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本能寺を変えるため、織田信長の家臣になった。 ~歴史を知る俺は、天下人を死なせない~  作者: 春野ケイ


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第四十六話 待ち受ける軍勢

 法螺の音が止むと、織田軍の足が一斉に止まった。前方には斎藤方の旗が並んでいる。昨日までのような小競り合いではない。敵は明らかにこちらを迎え撃つため、兵を集めていた。


「宗助。」


 源四郎が振り返る。


「はい。」


「荷駄をまとめ直せ。」


「後ろへ下げますか。」


「まだ動かすな。敵の出方を見る。」


「分かりました。」


 宗助は周囲の兵へ声を掛けた。


「荷車の間を少し空けてください。急に動くことになっても、詰まらないように。」


「分かった。」


 兵たちが荷車の位置を調整していく。


 宗助は前方へ目を向けた。敵の数は多い。だが、それだけではない。中央に兵が集まっている一方、左右にも別の集団が見える。


「源四郎殿。」


「何じゃ。」


「敵、中央だけじゃありません。」


「見えておる。」


「右側の兵、少し離れています。」


 源四郎が目を細める。


「……確かに。」


「こちらの横へ回るつもりでしょうか。」


「まだ分からん。」


 源四郎は近くの兵を呼んだ。


「右手を見ておけ。敵が動いたら知らせよ。」


「はっ。」


 宗助は再び前を見る。


 しばらくして、織田方の陣からも兵が動き始めた。中央の兵が前へ出る。その動きに合わせるように、斎藤方の中央も進んできた。


 両軍の距離が縮まっていく。


「来るぞ。」


 誰かが叫んだ。

 次の瞬間、前方から矢が飛んできた。


「伏せろ!」


 兵たちが身を低くする。

 何本かの矢が荷駄の近くへ落ちた。


「荷車を守れ!」


 宗助が叫ぶ。

 周囲の兵が荷車の前へ出る。


「宗助!」


 源四郎の声が飛んできた。


「はい!」


「右だ!」


 宗助が振り向く。

 さきほど離れていた敵兵が動き始めていた。


「横へ回ってきます!」


「分かった!」


 源四郎が兵を数人向かわせる。

 宗助は荷駄の後ろへ回った。


「まだ動かさない!」


「でも敵が近いぞ!」


「今動かすと、前の荷車とぶつかります!」


 兵が荷車を押そうとするのを止める。

 前方では織田方の兵が敵とぶつかっていた。

 槍が交わり、怒号が響く。

 宗助は戦場全体を見るように努めた。

 中央は激しくぶつかっている。

 右側では敵が回り込もうとしている。

 そして後方には、まだ動いていない敵兵がいる。


「……後ろにもいる。」


 宗助は呟いた。

 敵は一方向から攻めているわけではない。

 正面で織田軍を押さえ、その間に左右から回り込もうとしている。


「源四郎殿!」


 宗助が叫んだ。


「何じゃ!」


「後ろにも敵が残っています!」


 源四郎が振り返る。


「数は!」


「まだ分かりません。でも、動いていません!」


「分かった!」


 源四郎がすぐに伝令を走らせる。

 宗助は槍を握った。

 これまでなら、目の前の敵だけを見ていた。

 だが、今は違う。

 敵がどこにいるのか。

 どこから動こうとしているのか。

 味方がどこに集中しているのか。

 それを見ることが、自分にもできる。

 その時、右手から大きな声が上がった。


「敵が来るぞ!」


 斎藤方の兵が一気に近づいてくる。

 宗助のいる荷駄にも、数人が向かってきた。


「迎えろ!」


 兵たちが槍を構える。

 宗助も前へ出た。

 敵の槍が迫る。

 宗助は一歩下がり、横から振られた槍をかわした。

 すぐに自分の槍を突き出す。

 敵兵が身を引いた。

 その隙に、隣の兵が前へ出る。


「押し返せ!」


 荷駄の前で短い攻防が続いた。

 宗助は敵を倒すことよりも、荷車へ近づけさせないことを意識していた。

 一台でも荷車が倒れれば、後ろの荷駄まで動けなくなる。


「左からも来る!」


 誰かが叫んだ。 

 宗助が見ると、別の敵兵が回り込もうとしている。


「二人、そっちへ!」


「おう!」


 兵が走る。

 やがて中央から織田方の兵が押し返してきた。

 敵の勢いが少し弱まる。


「今じゃ!」


 源四郎の声が響いた。

 織田軍が一斉に前へ出た。

 斎藤方の兵が後退する。

