第四十一話 新たな役目
美濃から戻って数日が経った。清洲城では、戦の疲れが少しずつ抜け始めていた。負傷した兵は引き続き手当てを受け、武具の修理も進んでいる。宗助も荷駄置き場で仕事をしていたが、以前とは少し違っていた。森部からの行軍についてまとめた書付が上へ回されたことで、周囲から声を掛けられることが増えていた。
「宗助。」
源四郎だった。
「はい。」
「今日は荷駄ではない。」
「何かありましたか。」
「蔵へ行くぞ。」
宗助は首を傾げた。
「蔵ですか。」
「兵糧の受け取りがある。」
「俺もですか。」
「そうじゃ。お主には、受け取ったものを確かめてもらう。」
宗助は源四郎の後を追った。
蔵の前には、すでに何人かの者が集まっていた。荷車から兵糧が下ろされている。
「これは何俵ですか。」
「百二十ほどだ。」
宗助は蔵の中を覗いた。すでに兵糧が積まれている。
「全部ここへ入れるんですか。」
「そのつもりだ。」
「それだと、奥のものが取り出しにくくなります。」
源四郎が宗助を見る。
「どうする。」
「今あるものを少し前へ動かして、今回の分を奥へ入れた方がいいと思います。」
「よし。そうせよ。」
宗助は兵たちへ声を掛けた。
「こちらを少し動かしてください。重いので、二人ではなく四人でお願いします。」
「分かった。」
兵糧が一つずつ運ばれていく。
宗助は積み方を確認しながら、破れている袋を見つけた。
「これは別にしてください。」
「破れているだけだぞ。」
「このまま積むと、中身がこぼれます。」
「確かにな。」
さらに確認すると、濡れた跡のある袋もあった。
「これもです。」
「濡れているだけなら問題ないだろう。」
「中まで濡れていたら、悪くなるかもしれません。一度開けて確認した方がいいと思います。」
袋を開くと、中の米には大きな問題はなかった。
「よく気づいたな。」
「雨の中を運んだ荷物を見てきたので。」
宗助は答えた。
戦場では、雨や泥に苦労した。だが、兵糧を守る仕事は戦場だけではない。そこへ届くまで、そして届いた後まで気を配る必要がある。
蔵での仕事を終えると、源四郎は宗助を別の場所へ連れていった。そこでは馬の飼料が運び込まれていた。
「次はこれじゃ。」
「馬の分ですか。」
「そうじゃ。」
宗助は飼料を確認した。
「これだけで足りますか。」
「馬を扱う者に聞いてみよ。」
近くにいた馬番へ声を掛ける。
「この量で、今いる馬にはどれくらい持ちますか。」
「出陣せぬなら、しばらくは持つ。」
「出陣したら?」
「当然、足りなくなる。」
宗助は考えた。
「兵糧と同じですね。」
「何がじゃ。」
「出陣すると、馬も普段より多く食べます。兵糧だけ増やしても、馬の分が足りなければ荷駄も動かせません。」
源四郎が頷いた。
「その通りじゃ。」
「戦う兵だけじゃなくて、馬の分も必要なんですね。」
「ようやく分かってきたようじゃな。」
宗助は周囲を見た。
兵糧を運ぶ者。馬を世話する者。武具を直す者。矢を作る者。
直接戦場に立たない者たちも、軍を動かすために働いている。
夕方、宗助は源四郎とともに詰所へ戻った。
「今日、何か分かったか。」
「荷駄だけを見ていても足りないと思いました。」
「ほう。」
「兵糧は蔵へ入れてからも管理が必要です。馬にも飼料が必要で、武具も直さないといけない。出陣する前から、いろんなところで準備が始まっているんですね。」
「そうじゃ。」
「だから、次に出陣するときは、荷駄だけを見ていたら駄目なんですね。」
源四郎は頷いた。
「一人ですべてを見る必要はない。」
「分からないことは、分かる人に聞く。」
「そういうことじゃ。」
宗助は頷いた。
以前は、自分が何をすればいいのか分からなかった。命じられた荷物を運び、言われた場所へ行く。それだけだった。
