表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺を変えるため、織田信長の家臣になった。 ~歴史を知る俺は、天下人を死なせない~  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/16

第十三話 藤吉郎との出会い

 夜明けを告げる法螺貝が、清洲城の朝を震わせた。


 宗助は布団から身を起こすと、静かに革具足を身につける。


 板張りの詰所には、すでに起き出した兵たちが槍を磨き、陣笠の紐を締め直していた。


 誰も無駄口を叩かない。


 戦が近い。


 その事実が、城全体の空気を変えていた。


「宗助。」


 源四郎が詰所へ入ってくる。


「はっ。」


「今日はお主に別の務めを任せる。」


 宗助は思わず背筋を伸ばした。


「兵糧蔵ではないのですか。」


「違う。」


 源四郎は静かに首を振る。


「本丸近くの書役所へ荷を届ける。」


 本丸。


 宗助の胸がわずかに高鳴る。


 そこは信長が政務を執る場所に最も近い区域である。


 もちろん一介の足軽が信長に会えるはずもない。


 それでも歴史の中心へ一歩近づくことになる。


「勘違いするでない。」


 源四郎は宗助の表情を見て苦笑した。


「本丸へ上がれるわけではない。」


「荷を届けたらすぐ戻る。」


「承知しております。」


「それともう一つ。」


 源四郎は宗助の肩へ軽く手を置く。


「城では槍の腕より目と耳が大事になる。」


「見ても余計なことは言うな。」


「聞いても口外するな。」


「兵とは信用で生きるものじゃ。」


 宗助は深く頭を下げた。


「肝に銘じます。」


 やがて荷車へ木箱が積まれる。


 中には書状や帳面、墨や紙などが入っているらしい。


 兵糧ではない。


 戦を支えるための大切な道具だった。


 宗助と弥吉、それに数人の足軽が荷車を囲み、ゆっくりと城内を進む。


 石畳の道を歩くたび、車輪が重々しい音を立てる。


 途中では甲冑師が具足を修理し、鍛冶職人が槍先を鍛え、弓師が弦を張り替えていた。


 戦は戦場だけで始まるものではない。


 城中すべてが、一つの大きな戦支度だった。


「止まれ。」


 書役所の前で番兵が声を掛ける。


「荷を届けに参りました。」


 源四郎が木札を差し出す。


 番兵は確認すると頷いた。


「入れ。」


 宗助たちは荷を一つずつ運び込んでいく。


 その時だった。


「急げ、急げ!」


 廊下の奥から慌ただしい声が響く。


 一人の男が書状を山のように抱え、こちらへ走ってくる。


「遅れたら叱られるわ!」


 男は角を曲がった瞬間、宗助たちの荷車へ気付く。


「あっ!」


 避けようとした足が滑った。


 抱えていた書状が宙へ舞う。


 宗助は反射的に飛び出した。


 落ちてくる書状を両腕で受け止める。


 さらに床へ散らばったものを素早く拾い集めた。


「助かった!」


 男は大きく息を吐く。


「危うく全部ばらまくところじゃった。」


 日に焼けた顔。


 小柄な身体。


 しかし目だけは驚くほど鋭い。


 年の頃は宗助より少し上だろうか。


「ありがとうございます。」


 宗助は書状を差し出した。


「お怪我はありませんか。」


「儂は平気じゃ。」


 男は豪快に笑う。


「それより書状が無事で何よりじゃ。」


 そう言って、一枚一枚を丁寧に数え始める。


「一、二、三……。」


 宗助は少し意外だった。


 豪快な性格に見えるのに、仕事は驚くほど几帳面だ。


「全部ある。」


 男は満足そうに頷いた。


「お主、名は?」


「宗助と申します。」


「そうか、宗助殿か。」


 男はにっと笑った。


「礼を言う。」


「儂は木下藤吉郎。」


 宗助の心臓が大きく脈打つ。


(木下藤吉郎……。)


