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面会:異能消去依頼の申し出


「期待していなかったが、お人好しか?」

 くつくつと喉を鳴らして笑う少年は、聖堂の懲罰房で見たときこけていた頬がふっくらとしていた。ずっと顔色が良く、ローブの下の肌に吸い付くような服は、筋肉を浮き彫りにしていた。元気になったようで何よりであるが、仕事で来た以上は仕事らしく受け答えをしよう。

「面会申し込みは拒否しない主義ですので。それで、面会の理由を伺ってもよろしいですか?」

 柔らかく笑顔で言えば、少年は「お堅いやつだな」と口を尖らせた。肩をすくめてみせれば、少年はため息交じりに頭をかいた。

「俺の魔素は異能だって事は分かった。ここで訓練して、ちょっとは制御できるようになった」

 たかだか数か月で操作にこぎ着けるなど、著しい成長だ。尊敬と微かな嫉妬を胸に「すごいですね」と拍手すれば、少年は腕を下ろして俯いた。

「でも、制御しようとすればするほど……体中が痛い。今もずっと、痛い」

 書類をめくれば、魔素の制御を阻害する術式が透明な刺青で書かれていて、魔素を一定以上留めると浮かび上がる、と書かれていた。詳しい術式内容は書き取れていないが、本人が苦しいなら身体に刻まれた刺青が悪さをしている可能性が高い。

「透明な刺青があって、それを消せば痛くなくなるらしい。だけど、消したら、異能が使えなくなるかもしれないって言われた」

 少年はそっとこちらを見て、はっきりと言った。

「刺青は消すのが難しいって言っていた。でも、……灯光の証も消せるお前なら、消せるかも、って思った……!」

 ガラスに両手を付けて、顔を近づけてくる。眉を下げ、泣き出しそうな顔は切実で、こちらも少し涙が出そうになった。

「なあ、俺の異能ごと、全部消してくれ……!」

 少年の叫びに、手元の書類に視線を逃がす。そして考え込んでから、訊ねた。

「刺青を消したいのですか?それとも異能を消したいのか……どちらですか」

 受けてくれると勘違いしたのか、少年はかすかに目を輝かせて言った。

「俺は、どっちも消したい……!」

「それは……出来ませんね」

 ばっさりと言い切れば、少年の明るい輝きが抜け落ちて、「なんで、なんで」と微かに顔をゆがめた。放置すれば暴れるかもしれないので、すかさず持ち合わせている知識を披露した。

「異能って言うのは、身体の機能そのものです。強くしたり、弱くしたりすることは出来ても、なくすことは出来ないのですよ」

「なんで……だよ!」

 少年は怒りのままに窓を殴った。嫌なサイレンの音がしたと思ったら、「攻撃の意思のある行為はしないでください」と機械的な音声が流れた。警告装置なんて、さながら収容所に思えてきた。一度の暴力で退出させられないだけ優しいのかな。視線を戻せば、少年はこちらを睨んでいた。

 異能の魔術化訓練の基礎を知っているはずだろうけれど、痛みは訓練に向かう気力を削ぐだろう。ひとまず、どこまでの事を解ってあげられるかを確かめる質問を重ねることにした。

「失礼、貴方のことを詳しく知らないまま来ていまして。ひとまず、名乗りますね。レイ・グランドです。貴方のお名前を伺っても?」

 魔術使いにとって、名乗る事はあまり良い事ではない。けれど、信頼しているという証で名乗れば、少年は顔を逸らしながら言った。

「……ツグミだよ。どうせその紙に書いてあるだろ」

 確かに書いてあるが、文字よりも言葉の受け渡しをした事実が大切だ。鞄から書類とスケッチブックを入れ替えて、鉛筆も手に姿勢を正した。

「ツグミさんですね。では、自身の異能について、どのように思っているのかを教えて下さい」

「俺は消してくれって言っている!!」

 ツグミは叫んで唇を噛んだ。どうしてもなくしたいと願っているのか。その気持ちも少しはわかる。頷きながら、出来ない理由を端的に伝えた。

「刺青を消したら異能が使えなくなる。分かりやすく言い換えれば、魔素が身体の中で作れなくなるという意味ですよ」

 魔素は人体に必須のものであり、なくなると身体機能が落ちる。身体で自分の身体に適した魔素を作れなくなるという事は、死ぬという事と同じである。魔素を作る器官の損傷を与えるという意味での発言だろうが、異能が使えないというのは重篤になるという事だ。

「異能は、体質です。骨格や視力と考えるべき事です。その異能を手放すという事は、両足で立つことも、外の景色を見ることも叶わなくなる。重ねて質問しますが……生きづらさを理由に、死にたいのですか」

