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本能寺を変えるため、織田信長の家臣になった。 ~歴史を知る俺は、天下人を死なせない~  作者: 春野ケイ


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第二十六話 論功行賞

 翌朝。


 宗助は、いつもより早く目を覚ました。


 まだ詰所の中は薄暗い。


 昨夜から、どうにも落ち着かなかった。


 今日は桶狭間での戦功について、正式な沙汰がある。


 自分が呼ばれる理由も、何となく分かっている。


 それでも、実際に何を言われるのかは分からない。


 宗助は身支度を整え、詰所へ向かった。


 そこでは源四郎が、すでに準備を終えていた。


 「来たか。」


 「はい。」


 「眠れたか。」


 「少しだけです。」


 源四郎が笑う。


 「わしも似たようなものじゃ。」


 「源四郎殿も緊張するんですね。」


 「馬鹿を言うな。」


 源四郎は苦笑した。


 「長く生きておれば、何が起こるか分からぬ時ほど落ち着かんものよ。」


 宗助は小さく笑った。


 その時、詰所の入口から声がした。


 「源四郎殿。」


 二人が振り返る。


 昨日、伝令に来た小者だった。


 「本丸より申し付けでございます。」


 源四郎が立ち上がる。


 「申せ。」


 「昨日お伝えした通り、桶狭間における源四郎組の戦功について、沙汰がございます。」


 小者は宗助を見る。


 「源四郎殿と宗助殿は、本丸へ参るようにとのことです。」


 「分かった。」


 源四郎が答える。


 小者が去っていく。


 宗助は、その背中を見送った。


 「本当に呼ばれましたね。」


 「昨日から分かっておったじゃろう。」


 「そうなんですけど……。」


 まだ実感が湧かない。


 その様子を見ていた弥吉が笑った。


 「宗助。」


 「はい。」


 「変なことを言うなよ。」


 「またそれですか。」


 「大事なことじゃ。」


 弥吉は真顔で頷く。


 「聞かれたことだけ答えてこい。」


 「分かりました。」


 源四郎が歩き出す。


 「行くぞ。」


 「はい。」


 二人は詰所を出た。


 城の中を進む。


 宗助は何度も自分の衣服を確かめた。


 汚れてはいないか。


 乱れてはいないか。


 そんなことばかりが気になる。


 「落ち着け。」


 源四郎が言った。


 「顔に出ておる。」


 「そんなにですか?」


 「かなりな。」


 宗助は苦笑した。


 「論功行賞なんて、初めてですから。」


 「わしも、お主を連れて行くのは初めてじゃ。」


 「源四郎殿でも緊張するんですか。」


 「だから、そう言うておる。」


 二人はそのまま歩いた。


 やがて、本丸に近い一室へ通される。


 中には奉行と数人の役人がいた。


 宗助はすぐに頭を下げる。


 源四郎もそれに倣った。


 「よく参った。」


 奉行が書付を手元へ置く。


 「此度は桶狭間における戦功について、改めて沙汰する。」


 「はっ。」


 源四郎が答える。


 奉行は書付へ目を落とした。


 「まず、源四郎組について。」


 宗助も静かに聞く。


 「混戦の中でも組を崩さず、味方と連携して戦場を支えた。」


 「また、敵勢が崩れた後も無用な深追いをせず、隊をまとめた。」


 源四郎は深く頭を下げた。


 「ありがたきことにございます。」


 奉行は頷いた。


 「組としての働きについては、これを記録する。」


 そして、別の書付へ目を移した。


 「次に。」


 奉行の視線が宗助へ向く。


 「個人として、名を挙げられている者がおる。」


 宗助の背筋が伸びた。


 「宗助。」


 「はっ。」


 「一歩前へ。」


 宗助は言われた通りに進み出た。


 奉行は書付を読み上げる。


 「桶狭間において、敵兵の動きを察し、殿の危機へ駆けつけた。」


 「その働きについては、柴田修理亮殿からも報告がある。」


 宗助は深く頭を下げた。


 「身に余ることでございます。」


 「お主自身は、あの時のことをどう考えておる。」


 宗助は少し考えた。


 豪雨の中。


 目の前の敵兵を追った。


 そして槍を投げた。


 今思い返しても、何故あれほど迷わず動けたのか、自分でもよく分からない。


 「……危ないと思っただけです。」


 「それで身体が動きました。」


 奉行が宗助を見る。


 「それだけか。」


 「はい。」


 宗助は頷いた。


 「他に考える余裕はありませんでした。」


 奉行の隣にいた役人が、書付へ目を落とした。


