第七十二話 送り出す者
「宗助様、平六さんが列を組み直しています」
朝の荷の確認に出ると、佐吉が小走りに寄ってきた。昨日決めた通り、今日から五人のまとめ役は平六が務めている。見れば、平六は荷車の前で四人を並べ、誰がどの荷を受け持つかを一人ずつ言い渡していた。手際は悪くない。ただ、道の具合を確かめずに荷車を出そうとしたところで、佐吉が横から声を掛け、平六が一度足を止めた。二人で短く言葉を交わし、荷車の順を入れ替える。宗助は口を挟まずにそれを見ていた。昨日の自分なら、ここで前へ出ていただろう。今日は出なかった。出なくても、荷は動いた。
「宗助」
昼前、修理亮の使いが来た。源四郎は朝のうちに呼ばれたまま、まだ戻っていない。宗助は佐吉に後を任せ、城の奥へ向かった。
部屋には修理亮と、その脇に控える源四郎がいた。源四郎は宗助を一度見ただけで、すぐに目を伏せた。宗助が膝をつくと、修理亮は前置きなく口を開いた。
「お主の烏帽子親は、わしが務める」
宗助は顔を上げた。言葉の意味は分かる。だが、すぐには飲み込めなかった。
「修理亮様が、でございますか」
「不服か」
「いえ。ただ、俺のような者に……」
「話はそれだけではない。元服の後、お主はわしの与力として預かる。信長様のお許しも出た」
宗助は息を呑んだ。名を授かるだけではない。源四郎の組を離れ、修理亮の下で働くということだ。修理亮は宗助の顔色を読んだように続けた。
「親として名を与える者と、戦で使う者が別では、筋が通らん。わしが使うのなら、わしが親に立つ。それだけのことじゃ」
宗助は思わず源四郎を見た。源四郎は黙ったままだった。
「日取りは八月半ばの吉日とする。介添は源四郎に頼んだ。支度のことは源四郎に聞け」
「はっ」
「それと、名字じゃ。昨日、在所は沢井と申したな」
「はい」
「何を名乗るつもりでおる」
宗助は少しだけ考えた。昨夜、書付の一番上に書いた二文字が浮かぶ。
「沢井を名乗りとう存じます」
「生まれた村の名か」
「はい。あの村から送り出されましたので」
修理亮はしばらく宗助を見ていたが、やがて短く頷いた。
「よかろう。一字のほうは、当日わしから与える。それまでは考えずともよい」
部屋を出ると、少し遅れて源四郎も出てきた。二人はしばらく黙って廊下を歩いた。宗助には聞きたいことがあった。だが、どう切り出せばいいのか分からなかった。先に口を開いたのは源四郎だった。
「わしから申し上げたのじゃ」
宗助は足を止めた。
「何を、ですか」
「昨日、修理亮様から、わしが烏帽子親に立つ気はあるかと聞かれた」
「……」
「断った。修理亮様にお願いしたいと申し上げた」
宗助は源四郎の顔を見た。源四郎はいつもと変わらない顔で前を見ていた。
「なぜですか」
「わしがくれてやれる一字は、わしの組の中でしか通らん」
源四郎は静かに言った。
「わしは組を預かる身じゃ。わしの子として名を持てば、お主はわしの組の者として見られる。それで悪いことはない。だが、お主はそこで止まる男ではなかろう」
「止まるつもりなど……」
「つもりの話ではない。周りの見方の話じゃ」
源四郎は宗助の肩に手を置いた。
「わしの下では、お主は伸びん。それが分かっていて手元に置くのは、わしの勝手というものじゃ」
宗助は何も言えなかった。桶狭間の前、槍の握り方も知らなかった自分に、腰を使えと教えたのはこの人だった。生きて帰ることを最初に教えたのも、この人だった。
「源四郎様」
「何じゃ」
「……ありがとうございます」
「礼はいらん」
源四郎は手を離し、少しだけ口の端を上げた。
「介添はわしがする。お主の烏帽子が曲がっておったら、わしの恥になる。それだけは覚えておけ」
夕刻、宗助が五人のもとへ戻ると、佐吉が真っ先に顔を上げた。宗助は元服のことと、その後に修理亮の与力となることを話した。誰もすぐには口を開かなかった。最初に声を出したのは平六だった。
「では、わしらは」
「源四郎様の組に残る。まとめ役はこれまで通り平六に頼む」
平六は黙って頷いた。佐吉は何か言いかけて、口を閉じた。宗助はそれに気づいたが、今は問わなかった。問われても、まだ答えられることがない。
日が落ちる頃、荷駄置き場の脇で藤吉郎に呼び止められた。
「聞いたぞ。修理亮殿の烏帽子子になるそうじゃな」
「もうご存じなのですか」
「こういう話はすぐに回る」
藤吉郎はにやりと笑った。
「よい親を持ったな。……少々、厄介な親でもあるが」
「厄介、ですか」
「戦では頼もしい。だが、ああいうお方の下につけば、お主もああいうお方の者として見られる。それを忘れるなよ」
藤吉郎はそれだけ言って去っていった。宗助はその背中を見送りながら、胸の奥に冷たいものを感じていた。宗助は知っている。ずっと先の話だ。信長が倒れた後、この人と修理亮は天下を争い、修理亮は越前で命を落とす。修理亮の烏帽子子となれば、自分はその片側に立つことになる。だが、と宗助は思い直した。それは本能寺が起きた後の話だ。本能寺さえ起こさせなければ、二人が争う理由そのものがなくなるかもしれない。自分が知っている歴史は、まだ何一つ確かなものではない。
その夜、宗助は書付を開き、昨夜の「沢井」の下に一行を書き足した。
「烏帽子親 柴田修理亮様 介添 源四郎様」
二人の名が並んだ紙を、宗助は長いこと見ていた。一人は名を与え、一人は送り出す。どちらが欠けても、この行は書けなかった。
【あとがき】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。今回は、宗助の烏帽子親が決まる回でした。当時の元服では、烏帽子親は名を与えるだけでなく、その後も親に近い立場で後ろ盾となる存在でした。主君や上役が烏帽子親を務めて、主従や与力の縁を固めることも珍しくありません。今回、修理亮が宗助を与力として預かり、その縁で烏帽子親に立つという形にしたのはそのためです。そして、宗助を最も長く見てきた源四郎は、自ら身を引いて介添という形で送り出す道を選びました。名字は、前回登場した宗助の在所「沢井」から取ることになりました。授かる一字は、元服の当日に明らかになります。面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などで応援していただけると励みになります。




