表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺を変えるため、織田信長の家臣になった。 ~歴史を知る俺は、天下人を死なせない~  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/8

第二話 初めての鍛錬

 東の空が白み始める頃、宗助は藁草履の紐を締め直した。


 朝露に濡れた土は柔らかく、一歩踏み出すたびに草履の裏へ張り付く。


 昨日受け取った木札を懐へ入れ、兵の集合場所へ急ぐ。


 すでに多くの男たちが集まっていた。


 農民。


 木こり。


 猟師。


 昨日まで田畑で働いていた者たちばかりだ。


 皆、どこか落ち着かない様子で槍を握り締めている。


「整列!」


 腹へ響く怒声が飛ぶ。


 一斉に列が揃う。


 宗助も慌てて並んだ。


 声の主は四十ほどの侍だった。


 日に焼けた顔には無駄な表情がない。


 腰には使い込まれた太刀。


 左頬には古傷が一本走っていた。


「儂は坪内源四郎。」


「今日より貴様らの鍛錬を任される。」


「まず覚えよ。」


 源四郎はゆっくり列を見渡した。


「戦で手柄を立てることではない。」


「生きて帰ることじゃ。」


 その一言だけで場の空気が変わる。


 誰も口を開かない。


 宗助も思わず背筋を伸ばした。


「槍を持て。」


 長槍が一人一本ずつ配られる。


 受け取った瞬間、宗助は思わず顔をしかめた。


(重い……。)


