第六十二話 初めて人を動かす
翌朝、宗助たちは宿営地を出た。五人の足軽を連れ、源四郎から任された仕事をこなすために歩く。昨日までは自分の手を動かして片付けていたことも、今日は違った。必要な作業を見つければ、誰に任せるかを考えなければならない。
「宗助殿、あそこはどうしますか。」
兵の一人が指差した。街道脇に、前日の雨でぬかるんだ場所がある。荷車なら避けるところだが、今度は兵が通るだけだ。
「二人は周りを見てくれ。残りは足元を固める。」
「何を使います?」
「そこに落ちている枝と石でいい。無理に綺麗にする必要はない。人が転ばなければ十分だ。」
兵たちが動き始める。宗助は少し離れた場所から、その様子を見ていた。自分が作業するより、時間がかかっている。手を出せば早い。だが、それでは意味がない。宗助は口を挟まずに待った。
「終わりました。」
「よし。通ってみよう。」
先に一人を歩かせる。足元を確かめ、問題がないことを確認してから全員を進ませた。宗助は頷いた。
「次からも同じような場所があったら、見つけた者が先に知らせてくれ。」
「はい。」
五人は再び歩き始めた。
昼前、源四郎のところへ戻ると、宗助は簡単に報告した。
「昨日より動きが早くなったようじゃな。」
「俺が全部やらないようにしました。」
「それでよい。」
源四郎は五人の方へ目を向けた。
「お主は何か勘違いしておらんか。」
「何をですか。」
「人を使うとは、命令を増やすことではない。」
宗助は黙って聞いた。
「目的を伝えて、あとは任せる。細かいところまで口を出せば、任せた意味がなくなる。」
「分かりました。」
「ただし、任せた以上は最後まで見ろ。」
源四郎は宗助を見る。
「失敗した時に、任せた相手だけを責めるな。お主にも責任がある。」
「はい。」
その言葉を、宗助は書付に残した。
午後になると、別の仕事が入った。近くの村から届いた兵糧を受け取り、指定された場所へ運ぶ。今までなら荷駄そのものを見ていた。今日は違う。
「三人で受け取りを頼む。二人は先に置き場所を確認してくれ。」
「宗助殿は?」
「俺は村の者と話をする。」
兵たちはそれぞれの仕事へ向かった。宗助は村人から米俵の数を聞き、受け取った分と書付を照らし合わせる。一つ足りない。
「この分、届いていません。」
村人が慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。あとで届けます。」
「いつになりますか。」
「夕方までには。」
宗助は少し考えた。今夜の兵糧に影響するほどではない。
「分かりました。ただ、源四郎殿には伝えておきます。」
「はい。」
宗助は戻ると、足りない分を報告した。
「その判断でよい。」
源四郎はそれ以上何も言わなかった。宗助は少し意外だった。
「怒らないんですか。」
「何にじゃ。」
「兵糧が足りなかったことに。」
「足りぬものは足りぬ。怒って増えるなら、いくらでも怒るがの。」
源四郎は笑った。
「大事なのは、足りぬと分かった時にどうするかじゃ。」
宗助は頷いた。
夕方。約束通り、足りなかった米俵が届いた。宗助は五人を集めた。
「今日はここまでだ。」
一人が口を開く。
「明日は何をするんですか。」
「まだ決まっていない。」
「では、休んでいいんですか。」
「そういうことだ。」
兵たちが散っていく。宗助はその背中を見ながら、自分が少しずつ役目を変えていることを実感していた。自分が一番早く動く必要はない。誰が何をすればいいのかを考え、必要な時だけ手を出す。それだけで、仕事の見え方が変わっていた。
夜。藤吉郎が宗助のところへやって来た。
「どうじゃ。人を使うのは。」
「難しいです。」
「そうじゃろうな。」
藤吉郎は笑った。
「自分一人なら、自分の好きなように動ける。人が増えれば、そうはいかん。」
「思ったより時間がかかります。」
「それも覚えておけ。」
「はい。」
藤吉郎は焚き火の向こうを見た。
「ただ、今日のような仕事を繰り返しておれば、そのうち分かる。」
「何がですか。」
「自分でやった方が早い仕事と、人に任せた方がよい仕事の違いじゃ。」
宗助は考え込んだ。
「それが分かれば、少しは楽になりますか。」
「楽になるとは限らん。」
藤吉郎は笑った。
「むしろ、考えることは増えるぞ。」
「……それは嫌ですね。」
「武士になろうという者が、楽を考えてどうする。」
宗助も苦笑した。
藤吉郎が立ち上がる。
「明日も失敗せい。」
「わざとですか?」
「そうではない。失敗した方が覚えることもあるというだけじゃ。」
藤吉郎はそのまま去っていった。
宗助は一人になった焚き火の前で、今日のことを振り返った。五人を任された。仕事を分けた。報告を受けた。判断した。大きなことは何もしていない。それでも、昨日までとは違う。
宗助は書付を開き、一行だけ書いた。
人を動かすなら、先に自分が考える。
筆を置く。そして懐にしまった。
翌朝。宗助が五人のもとへ向かうと、一人が先に声をかけてきた。
「宗助殿。」
「どうした。」
「昨日のことですが、今日から俺が先に皆を集めます。」
宗助は少し驚いた。
「任せる。」
「はい。」
兵たちが動き始める。宗助はその様子を見ながら、口元をわずかに緩めた。自分が命じなくても、動く者が出てきた。それは小さな変化だった。だが、武士として人を率いるなら、こうしたところから始まるのかもしれない。
その日の昼過ぎ、源四郎から再び呼び出しがあった。
「宗助。」
「はい。」
「明日から、お主一人に任せる仕事が増える。」
宗助は姿勢を正した。
「分かりました。」
「ただし、何でも自分で決めるな。」
「はい。」
「迷ったら聞け。」
宗助は頷いた。
少しずつだ。急ぐ必要はない。だが、昨日までとは確実に違う場所へ進み始めていた。
――あとがき――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、宗助が初めて継続的に人を任される中で、「自分で動くこと」と「人を動かすこと」の違いを学ぶ話としました。
まだ五人です。大きな部隊を率いるわけでも、戦場で華々しい武功を立てるわけでもありません。
それでも、自分の判断が誰かの動きに繋がるようになったことは、宗助にとって大きな変化です。
これまで積み重ねてきた経験を土台にしながら、少しずつ役目を上げていきます。
次回からは、さらに宗助自身の判断が求められる場面へ進んでいきます。
次回『第六十三話 任せるということ』




