↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺を変えるため、織田信長の家臣になった。 ~歴史を知る俺は、天下人を死なせない~  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/47

第二十八話 新たな命

 「美濃に関わる仕事じゃ」


 源四郎の言葉に、宗助は一瞬だけ黙った。


 「美濃……ですか。」


 「うむ。」


 源四郎は手にしていた書付へ目を落とした。


 「まだ戦ではない。」


 「本丸から来た命は、まず道筋を確かめることじゃ。」


 宗助は書付を見る。


 そこにはいくつかの地名と、簡単な指示が記されていた。


 街道。


 渡し場。


 村。


 そして、尾張と美濃の境に近い場所。


 「これは……下調べですか?」


 「そういうことじゃろう。」


 源四郎は頷いた。


 「美濃へ兵を動かすとなれば、道を知らぬわけにはいかん。」


 「どこを通れるのか。」


 「どこに川があるのか。」


 「どこに人が住んでおるのか。」


 「そういうものを確かめる。」


 宗助は書付を見つめた。


 桶狭間とは違う。


 敵が目の前にいるわけではない。


 それでも、戦へ繋がるかもしれない仕事だった。


 「俺たちが行くんですか?」


 「わしらだけではない。」


 源四郎は答えた。


 「何組かから人を出すらしい。」


 宗助は少しだけ息を吐いた。


 それを聞いて、妙に安心した。


 自分だけが選ばれたわけではない。


 あくまで織田家の仕事として、人を出すのだ。


 「何人くらいですか?」


 「まだ詳しくは聞いておらん。」


 源四郎は書付を畳んだ。


 「昼までには、改めて沙汰があるそうじゃ。」


 「分かりました。」


 その時、詰所の入口から弥吉の声がした。


 「何じゃ。」


 「二人とも、朝から難しい顔をしておるのう。」


 宗助が振り返る。


 「美濃に関わる仕事が来たそうです。」


 「美濃?」


 弥吉が目を丸くする。


 「とうとう向こうへ行くのか。」


 「まだ分かりません。」


 「なんじゃ、つまらん。」


 「何を期待してるんですか。」


 弥吉は笑った。


 「せっかくなら、知らん土地を見てみたいじゃろ。」


 「俺は、できれば戦のないところがいいです。」


 「それは皆そうじゃ。」


 源四郎が苦笑する。


 「じゃが、命が下れば行くしかない。」


 弥吉は腕を組んだ。


 「宗助、お主はどうする。」


 「どうするって?」


 「行きたいか。」


 宗助は少し考えた。


 美濃。


 前の人生で知っていた歴史の中では、織田信長にとって大きな意味を持つ土地だ。


 だが、今の宗助にとっては未知の場所でもある。


 「……見てみたいです。」


 正直に答えた。


 「どんな場所なのか。」


 弥吉が笑う。


 「そうこなくてはな。」


 源四郎は宗助を見る。


 「ただし。」


 「はい。」


 「見に行くのと、遊びに行くのは違うぞ。」


 「分かっています。」


 「美濃の者から見れば、尾張の足軽が境をうろついておるだけでも面白くない。」


 「見つからぬようにする必要もある。」


 宗助は頷いた。


 桶狭間とは違う怖さがある。


 正面から敵と戦うのではない。


 敵に気付かれないように動く。


 それもまた、戦の一部なのだろう。


     ◇


 昼前。


 正式な沙汰が源四郎組へ届いた。


 やって来たのは、本丸からの使いだった。


 「源四郎殿。」


 「はい。」


 使いは書付を差し出した。


 「織田家より申し付けでございます。」


 源四郎が受け取る。


 「尾張西部から美濃境近くまでの道筋を確かめるため、各組より人を出すことになりました。」


 「人数は?」


 「組ごとに二名。」


 宗助は思わず顔を上げた。


 二名。


 源四郎は書付を読みながら続ける。


 「役目は道の確認、渡し場の様子、宿を取れる村の有無などを記すこと。」