 映像や資料で見ていたより、はるかに長く重い。


 腕だけでは到底扱えそうになかった。


「構え!」


 周囲の男たちは一斉に槍を前へ突き出す。


 宗助も真似をする。


 しかし槍先が揺れ、身体ごとふらついた。


 列の後ろから小さな笑い声が聞こえる。


「新入りじゃな。」


「昨日まで鍬でも握っておったんじゃろ。」


 宗助は唇を噛む。


 悔しい。


 だが反論できるほどの腕はない。


 源四郎がゆっくり歩み寄ってきた。


「宗助。」


「はっ。」


「力が入り過ぎじゃ。」


 宗助は目を丸くした。


「槍は腕で振るうものではない。」


 源四郎は槍を軽く持ち上げる。


「腰を使え。」


 そう言うと、一歩踏み込む。


 シュッ。


 槍先が空気を裂いた。


 音すら美しい。


 ほんの一突き。


 それだけで熟練だと分かる。


「見たか。」


「はい。」


「もう一度。」


 宗助は深く息を吸う。


 腰を落とし。


 左足を半歩前へ。


 そして突く。


 先ほどよりぶれない。


 源四郎はわずかに頷いた。


「そうじゃ。」


「覚えが早い。」


 その一言だけで、胸の奥が熱くなる。


 褒められた。


 それだけなのに、不思議と身体が軽くなる。


「続けよ!」


 鍛錬は昼近くまで続いた。


 突いて。


 引いて。


 また突く。


 掌には水ぶくれができ、腕は鉛のように重い。


 汗が額から顎へ流れ落ちる。


 現代なら、とっくに休憩を求めていただろう。


 だが誰一人として弱音を吐かない。


 ここでは、それが当たり前なのだ。


 ようやく休息の声が掛かった。


 皆、その場へ座り込む。


「ほれ。」


 隣へ座った男が竹筒を差し出した。


 昨日見かけた男だった。


「水じゃ。」


「ありがとう。」


 一口飲む。


 生ぬるい。


 それでも驚くほど身体へ染み渡った。


「儂は弥吉。」


「昨日は名乗れなんだな。」


「宗助だ。」


 二人は軽く笑い合う。


「初めてとは思えん。」


「まだまだだよ。」


「いや。」


 弥吉は首を振る。


「踏ん張る目をしておる。」


「そういう者は生き残る。」


 宗助は思わず笑った。


 戦国時代にも、こんな何気ない会話がある。


 歴史書には決して残らない。


 だが、確かにここには人の暮らしがあった。


 その時だった。


 訓練場の奥が急に静まり返る。


 侍たちが一斉に姿勢を正した。


 源四郎までもが膝をつく。


「……?」


 宗助が顔を上げる。


 人垣の向こうから、一頭の栗毛馬がゆっくり姿を現した。


 馬上の男は、まだ若かった。


 二十代半ばほど。


 茶筅髷を結い、色鮮やかな小袖をまとっている。


 腰には見事な太刀。


 その姿だけ見れば、噂どおりの派手好きな若殿だ。


 しかし宗助は、その目から視線を逸らせなかった。


 鋭い。


 獲物を狙う鷹のような眼差しだった。


「お館様じゃ。」


 弥吉が小声で呟く。


「頭を下げよ。」


 宗助も慌てて膝をつく。


 視線だけを上げる。


 馬はゆっくり訓練場を進み、兵たちの前で止まった。


 誰一人、口を開かない。


 風だけが静かに吹き抜ける。


「……これが今年集まった者たちか。」


 よく通る声だった。


 威圧するような怒鳴り声ではない。


 それでも自然と耳へ入ってくる。


「はっ。」


 源四郎が頭を下げる。


「皆、働き者にございます。」


「働き者だけでは足りぬ。」


 信長は静かに言う。


「戦では考える者が生き残る。」


 宗助は思わず顔を上げそうになる。


(考える者が生き残る……。)


 歴史で語られる信長らしい言葉だった。


 力だけではない。


 知恵を重んじる。


 だからこそ、身分に関係なく人材を登用したのだろう。


 信長は馬から降りることなく、兵たちを一人ひとり見渡した。


 その目は厳しい。


 だが、人を値踏みするような冷たさではなかった。


 可能性を探るような眼差し。


 そんな印象を宗助は受けた。


「その者。」


 突然だった。


 信長の視線が宗助で止まる。


「……はっ!」


 宗助は思わず声を張る。


「名は。」


「宗助にございます。」


「初陣か。」


「そのとおりにございます。」


 信長は小さく頷いた。


「手を見せよ。」


「……え?」


 一瞬戸惑う。


「早う。」


「はっ。」


 宗助は両手を差し出した。


 掌には潰れた水ぶくれ。


 皮は剥け、ところどころ血が滲んでいる。


 信長はそれを見ると、小さく笑った。


「よい。」


「槍を振らぬ者の手ではない。」


 宗助は驚いた。


 たった一日。


 それでも見抜くのか。


「励め。」


「はい!」


 短い会話だった。


 それだけで信長は馬首を返す。


 兵たちの前をゆっくり進み、そのまま訓練場を後にした。


 静寂が戻る。


 誰もすぐには動かなかった。


 やがて源四郎が立ち上がる。


「聞いたな。」


「お館様は、働きを見ておられる。」


「身分など関係ない。」


「働けば褒美をくださる。」


 兵たちの顔つきが変わる。


 宗助も胸が高鳴っていた。


(歴史で読んだとおりだ。)


 信長は生まれや家柄だけで人を判断しない。


 働いた者には恩賞を与える。


 だから多くの家臣が命を懸けた。


 魔王などではない。


 天下を本気で変えようとした男だ。


「宗助。」


 弥吉が笑う。


「お館様に声を掛けられるとは、大したものじゃ。」


「たまたまだよ。」


「いや。」


 弥吉は首を振る。


「何百人もおる中で覚えられる者は少ない。」


 宗助は信長が去った方角を見る。


 今はまだ、ただの新兵。


 だが、いつか必ず。


 あの人の隣で戦える武将になる。


 そして――。


 本能寺で命を救う。


 その決意は、先ほどよりも強く胸へ刻まれていた。


――あとがき――


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 今回は宗助と信長、二人の初めての出会いを描きました。歴史に名を残す英雄も、一人の人として兵たちを見つめていたらどうだったのかを意識して執筆しています。


 次回からは宗助がさらに鍛錬を積み、戦国乱世の厳しさを身をもって知ることになります。少しずつですが、歴史の大きな流れにも近づいていきます。


 「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想、レビューで応援していただけると本当に励みになります。


 これからも史実への敬意を大切にしながら、一歩ずつ物語を紡いでいきます。今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