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本能寺を変えるため、織田信長の家臣になった。 ~歴史を知る俺は、天下人を死なせない~  作者: 春野ケイ


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第四十四話 再び美濃へ

 清洲を出た織田軍は、西へ向かって進んでいた。この前の美濃攻めから、それほど日が経っていない。だが、今回の行軍には以前とは違う緊張があった。

 宗助は荷駄の後方を歩きながら、前方の様子を何度も確認していた。

 大軍ではない。

 それでも、兵たちの表情は硬い。

 美濃へ入れば、斎藤方が待っている可能性がある。

「宗助。」

 源四郎が後ろから声を掛けた。

「はい。」

「少し前へ出るぞ。」

「荷駄は?」

「後ろの者に任せる。」

「分かりました。」

 宗助は源四郎とともに隊列の中央付近まで移動した。

 前方では、何人かの兵が周囲を警戒している。

 やがて川が見えてきた。

「ここを渡る。」

 源四郎が言った。

「この前と同じ場所ですか。」

「近いが、同じではない。」

 宗助は川岸を見た。

 前回は雨の中での渡河だった。

 今回は天候が違う。

 水の流れも、前より落ち着いている。

「今日は渡りやすそうですね。」

「そう見えるな。」

 源四郎は川の向こうを見た。

「だが、敵もそれを知っている。」

 宗助は黙った。

 渡りやすい場所は、敵にとっても分かりやすい。

 兵たちが順番に川を渡り始める。

 宗助も続いた。

 対岸へ上がると、先頭から伝令が走ってきた。

「前方に人影!」

 兵たちの動きが止まった。

「数は。」

「まだ分かりません。ただ、こちらを見ているようです。」

 源四郎が槍を持った。

「宗助。」

「はい。」

「荷駄へ戻れ。」

「分かりました。」

 宗助は後方へ走った。

 荷駄の近くまで戻ると、兵たちがすでに警戒している。

「敵が来るんか。」

 弥吉が尋ねた。

「まだ分かりません。」

「そうか。」

 弥吉は前方を見た。

「なら、今は待つしかないのう。」

 しばらくして、一人の男が織田側へ近づいてきた。

 武具は持っている。

 だが、槍を構えてはいない。

「何者だ。」

 兵が声を掛ける。

「美濃の者だ。」

 男は立ち止まった。

「織田様へ伝えたいことがある。」

 周囲の兵がざわめいた。

 やがて男は前へ通されていった。

 宗助は少し離れたところから、その様子を見ていた。

 前に清洲へ来た使者とは違う。

 今回は、織田軍が美濃へ入った直後に現れた。

 敵地の中から、自分たちのところへ出てきたのだ。

「何を伝えるんでしょうね。」

 宗助が呟く。

「さあのう。」

 弥吉が答えた。

「だが、良い話ではなさそうじゃ。」

 しばらくして、源四郎が戻ってきた。

「宗助。」

「はい。」

「先ほどの男が言っていたことを聞いたか。」

「少しだけです。」

「美濃の兵がこちらへ向かっている。」

「どこからですか。」

「詳しいことはまだ分からん。」

 源四郎は周囲を見た。

「だが、敵はこちらの動きを知っている。」

「もうですか。」

「美濃へ入った以上、当然じゃ。」

 宗助は前方を見た。

 これまでの美濃攻めでは、敵が現れてから戦いが始まった。

 今回は違う。

 自分たちが動いた時点で、向こうも動いている。

「戦になるんですか。」

「なるかもしれん。」

 源四郎は短く答えた。

「だから、今のうちに持ち場へ戻れ。」

「はい。」

 宗助は荷駄へ戻った。

 しばらくして、再び伝令が駆けてきた。

「前方、敵影あり!」

 今度は明確だった。

 兵たちが一斉に槍を構える。

 荷駄の周囲にも兵が集まった。

「宗助。」

 弥吉が声を掛ける。

「はい。」

「今回は、前より静かじゃの。」

「戦が始まる前だからですよ。」

「そうか。」

 遠くに旗が見え始めた。

 数はまだ分からない。

 だが、こちらへ向かっている。

 源四郎が戻ってきた。

「荷駄はそのまま。」

「はい。」

「敵が近づいても、勝手に動かすな。」

「分かりました。」

 宗助は槍を握った。

 前方では織田の兵たちが隊列を整えている。

 敵の旗が少しずつ大きくなっていく。