 「敵との争いを目的とするものではありません。」


 使いはそこまで言ってから、少し間を置いた。


 「美濃の者と揉め事を起こさぬように。」


 「承知しました。」


 源四郎が答える。


 使いはさらに書付へ目を落とした。


 「出る者は明後日の朝に清洲を発つ。」


 宗助の胸が高鳴った。


 明後日。


 本当に行くのだ。


 「誰を出すかは、組頭に任せるとのことです。」


 使いはそれだけ伝えると、頭を下げて去っていった。


 しばらく、詰所には沈黙が残った。


 弥吉が最初に口を開く。


 「二人か。」


 「そうじゃ。」


 源四郎は書付を見つめた。


 「誰を出すか、考えねばならん。」


 宗助は黙っていた。


 すると弥吉が宗助を見る。


 「お主じゃろうな。」


 「え?」


 「何じゃ、その顔は。」


 「まだ決まってないですよ。」


 「決まったような顔をしておる。」


 宗助は苦笑した。


 「そんな顔してません。」


 源四郎は二人を見ながら、しばらく考えていた。


 「宗助。」


 「はい。」


 「お主を候補にする。」


 宗助は背筋を伸ばした。


 「理由を聞いても?」


 「桶狭間での働きだけではない。」


 源四郎は静かに答えた。


 「お主は周りをよく見ておる。」


 「美濃へ行けば、戦うことより見ることの方が大事になる。」


 宗助は頷いた。


 「分かりました。」


 「もう一人は、弥吉。」


 「え?」


 今度は弥吉が目を丸くした。


 「わしもか?」


 「嫌か。」


 「いや。」


 弥吉は少し考えた後、笑った。


 「飯が食えるなら構わん。」


 「そこか。」


 源四郎が呆れたように笑う。


 宗助も思わず笑った。


 こうして。


 宗助と弥吉。


 源四郎組から選ばれた二人が、初めて美濃へ向かうことになった。


 だが、この時の宗助はまだ知らない。


 ただ道を見るための小さな任務が、自分の知らないところで進んでいる織田家の大きな動きへ、少しずつ繋がっていくことを。


その日の夕方。


 宗助と弥吉は、翌日の出発に備えて荷物をまとめていた。


 「これくらいでいいですかね。」


 宗助が荷物を確認する。


 「十分じゃ。」


 弥吉は食べ物を包みながら答えた。


 「歩くんじゃ。荷物は少ない方がいい。」


 「さっきまで飯を増やしてませんでした?」


 「必要なものじゃ。」


 宗助は苦笑した。


 そこへ源四郎がやって来た。


 「準備はできたか。」


 「はい。」


 源四郎は二人の荷物を一通り確認した。


 「道を調べるのが役目じゃ。」


 「余計なものは持たず、見たものを覚えて帰ってこい。」


 「はい。」


 宗助は頷いた。


 源四郎は弥吉にも目を向ける。


 「弥吉。」


 「分かっております。」


 「本当に分かっておるのか?」


 「飯を食いすぎるな、でしょう。」


 「それもある。」


 源四郎が呆れたように笑った。


 「何より、宗助と離れるな。」


 「承知しました。」


 弥吉が頷く。


 今回の仕事は二人で動く。


 何かあれば、互いに支え合わなければならない。


 宗助は改めて気を引き締めた。


     ◇


 翌日の昼過ぎ。


 宗助が詰所の外で荷物を確認していると、聞き覚えのある声がした。


 「宗助殿。」


 振り返る。


 木下藤吉郎が立っていた。


 宗助はすぐに頭を下げる。


 「藤吉郎様。」


 「明日、出るそうじゃな。」


 「はい。」


 藤吉郎は宗助の荷物へ目を向けた。


 「ずいぶんと身軽じゃ。」


 弥吉が胸を張る。


 「歩く仕事でございますからな。」


 「それにしては、食い物が多いようじゃが。」


 弥吉の動きが止まった。


 宗助は思わず笑った。


 「そこは見逃してやってください。」


 「腹が減れば、頭も働かん。」


 藤吉郎も笑った。


 しばらくして、表情を少し改める。


 「今回の役目は、戦うことではない。」


