緊急案件:天蓋により拡大する灯光の証の消灯
「あついこわいむりいぃぃぃ!いやあぁぁああぁぁぁ!!」
探索者協会本部は、高い塔である。窓の外に出れば、真っ逆さまに落ちる。なのに、私は壁に沿って空へと移動していた。恐怖で叫べば、すぱん、とじい様に頭をはたかれた。
「黙れ。足が乱れる」
「うう……」
下を見れば、白く照らされた街並みが遠ざかっていく。胸を抱えられた隣を見れば、じい様の脚が目を見開いて空を見上げる人が映る窓を蹴った。その足はゆったりと動いているようなのに、流れゆく景色は列車の車窓のように速かった。
じい様の魔術で塔の壁を登っているのだ。魔術の邪魔をしないように口を閉じると、次第に周りの空気が熱くなってきた。屋上に近付いている。
「……くそ……厳しいな」
じい様がそう呟くと、塔の壁が途切れる。着地と共に数秒ぶりの重力を感じると、コンクリートの床に投げ飛ばされた。
「うおわ!……ちょっと、何するのですか!!」
受け身を取って起き上がると、じい様がその場で膝と手をついて濃紺の着物の肩を上下させていた。駆け寄ると、じい様は切れ切れに言った。
「……儂は、すこし無理をした。しばらく、動けん……」
顔色をうかがうと、汗が滲んで苦しそうに顔をゆがめている。脚はかすかに震えていて、手だけが力強く握り込まれていた。灯光の証とじい様の魔術は、相性が悪いと言っていた。コートを脱いでじい様の肩にかけて、腕の袖を首に巻いて結んだ。
そこに爆発音が響き、じい様を抱きしめて身構えた。がれきが崩れる音が納まると、腕の中のじい様が呟いた。
「レイ、ここに来た理由は、分かるな」
じい様が見ている先を見れば、燃え盛る飛行船から、空へ立ち上る白い光の筋があった。煙が立ち込める空気を吸い込んで、生唾を呑み込んだ。
「消火しろとは言わない……あれを消灯してくれ」
火災の消火をしないと、近づけないと思うのだけど。灯光の証を消すのは、消灯の使者以外がやると怒られる。何より、この規模をひとりで消せるのか。内心に溢れる疑問を押し込んで、立ち上がった。
「やってみせます!」
やらねば、もっと消せなくなって、この惑星が太陽の権能で丸焦げになる。不安をふり払って、灼熱の光に駆け出した。
天蓋島において、飛行機は過去の遺物になっている。天蓋という魔素の層があり、魔法具を使用した飛行は上空二千メートルを越えられないからだ。大量の物品や大勢の人を運ぶ空の移動手段は、もっぱら比重が軽い気体と浮遊魔法を併用した飛行船を利用する。軟着陸や防衛のしやすさなどの観点から、要人警護や精密機器の運搬などにも利用されている。
「消火栓、は、どこだ……!!」
飛行船の発着場には、発火した場合の消火設備が必須である。火の海と化している発着広場を大きく回って、屋上の出入り口の扉に駆け寄った。防火シャッターが下りている扉の横に、発着場の地図があった。
燃えている場所は、一番手前の第四発着場。ひとりで使える消火栓の位置は、と確認していると、人の呻き声が聞こえた。辺りを見回せば、がれきの下に人が挟まっていた。こちらに気が付いているようで、うつろな目で手を伸ばして言った。その人の奥には火が迫っている。
「たす、けて」
その声に、身体が強張った。
生存者確認をして、救助をするべきだと思う。火災は発着場を焼くだけだが、灯光の証は空で広がり続けている。頭の片隅で、天然のトロッコ問題だな、と場違いな声が聞こえて頬を叩いた。
何を学んだ、レイ・グランド。出来ることをしていくしかない。すう、と息を吸い込んで、口を両手で囲んで叫んだ。
「じいさまあぁぁ!!救急隊にも、連絡してくださいぃぃ!!がれきに挟まった人が居ますうぅ!!」
声がひっくり返るほど叫んだ後、消火栓の位置を確かめて、床に収納された消火栓の蓋を開ける。ホースの先を掴んで長さを延長していると、がれきに挟まった人が見えた。なんで助けてくれないと、顔をゆがめている。消火栓のバルブを開けて火元に走りながら声をかけた。
