審問会召喚:賢者のローブと説得
灯光の賢者が青いローブを着ている。そう叫んだ後、私以外の口が半開きになった。「どうしてですか」と動揺を隠せない私も、半開きとも言える。そんな動揺しきりの私のコートの裾を、じい様が引っ張った。
「レイ、流石に冗談が過ぎるぞ」
「いや、どうみても青です。宣誓の効力が失われています……!」
「しかしだな……」
じい様が言いよどむのも仕方がない。灯光教の賢者には、色が割り当てられているのは誰もが知っているところだ。
盲目の賢者は、魔素の揺れの視認と制御のための白を。聖具の賢者は、魔法具技術の発展を願った青を。灯光の賢者は、灯光の証をおこすための強化を求めた赤を身にまとう、とされている。
「今まで何故言わなかった」
「防寒の機能促進だとか……訳があって青い服を着ているのかと……!!」
小声で言い訳をすれば、じい様は何とも言いにくい表情で三賢者の方を見た。恐らく、全員が正しい色のローブを着ているのだろう。魔素光盲の影響だろうが、それを理由にしても著しい侮辱行為だという認識はある。なので、俯き肩を震わせる青ローブを着た老人に声をかけた。
「あ、あの、私は魔素光盲です。灯光教において、ローブを着ている人物が高位にある事も知っています。ですが、魔素光盲には、全く赤には見えなくて……そのローブに誓われても……何というか」
「だっはっはっは!!」
早口で言い訳がましく話していると、赤ローブの爆笑が響いた。その人はフードを取って、目に浮かんだ涙をぬぐいながら手をあげて言った。
「ホーリア第一王女、閉塞の地に関する審問会において疑問点は残っているか?」
青が入ったような灰色の髪に、意思と熱量のある水色の眼が彫りの深い顔の陰で王女を見ていた。目の周り以外の顔の肌に焼けた痕があり、長らく鍛冶仕事をしてきた職人さんと似ていた。その人が灰色の髪をかきあげると、王女は音もなく息を吐いて言った。
「……幾つかあるが、現状は些末な事となってしまった」
「だろうな。テト殿、審問会を一時止めてくれるか。審問内容とはあまり関係のない、灯光教会の一大事。賢者の才覚を疑われる疑義が発生した」
中断を頼まれたテトは、かすかに悩んだ後に頷いた。
「審問会は中断とします。ですが、公式文書に記録いたします」
「何故だ?」
「灯光教の賢者の代替わりにも関わる大事の観測を取りやめるなど、裁定者として容認できませんので」
事務的な反応に、赤ローブの人は微かに舌打ちした。天蓋島で最も信仰されている宗教の高位僧侶が、身に着けるべき服を間違えていたというのは醜聞になる。しかし、私は口を塞げなかった。
「後ろに立っておられる方も青いですし、その……あなたも青ではなく、赤いローブです……」
「俺も、か?!」
赤ローブの人は自身を指でさして驚く。付け加えるように「あなたの後ろの方も、ですね……」と呟けば、シリスが立ち上がった。
「れ、レイさん、私は?」
「シリス様は、ちゃんと白です」
私が頷くと、シリスは胸を撫でおろした。そして隣のふたりを厳しく睨んだ。
「お二方、もしや選定の儀において、魔素光盲の方との拝顔を怠ったのですか?!」
賢者の選定の儀にはローブに使う布を選ぶという工程があるらしい。文献を読み解き、自らが扱う魔術魔法を行使しやすくする相応しい色の素材を探し出さないといけない。
ふと閉塞の地で、青いローブを見かけた時のことを思い出した。シリスに青いローブの人は誰かと訊いたが、赤いローブしか見えていないから「見ていない」と言ったのか。過去のことに納得していたら、赤ローブは気まずそうに言った。
「先代が準備してくれたから、折角だしと思って……」
「私も思いましたが、後で罠だと教えていただきました!わざとそれらしい物を準備すると!間違えれば資格なしと放逐されるのですよ?!」
頭をかく赤ローブは、太い眉を下げている。ローブ一枚で宗教を脱退させられるとは瞬きするしかなかった。その人は赤ローブを脱ぎ、後ろに立っている人の肩を叩いて「恥ずかしい思いをさせてすまない」と苦笑していた。その光景に申し訳ないと思いつつも、言うしかない理由もある。
