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本能寺を変えるため、織田信長の家臣になった。 ~歴史を知る俺は、天下人を死なせない~  作者: 春野ケイ


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第十一話 清洲城

 清洲城の城下へ足を踏み入れた瞬間、宗助は思わず息をのんだ。


 村とは比べものにならない賑わいだった。


 荷を積んだ馬が行き交い、商人たちは大声で品を売る。


 鍛冶場からは絶え間なく槌の音が響き、炭の匂いが風に乗って漂ってくる。


 戦の支度は、すでに始まっていた。


「止まるな。」


 源四郎が振り返る。


「城へ入るぞ。」


「はっ。」


 宗助は足を速めた。


 清洲城の周囲には深い堀が巡らされ、その内側には高い土塁と櫓が構えている。


 橋を渡る兵たちは皆、表情が引き締まっていた。


 門前では番兵が一人ひとりを確認している。


「どこの組じゃ。」


「源四郎組にございます。」


 番兵は木札を受け取り、人数を数える。


 やがて静かに頷いた。


「通られよ。」


 門がゆっくり開く。


 宗助は初めて織田家の本拠へ足を踏み入れた。


 城内では兵が忙しく行き交っている。


 槍を運ぶ者。


 弓の弦を張り替える者。


 兵糧を蔵へ運ぶ者。


 誰一人として無駄な動きをしていない。


(これが……。)


(織田家。)


 宗助は胸が高鳴る。


 歴史書で何度も読んだ場所。


 桶狭間へ向かう全てが、ここから始まる。


「よそ見をするな。」


 源四郎が静かに言う。


「ここでは一人の兵として振る舞え。」


「承知しました。」


 宗助は姿勢を正した。


 一行は兵たちの詰所へ案内される。


 畳ではなく板張りの広間。


 壁際には槍が整然と並び、鎧櫃が積まれている。


「今日からここがお主らの詰所じゃ。」


 源四郎が告げる。


「戦支度が整うまで城内で待機する。」


 宗助は荷を下ろし、静かに腰を下ろした。


 その時だった。


 廊下の向こうから、足音が近づいてくる。


 詰所にいた兵たちが一斉に立ち上がった。


「佐久間様じゃ。」


 誰かが小声で呟く。


 宗助も慌てて立ち上がる。


 現れたのは五十代ほどの武将だった。


 堂々とした体格。


 鋭い眼差し。


 織田家の重臣、佐久間信盛である。


 宗助は思わず息をのんだ。


(佐久間信盛……。)


 後世では様々な評価を受ける武将だが、この時点では信長を支える重臣の一人だ。


 信盛は詰所をゆっくり見渡した。


「遠方よりご苦労。」


 その一言だけを残し、静かに去っていく。


 それだけだった。


 しかし詰所の空気は一気に引き締まる。


 宗助は改めて実感する。


 もう村の足軽ではない。


 天下へ挑む織田軍の一員として、この城にいるのだ。


 そして、この城には信長もいる。


 歴史が大きく動く、そのすぐ近くまで来ていた。


 詰所へ案内された宗助たちは、それぞれ与えられた場所へ荷を下ろした。


 板張りの広間には槍や弓が整然と並び、兵たちは黙々と武具の手入れをしている。


 村とは違う。


 ここには戦を目前に控えた独特の緊張が漂っていた。


「源四郎殿。」


 一人の足軽組頭が歩み寄る。


「遠路ご苦労にござる。」


「かたじけない。」


 二人は軽く言葉を交わした。


「新たに召集された兵はこちらへ。」


 宗助たちは指示された場所へ座る。


「よいか。」


 組頭が静かに言う。


「城内では勝手に歩き回ることは許されぬ。」


「命があるまで、この詰所を離れるな。」


「はっ。」


 一同が頭を下げた。


 宗助も素直に従う。


 ここは織田家の本拠。


 今の自分は数多くいる足軽の一人に過ぎない。


 午後になると、武具奉行の指示で槍や陣笠の点検が始まった。


 穂先の緩み。


 柄のひび。


 革具足の紐。


 一つでも不備があれば、その場で修繕される。


「武具は命じゃ。」


 奉行の声が詰所へ響く。


「戦場で折れてからでは遅い。」


 宗助は黙って槍を磨く。


 その一本一本が命を預ける相棒だった。


 その時だった。


 廊下の外が静まり返る。


 武士たちが一斉に道を空けた。


「修理亮様がお通りじゃ。」


 誰かが小さく呟く。


 宗助は反射的に頭を下げる。


 視界の端を、堂々とした武将が通り過ぎていく。


 鋭い眼差し。


 隙のない足取り。


 供を従えながらも歩みに迷いはない。


(あの方が……柴田勝家。)


 宗助の胸が高鳴る。


 後世、「鬼柴田」と称される猛将。


 だが今は織田家を支える重臣として、戦支度の陣頭に立っている。


 修理亮は詰所の様子を一瞥すると、武具奉行へ二、三言声を掛け、そのまま足早に去っていった。


 ただそれだけだった。


 しかし、その場にいた誰一人として気を緩める者はいない。


 宗助は静かに拳を握る。


(まだ遠い。)


(今の俺では、あの方と言葉を交わすことさえ叶わない。)


 だが、それでいい。


 武功を積み、信頼を得る。


 一歩ずつ進めば、いつか必ず信長公や重臣たちの力になれる日が来る。


 宗助はそう信じ、もう一度槍を強く握り締めた。


――あとがき――


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 今回は清洲城での兵たちの緊張感と、戦支度の様子を中心に描きました。派手な戦はまだ始まりませんが、歴史の大きな転換点へ向けて、一人ひとりが準備を進めています。


 宗助もまた、自分の未熟さを知りながら、一歩ずつ前へ進もうとしています。次回はいよいよ新たな任務が始まり、物語がさらに大きく動き出します。


 作品を気に入っていただけましたら、ブックマークや評価、感想、レビューで応援していただけると、とても励みになります。


 これからも史実への敬意を大切にしながら、「もしも」の戦国時代を丁寧に描いてまいります。よろしくお願いいたします。

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