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犯罪捜査協力:捕縛対象捜索


 異界門の階層や天蓋島の外など、危険地帯の探索で大切なのは、知識を知恵にできる実地能力と過不足のない準備だ。週に何度も階層で調査をしている探索者協会の職員と、研究所で検体と睨み合い辞書と原稿の上を右往左往して、生活費の足しにバイトをしている研究員では、現地で出来ることの想像にも差が出るのは明らかだ。

 話し合いをしたあと、作戦の準備をセロに丸投げした。被害者救助および必要な備品準備、廃棄区画の環境の把握、追加で送られてきた容疑者の五人の情報を精査した対人戦対策など、潤沢な資金と設備を使える協会職員だからできることだ。作戦立案だけなら所長とじい様にも協力してもらえる。作戦決行日まで一切口出しせずに研究所で魔素採取と翻訳作業をした。ヤエコさんもにっこりである。

 研究所の休暇が終わって初めての休日、セロが運転する車で幻霧郷第三層の廃棄区画に向かった。助手席から鏡で車の後ろを見れば、木の縦筋が特徴的な箱が後方の窓を半分隠している。空調の涼やかな風を受けながら紙の地図をめくると、探索者協会職員の制服の詰め襟に黄色の腕章をつけてハンドルを握るセロがため息を吐いた。

「いつも予言があればいいのだが」

 地図から目を離すと、セロは窓の縁に頬杖をついてあくびをした。幻霧郷の住居区画は地図があっても迷う。車の自動運転が基本になるが、環境変化で道が増えたり減ったりもするので、自動運転なのにハンドルを離してはいけないという条例がある。前を見れば、人がいる様子がない住宅街の奥に入道雲が座している。やることも緊張感もない様子に、肩をすくめた。

「世のすべてのことを予言するなんて、三日で過労死しちゃうよ」

「だけども、捕縛対象の対策とか、現地までの最短の道筋とか……ここまで楽が出来るとは思わなかったぞ」

 膝の上に置いた資料には、孤児院の見取り図から容疑者の所持品や装備まで、テトが見えた範囲のことが六枚の紙にまとまっていた。情報の濃度と的確さは、熱量の多さを感じ取れる。

「大事件だからね。早期解決が必要だと思ったのかも」

「いつも突入するだけでいいなら、運搬要員を探す手間もないし、荷物も少なくて済む。いいわー」

「イエローロッドに一の三級以上は、居ないままなの?」

「この前に入ってくれたが、新人だからなぁ。ホワイトハンマーに頭を下げなくて済んで、本当にいいわー」

 探索者の間で最も大活躍する技能は、特技資格一番の運搬技能だ。格納魔法が使えるだけでなく、自然の驚異を乗り越えて荷物を運べるという証明は、体力と状況判断能力に、不測の事態への対応力の証明でもある。引き換えに取得難度がすべての階級で高く、研究所浄化作業に来てもらったシルビアの六級は、探索者資格一級の実力者たちが頭を下げてでもパーティに招待するほどだ。職員となった今でも、引く手数多だろう。

 そんなシルビアをノボル先輩は自分の脚にしていた。万年人材不足の部隊のセロは奇声を上げて悔しがるはず。間延びした声に苦笑いをすれば、セロは地図を映しているはずの黒い板を睨んで両手でハンドルを握った。車は速度を落として止まり私の横にある窓が開いて、蒸れた熱風が顔に直撃した。

「あと一キロで廃棄区画に入る。倒壊の報告はないが、見た感じはどうだ?」

 周りは人の気配がまったくない錆びついた住宅地だ。一軒家の庭は雑草がはびこり、金属の雨どいははがれて、瓦の屋根には蔦が這っている。空き家ということ以外におかしなところはない。窓から頭を出して石で舗装された道を見ても、ひび割れや隆起、建物の倒壊などは見当たらなかった。

「車は通れそうだよ。セロは大丈夫そう?」

 窓を開け閉めするボタンを指で引く。運転席の方を見れば、セロは眉間の皺を指で揉んでいた。

「俺はすこし、影がちらついた。予定通り、離れたところで計測と備品準備をしよう」

「わかった。コートの交換は、その時にしよう。道案内は任せて」

 記録にあった第三層の住居区画の廃棄理由は、魔素濃度の上昇による幻覚作用の強化だ。生活できる濃度の指標が3以下で、廃棄された時は6になっていた。離れた地域で、魔素の耐性が高いセロが幻覚を見るなら、魔素濃度は既に高い。セロは「頼む」と言って、車はゆっくりと動き始めた。