今は違う。自分で考え、分からなければ他の者に尋ねる。そして集めた情報を、次にどう使うかを考える。
まだ小さな仕事にすぎない。それでも、自分の役目が少しずつ変わっていることは分かった。
翌朝、宗助が荷駄置き場へ向かうと、弥吉が荷車を確認していた。
「何をしてるんですか。」
「荷車の数を数えておる。」
「急にどうしたんです?」
「源四郎殿に頼まれた。」
「弥吉さんも仕事が増えましたね。」
「お主のせいじゃ。」
「俺の?」
「お主が色々考えるようになったから、わしまで働かされる。」
宗助は苦笑した。
「じゃあ、一緒に数えましょう。」
「仕方ないのう。」
二人で荷車を確認していく。
使えるもの。修理中のもの。しばらく使わないもの。
以前なら、ただ並んでいる荷車として見ていた。今は、それぞれの状態を確認し、次の出陣でどう使うかまで考えるようになっていた。
「宗助。」
弥吉が一台を指した。
「これ、次の出陣に使えるかの。」
宗助は車輪と車軸を確認した。
「修理すれば使えます。」
「すぐにか。」
「今日中には難しいと思います。」
「では、急がせるか。」
「急がせすぎると、直したところがまた壊れます。」
弥吉は宗助を見た。
「お主、ずいぶん言うようになったのう。」
「必要なことは言わないと。」
「源四郎殿の言葉じゃな。」
「はい。」
二人は荷車を修理する者へ伝えに行った。
昼過ぎ、城内に新しい知らせが入った。
美濃の情勢についての報せだった。
兵たちは手を止めることなく作業を続けていたが、誰もが耳を傾けている。
宗助も少し離れた場所で聞いていた。
斎藤義龍の死後、美濃では情勢が変わりつつあるという。織田にとっても、ただ兵を送り込めばよいわけではない。相手の動きを見ながら、次の手を考える必要がある。
やがて源四郎が戻ってきた。
「宗助。」
「はい。」
「まだ出陣の命はない。」
「分かりました。」
「だが、備えは続ける。」
「はい。」
「今度は、これまでより大きな荷駄になるかもしれん。」
宗助は並んだ荷車を見る。
「分かりました。」
「怖くないのか。」
宗助は少し黙った。
「怖いです。」
「正直じゃな。」
「でも、前より何をすればいいか分かります。」
源四郎は頷いた。
「それなら十分じゃ。」
宗助は荷駄置き場へ戻った。
兵糧の数を確認する。修理中の荷車を確認する。馬の飼料を確認する。そして、それぞれを扱う者へ声を掛ける。
まだ大きな役目ではない。武士でもない。戦場で名を上げるような働きでもない。
それでも、宗助には分かってきた。
軍が動くということは、槍を持つ兵だけが動くということではない。
食べる者がいる。運ぶ者がいる。作る者がいる。直す者がいる。そして、それらをつなぐ者がいる。
そのどこかが止まれば、軍も止まる。
宗助は荷車の列を眺めた。
森部の雨の中で、ただ荷駄を守ることしか考えられなかった自分とは違う。
次に美濃へ向かう時、自分がどこまで役に立てるのか。
まだ分からない。
だが、今はそれを考えることができる。
清洲では、まだ出陣の命は出ていなかった。それでも、城の中では少しずつ次の戦へ向けた準備が始まっている。
宗助もまた、その準備の中にいた。
――あとがき――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、宗助がこれまでの経験をもとに、兵糧の受け取りや保管、馬の飼料、荷車の状態など、軍を動かすために必要な仕事へ目を向けるようになる話です。
前話で扱った行軍の記録をそのまま繰り返すのではなく、そこで得た経験を清洲での実際の仕事へつなげています。
宗助の役目はまだ小さなものですが、少しずつ軍を支える側へ進み始めています。
次回『第四十二話 尾張に残る敵』