 異能をなくすことを引き換えに死ぬことを選ぶのか。丁寧に言葉を重ねると、ツグミは鼻で笑った。

「だから、そっちの方が、いい」

 腕を組んで笑い飛ばしたツグミの顔は、泣き出しそうだった。じい様や義父なら、そばに行って頭を撫でてあげるのだろう。目の前の窓が邪魔だと眉を下げて、大きく息を吐いた。

「そうですか。では、身体を傷つけず、異能を失わずに刺青を消す可能性は、追わないという事で宜しいですね?」

 最後の通告として、確認をする。すると、ツグミは目がこちらを見た。期待させるのは良くないので、念押しするように補足をした。

「まず、貴方に刻まれている刺青の術式内容を把握しておりません。無理に消すことが良くないのか、消すこと自体があなたを傷つけることなのか。……その判断をしてからでも、自殺まがいのことをするのは遅くないと思うのです」

「どっちも、出来ないって、言ったじゃないか」

 思わず、自分の頬を鉛筆の頭で叩いた。「申し訳ない」と前置きして、微笑みかけた。

「異能は消せません。でも、魔法術式は調べれば、どうにかなるかもしれません」

 どちらも一緒に消すのは出来ないが、魔法術式は消せるかもしれない。そう言うべきだった。人に伝えるための言葉って難しい。「言い方を間違えました」と謝れば、ツグミは複雑そうな顔でこちらを見てきていた。

「じゃあ、出来るのか?」

 表情は泣き出しそうなのに、目だけはこちらを期待した光が入っていた。ここで断言するのが、すでに答えがある人か、質の悪い先導者だ。答えも見えていないので、スケッチブックを開いた。

「見えていない答えを探して、見つかったら……判断しましょう」

 はっきりと言わないと、不安にさせるだろう。ツグミの表情は暗いままだ。だから、笑顔で言った。

「調べて、一緒に考えさせてほしいです。まだ死なないでください、ツグミさん」

 言葉の取り方によっては酷い言いまわしだ。けれど、本心をそのまま言った。ツグミは戸惑いながら俯き、小さく頷いた。


 面会を終えて部屋を出ると職員さんに感謝された。ツグミは自傷行為が多く、自殺願望が強いらしい。それを引き留める理由として、会いたい人を探させて、面会を繰り返させる。そんな存在を探していたらしい。

「引き留めたいだけの人だと気付くのは、とてもはやい子で……」

 人の命を守る責任というものは、誰しも肩に重くのしかかっている。けれど、ツグミにとっては、それだけでは駄目なのだろう。情報の開示が乏しい理由に納得すると、運転手さんが耳打ちしてきた。

「レイさんは魔素耐性が高いので、この施設内に長期滞在も可能です。面会内容の報告をこちらで致しますので、今すぐに刺青の調査をしていただいても結構ですよ」

 面会中の内容を聞いていたらしい。有難い申し出に「お願いします」と頼めば、職員さんが頭を下げた。

「ツグミ君のことを、どうか救ってください」

 いつの間にか、随分と重たい責任を背負っていた。しょうがないか、とフードを目深に被って、施設の奥へ踏み込んだ。

 入館記録を付けてもらい、魔法で施錠する扉を四度潜り抜けた。階段を上がった先にある扉をくぐったら、歓声が上がった。

 こちらに「白い人だ!」「どこの人?」「西の人だー!」と駆け寄ってくる小さな子供たちに、「ちょっと待った!」と両手を出して制止した。戸惑いながらも子供たちは、私の周りで動きを止めた。

 真っ白な部屋に玩具や本棚が並ぶ奥には、何人かの青年たちもこちらを気にしていた。ツグミは見当たらない。彼らにも届くようにと、少し声を張って自己紹介をした。

「初めまして、レイ・グランドと申します。魔術使いのおじさんです。この白い布越しに接してくれると、嬉しいです」

 宜しく、と手前の子供たちの視線を合わせると、一番手前の男の子が腕を組んで言った。

「魔術使いにしては、魔素操作が雑魚だな!」

 異能を魔術にして制御訓練をしてきた子たちだ。目の付け所が良すぎる。胸を張って言うので、私は苦笑交じりに頷いた。

「実は、昨日魔術使いに認めてもらった、新米です。皆さんは私よりも先輩なので、色々と教えてほしいです」

「だったら、俺たちのことを先輩って呼べよ!」

 職員さんが「お客さんになんてことをいうの」と咎めようとする言葉に被せて、返事を返した。

「はい、先輩の皆さん、宜しくお願いします」

 すると子供たちは気をよくしたのか、得意げに部屋の中を職員さんと一緒に案内してくれた。職員さんが「すみません」と言っていたが、この程度は愛嬌というものだろう。気にせずに子供たちの案内に身を任せた。