 曲がり角を逐一確認して、目的地の孤児院まで五百メートルほどの公園の前で車から降りた。公園には塗装が剥げて錆びた車が放置され、雑草の海にのまれている。その雑草の中にセロの車が向かったので、運転席側のドアの横に立って膝まである草をかき分けて付いて行った。

 セロも車を降りると、後ろの席から魔素防護マスクを取り出して顔全体を覆う。着ていたコートと手袋を脱いで渡すと、セロはマスクの奥で眉を下げた。

「悪いな、お前の大事な装備なのに」

「セロが戦えないと困るよ。破いてもいいから、頑張って」

 周囲の魔素の影響を受けるなら、魔素流出を防ぐコートを着て遮断すればいい。というわけで、白コートをセロに渡して、五人の容疑者の捕縛をセロに任せる作戦である。久しぶりに外出先でコートの重さから解放された。背中をそらすと、セロは苦笑しながらコートの袖に腕を通した。

「ありがとう。破かないように気を付ける」

 頑張ってくれないと、死ぬかもしれないし、社会の大事件も防げない。「破いてでも頑張れ」と念押しすれば、セロは声をあげて笑った。

 魔法具で周囲を計測すると、魔素濃度は7、風速は一メートル未満だった。予言に書かれた魔素濃度指数は本当だったのか。魔素が多いほど魔法発動が困難になるし、濃度指数7は無防備に踏み込めば一時間も持たずに失神する。計器の値を紙に書き込むセロは呟いた。

「被害者が起きたとしても外を出歩けない。天然の檻だな」

 言い分に頷きつつ、浮かんだ不満をこぼした。

「これに対応できる犯罪者って、おかしいよ。そんなにお金があるなら、研究費に使わせてほしいよね」

 魔素の遮断が出来る素材は、硬度が低い。他の素材と組み合わせるには魔法的介入は出来ず、魔素対策をするほどに強度が落ち、優秀な探索者でも魔素と物理の防御力に莫大なお金をかけて準備する。三十人近い人の命を繋ぎとめて、この魔素環境でも活動できるようにするには相応の資金源が必要になる。

 面白いとか、楽しいとか思ってこんなことをしているのかな?理解できない。影のみえない存在に首をかしげていると、テトの資料を胸に押し付けられる。落とさないように受け止めると、セロは折り畳みの台車を車から降ろした。

「小汚い金を稼ぐより、人助けの実績の方が金は寄ってくる。ひと儲けしようぜ、相棒」

「……かっこいいかよ」

 思わずこぼれた賞賛に、セロは不敵に笑った。木箱とリュックを台車に乗せて、孤児院へと向かった。

 警棒を手に歩くたくましい相棒の横で台車を押してしばらく。濃い空色の白い雲の峰々と息が詰まる暑い空気に嫌気がさしてきた。久々の薄着もこの暑さでは楽しくない。夕立が思ったよりも早く来そうだな。入道雲の足元が暗いので、数時間後には雨にふられるだろう。早く、雨が来てくれないかな。

 不意にセロが一歩離れて呟いた。

「どうして」

「セロ?」

 声をかけると、セロは振り返って驚いた顔をしていた。手招きをすれば、台車のハンドルを押す腕を組んできた。台車が押しにくいが、ハンドルを握る手をセロの腕に近づける。

「悪い……」

 幻霧郷の魔素は方向感覚も狂わせる。ありもしない影に気を取られた瞬間、気付いた時には居場所が全く分からなくなることもある。そんな環境で、地図を覚えるだけで何処にでも行ける方が変なのだ。台車を止めて、かすかに硬い顔のセロに白コートのフードを被せた。

「なにも悪くないのに謝るのは、良くないと思うよ」

 防護マスクをしていても、耳はむき出しでは平衡感覚も狂うだろう。フードを被れば、少しはましになるはずだ。組んでいるセロの腕をさすれば、セロは目を合わせてきて言った。

「すこし吃驚してな。ありがとう」

「どういたしまして」

 なにに驚いたのかは訊ねない。感謝を受け止めて、孤児院のそばにある建物に入っていった。


「聖堂と住居棟、倉庫の損壊は見当たらない。予定通り、聖堂の周りに対物結界を張ろう」

「奴らは見つかったか?」

「……ひとりが聖堂の祭壇奥の外廊下で洗濯物を干していて、もうひとりが司祭の待機部屋で煮炊きしているね」

 四階建ての建物の屋上で、ふたり揃って腹ばいになっていた。柵の隙間から、はす向かいの赤い煉瓦の壁に囲われた孤児院の中を見ているのである。壁や屋根に実のなる木にも蔦が絡まって、子供が走り回っていたはずの広場と儀式で使う池は緑一色になっている。双眼鏡を覗けば、敷地で出歩く人の服もよく見えた。セロは魔素で見えないはずなので、人相書きとの照合を任せている。