 「なるほど。」


 その時、部屋の奥から声がした。


 「それでよい。」


 宗助が顔を上げる。


 柴田修理亮が、いつの間にかそこにいた。


 勝家は宗助を見据える。


 「戦場で咄嗟に動いた者に、その場で何を考えていたか聞いても答えられぬことはある。」


 「重要なのは、実際に動いたことじゃ。」


 宗助は静かに頭を下げた。


 「はっ。」


 勝家はそれ以上何も言わなかった。


 奉行が再び書付へ目を戻す。


 「宗助の働きについては、個人の武功として正式に記録する。」


 宗助は黙って聞いている。


 「そして。」


 奉行が一枚の書付を取り上げた。


 「此度の働きに対し、褒賞を与える。」


 宗助の目がわずかに開いた。


 褒賞。


 その言葉が、ようやく現実味を持って胸へ落ちてきた。


 だが、奉行は続けた。


 「ただし、今回の働きだけをもって、直ちに役目を変えるものではない。」


 宗助は頷いた。


 「承知しております。」


 勝家が口を開く。


 「一度の武功で浮かれるな。」


 宗助が顔を上げる。


 「次の戦場で同じように働ける保証などない。」


 「されど、そこでまた働きを示せばよい。」


 「はっ。」


 宗助は深く頭を下げた。


 今の自分は、まだ足軽だ。


 それは変わらない。


 けれど。


 自分の働きが、織田家によって正式に認められた。


 その事実だけは、確かだった。


 奉行が書付を閉じる。


 「褒賞については、これより申し渡す。」


 「宗助。」


 「はっ。」


 「前へ。」


 宗助はもう一度、一歩前へ出た。


 そして、深く頭を下げた。


 奉行が手元の書付を確認する。


 「桶狭間での働きに対する褒賞として、銭を与える。」


 「ありがたき幸せにございます。」


 宗助は頭を下げた。


 奉行の側に控えていた者が、包みにした銭を取り出す。


 それほど大きな包みではない。


 だが、宗助にとっては十分すぎるほどだった。


 差し出された包みを両手で受け取る。


 ずしりとした重みが手に伝わった。


 「受け取れ。」


 「はっ。」


 宗助は慎重に頭を下げた。


 奉行は続ける。


 「これは此度の働きに対する褒賞である。」


 「されど、これをもって役目が変わるわけではない。」


 「今まで通り、源四郎組の足軽として務めよ。」


 宗助は顔を上げた。


 「承知いたしました。」


 勝家が静かに口を開く。


 「宗助。」


 「はっ。」


 「一つ覚えておけ。」


 「武功というものは、一度立てれば終わりではない。」


 「次に同じ働きができるか。」


 「それを見られる。」


 宗助は真っ直ぐに勝家を見る。


 「はい。」


 「ならば、今まで通り努めよ。」


 「変に自分を大きく見せる必要はない。」


 「承知しました。」


 勝家は小さく頷いた。


 「それでよい。」


 宗助は再び頭を下げた。


 これで終わりだった。


 大きな役目を与えられたわけではない。


 新しい身分を得たわけでもない。


 ただ、桶狭間での一働きが認められ、褒賞を受け取った。


 それだけだ。


 だが宗助にとっては、それだけで十分だった。


 「源四郎。」


 勝家が呼ぶ。


 「はっ。」


 「宗助のこと、これまで通り見ておけ。」


 源四郎はすぐに頭を下げた。


 「承知いたしました。」


 「特別扱いする必要はない。」


 「はっ。」


 宗助は少しだけ安心した。


 特別扱いされるより、その方が自分には合っている。


 奉行が書付をまとめる。


 「以上である。」


 「下がってよい。」


 宗助と源四郎は深く頭を下げた。


 部屋を出る。


 襖が閉じた瞬間、宗助は大きく息を吐いた。


 「……終わりました。」


 源四郎が笑う。


 「ずいぶん疲れた顔をしておるな。」


 「緊張しました。」


 「そうじゃろう。」


 宗助は手元の包みを見る。


 「これ……本当に俺がもらっていいんですよね。」


 「褒賞じゃからな。」


 「なんだか、まだ実感がありません。」


 源四郎は歩きながら答えた。


 「なら、帰ってから数えてみればよい。」


 「数えるんですか?」


 「当たり前じゃ。」


 「せっかくの褒賞を、どこかへ落としたらどうする。」


 宗助は思わず笑った。


 「それは困ります。」


 「じゃろう。」


 二人は廊下を歩いていく。


 しばらくすると、向こうから木下藤吉郎が歩いてきた。


 宗助を見つけると、足を止める。


 「終わったようじゃな。」


 「はい。」


 宗助は頭を下げた。