賢者の宣誓はとても重く、変更が難しいと聞いている。教会の方針や今後を左右する決定になるのだ。特に開闢の尖塔の再建は、人類の生活圏の拡大を意味するだろう。その宣言を、間違った所に懸けないでほしい。恥ずかしい以前に、宣誓そのものの確度が落ちてしまう。
青ローブの老人は立ったまま、俯いている。本当に申し訳ないと、手をあげて提案した。
「ローブの交換をしていただいて、後日、閉塞の地の開拓計画を共同で立案し、宣誓なさってはいかがですか」
「この灯を絶やす火消しの悪魔が」
青ローブがこちらを見てはっきりと言った。目を見開く顔に慣れたからか怖くはなかった。
「ことごとく我が計画を邪魔しおって。そのせいで、死人が出ると後悔するがいい」
「シンジャール様?」
テトの呼びかけに応えることなく、老人は青いローブを脱いで姿勢を正した。曲がっていた腰はすっと真っ直ぐに伸び、じい様の影を見た。
「幻霧の襲来で、人の身に神の加護が宿るという悪辣な介入を受けた。その思惑を潰すための機会が失われる前に、灯光の証を絶やす芽は摘まねばならぬ」
テトが立ち上がって黒白の間の扉に足を向けると、「動くな」と老人は言った。
「動けば、この粉を振りまく。全員が死ぬぞ」
暗殺の主犯が自分だと老人が明かした。この場の全員が身構えると、老人はしわまみれの顔で笑みを作り、下に着ていたズボンの両のポケットから何かを出した。見せびらかすように両手でつまんだそれは、黄緑色の液体が揺れる魔素回復ポーションの瓶と白い粉が入った薬包紙だった。
もしかして、魔法具を壊したのは、ポーション瓶の付与魔法に反応させないための囮か。王女暗殺を延期しようとしていたのに、権威失墜して会う機会がなくなる前に殺そうという図式になったのでは。
私が悪いってそういう意味か!やらかしたと思ったときには、じい様が椅子の上に立って構えた。まずは凶器の確認をしなくては。私も立ち上がり、じい様の前に腕を出して止めた。
「えっと、シンジャール様で宜しかったでしょうか。質問がありますので、お伺いしても?」
「……やはり場を読まぬ、不快な悪魔よ。どんな悪あがきか、聞いてみようではないか」
「もしかして、その薬包紙の粉は、魔素構造の組成組み換えの効果がありますか?」
そっと問いかけると、老人は堪えきれなかったように吹き出し笑った。乾いた声は年齢を感じて、どこか空虚な音色だった。
「嗅ぎまわっている者がいるとは聞いていたが、貴様だったのか。説明が省けた。悪魔が初めて役に立ったな」
老人の遠回しな肯定に、その場に居る人すべてが椅子からゆっくりと立ち上がった。
魔素構造の組成変更を行う成分は、少量でも呼吸困難から魔素の減退に伴って生産過多になる。結果、魔素暴走を起す。北方で閲覧していた本の中にあった薬物だ。
私に対して効果は、赤光の泡よりは苦しくないが、倒れる程度の強度はある。魔素暴走の余波に巻き込まれれば、確実に死ぬだろう。
まあ、人が破裂する病原菌の方がもっと怖い。大丈夫、もっと悪くはならない。逸る心臓にそう言い聞かせて、老人の言葉をきいた。
「王女よ、選ぶが良い。この場の者と自死するか、灯光の証を携える血族の断絶か」
「意図が解らない」
「自らを王家と語る黒の者どもを殺す機会を与えるという事だ」
ソフィアが癖のように扇子を開いて口を隠したので、老人は呆れたようにソフィアを睨んだ。
「己が行動で人が死ぬのかも知れぬと理解できないのか」
「失礼しましたわ。少々、面白いとおもってしまいましたの。この場に笑みは相応しくないでしょう?」
「ほう。白銀の魔女は理解が早くて助かる」
なにも理解が追い付いていないと弟や隣の侍女さんの眼が言っている。老人は笑みを浮かべたまま話し始めた。
「管理を怠れば大地が火の海と化す証の権能は、人の手に余るものだ。管理は個人にゆだねられるべきでない。浅ましい人体の中にあるなど、現人神にでもなったかのように振る舞うなど……愚かでしかない!その結果が、灯光の証の総量は、減る一方なのだ……!」
「うわ」
頑張って隠して、報告に書かなかったことを話された。私の小手先の足掻きが、なかったことに。すこし残念な気分になると、王女が口を開く。
「どうして我が一族を殺すという話になる」
「灯光の証を持ったものが死ぬと、証が魔素を求めて外に広がる。しかし、火鉢である肉体が証によって朽ちれば消え去ってしまうのだ」