 緑の池のそばの外廊下で洗濯を干す全身白服に顔を隠した男性が、煙突が伸びて煙が上がっている部屋に声をかけた。外廊下に出てきた痩せ型の白ローブが木のヘラを持って出てきていた。なにか会話しているが、洗濯物に隠れて見えない。

 あの煙の量では、未承認薬の被害者たちに食事は作られていない。点滴で生きていけるとはいえ、健やかな住環境ではないな。膨らむ不満を腹の中に留めて、マスクの男性と白ローブの装備と体つきを伝えると、隣から資料をめくる音がした。

「衛生要員と暗殺業をしている奴だな」

「あとの三人は地下か、聖堂のどこか。もうちょっと探してみるけど……」

 聖堂の窓の奥に、白くゆらめく光が見えた。舌打ちをしそうになった口を引き結んでから開く。

「閉鎖されているはずの聖堂で、灯光の火鉢が稼働しているのはおかしいよね」

 灯光教の聖堂には、巨大な火鉢が天井から吊り下がっている。火鉢には灯光の証と呼ばれるものがあり、所長率いる幻霧郷の軍勢を英雄たちが灯光の証を宿した武器で退けた、という逸話がある。周囲の魔素を吸収して発光するという性質があり、浄化手段としても用いられる。

「聖堂内の濃度を下げて、連中は過ごしやすいところに居るってことか」

 犯罪者が孤児院内で活動できている理由は分かったが、問題はそこではない。

「廃棄区画に指定された時点で、灯光の証は回収されるはずなのに」

 魔素を際限なく吸収して発光し環境を乱す、調整管理が必要な代物だ。灯光の証は神聖視されているので、放置することを灯光教会側は許さないはずだ。しかし、双眼鏡の先にはゆれる光が窓ガラスの先にある。

「奴らの装備の中に灯光教会の護衛部隊の装備と特徴が一致するものが多い。首謀者か共犯に灯光教がいるのは確定だな」

 セロは資料の紙をめくりながら淀みなく言った。追加の選択肢も上げてみた。

「もしくは、過激な思想で灯光の証を持ち出せる役職だった人かなぁ。追放された嫌がらせとか?」

「あとは、灯光の証持ちが追放されることは……あるのか?」

「それはないね」

 双眼鏡で残る三人を探していけば、聖堂の大きな窓ガラスの奥に人影を見つける。大剣を背負う大柄な男性と軽装の女性に、目元を隠す小柄な人が正道の入り口に集まっていた。三人は話し合っているが、読唇術の心得はないので内容はわからない。覗き続けて装備と様子を伝えると、隣から「よいせ」と起き上がる声が聞こえた。

「外におびき出せば、勝てる。罠にかけるぞ」

「いつの間に準備したの……?」

 罠とは何かと聞いても、セロは制服の埃をはらう音をさせて答えない。彼らは外に出ても行動できているし、聖堂に逃げ込まれたらこちらが不利。首を傾げつつも孤児院の中を見ていたら、動きがあった。

 話し合っていた三人のうち、小柄な人が煙の上がる聖堂の奥に走っていった。話し合うふたりにその人が加わると、洗濯物を干していた男性が陰から現れて、手の平で顔にひさしを作った。ひさしの下の目はこちらを見ている気がする。

「もしかして、気付かれたかも?」

「かも、じゃない。行ってくる」

 どういうこと?双眼鏡を外せば、そばに居るはずのセロは居なくなっていた。相棒さん、いずこへ。探して辺りを見回すと、孤児院から苦しむ声と水が弾ける音がした。すかさず双眼鏡で孤児院の池を見ると、洗濯物を干していた男性が池にあおむけで浮かんでいた。

 緑の水で汚れてしまった洗濯物の隣には、白ローブの人が自らの服ですまきにされて、逆さにつるされている。そのそばに小柄な人の首を腕で締め上げる、防護マスクに見慣れた白いコートの男がいた。

 罠にかけるって自分で言っていたのに、突撃してどうするの。灯光の証があって魔素濃度が低いにしても、犯罪者五人を相手にするのは危ない。死にたいのかと悪態をつきかけて、気付いた。