 やがて、両軍の間に声が飛び交い始めた。

「斎藤方だ!」

 その声と同時に、織田側の兵が前へ出る。

 宗助は荷駄の位置から戦場を見た。

 まだ槍は届かない。

 だが、敵の動きは見える。

 中央に兵が集まっている。

 左右にも兵がいる。

 そして後方には、少し離れて別の集団がいる。

「源四郎殿。」

「何じゃ。」

「後ろにも兵がいます。」

「分かっておる。」

「こちらへ回ってくる可能性は?」

「ある。」

 源四郎はすぐ近くの兵へ声を掛けた。

「後方を見ておけ。」

「はっ。」

 宗助は黙って前を見た。

 自分の言葉だけで戦が変わるわけではない。

 だが、見えたものを伝えることはできる。

 やがて前方で槍がぶつかった。

 怒号が上がる。

 両軍が一気に動いた。

「始まったぞ!」

 弥吉が叫ぶ。

 宗助は荷駄から離れなかった。

 前へ出たい気持ちはある。

 だが、今の自分の役目はここだ。

 敵が押してくれば荷駄を下げる。

 味方が進めば道を空ける。

 後ろから兵が来れば、ぶつからないようにする。

 それだけでも、やることは多い。

 戦いはしばらく続いた。

 だが、森部のような大きな激突にはならなかった。

 織田勢が何度か前へ出ると、美濃勢は距離を取った。

 やがて敵の姿が少しずつ後ろへ下がっていく。

「退いているぞ!」

 兵の一人が叫んだ。

 だが、源四郎は追撃を命じなかった。

「深追いするな。」

 宗助はその声を聞きながら、荷駄の周囲を確認した。

 大きな損害はない。

 兵糧も残っている。

 荷車も動かせる。

「問題ありません。」

 宗助が報告する。

「よし。」

 源四郎が頷いた。

 戦が終わったわけではない。

 ただ、今日はここまでだった。

 織田軍はその場に陣を整えた。

 宗助は遠くに消えていく美濃勢を見ていた。

「前より、あっさり引きましたね。」

 弥吉が言う。

「何かあるんかのぅ。」

「分かりません。」

 宗助は答えた。

 だが、源四郎が横から言った。

「敵が引いた時ほど、気をつけよ。」

「はい。」

「退いたように見えて、別の場所へ回ることもある。」

 宗助は周囲を見た。

 戦場は静かになっている。

 それでも、誰も武器を置いていない。

 夜。

 織田軍の陣では、今日の戦いについて報告がまとめられていた。

「敵は大きくは動いておりません。」

「だが、こちらの侵入は知られている。」

「はい。」

 信長は絵図を見ていた。

「ならば、次はもっと奥へ入る。」

 家臣たちが顔を上げる。

「ここで止まれば、敵に立て直す時間を与える。」

「では、明日にも。」

「そうする。」

 宗助はその軍議を知らない。

 ただ、荷駄のそばで夜の見張りをしていた。

 昼間の戦いは終わった。

 だが、明日はさらに美濃の奥へ進む。

 宗助は暗い空を見上げた。

 前に来た時とは違う。

 森部を知っている。

 十四条も軽海も知っている。

 そして今度は、敵がこちらの動きを読もうとしていることも分かってきた。

 戦は、ただ強い方が勝つだけではない。

 先に相手を見つける。

 相手より先に動く。

 そして、自分たちが動き続けられるようにする。

 宗助は槍を握り直した。

 明日は、今日より深く美濃へ入る。

 その先に何が待っているのかは、まだ分からない。

 だが、もう清洲から眺めているだけではない。

 自分もまた、この戦の中にいる。

 翌朝。

 織田軍は再び動き始めた。

 今度の目的地は、さらに美濃の奥だった。


――あとがき――


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 今回は、43話の流れを受けて宗助たちが実際に再び美濃へ入り、斎藤方との小さな接触を経て、さらに奥へ進む展開としました。


 史実では永禄四年六月、信長は美濃への攻勢を続け、稲葉山城下への放火や安八郡方面への進出が確認されています。


 ただし、この時期の具体的な日付や小規模な接触については史料上細部まで確認できない部分もあるため、宗助の周辺で起きる出来事は創作として構成しています。


 次回『第四十五話 敵地の夜』

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