「燃え広がらないということですの?」
ソフィアが簡単にまとめると、「その通りだ」と老人は忌々しそうに顔をゆがめた。
「幻霧との大戦直後、灯光の証を身体に宿した物が現れた。それによって大戦は終息したが……灯光の証は二割が減ったと言われている!それもこれも人に灯光の証を宿し、残された者たちが回収をしなかったからだ!!我らは権能を削ぎ続けている!!」
自称神様の観測と同じなのか。なんだろう、この老人の観測技術とか研究内容とか、気になってきてしまった。唾が飛びそうなほど叫ぶ老人の言葉を、皆が苦い顔をして聞き入っている。なのに、私は思わず「すごい」と口走ってしまった。
「何が凄いのだ、悪魔が……!!」
怒りがこっちに向いてしまった。何の意図が無いので、「すみません」と小声で謝った。じい様が今にも飛び出しそうだが、待ってとじい様の肩に手を置いて老人に話しかけた。
「つまり、灯光の証が無くならないように貴方はしたい。その手段として、灯光の証をもって生まれる血筋を絶やしてしまいたいという事ですか」
「そうだ。この私も含めて、世界に不要だ」
「灯光の証の総量が減ることに対しては、私も反対です。でも、灯光の証を回収する手段が複数あれば良いだけではないのですか」
「聖具の面々は、まともに仕事をしない!!盲目の者どもも、西方をまわるだけで回収し損ねている!!今日もきっと……減っている……!」
残るふたりの賢者の表情が険しくなったが、何も言わなかった。思うところはあれど、貴方が言うなという話でもある。
この人は、信仰対象が誰かによって損なわれることが恐ろしいだけなのだろう。でも、どこか話の進み方が早すぎて、大事な内容をすっ飛ばしているように思えた。
話を誘導されている?ソフィアをちらりと見れば、かすかに笑っている涼やかな目でウインクされた。
なるほど。母親の葬儀の時のように対処すればいいのかな。ソフィアの思惑に乗って、黙っていたことを言うことにした。
「ご存知なのかわかりませんが、灯光の証の権能の大元は、太陽だと伺いました」
赤ローブを着ていた人が「そうなのか」と声をあげた。シリスを見れば首を振って知らない言っている。灯光の証の総量計測出来ても、大元までは知らないのか。老人は両手でつかんだ薬包紙とポーション瓶越しに私を見てきていた。
「報告書で記載しなかった情報ですが、灯光の証は消失しているのではなく、太陽に返却されているそうです。あ、皆さん、この話はかなり重大情報なので、特技資格八級権限を持って箝口令を敷きます。テトさん、今後この情報の開示要求を満たすのは特技資格八級以上に設定するよう、申請します」
箝口令を願い出ると、テトは「了解しました」と淡々と言った。その口元がうっすらと弧を描いているように見えたが、気のせいだと視線を老人に合わせた。
「灯光の証は、あるべき場所に戻っているだけです」
「そんな訳が……」
「太陽の権能の観測……の方法は解りませんが、灯光の証の総量が解るなら観測できるかもしれません。そして、灯光の証を保管する開闢の尖塔を修復して……失ったものを取り戻せば良いのではないですか?」
その結果、異界門との接続が増える可能性が高くなって、自称神様の介入をより受けるとしても。それを伝えるのは、今ではないと思って喉の奥にしまった。目の前の老人は腕を振るわせながら、こちらを見て「ありえない」と口からこぼしていた。
心身ともに揺れる老人に向かって、踏み出した。危ないものの回収をしよう。椅子から離れて、じい様を通り過ぎ、ゆっくりとシリスも追い越していた。
「実は、自称神様に太陽の権能返却を依頼されましたが、断っていました」
「来るな」
「戦争が起きるのは嫌ですし、家族といがみ合うのは悲しいです。人死には、見たくないですから」
「お前もただでは」
「そうですね。つかぬことを訊きますがそのポーション、魔素を固定する魔素を生成する人の魔素ですよね?」
老人の口が、はく、と動く。黒幕がこの人かは解らないけれど、連続爆破事件の原因となる者を持っている時点で重要参考人だ。後で逮捕される容疑が追加されることだろう。
