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本能寺を変えるため、織田信長の家臣になった。 ~歴史を知る俺は、天下人を死なせない~  作者: 春野ケイ


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第六話 夜回りの務め

 朝靄の残る街道を、宗助たちは村へ向かって歩いていた。


 兵糧を無事に届けた安堵からか、皆の表情はどこか柔らかい。


 しかし源四郎だけは違った。


 歩きながらも周囲へ鋭い視線を送り、林の中や街道脇を絶えず警戒している。


(これが戦国の兵か。)


 宗助はその姿を目で追った。


 戦場でなくとも気を抜かない。


 それが生き残る者なのだろう。


 村へ戻ると、源四郎は宗助たちを広場へ集めた。


「兵糧運び、ご苦労であった。」


 一同が頭を下げる。


「じゃが、これで終わりではない。」


 源四郎は腕を組み、一人ひとりの顔を見る。


「近頃、街道では野盗が増えておる。」


 ざわめきが広がる。


「戦が近づけば、田畑を捨てる者も出る。」


「飢えた者は盗みに走る。」


「ゆえに村も守らねばならぬ。」


 宗助は静かに頷いた。


 歴史書では戦の勝敗ばかりが語られる。


 しかし、その裏では暮らしが乱れ、人々は生きるためにもがいていた。


「今日より夜回りを命ずる。」


 源四郎が名を呼び始める。


「弥吉。」


「はっ。」


「宗助。」


「はっ。」


「今宵は二人で南の見張りじゃ。」


 宗助は思わず息を呑んだ。


 初めて任される夜の務め。


 武功ではない。


 それでも村を守る大切な役目だった。


 日が沈む。


 提灯代わりの松明を手に、宗助と弥吉は村外れの道を歩く。


 虫の声だけが辺りへ響いている。


 昼間とは別の世界だった。


「静かじゃの。」


 弥吉が呟く。


「こういう夜ほど油断するな。」


「何か来るのか。」


「来ぬのが一番じゃ。」


 弥吉は苦笑した。


「じゃが、何も起こらぬよう見張るのが兵の務めよ。」


 宗助は周囲へ目を配る。


 月明かりだけが田を照らし、風が稲を揺らしている。


 その時だった。


 ガサッ。


 林の中で草が鳴った。


 宗助は反射的に槍を構える。


 弥吉も松明を高く掲げた。


「誰じゃ!」


 返事はない。


 再び草が揺れる。


 宗助の鼓動が速くなる。


 ゆっくり近付く。


 槍先を向け、草を払う。


「……え?」


 そこにいたのは、小さな子どもだった。


 七つか八つほどの男の子。


 着物は泥だらけで、裸足のまま震えている。


 弥吉が慌てて駆け寄る。


「どうした。」


 少年は泣きそうな顔で答えた。


「父ちゃんが……帰ってこない……。」


 宗助はしゃがみ込み、目線を合わせる。


「名前は?」


「太吉……。」


「どこへ行ったか分かるか。」


「山へ薪を取りに……。」


 弥吉は宗助を見る。


 二人とも同じことを考えていた。


 日が落ちてから山へ入るのは危険だ。


 獣だけではない。


 野盗が潜んでいることもある。


 宗助は静かに立ち上がった。


「弥吉。」


「うむ。」


「探しに行こう。」


 戦国乱世。


 戦だけが人の命を奪うわけではない。


 宗助は槍を握り直し、暗い山道へ視線を向けた。


 弥吉は松明を高く掲げた。


「宗助、本当に行くのか。」


「ああ。」


「源四郎殿へ知らせた方が……。」


 宗助は首を横へ振る。


「知らせには行く。」


「でも、その間にも何かあったら手遅れになる。」


 弥吉は少し考え、静かに頷いた。


「よし。」


「儂は源四郎殿を呼ぶ。」


「お主は無理をするな。」


「分かった。」


 宗助は少年・太吉へ視線を向ける。


「お父さんが薪を取りに行った山はどっちだ?」


 太吉は震える指で山道を示した。


「あっち……。」


「ありがとう。」


 宗助は松明を受け取り、一人で山道へ足を踏み入れた。


 夜の山は昼とはまるで違う。


 虫の鳴き声。


 木々を揺らす風。


 折れた枝を踏む音だけが大きく響く。


 慎重に歩みを進める。


 すると、道の脇に薪が散らばっていた。


(ここを通ったのか。)


 さらに進む。


「誰かおるか!」


 声を張る。


 返事はない。


 もう一度叫ぼうとした、その時だった。


「……助けてくれ。」


 かすかな声。


 宗助は声の方へ駆け出す。


 木の根元で一人の男が倒れていた。


 足には大きな枝が落ち、動けなくなっている。


「大丈夫ですか!」


「すまねぇ……。」


 宗助は枝へ手を掛けた。


 思った以上に重い。


 歯を食いしばる。


「うおおっ!」


 渾身の力で押し上げると、枝が転がった。


 男はようやく足を引き抜き、大きく息を吐く。


「助かった……。」


「歩けますか。」


「少し痛むが、大丈夫だ。」


 宗助は男の肩を貸す。


「太吉君が心配していました。」


「太吉が……。」


 男は申し訳なさそうに笑った。


「暗くなる前には帰るつもりだったんだが、欲張って薪を集め過ぎた。」


 宗助も苦笑した。


「無事で何よりです。」


 その頃、山道の下から複数の松明が近づいてきた。


「宗助!」


 源四郎だった。


 弥吉と数人の足軽を連れて駆け上がってくる。


「無事か!」


「はい。」


 宗助は男を支えながら答えた。


「木の下敷きになっていただけでした。」


 源四郎は男の足元を確認し、小さく息を吐いた。


「そうか。」


「ならばよい。」


 男は何度も頭を下げる。


「申し訳ございません……。」


「礼ならこの若者へ言うがよい。」


 源四郎は宗助へ目を向けた。


「よく判断した。」


「勝手に飛び出したことは叱らねばならぬ。」


「じゃが、人命を見捨てなかったことは見事じゃ。」


 宗助は頭を下げた。


「ありがとうございます。」


 源四郎は珍しく口元を緩める。


「戦で武功を立てるだけが兵ではない。」


「民を守ることも、織田家の兵の務めじゃ。」


 その言葉を聞いた宗助は、改めて信長という人物を思い浮かべた。


 民を大切にする家だからこそ、家臣も同じ教えを受けているのかもしれない。


 その考えは、宗助の胸に静かに刻まれていった。


――あとがき――


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 今回は戦ではなく、「人を守ること」も兵の大切な役目であることを描きました。戦国時代は命のやり取りだけでなく、人々の日常を守るために動く者たちがいたことも、この作品では丁寧に描いていきたいと思っています。


 宗助はまだ武功を挙げる前ですが、小さな行動の積み重ねが少しずつ周囲からの信頼へとつながっていきます。これからどのように成長していくのか、楽しみにしていただければ嬉しいです。


 作品を気に入っていただけましたら、ブックマークや評価、感想、レビューで応援していただけると執筆の励みになります。これからも史実への敬意を忘れず、「もしも」の戦国時代を描いていきますので、よろしくお願いいたします。

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