「消防が到着するのは、五分です!!あと数分で助けが来ます!貴方の後ろに火が来ているので、消化します!!」
ひどい、とその人の口が動いた気がした。火が迫っているのは確かだ。でも、身体強化でがれきを取り払うのは容易いと普通は思う。見捨てられたと思われても仕方がない。
でも、出来ないことをして時間を浪費するのは、自分も危険にさらす。ホースの口を開けて、水を火元に放った。水が弧を描くのを確認して、目を伏せて念じる。
「消えてくれ、お願いだから……!」
火と光が収まった景色を思い描く。腕に水圧を感じながら念じ続ける。なのに、目の前から吹きつける熱風は治まらない。
「なんでだ……!!」
目を開ければ、愕然とする。火は弱まったが、一筋の光は真っ直ぐ空に向かっている。その光は瓦礫の中からのびていて、どうにも水が届かない距離にあった。
反対側の消火栓で消せるか?火を消しながら考えていると、「たすけて」とすがるような声が耳にへばりついた。火は弱まったなら私の番だと言われている気がして、思わず歯噛みした。どうすればいい。
ホースを置きかけたとき、光の筋の奥に空を駆け抜ける翼が見えた。六枚の翅は、光の筋に劣らない閃光を放って発着場を一回りした後、私の傍に降り立った。
「レイ殿!!」
金色の翅がある鎧と槍を持った、王女だった。眩しい世界の中に、赤紫の眼だけがはっきりと私を見ていた。そしてはっきりと、言い切った。
「救助は任せろ」
王女が槍の柄でコンクリートを叩けば、がれきがゆっくりと浮遊し、挟まっていた人も浮き上がる。そこに「救急隊です!」と防火シャッターが開いて、続々と人が入ってきた。助かったという顔に安心した時、王女が不敵に笑った。
「貴方は、あれを頼む」
槍で指し示したのは、明るい空すら切り裂く光の筋。頷いて、「消火もお願いします!」と光の筋に向かった。
大回りをしなくても安全か、と火の行く末を確認しながら対角の消火栓の方に走っていると、爆発があった。
「うわ!!」
風圧で吹き飛ばされ、転がると、火柱がまた立ち上がった。
「なんか、可燃物でもあるの?!」
急いで消火栓に向かうと、床の蓋ががれきと火で覆われていた。使える消火栓は、二人以上でないと使えないものしかない。
「誰か、こっちに、人を!誰か来て下さい!!」
そう叫ぶと、銀色の分厚いコートとヘルメットをかぶった二人組が走ってやってきた。
「何かありましたか!?」
「貴方も避難をして下さい!」
「すみません、消火栓を使いたいので、手伝ってほしくて!」
光の筋の方を指さすと、ヘルメットをかぶった人は消火栓の蓋を開けてホースを伸ばし始めた。「放水、開始」の言葉で膨らんだホースに触れようとすると、押しのけられた。
「我々が消火しますので、貴方は離れて!」
「いや、そうじゃなくて!……あぁ、もう!!」
消したいのは灯光の証だと説明する時間も惜しくて、消火されたばかりのがれきに走った。放水の邪魔にならないように、煙と湯気の立つがれきによじ登ると、背後から怒号が飛んできた。
「何している!」
さっさと離れろという声にふり返って、怒りそのままに返した。
「灯光の証、消すから!!貴方たちは消火して!!」
返答を聞くよりも前に、黒焦げの柱を掴んで、火元の中に入り込んだ。
「げほ……水被ってないと、きついな」
煙と足元に揺れる火は少ない。なのに、白くぼやけた世界に吹きつける熱風は、収まるどころか強くなっている気がした。顔の下半分を服の袖で押さえて、熱源の光の筋の根元を探した。
眼下の風景を眺めるはずだった窓枠を踏み、客室がある船首の方へ、傾いた飛行船の中を進んだ。きしむ音に気を払っていけば、視界の色が飛んでいき、熱が身体を焼く。くそう、開闢の尖塔の地下の所並みに熱いじゃないか!!
