」
武士は懐から書状を取り出した。
「近頃、今川方の間者が尾張へ入り込んでいるとのこと。」
源四郎の表情が引き締まる。
「村々の警戒を一層厳しくせよとの命じゃ。」
宗助は思わず息を呑んだ。
(間者……。)
戦が近付けば情報戦も始まる。
歴史で読んだ出来事が、少しずつ現実になっていく。
武士は書状を渡すと、再び馬を走らせて去っていった。
源四郎は静かに書状を畳む。
「宗助。」
「はっ。」
「これより巡回では、人だけでなく違和感も見逃すな。」
「違和感……ですか。」
「見慣れぬ者。」
「普段と違う荷。」
「不自然な足跡。」
「小さなことが、大事につながる。」
宗助は力強く頷いた。
「承知いたしました。」
ただ槍を振るうだけではない。
周囲を見て、考え、異変へ気付く。
それもまた兵に求められる力だった。
宗助は改めて道標を見つめる。
戦はまだ始まっていない。
だが、確実に近付いている。
歴史の大きな流れの中で、自分にできることはまだ小さい。
それでも一つずつ積み重ねていくしかない。
いつか本能寺で信長を救う、その日のために。
その日の夕刻。
村へ戻った宗助は、源四郎から受け取った言葉を何度も思い返していた。
「違和感を見逃すな。」
戦は槍を交える前から始まっている。
間者が入り込めば、兵の数も備えも敵へ筒抜けになる。
だからこそ、兵は目を養わねばならない。
翌朝。
宗助と弥吉は再び北の街道へ巡回へ出た。
朝霧が薄く立ち込め、街道を歩く人影はまだ少ない。
荷を背負った商人。
寺へ向かう旅僧。
薪を運ぶ村人。
宗助は一人ひとりの様子を自然と目で追っていた。
「昨日までとは違う目じゃの。」
弥吉が笑う。
「源四郎殿に言われたからな。」
「それだけではあるまい。」
宗助は苦笑する。
確かにそうだった。
未来を知るからこそ、小さな異変でも見逃したくない。
その積み重ねが、いつか本能寺へつながると信じている。
しばらく歩くと、一人の旅人が道端へ座り込んでいた。
年は四十ほど。
着物には旅の土埃が付いている。
「どうされました。」
宗助が声を掛ける。
男は困ったように笑った。
「草履の紐が切れてしまってな。」
宗助はしゃがみ込み、切れた紐を見る。
確かに歩ける状態ではない。
「弥吉。」
「縄ならあるぞ。」
二人で荷から細縄を取り出し、応急処置を施す。
男は何度も礼を言った。
「助かった。」
「この先の清洲まで行かねばならんのでな。」
宗助は自然と尋ねる。
「清洲へは何用で。」
「布を納める商人じゃ。」
荷を確認すると、確かに反物が丁寧に包まれている。
話にも不自然なところはない。
「お気を付けて。」
「恩に着る。」
男は深く頭を下げ、再び街道を歩き始めた。
その姿を見送りながら、弥吉が小さく笑う。
「ちゃんと荷まで見ておったな。」
「少し気になっただけだ。」
「その心掛けを忘れるな。」
弥吉は満足そうに頷いた。
宗助は街道の先を見つめる。
今はまだ何事もない。
だが、こうして目を配ることも織田家を守ることにつながる。
その一歩一歩が、自分を本能寺へ近づけているのだと信じながら。
――あとがき――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は「戦う兵」ではなく、「見守る兵」としての宗助を描きました。戦国時代は合戦だけでなく、日々の警戒や人々との関わりによって支えられていたことも、この作品では大切にしていきたいと思っています。
宗助はまだ武功を立ててはいませんが、少しずつ兵としての視点や責任感が育ってきました。次回からはいよいよ、尾張国内の緊張がさらに高まり、宗助にも新たな役目が巡ってきます。
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これからも史実への敬意を忘れず、丁寧に物語を紡いでまいります。どうぞよろしくお願いいたします。