 一対一を五回するなら、セロが勝つ。連携されないよう、分断している状況で先制攻撃をしかけたのか。罠というのは、こちらの存在を気付かせたこと。突撃に納得できたので、動かずに見守ることにした。

 小柄な人は首に巻き付く腕に抗っていたが、ゆっくりと締め上げられ、手足は力を失った。セロは小柄な人を抱えたまま立ち上がると、走ってきた軽装の女性と大剣の男性に向かって投げつける。女性は飛び上がって避け、大剣の男性が受け止め、投げ捨てた。

 女性は勢いそのままに、腰の双剣を抜いてセロに切りかかる。セロは警棒を合わせて受け流し、着地しようとする女性の脚を掴み、ひと回しして石畳に打ち付けた。

 セロは転がった双剣をひとつ拾い上げて、大剣の男性に投げつける。男性は左手一本で大剣をふるって掃うが、その合間にセロは距離を埋めて懐に入り込み、男性の脚と見間違える太い右腕に巻き付いて、肘を逆向きに曲げた。男性の苦悶の表情が一瞬見えたが、セロの膝が顔面に入り、その場に倒れた。

 捕縛対象の五人が再び動き出す気配はない。戦闘不能を目視確認。ものの数分で制圧完了である。思わず双眼鏡をはずして自身の肩を抱いた。

「こわい……」

 真夏なのに、背筋が冷えて身震いをしてしまう。こちらに手を振るセロに引きながら、立ち上がって建物の階段を下りた。

「見たか、俺の早業を!」

 建物の一階に置いていた台車を押して孤児院の敷地に入ると、仁王立ちで笑みを浮かべるセロが聖堂の入り口で待ち構えていた。足元の惨状に目眩を覚えて、額を拳で支えた。

 気絶した白服の五人が縄で拘束されて転がっている。体の膝や腕があってはならない方向に曲がって拉げていたり、手足をまとめて背中側に括られて海老反り状態だったり、ふたりを頭と足を互い違いに背中合わせで縛り上げたり、伸ばした脚と腕を固定して常時前屈状態にされたりしている。加えて灯光教会の信者である証である魔素耐性がある指輪が五つ、セロの左手の指に収まっていた。

 目が覚めたとしても身動きは取れないし、礼拝に必要な道具まで奪い取るとは鬼畜の所業である。移動中に拘束を終えていることに感心しても、もはや拷問の域の所業に笑顔は作れなかった。

「……流石は、東方で三番目に速い男。味方で心底よかった」

 率直な言葉を丁寧に包んで述べると、セロは腕を組んで片眉をあげた。

「俺は四番目だ。それで、正面から行くか、裏から行くか。どっちにする?」

 既に人命救助に意識が向いている。切り替えの早さに戸惑いつつも、問いかけに提案した。

「ひとまず聖堂の周りに対物結界を張って……この人たちは室内に入れて、裏から地下に行こう」

「よし、じゃあ、運ぶか」

 セロは鎖を振り回しながら海老反りの人を持ち上げて聖堂の中に入っていく。友人が手荒くてすみません。心の中で謝りながら聖堂の中へ引きずった。


 捕縛を確認した後、危険なものがないかを見回った。空を見上げると、入道雲の暗い裾が眼前に迫っている。雲の下は灰色にかすみ、稲光がひとつ走る。そろそろ雨が降りそうだな。雷鳴を聞きながら聖堂の正面入り口に走ると、様々な模様を焼き付けた木の杭を地面に打ち込むセロがいた。腰の高さまである杭が斜めになっていないかを確認して、セロはこちらを見た。

「何もなかったか?」

「魔素感知型をひとつ見つけて、触って壊しておいたよ」

 聖堂の裏にある司祭たちが使う扉の外で見つけた、白に塗装された木箱をセロに渡す。箱は蓋を開けていて、中にある円盤にはひび割れた半球の石が収まっていた。セロは中を確認して「おう……」と曖昧な反応をした。

「予言の第三階層全壊の原因って、これだったのかな?」

「広域爆弾だと解っているなら、触るなよ!」

「ひとりで突撃した人に言われたくない」

 魔法の付与がされている魔法具は、私が触るだけで発動しない。魔素の感知もされないので、魔法具の前の私は透明人間である。最も安全な方法で爆弾処理をしただけだ。セロは眉間にしわを寄せて深く息を吐いた。