 だが、完全に崩れたわけではない。

 敵は一定の距離を保ちながら、少しずつ下がっていく。


「追うな!」


 別の場所から命令が飛んだ。

 織田方の兵も足を止めた。

 宗助は荒い息を吐きながら周囲を見る。

 荷駄は無事だった。

 荷車も倒れていない。

 だが、周囲の兵には何人か傷を負った者がいる。


「大丈夫ですか。」


 宗助が声を掛ける。


「これくらいなら動ける。」


「無理はしないでください。」


 宗助は負傷した兵を後ろへ下げた。

 しばらくして、戦場から少し離れた場所へ織田軍が集まった。

 敵は完全に退いたわけではない。

 遠くには、まだ斎藤方の旗が見えている。


「宗助。」


 源四郎が近づいてきた。


「はい。」


「先ほど、敵の動きをよく見ておったな。」


「右と後ろに兵がいたので。」


「それを伝えたのはよかった。」


「でも、実際に何をするかは源四郎殿が決めました。」


「それでよい。」


 源四郎は前方を見た。


「見る者と、決める者は同じでなくてもよい。」


 宗助はその言葉を聞いた。


「俺は、見つければいいんですね。」


「まずはな。」


「それが役に立つ。」


「そうじゃ。」


 宗助は敵の旗を見た。

 今日の戦いで、自分は敵を何人倒したのか。

 そんなことはほとんど覚えていない

 それよりも、敵がどこから来たのか。

 味方がどこにいるのか。

 荷駄をどう守るのか。

 そちらの方が頭に残っていた。

 夕方。

 織田軍はその場で陣を整えた。

 今日の戦いでは敵を大きく崩すことはできなかった。

 だが、織田軍も大きな損害を受けずに済んでいる。

 宗助は荷駄の確認を終えると、少し離れた場所で水を飲んだ。

 そこへ弥吉がやってきた。


「今日は忙しかったのう。」


「はい。」


「荷車は無事か。」


「全部無事です。」


「ならよかった。」


 弥吉は前方を見た。


「敵はまだ近くにおる。」


「そうですね。」


「明日も戦になるかのう。」


「分かりません。」


 宗助はそう答えた。

 以前なら、明日も戦になるかどうかだけを考えていた。

 今は、その前に考えることがある。

 敵はどこにいるのか。どこから来るのか。何を狙っているのか。

 そして、自分たちはどう動くのか。


 夜。

 織田軍の陣では、今日の戦いについて報告が続いていた。

 信長は報告を聞きながら、敵の配置を記した絵図を見ていた。


「敵は正面だけではなく、左右へ兵を回してきました。」


「こちらの動きを止めるつもりだったのでしょう。」


「ならば、敵もこちらをただ待っているわけではない。」


 信長は絵図へ目を落とした。


「美濃の兵も、こちらが何をするか見ておる。」


 家臣が頷く。


「では、こちらも見る必要がございます。」


「そうじゃ。」


 信長は絵図の一カ所を指した。


「明日は、ここを確かめる。」


 家臣たちが顔を上げる。


「兵を出しますか。」


「まだ決めぬ。」


 信長は静かに答えた。


「先に知る。」


 夜が深くなる。

 宗助は荷駄の近くで見張りを続けていた。

 今日の戦いで、ひとつ分かったことがある。

 敵もまた、こちらを見ている。

 ならば、次は自分たちが先に見る。

 それができるかどうかで、戦の形は変わるのかもしれない。

 宗助は暗闇の向こうへ目を向けた。

 明日は、どこへ進むのか。

 何を見つけるのか。

 そして、美濃のさらに奥に何が待っているのか。

 まだ誰にも分からない。

 ただ、ひとつだけ確かなことがあった。

 織田軍は、まだ進むつもりだった。

 夜が明ければ、また軍は動く。

 今度は、ただ敵を追うためではない。

 敵が何をしようとしているのかを確かめるために。


――あとがき――


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 今回は、敵の正面だけではなく、左右や後方の動きまで見ながら戦うことで、宗助が「戦場全体を見る」段階へ進む回としました。


 これまで身につけてきた観察力を、実際の戦いの中で活かしています。


 宗助自身が戦の判断をするわけではありません。


 見つけたことを伝え、それを指揮する側が判断する。


 その役割を経験することで、宗助の立場も少しずつ変わっていきます。


 次回『第四十七話 先に見る者』

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