第六十五話 先を読む者
柴田修理亮から命を受けた翌日。宗助は朝から五人を連れて、前日に見つけた道の周辺を改めて確認していた。切られた木、残された足跡、荷車の轍。昨日は一つ一つを見て終わったが、今日は別のことが気になっていた。倒木があった場所そのものではない。その先に続く道だった。宗助は何度か立ち止まり、地面に残った轍を見た。荷車は一方向へ向かっている。だが、途中から数が減っていた。
「佐吉」
「はい」
「この先、道が二つに分かれていたか?」
「少し先に分かれ道があります」
「見てこられるか?」
「分かりました」
佐吉が走っていく。宗助は残った四人に、昨日と同じように周囲を見させた。ただし、今日は何かを探せとは言わなかった。自分が何かを決めつければ、五人の目まで同じ方向へ向いてしまう。だから、まず自分の目で見たものをそのまま伝えてもらうことにした。
しばらくして佐吉が戻ってきた。
「分かれ道のところで、轍が二つに分かれています。ただ、片方はほとんど使われていません」
「もう片方は?」
「新しいです。荷車が何台も通っています」
宗助は頷いた。昨日の荷が通った道と一致する。
「その道の先は?」
「村があります」
「他には?」
佐吉は少し考えた。
「川があります。そこを渡ると、美濃へ向かう道につながります」
宗助は黙った。
美濃。
その言葉だけで、これまでの戦場が頭に浮かんだ。
だが、今は戦ではない。
荷が足りない。
倒木があった。
そして、その先には美濃へ続く道がある。
偶然かもしれない。
だが、宗助はその偶然を放っておけなかった。
「戻るぞ」
「何か見つかりましたか?」
佐吉が尋ねる。
「まだ分からない」
宗助はそう答えた。
清洲へ戻ると、宗助は源四郎に報告した。源四郎は話を聞き終えると、しばらく考えた。
「荷が二つ足りん。倒木があり、その先で道が分かれている。しかも美濃へ続く道がある」
「はい」
「何かあると思うか?」
「分かりません」
「では、なぜ報告した?」
「分からないからです」
源四郎が宗助を見る。
「分からないままにしておくには、少し気になることが重なっています」
源四郎は小さく頷いた。
「それでいい」
その日の昼過ぎ、宗助は再び呼ばれた。
今度は柴田修理亮だけではなかった。
数人の家臣が集まる場所だった。
宗助は中へ入り、頭を下げる。
「来たか、宗助」
修理亮が言った。
「はい」
「昨日の件だ。続きがあるそうだな」
宗助は、今朝見つけたことを順に説明した。荷の不足、倒木、分かれ道、そして美濃へ続く道。
話を聞いていた家臣の一人が口を挟んだ。
「それだけなら、何もないのではないか?」
「その可能性もあります」
宗助は答えた。
「では、なぜそこまで気にする?」
「同じことが重なっているからです」
「重なっている?」
「はい。一つなら偶然だと思います。でも、荷が足りない。道が塞がっている。その先に別の道がある。俺には、全部が別々のことには見えません」
部屋が静かになった。
宗助自身も、言いすぎたかと思った。
だが、修理亮は怒らなかった。
「お主は、以前からそうだったな」
宗助が顔を上げる。
「戦場でも、兵の動きより先に道を見ていた。荷を見て、川を見て、その先を考える」
「……はい」
「だからこそ、気をつけろ」
修理亮の声が低くなる。
「先を読む者は、外した時に周りまで巻き込む」
宗助は黙った。
「見えたと思った時ほど、確かめろ。お主が正しいとは限らん」
「分かりました」
「それでも気になるなら、調べろ」
「はい」
宗助は頭を下げた。
その帰り道、源四郎が待っていた。
「どうだった?」
「調べることになりました」
「お前が言い出したのか?」
「はい」
源四郎は少し笑った。
「前とは違うな」
「何がですか?」
「前のお前なら、見つけたことを自分で確かめて、自分で結論を出そうとしていた」
宗助は何も言わなかった。
「今は、見つけたものを人に渡して、他の者の目も使おうとしている」
「……そうかもしれません」
「それなら、そのやり方を覚えろ」
源四郎はそれだけ言って歩き出した。
宗助は五人のところへ戻った。
「明日、もう一度あの道を見に行く」
「分かりました」
佐吉が頷く。
「俺たちも行きます」
「ああ。ただし、今度は俺が何かを探すように言うつもりはない」
「どういうことですか?」
「それぞれ、自分が気になったものを見てくれ」
五人が顔を見合わせる。
「見つけたら、理由も一緒に教えてくれ」
佐吉が頷いた。
「分かりました」
宗助は五人を見ながら思った。
人を動かすというのは、命令することではない。
自分とは違う目で見てもらい、その違いを受け取ることだ。
翌朝、再び道へ向かった。
宗助たちは昨日とは違う歩き方をしていた。
宗助が先頭を歩き、佐吉たちはそれぞれ別の場所を見る。
やがて、一人の足軽が声を上げた。
「宗助さん!」
宗助が振り返る。
「何だ?」
「この轍、昨日より新しいです」
宗助は近づいた。
確かに、新しい。
しかも昨日見た荷車の轍とは違う。
「いつのものか分かるか?」
「分かりません。でも、雨が降ってないから、昨日の夜か今朝だと思います」
宗助は地面を見つめた。
誰かが、この道を使った。
そして、その先には美濃へ続く道がある。
宗助の中で、一つの考えが形になり始めた。
だが、まだ確証はない。
「戻るぞ」
「またですか?」
佐吉が尋ねる。
「ああ。今度は、俺たちだけで決めない」
宗助は歩き出した。
自分が先を読めること。
それは力になる。
だが、その力を信じすぎれば、判断を誤る。
だからこそ、宗助は五人の目を借りることにした。
まだ名前すら知られていなかった足軽たちが、少しつ宗助の判断を支える存在になり始めている。
そしてその頃。
別の場所で、宗助について話している男がいた。
「また、先を読んだそうですな」
木下藤吉郎だった。
向かいにいた男が答える。
「偶然じゃろう」
藤吉郎は笑った。
「そうですかな」
その笑みから、先ほどまでの軽さが少し消えた。
「偶然にしては、少し多すぎる」
藤吉郎はそう呟いた。
宗助が何者なのか。
まだ分からない。
だが、ただの足軽ではない。
その疑いだけが、少しずつ大きくなっていた。
――あとがき――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、宗助が自分の考えだけで結論を出すのではなく、周囲の目を使いながら判断することを覚えていく話にしました。
そして、宗助の「先を読む力」に対して、少しずつ周囲の見方も変わり始めています。
特に藤吉郎は、宗助の働きを評価する一方で、「なぜそこまで先が見えているのか」という違和感を持ち始めています。
まだ小さな疑問にすぎません。
ですが、その疑問がこれからどのように宗助との関係に影響していくのか。
そして宗助自身が、その力をどう扱っていくのか。
ここから少しずつ物語が動いていきます。
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