 藤吉郎は宗助の手元へ目を向ける。


 「褒賞か。」


 「はい。」


 「何をもらった。」


 「銭をいただきました。」


 藤吉郎は頷いた。


 「大事に使え。」


 「はい。」


 「初めて自分の働きで得たものなら、なおさらじゃ。」


 宗助は包みを見た。


 確かにそうだ。


 農村で暮らしていた頃とは違う。


 自分の働きが、こうして形になった。


 藤吉郎が笑う。


 「もっとも。」


 「これで急に偉くなったわけではないぞ。」


 宗助は苦笑した。


 「勝家様にも同じことを言われました。」


 「それなら、よく覚えておけ。」


 「はい。」


 藤吉郎は源四郎へ目を向けた。


 「源四郎殿。」


 「何でしょう。」


 「宗助殿を、これからもよろしく頼みます。」


 源四郎は頷いた。


 「心得ております。」


 藤吉郎は満足そうに笑うと、そのまま歩き去った。


 宗助はその背中を見送る。


 「本当に、よく会いますね。」


 「城におれば、そういうこともある。」


 源四郎が笑った。


 「さて。」


 「戻るぞ。」


 「はい。」


     ◇


 詰所へ戻ると、弥吉がすぐに気付いた。


 「どうじゃった。」


 宗助は懐の包みを取り出す。


 「褒賞をいただきました。」


 弥吉の目が丸くなる。


 「おお。」


 「何じゃ?」


 「銭です。」


 「銭か!」


 弥吉が嬉しそうに笑う。


 「そりゃ大したもんじゃ。」


 「俺たちのような足軽が、戦で働いて銭をもらう。」


 「ありがたいことじゃ。」


 宗助は頷いた。


 「はい。」


 弥吉が包みを見ようとする。


 「どれくらいあるんじゃ。」


 「まだ開けてません。」


 「なら開けてみい。」


 宗助は少し迷った。


 「ここでですか?」


 「盗まれる前に確かめた方がよかろう。」


 源四郎が苦笑する。


 「弥吉、余計なことを言うな。」


 「何を言う。」


 「金は大事じゃ。」


 宗助は笑いながら包みを開いた。


 中には、まとめられた銭が入っている。


 宗助はしばらく黙って見つめた。


 大金ではない。


 それでも、自分にとっては決して軽いものではなかった。


 「……これが、俺の働きで。」


 宗助が呟く。


 弥吉が頷く。


 「そうじゃ。」


 「大事にせい。」


 宗助は銭を包み直した。


 「はい。」


 源四郎が二人を見る。


 「これで桶狭間の話は、一つ区切りがついた。」


 宗助は頷いた。


 だが。


 胸の中には、まだ終わったという感覚がなかった。


 桶狭間で生き残った。


 武功を認められた。


 褒賞も受け取った。


 それでも、これから先も戦は続く。


 そして今日、勝家から言われた言葉が残っていた。


 ――次に同じ働きができるか。


 宗助は自分の手を見る。


 戦場で震えていた手。


 それでも槍を握り、前へ進んだ手。


 次の戦場では、どうなるのか。


 まだ分からない。


 「宗助。」


 源四郎が呼んだ。


 「はい。」


 「難しい顔をするな。」


 「考えすぎると飯がまずくなるぞ。」


 弥吉が笑う。


 宗助も笑った。


 「それは困りますね。」


 「そうじゃろう。」


 三人はいつものように飯を囲んだ。


 今日の飯も、昨日と変わらない。


 だが宗助には、それが少しだけ違って見えた。


 自分の働きが認められた。


 その事実が、胸の奥に小さな自信として残っている。


 そして清洲では、桶狭間の次へ向けた動きが始まっていた。


 美濃。


 そこへ続く道を、織田家はこれから見据えていく。


 宗助はまだ、その道の先に何が待っているのか知らない。


 ただ。


 これまでと同じように、目の前の役目を果たす。


 その積み重ねが、いつか自分を大きな流れの中へ押し出していくことになる。


 桶狭間は終わった。


 そして、次の時代が静かに動き始めていた。


――あとがき――


 今回は、桶狭間での宗助の働きに対して正式な褒賞が与えられました。


 大きな出世ではありません。


 宗助は今も源四郎組の一足軽です。


 それでも、自分の働きが認められ、それが銭という形で返ってきたことで、宗助にとっては初めて「戦で働く」ということの意味を実感する出来事になりました。


 そして清洲では、桶狭間の勝利をきっかけに、次の動きが始まろうとしています。


 第二章「美濃への道」は、ここから少しずつ本格的に動き始めます。


 次回『第二十七話 清洲の変化』


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