 後に天下人となる豊臣秀吉。


 だが目の前にいる男は、誰よりも忙しく城内を走り回る、一人の家臣だった。


 宗助は思わず見つめてしまう。


 歴史の教科書で見た偉人。


 その始まりが、今ここにあった。


 歴史に名を残す英雄。


 その姿を前にして、宗助は慌てて頭を下げた。


「お初にお目にかかります。」


「そんな堅くならんでええ。」


 藤吉郎は笑いながら書状を抱え直した。


「儂も少し前までは走り回るばかりじゃった。」


「偉いお武家衆に毎日のように叱られての。」


 宗助は思わず目を丸くする。


「木下殿でも……ですか。」


「当たり前じゃ。」


 藤吉郎は豪快に笑った。


「失敗せぬ者などおらん。」


「大事なのは次に同じ失敗をせぬことじゃ。」


 その言葉には不思議な重みがあった。


 後に天下人となる男も、今は一歩ずつ信頼を積み重ねている最中なのだ。


「藤吉郎!」


 奥から年配の役人が声を張る。


「まだ書状が届かぬのか!」


「今参ります!」


 藤吉郎は振り返ると、宗助へ小さく笑いかけた。


「すまんの。」


「またどこかで会おう。」


 そう言い残し、書状を抱えたまま風のように走り去っていった。


 宗助はその背中を見送る。


 決して立派な鎧を着ているわけでもない。


 供を大勢従えているわけでもない。


 それでも誰よりも忙しく動き、誰よりも早く状況を判断していた。


(あれが……木下藤吉郎。)


 宗助は静かに息を吐く。


 歴史とは、最初から英雄が英雄であるわけではない。


 誰よりも働き、誰よりも信頼を積み重ねた者が、後に歴史へ名を刻むのだ。


 荷を運び終えた宗助たちは、書役所を後にした。


 城内へ戻る途中、源四郎が宗助へ声を掛ける。


「宗助。」


「はっ。」


「先ほどの動き、見事じゃった。」


 宗助は少し驚く。


「咄嗟に身体が動いただけです。」


「それができる者は多くない。」


 源四郎は歩みを止めずに続ける。


「兵は命令を待つだけでは務まらぬ。」


「周りを見て、自ら動ける者が生き残る。」


「ありがとうございます。」


「じゃが。」


 源四郎は少しだけ口元を緩めた。


「勝手な行動と咄嗟の判断は違う。」


「今日のお主は後者じゃ。」


 宗助の胸に、その言葉が深く刻まれた。


 清洲城へ来てから初めて、源四郎に明確に認められた気がした。


 詰所へ戻る途中だった。


 一人の若い武士が源四郎へ駆け寄る。


「源四郎殿。」


「何事じゃ。」


「修理亮様より申し付けにございます。」


 宗助は自然と姿勢を正した。


 柴田修理亮。


 織田家重臣、柴田勝家である。


「明日より人手が要る。」


「働きぶりの良い足軽を数名選び、本丸近くの普請へ回すようにとのこと。」


 源四郎は宗助へ一瞬だけ目を向ける。


「承知した。」


 若い武士は一礼し、その場を去った。


 宗助は何も言わない。


 だが、源四郎の視線の意味だけは何となく分かった。


 自分にも、新しい役目が巡ってくるかもしれない。


 その日の夕刻。


 詰所で槍を磨いていると、弥吉が隣へ腰を下ろした。


「今日はえらく機嫌が良さそうじゃの。」


「そう見えるか。」


「分かるわ。」


 弥吉は笑う。


「源四郎殿がお主を褒めるなど滅多にない。」


 宗助も思わず笑みを浮かべた。


「まだ始まったばかりだ。」


「ああ。」


「じゃが、その始まりが大事なんじゃ。」


 詰所の外では、夕日が清洲城の櫓を赤く染めていた。


 戦は確実に近付いている。


 だが宗助は焦らなかった。


 今日一日で得たものは大きい。


 藤吉郎との出会い。


 源四郎からの評価。


 そして、新たな役目の兆し。


 歴史はまた一歩、確かに前へ進んだ。


――あとがき――


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 今回は、後に天下人となる木下藤吉郎との初対面を描きました。まだ名も地位も今ほどではありませんが、誰よりも忙しく働き、人との縁を大切にする姿から、後の大成につながる片鱗を感じてもらえたなら嬉しいです。


 また、宗助も源四郎から初めて明確な評価を受け、一兵卒から少しずつ信頼を得始めました。次回は、その評価が新たな任務へとつながり、物語がさらに大きく動き出します。


 この作品を面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価、感想、レビューで応援していただけると、とても励みになります。


 これからも史実への敬意を忘れず、戦国の息遣いを感じられる物語を丁寧に紡いでまいります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