目の涙すらも乾いていくのではと思いながら、足で地面を探りながら進めば、不意に床が抜けた。
「む、むぅー……!!」
かるい浮遊感と共に転がり落ちた。受け身も取って、口と鼻だけは死守した。肩にある痛みを気にしながら起き上がると、手を伸ばして届くところにランタンがあった。
原初の日篭と呼ばれた、二重のガラスで遮られた、ちょっと触れようとするだけで温かい、見たことのあるランタンだった。ただ、そのランタンの取手が付いた蓋が開いていて、二重ガラスの中から何もかも白い空間の上へと一筋の光が伸びていた。
なんでここに、これが在るのか。
「保管庫行きになるようだったからね。僕が開けようとしたら妨害されて、爆発してしまったよ」
突然降ってきた声に驚くと、隣に三つ編みの装飾過多な痩身の男がしゃがんだ膝に頬杖を付いていた。尖塔の地下で会った、自称神様だ。
「やあ、火消し君。これを消しに来てくれたところ悪いけれど、この道具があれば消せるから来なくてよかったのだけど……君が消してみるかい?」
汗すら乾く灼熱の中で、満面の笑みを浮かべている。眉を寄せれば、自称神様は楽しげに身体を揺らした。
「この火は、君が見た施設の一割分の総量がある。最近、回収が滞っていたからし……君の手でやってくれるなら大歓迎だよ」
嬉しい、と背を叩いてくる。その一言に浮かんだ考えを、改めて念じた。
どうして太陽の権能を回収するのですか。
「ん?人だと管理できないからだよ」
管理しようとしているのに、あなたは人の努力を邪魔している気がします。
確かに身に余る、世界が火の海になって滅亡するような力だ。でも、尖塔を壊されなければ、過去の人たちはうまく管理できていたのではないか。
そう念じると、笑っていた自称神様は笑みを深めていった。
「じゃあ、肌に留まった蚊に自分が死ぬまで吸っていい、というのかい?」
熱い世界の中で、背筋が冷えた気がした。そうか、権能を奪われているという事は力が削がれる。安易に使われては困るのか。
「正確には、太陽という概念に対する信仰がないと、不公平だよね」
恒星の権能の力強さは、人の信仰も寄与しているってことか。
「うん、うん!理解が早くて、他の火消しも見習ってほしいな!じゃあ、ここで……神様からの二択問題です!」
なにかが始まった。いや、灯光の証を止めないと人類が死ぬ。ランタンに手を伸ばしたら、自称神様が掠め取って蓋をした。急に暗闇が降りてきて、何も見えなくなった世界に声がした。
「このランタンに宿る灯光の証を消せば、これから先の二百年の間、私達の介入を行わない」
もうひとつは。
「この灯光の証を消さなければ、十年以内に戦乱を呼ぶ異界門を開ける」
それなりに長い安寧、もしくは、不興を買ったゆえの戦火。どちらかを選べと。
目を伏せて視界に色が戻るのを待つ。熱が引いて、冷たい風と水の音が聞こえてきた。絵を描く時のように、言葉を思い浮かべずに目を開ければ、自称神様は笑ったままこちらを見ていた。口元の袖を下ろして、自称神様の右腕をつかんだ。
ばふ、とぶつかる音と肌のぬくもりがあって、自称神様の視線が私の手に向かった。
「やっぱり嘘でしたか」
「あ」
「実体ありますね?」
しまったという顔をした自称神様に、空いている手の手袋を外して構えて、左手首を握った。
「私の答えは、三つ目!貴方を灯光教に連れて行って、信仰対象を太陽に変更する、です!」
「うそ!なんでだ!?」
素手で触れられた自称神様は、驚きを隠せないまま腕をふり払おうとするが、しっかり引っ張って立ち上がる。
「お縄に掴まって下さい、神様!」
「は、はなせ!!権能、引っ張れない!!くそ、触るな、使命もない火消しが!!」
「嫌です!」
初めて棘のある言葉を向けられた気がしたが、無視して自称神様を引っ張る。振りほどこうとする腕を背中に回して、手首をひねった。自称神様の顔が歪み、耳元で大きな声を出してきた。
「いたい、放せ、放せ!!思考過多な馬鹿だとおもったのに!!」
「思考過多な馬鹿ですが、選択肢を出されると、それ以外を選びたい偏屈です」
「くそが!!やっぱり、三番目の眷属は嫌いだあぁぁ!!」
振りほどこうとする腕をこれでもかと握って、がれきの中から引きずり出す。ランタンの蓋は閉じているから、後で回収すればいい。「いやー!!」と叫ぶ自称神様と「誰か助けてー!」と応援を求めて声を聞いたのか、目の前のがれきが吹き飛んで白い炎が入り込んできた。
「レイ殿!消してくれたのか!!」
輝く六枚の翅をしまった王女は、こちらを見つけると、笑顔だった顔から感情が抜け落ちた。
「それは何だ」
「あ、報告書にあった自称神様です。情報を落としてもらおうかと」
王女が指をさした自称神様は、「まずい」と顔を隠そうとした。瞬間、王女は言った。
「本当に初代様そっくりだな」
「初代様?」
自称神様を見れば、見られまいと顔を逸らしている。王女に視線を戻せば、座った眼で言った。
「レイ殿、その者を捕縛したままにしてくれ。魔素の拘束も出来る拘束具を用意する」
「あ、はい」
手配犯を捕まえる厳重な物を用意して欲しい。絶対に逃がしてなるものかと、腕を締め上げる。自称神様は項垂れたまま力なく言った。