魔素回復ポーションの中身がツグミの魔素なら、処方された近くにいる人全員が魔素暴走を起して爆発四散もあり得る。老人は、王女にこれを持たせて王家の転覆を画策していたのだろう。連続爆破事件も灯光の証を持つ人の暗殺目的だったのかもしれない。
その、かも知れない、を確かめたいから、皆に死んでほしくない。混乱させて隙を大きくするために、ポーション瓶と薬包紙を指さして訊ねた。
「その二つを混ぜたら、どうなりますか?」
「な、なんだと」
「いや、どうなるのかと、気になって」
「馬鹿なのか?!そいつは殺すと脅して」
赤ローブを着ていた人が叫ぶと、びり、と紙に切れ目が入る音がした。慌てて留まるように促す。
「あぁ!やめてください!貴方の研究で教えてほしい事があって、死なれるとかなり困ります!魔素生成過剰の状態にする刺青の件なのですが」
「レイ、なんの話をしている」
後ろにいるじい様の不快そうな声が背中にぶつかった。まだ告発はしていなかったっけ。ちょっとだけふり返って早口で言い訳をした。
「灯光の賢者を騙る違法な研究をしている人が居るのです。おそらくですが、このポーションの大元の人が困っていまして、意見が欲しいのです」
大図書館での毒物の閲覧理由は、人体の魔素保全と灯光の証の保存機能を調べる実験と読み解けたのだ。実際に行動に起こすのはどうかと思うけども、灯光の証が失われないようにするにはどうするのか、と考えさせられた。
なにより、ツグミの刺青を考案したかもしれない本人様に死なれては、対策案の糸口が失われるかもしれないのだ。それは困る!
老人に向き直って、一歩近づく。老人は腕を逸らして破ろうとするが、私から視線を外そうとしない。一歩、前へ進んだ。
「シンジャールさん、頼みます」
「来るな、やめろ」
「貴方自身が調べるべきことが、たっぷりとあるのです」
「やめろ、何なのだ、お前は」
もう何を言っているのか自分でもわからないが、封が開いた危険物を放置はできない。一番死ぬ確率が低い私が処理しなくては。
「ここで人死を起してうやむやになるより、灯光の証を取り戻した未来まで頑張ってみませんか?!」
協力は欲しいと思っている。本心だから、と必死に願いながら一歩進む。あと一歩で、老人の両手を捕まえられる。
「お願いです、シンジャールさん!」
しかし、その皮と骨だけのような腕を振りかぶって、老人は薬包紙とポーション瓶を私の顔に投げつけてきた。
「来るなと言っているだろうがぁ!!」
「ん……む!」
ポーションは床に転がり、顔に粉が舞う。落としてはいけないと、薬包紙を唇で取って、口に捩じ込んだ。瓶の蓋は開いていない、問題は口の中の薬だ。
そこに、「何をしている!!」と王女の悲鳴が聞こえた。風を切る音がして、視界の端の老人が膝をつく。そんなことよりも口の中だ。とっさに右手に握り込んでいた霧吹きの蓋を取り、念じた。
無害になれ、無害になれ!目を閉じて、顔と口の中に霧吹きを噴いた。何度も噴いて、口の中に薄荷と万年草の香りが鼻と喉に突き抜けると、背中を叩かれた。
「吐け!今すぐ!」
王女に袋を押し付けられ、中に薬包紙を吐き出した。薄荷の精油が辛くてきつい、肌にかける前提の配合じゃないよ、義父さん!咳をすると、お構いなしに口の中に指を突っ込まれた。
「へ、ひゃ」
「この愚か者が!!」
黒白の間で嘔吐する声が響いた。叱責に怒号も加わって、審問会どころではなくなった。
審問会は殺人未遂が起こったことにより中止。駆け付けた協会職員によって灯光の賢者は捕縛された。
「レイさんって、無自覚に馬鹿なのですね」
人でにぎわう暖かな甘味処で、グラスの鮮やかな緑色のアイスをスプーンですくい取って、テトは言った。肩を丸めながら、お茶をすする。
「……そう、ですね。割と自覚はあるつもりですが」
「ソフィア嬢がいたから無事だっただけだ。自分を盾にしおって、この阿呆」
「ごめんなさい」
隣に座るじい様はそう言って、お汁粉のお餅をかじる。伸びる餅を切って口の中に収めると、かすかに微笑んで噛んでいた。
王女に王家の殺害を脅迫し、その場に居る全員の命を脅かす毒物を持ち込んだとして、灯光の賢者ウォーレン・マルグリット・シンジャールは現行犯逮捕された。灯光教の賢者という高位権力者による犯罪行為という事で、余罪などを確認するまでは外部に漏らさないようにと箝口令が敷かれている。