 「見たものを、そのまま持ち帰ればよい。」


 「はい。」


 「道だけを見るのではないぞ。」


 「村の様子、人の往来、田畑の具合。」


 「何か気になるものがあれば、それも覚えておけ。」


 宗助は頷いた。


 「分かりました。」


 藤吉郎は宗助をじっと見た。


 「お主は、そういうものを見つけるのが得意そうじゃからな。」


 「そうでしょうか。」


 「桶狭間でも、人とは違うものを見ておった。」


 宗助は少しだけ照れくさそうに笑った。


 藤吉郎は、それ以上は言わなかった。


 「ただし、美濃の者と揉めるな。」


 「はい。」


 「妙な者を見つけても、近づきすぎるな。」


 「分かりました。」


 「それでよい。」


 藤吉郎は頷いた。


 「無事に戻ってこい。」


 「はい。」


 短い言葉だった。


 だが宗助には、それが妙にありがたく感じられた。


 藤吉郎はそのまま城内へ戻っていった。


 宗助は、その背中を見送る。


 「……わざわざ声を掛けに来てくださったんですね。」


 弥吉が笑った。


 「覚えられたんじゃろ。」


 「そうみたいですね。」


 「なら、下手なことはできんな。」


 「最初からするつもりありませんよ。」


 二人は顔を見合わせて笑った。


     ◇


 翌朝。


 清洲城の門前には、美濃方面へ向かう者たちが集まっていた。


 宗助も荷を背負い、弥吉と並んで立っている。


 源四郎は二人を見送りに来ていた。


 「忘れ物はないか。」


 「大丈夫です。」


 弥吉も頷く。


 「飯もあります。」


 源四郎は苦笑した。


 「それはもう聞いた。」


 「では、行ってこい。」


 宗助は頭を下げた。


 「はい。」


 弥吉も続く。


 「行ってまいります。」


 源四郎は頷いた。


 「無理はするな。」


 「見たものを覚えて帰れば、それでよい。」


 「分かりました。」


 門が開く。


 朝の冷たい空気が城内へ流れ込んできた。


 宗助は一度だけ清洲城を振り返った。


 源四郎が、門の前に立っている。


 その姿を確認してから、前を向く。


 弥吉が隣で歩き出した。


 「さて、初めての尾張の外じゃな。」


 「弥吉殿は行ったことないんですか?」


 「ない。」


 「俺もじゃ。」


 宗助は少し笑った。


 「二人とも初めてなんですね。」


 「だから面白い。」


 「何があるか分からん。」


 「それが少し怖いですけどね。」


 「怖いくらいがちょうどいい。」


 弥吉は前を向いた。


 「怖ければ、周りを見るからな。」


 宗助はその言葉に頷いた。


 道の先へ目を向ける。


 見慣れた尾張の景色が続いている。


 だが、その先には知らない土地がある。


 道の幅。


 川の流れ。


 人の暮らし。


 宗助は歩きながら、自然と周囲へ目を向けていた。


 これまでなら気にも留めなかったものが、妙に気になる。


 「宗助。」


 「はい。」


 「もう仕事を始めておるのか。」


 源四郎に言われたことを思い出し、宗助は少し笑った。


 「……つい。」


 「なら、忘れんうちに覚えておけ。」


 弥吉が笑う。


 二人はそのまま歩き続けた。


 清洲城が少しずつ遠ざかっていく。


 その先に、美濃がある。


 宗助にとって初めての尾張の外。


 そして、この小さな旅が、これからの歩みを変えることになるとは。


 まだ誰も知らなかった。


――あとがき――


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 今回は、美濃へ向かう宗助と弥吉の出発を描きました。


 戦ではなく、道や村、人の様子を見るための仕事です。


 宗助にとっては、初めて尾張の外へ出る旅になります。


 桶狭間とは違う場所で、宗助が何を見るのか。


 そして、美濃でどんな出会いが待っているのか。


 次回『第二十九話 渡し場へ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。