「くそ……認知されたから、尖塔に戻れない」
その言葉に、嫌味ったらしく返した。
「権能がちょっと増えますよ、神様」
信仰には信仰対象の認知が必須。内心で、良かったですねと言えば、「うるさい!!」と自称神様は顔をしかめた。
自称神様を捕縛した後、消火も進み、がれきの撤去と救助者の治療が始まった。王女に見張りをしろと言われたので、寝袋のような拘束具に入れられてコンクリートの上で横たわる自称神様の傍で、ぼんやりとしていた。
ローブを着た人々にランタンが引き渡され、金属の柱を切る音や指示を出す笛の音を聞いていると、自称神様のつぶやきが聞こえた。
「なぜ選ばなかった」
そちらを見れば、何の感情も無いような、静かな表情で目を伏せていた。私はすこし考えてから念じた。
嫌だと思いまして。
「権能を封じられている。口に出せ」
「自滅する安寧も、成長を強要する戦も、なんか嫌だと思いまして。別の選択肢を選べる条件はないかを考えました」
「嫌か……は、勝手に条件と選択肢を作る奴は、嫌いだ」
条件を勝手に増やすなと、数学好きな人に怒られた事がある。この人も、そういう質の人なのだろう。そんな人へ偉大なる友人の言葉を投じてみた。
「なんでも綺麗に割り切れるものでもないですよ。だから、条件を減らしても、増やしても、綺麗に割れないことに変わりはないでしょう」
数字も条件も仮想のものだ。現実のことをあてはめられることは出来ても、仮想の条件では割れても、現実では割れない。そんな微差が、大事なのだと私も思う。
「私もあなたも、皆も、なんかいい感じ、にしたいなと」
太陽の権能がこの地から無くなると困る人が居る、太陽の権能を使われると困る人も居る。その改善策を示唆したのは、自称神様自身だ。それにすればいいと言えば、自称神様は笑い飛ばした。
「天蓋で太陽も見えぬ地に、信仰など起こるわけもない」
そうか、皆には太陽が見えないのか。分厚い灰色にもどった雲の奥に、あるはずの青空を想像して、ふと思った。
「さっき、空で灯光の証が燃え広がっていましたよね」
「そうだな」
「天蓋が燃えて、穴が開いていたらいいのですけど」
自称神様の眼が開いてこちらを見た。おそらく驚いているのだけど、何とも言えない表情で空を見上げた。
「今は雲のせいで全く見えませんけど……何日くらい天蓋の穴は持ちますかね?」
天蓋島の冬は、晴れる日がほぼ無い。西方と北方は雪が一週間も降り続けることがあり、南方も曇天が多い。東方は晴れ間があっても魔素の霧で見えない。なので、どこに居ても雲間に青空を見る事すら難しい。
折角、青空を見ることが出来る機会だというのに。もったいないな、とため息をつけば、自称神様が声をあげて笑った。
「ははは……馬鹿みたいな解決法だな」
笑う目には、疲れが見えた。あまりにも笑って気味が悪いので、視線を逸らして提案をしてみた。
「冬が開けた四月に、灯光教の慰霊祭があります。その時に、また天蓋を燃やして空を見えるようにして……信仰を集めませんか?」
「ずっと穴をあけ続けられないぞ」
「たまに見えるだけの方が、有難みも増しますよ」
慰霊祭に夜空が見えれば、きっと天蓋島に住んでいる人は喜ぶだろう。その天蓋をこじ開けてくれた太陽にも、きっと感謝をするはずだ。
「あーあ!なんか、嫌になっちゃうな」
手を組んで伸びをする。身体をよじってみれば、背骨から音がした。
「私の目標は、なんで誰かにとられてしまうのだろう……」
魔素を分解するポーションはヤエコさんが実現し、天蓋をぶっ壊す方法は自称神様がもたらした。ほんの少し報告しただけで、誰かがきっと実現してしまうだろう。
残されているのは、魔素暴走を止める魔法だけ。実現するのは、魔術を完成させるのと同義なのではなかろうか。それとも、私の魔術と同じく、表現を変えるべきなのだろうか。
「あー、難しい」
組んでいた手を離して下ろす。なんだか、考える気力もない。深くため息をついたあと、自称神様の方を向いて言った。
「でも、貴方のおかげで、進み方を覚えました」
笑顔ではっきりと、感謝を告げた。
「貴重な助言をありがとうございます、神様。誰もが出来ないことを変える魔法、作ってみせます!空から見ていてください!」
礼儀がなっていない、と後になって気付いたが、自称神様は笑った。
「はは、火消しに信仰されるとは、ね。いいよ、少年。頑張れ」
許してもらえたらしい。返事を返して空を見る。曇天の先にある、いつもの空を思い描いて、そっと指を空に向けて呟いた。
「晴れろ……!」
横で口の中の空気を吐き出すように、自称神様が吹き出した。その後、ゲラゲラと笑うので、睨みながら見下ろせば、自称神様は言った。
「火消しは天候操作に向かない」
「試してもいいじゃないですか……!」
火照る顔を空に向ければ、灰色の空から白い花が舞い降りてきた。天にすら笑われた気がして、ちょっとだけ口を尖らせた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話は制作中です。2026.11.1