「こっちも結界できたから、地下に行くか」

 仕事優先に切り替えたらしい。頷いて台車を押して聖堂の裏手に向かった。

 聖堂裏の扉をセロが静かに開けると、人の生活の跡が残る小部屋があった。窓際のかまどで鍋が沸騰した音をさせていて、部屋の真ん中にダイニングテーブルを囲むように椅子が六脚あった。部屋の奥には扉がふたつあり、壁際には小麦と書かれた紙袋が積み上げられている。豆と野菜を香辛料と煮込んだ香りが鼻をくすぐって、お腹が音を鳴らした。

「飯の準備をしていたのか」

「みたいだね」

 背中を扉に押し付けるセロをよけて部屋に踏み込み、中を見回す。魔法具らしいものは、かまどの中の火を起こす物だけのようだ。「確かめて」と頼むと、ようやくセロは部屋に一歩入れた。手分けして不審なものを探してみるが、小部屋に危険な魔法具は見当たらなかった。

 部屋の奥の扉を開けると、片方は祭壇の袖に出て、もう片方は上下に伸びる螺旋階段に続いていた。

「じゃあ、この先に行こうか」

 保護対象者がいる地下に向かおう。暗い階段を指さすと、セロは私から一歩下がって腕を組んだ。

「魔法具は問題無さそうだが、問題は魔素だな」

「もう魔素操作が難しい?」

「試してみないと解らんが、魔素がごちゃごちゃで……眩しい」

 問いかけにセロは険しい顔で頷いた。灯光の証が傍にあるとしても、三十人近い人の魔素が地下で停滞していれば魔素濃度は高くなるか。試しにと計測機器を螺旋階段に置いてもらうと、振り返りざまにセロがよろけた。そのまま倒れ込み、床を這って小部屋に戻ってきた。

「試そうなんて言って、ごめん!」

 階段の時点で酷い状態なのか。顔のマスクを外してあげると、せきを切ったように吐き戻す。一緒に入ればよかった。背中をさすって「やめておけば良かった」と言えば、セロは首を振る。

「いや、計測は、必須だ……でも、俺は、付いていけそうにないな」

 口をぬぐうセロの顔色は悪い。肩を持って外廊下に連れ出し、台車に乗せていたリュックからマットを出して寝かせた。険しい顔の額には、汗が滲んでいた。

「こんな所だけど、休んで。雷が来たら、部屋に入ってね」

 地下に居る人も心配だが、相棒の方が心配だ。保護はひとりで進めるしかない。「任せて」と胸に拳を掲げると、血の気が失せたままのセロは右の手首をつかんできた。

「身を挺して守るとか、しなくていいからな」

 苦しさと疲弊のある表情でも、セロの眼だけは力強さが残っている。

「自分を優先して、その片手間に人助けしろ、でしょ?じい様の教えの通りにするよ」

「絶対だぞ」

 あまりにも切に言うので、セロの隣に座って出発前に決めたことを打ち明けた。

「帰ったら、美味しいご飯食べようって約束したもの。帰らないと義父さんに怒られる」

「それ……死ぬ間際にいう言葉じゃないか?」

「死なないような事を言えば、安心するの?しないでしょ?」

 なにを言ってもセロの心配は尽きないだろう。だけど、ここは胸を張ってでも説得するしかないのだ。努めて笑顔で、小部屋の方を見た。

「それにさ、物凄く不謹慎だけど、ちょっとワクワクしていてね」

 拳を小さく振ると、疲れ切ったセロの顔が一層ひどくなった。何を言いだすのか、と言い返す気力もないらしい。しかし、話し始めた以上、言い切ってしまおう。

「魔素を留める魔素が人工精製出来るなら、観測が簡単にできるかもしれない。ぜひとも検体が欲しい……!切実です!」

 私が飲んだら、どんな反応をするのかも気になる。他人も、将来の自分も助ける為に、検体が欲しい。隠していた気持ちもさらけ出せば、力なく開いていたセロの口元がすこし弧を描いた。

「人助けなら手伝うって、言ってなかったか?」

「人の為になりたいとは思うよ。でも、好奇心を捨てるほど必死に仕事をしたくありません!」

「はは、随分と気楽だな。すぐに死にそう」

「なんだとー?!」

 笑顔が戻ってきたセロの肩を叩く。しかし、顔色は悪いし、息は整わない。セロの顔にマスクを着けて、台車の一番上にあるリュックを背負った。

「じゃあ、行ってくる」

 手を振って小部屋に一歩踏み込む。呆れていても笑い返してくれるセロに見送られ、地下に向かった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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