 どんな勉強をしているのか、訓練の内容に、こっそり「ちょっと怖い先生がいる」とか、施設の話をして、最後に年長組の集団の輪に入れてもらった。

「兄ちゃん、姉ちゃん!後輩を連れてきた!」

 大きなテーブルを囲むのは、四人の男女だった。あどけなさはあるが、どこか警戒するような視線が突き刺さってくる。テーブルの上には参考書や魔法基礎の教本とノートが並んでいる。

「こんにちは。皆さんは何をしているのですか」

「勉強しているだけです」

 一番手前の三つ編みおさげの少女に素っ気なく言われ、四人とも視線が机の上に移動してしまった。話したくないのかもしれない。眼鏡の奥で眉を下げると、腰まである髪を束ねた少年が横目でこちらを見てきた。

「あんた、もしかして幻霧郷の側近だったりする?」

「そんな訳ないでしょ」

 奥に居る少女が鼻で笑い、残る目元を前髪で隠した少年が頷く。足元の男の子はコートの裾を引っ張って「違うよな」と笑った。事情が呑み込めないので、首をかしげながら質問した。

「私が側近だったら、どうするのかな?」

「異能を消してもらう」

 少年は端的に言った。もう一度首をかしげると、手前の少女が口を開いた。

「幻霧郷の十二番目の側近は、魔法と魔術を消せる人。異能も消せると噂だから、ここにいる皆を異能から助けて欲しい……とか、目の前の馬鹿は思っているだけ」

「お前も異能は無くなって欲しいだろ」

「異能は体質。なくなったら死ぬって教わったでしょ」

「訓練で泣くくせに」

 軽口をたたき合うふたりに、奥のふたりは肩をすくめる。変な噂が流れているらしい。「そうなのですね」と曖昧に答えると、目を隠した少年の鼻がこちらを向いた。

「……待って。今、この人の声から本心が聞こえなかった」

「気のせいじゃない?」

「そんなことない。今も聞こえないもの」

 目が見えない少年に視線が向いた後、ゆっくりと四対、いや五対の眼が私の方を向いた。フードを取って、曖昧に微笑んだ。

「ご明察の通り、幻霧郷の側近に指名されております。……先輩方の洞察には、脱帽でございます」

 改めてお辞儀をすれば、部屋の中は大騒ぎになった。どうやら、私は異能使いの間では有名人だったらしい。

 玩具を片付けて出来た広場に輪になって床に座り、質問をいくつも投げかけられた。魔術使いになった事、異能としての使い道に、普段の仕事と側近についての事を、根掘り葉掘り聞きだされた。安易に触ってはいけないと察した子供たちは、遠巻きにしつつも羨望の色をのせた目で見てくる。歓迎されるのはありがたいが、会いたい人と会えていない。話も途切れてきた頃に、子供たちにツグミについて質問してみた。

「今日はツグミさんに会ってほしいと頼まれて、ここに来ました。……ツグミさんは、どこに居られますか?」

 ツグミという単語を聞いた瞬間、子供たち、とくに少年四人の表情が曇った。率先して案内してくれていた男の子がそっと言った。

「ツグミ兄ちゃんは、ずっと独り部屋だよ。魔素の操作をする訓練の時間になると、声がいつも聞こえる」

 独り部屋に入っている人はツグミ以外にはおらず、会えるのも窓越しで、会話しかしたことがない。ただ、訓練中は遠くから聞こえる苦しそうな声に、自分たちもあんな事になるのではと、皆が怯えているらしい。

「なあ、おじさん。凄い人なら、ツグミ兄ちゃんのこと助けてよ」

「ちょっと」

 三つ編みの少女が男の子を咎めた。私は腕を組んで考え、胡坐をしている膝に手をついて立ち上がった。

「助けられるかを調べたいですね。案内していただけますか?」

「英雄みたいに格好良く、助けてよ」

 不貞腐れる男の子に、腰に手を当てて笑ってみせた。

「ちゃんと調べてから出来ることを一緒に探す事は、助けにならないかな」

 相手を弱者だから助けるなんて、そんな大層な技も力もない。出来るのは探す手立てを増やしてあげることだけだ。「格好良くないか」と笑い飛ばせば、男の子は言った。

「側近なら、すごいことしろ」

 あまりにもばっさりと、言葉で切り捨てられた。私もそうしたいが、出来ない事は出来ない。苦笑いで「手厳しい」と言いながら、ツグミの部屋へと向かった。


 廊下を少し歩いて辿り着いた場所は、広い白い部屋だった。入り口の向かい側の壁が透明になっていて、奥には明るい黄色のカーテンが引かれて見えないようになっている。

「あの先にツグミ君は居るはずなので、また話していただけますか」

 了承すると、案内をしてくれた男の子と職員さんが部屋を出ていった。声とかは聞こえるようになっているのだろうか。透明な壁に近付くと、声が天井から響いてきた。

「刺青なんて、見せないからな」

「どうしてですか」

 ツグミの声だ。音響が付いているらしい。質問をすかさず返せば、ツグミは言った。

「いたい」

「どんなふうに痛いのですか?」

「……大きな塊が、身体の真ん中を通って、破裂するかもって思う」

 何処か泣いている風の声だった。会話をする意思はあるらしい。そして大きな示唆にスケッチブックと鉛筆、書類を出して、床に座った。

「詳しくお願いします」

「……なんだよ」

「大きな塊が身体の中で破裂するかも、と思う場所は、どこですか?」

 胸か背中か、お腹のどこの位置だろうか。まさか、頭とかあるのだろうか。考えられることを予想していると、透明な壁の方からカーテンが開く音がした。見上げると、ツグミがこちらを見下ろしていた。