展望デッキに併設された店は何も知る気はないと、私たちの声をとかしていく。結露している窓の外に街並みを見ていると、注文したわらび餅がきた。じい様は箸をおいて、くつくつ、と喉を鳴らした。
「……にしても、あの酷い説得は何だ。うやむやにしたのは、お前だろう」
恥ずかしいところをつかれた。黒蜜をかけながら、眉をひそめた。
「そうはいっても、何も思いつかなくて!あの人との接点が研究ぐらいしかないですし……」
ソフィアは思考誘導と行動の制限を部屋全体に、灯光の賢者の空間制御を崩さないように薄く施していたらしい。自由に動けるのは、やはり私だけだったようで、説得を試みたのは正解だった。
しかし、私の研究についての言及は自己都合を押し付けることに終始していて、動けなかった面々は内心で眉をひそめていたらしい。その上、告発前の開示不可情報を漏らしてしまって、場が納まった時にテトから警告を受けてしまった。
場を作ったソフィアは、「明るい私利私欲で脅迫とは、わたくしには出来ませんわ」と扇子で顔のすべてを隠していた。脅迫したつもりはないが、と言ってもソフィアは巻いた銀色の髪を揺らしていて、一番笑っていた。
好きなだけ笑ってくれ。全員死なずに済んだから、何と言われようと万事良しだ。
事情聴取の時間まで暇だからとじい様と甘味処に来たら、テトと鉢合わせて、またうやむやな説得を詰られている。黒蜜をかけて竹楊枝でわらび餅を突き刺すと、テトが微笑みながらこちらを見てきた。
「犯罪者と一緒に研究するのは、外聞が悪いとか考えないのですか?」
禁忌が伴う研究についての意見を求めたことだろうか。わらび餅を口に入れて、きな粉と黒蜜を堪能してから答えた。
「……怖いとは思いますし、法令には従ってほしいとは思いますよ。でも、法令なんて時代によって、変わるじゃないですか」
人殺しは犯罪で、罰則が付くものだ。でも戦時中は、罰則が付かない条件が現われる。研究に対しても同じことが言える。
「得た事実は別のことに使えますし、私の上司を前にそんなことは言っていられませんよ」
そもそもの話を言えば、所長も戦争犯罪をしたけど、死刑執行をしたのに死ねなかった人だ。犯罪者と関わりたくないと言いだしたら、自分の居場所を追い出されてしまう。短く息を吐けば、テトはスプーンをアイスに差し込んだ。
「禁忌事項に抵触していても、ですか?」
「まあ、特技資格の八級を持った馬鹿なので、研究結果の使い方は間違えないように努めます」
情報は漏らしたけど、と内心で自分に毒づく。テトがかすかに笑みを深めたとき、窓が真っ白になった。顔をのけぞらせると、テーブルの甘味とテトの黒服の色が消えて、輪郭すらも消え失せた。
「まぶし!」
目を閉じれば、部屋が跳ねた。カラトリーが床に落ちた音を聞いて、ざわめきが起こった頃に目を開けば、口も一緒に開いた。
「なんだ、これは……」
空を覆う雲の奥で眩しい光が波打っている。じい様の呟きに、テトが耳を塞いで俯いた。窓の露を手袋で拭えば、白い光がよく見えた。思わずそれの名前を呼んでいた。
「灯光の証……?」
「なんだと?!」
再び建物が揺れ、お客さんやエプロンを付けた店員さんが悲鳴を上げて店を出ていく。放射されている所を探していると、テトが息を呑んで立ち上がった。
「……シンジャールが灯光の証を召喚し、移送する飛行船が、屋上の発着場で爆発したようです」
つまり、空に見えている光の波は。指で空をさして、呟く。
「天蓋の魔素に触れて、増殖しているって事ですか」
悲鳴が遠くに追いやられ、辺りから音がなくなった気がした。何度かまばたきをして、目配せをした後、じい様がテーブルの上に飛び乗り、窓に向かってスプーンを構えて十字に大きく切った。すると、ガラスが割れて内側に入り込み、熱風が吹き込んできた。あつい、とフードを被れば体が宙に浮いて、じい様の小脇に抱えられていた。
「バンデルの坊主!お前は被害状況の把握に努めろ!」
驚いている隙も無く、じい様に抱えられたまま、熱風を吹き込む窓の外に出た。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話は制作中です。2026.10.30