「俺なんかの為に、しなくて良いだろ」

 目を覆う瞼は赤くなっていた。こすり過ぎたのかはれている気もする。まだ、生きていて良いのかと信じられないらしい。じっと見上げたまま、答えた。

「私も助けてもらった事があるからです」

 東に来た頃は、体も心も環境に追いつかなかった。政争に巻き込まれて、苦しい事を強要された事も、何度もある。そのたびに、色々な人が助けてくれた。成人した後も、お世話になりっぱなしである。誰かの役に立ちたいという気持ちは、そこから来ているのかもしれない。

「助けてくれた人みたいに、私もなりたいのです。お節介かもしれません。無駄な期待をさせるかもしれない。貴方に無理を強いることも分かっています。そんな非才な私でも、貴方のそばに座っていることは出来ます」

 確実に出来ることだけは、はっきりと言い切った。ツグミは伏せていた目を開けた。

「魔素で見えない世界を、見に行きませんか。その手伝いをさせてほしいのです」

 すると、ツグミは透明な壁に手をついて、その場に崩れ落ちた。抱えた膝に顔を埋め、天井からは泣き声が聞こえる。

 どうしよう、泣かせてしまった。気が済むまで泣かせている間、刺青の内容の候補を考えるか。書類をまとめて、透明な壁を背もたれにしようとした時だった。ツグミの膝を抱える手首に何かを見つけた。壁にぶつかりそうなほど近寄ってみれば、白い肌に薄い黄色小さな三角形があった。

「ツグミ君、泣いている所を悪いね。左手首の袖をめくって、肌を見せてくれる?」

 想像以上に低い声で頼んでしまった。ツグミは涙で濡れた顔をあげて、困惑しながら袖をめくった。

 そこには、びっしりと幾何学模様が描かれていた。体中の肌が泡立つような感覚を覚える。

 母に刻まれていた刺青よりも美しく丁寧な仕上がりで、肌の色に近いので、恐ろしいほど目立たない。幻霧郷で会った時に気付かなかったのも頷ける。なんて美しく恐ろしいものを、人は作れるのだろう。揺れた気持ちを宥めるように深呼吸してツグミに言った。

「朗報です。私には刺青が見えるようです」

 ツグミのしゃくりあげる声が、止まった。「ほんとうか?」と聞くので、頷いた。

「術式が細かいので、詳しく見たいです。見せてくれますか?」

 頼むと、ツグミは袖をまくり上げて、左腕を壁に押し付けてくれた。感謝を告げて術式を書き出していく。左腕の後は右腕、上腕に、胸と背中と書き出していけば、胡坐の膝に両肘をついて頭を抱えた。

「何が書いてあるのか、分かったのか?」

 顔をあげれば、ツグミは脱いだ服を着ていた。眉を下げて不安そうだ。不安にならないような確かな内容を選んで伝えた。

「刺青の除去については、相当腕のいい人じゃないと、君が痛い思いをするのは確かです。術式の内容については、確認を取らないと断言できないですね。ごめんなさい」

 何も教えていないようなものなので、申し訳なさで謝ると、ツグミは首を振った。相変らず浮かない顔だが、涙は乾いている。ツグミは壁に人差し指の指先を押し付けて、そっと言った。

「それを調べたら、また、来てくれるのか?」

 ツグミの眼と眼が合った。揺れて伺い続ける視線に、歯を見せて笑った。

「もちろんです」

 腕のいい彫師が見つかったら連れてくるとも約束して、ツグミと別れた。

 部屋を出ると、職員さんが駆け寄ってきた。会話を聞いていたのか、職員さんの瞼も赤くなっていた。次回の面会予約をして、施設を後にした。


 面会についての報告をする為、探索者協会に帰る運転も運転手さんに任せて揺られていた。山を抜けて平坦な道になった時、お願いをした。

「すみません、東方支部に戻る前に、幻霧郷前で良いので……海岸に連れていてもらえますか?」

「構いませんよ」

 進路を変えてもらって、ぼんやりと白銀の平野になった田んぼを見ていたら、幻霧郷に続く異界門がある海岸についた。車を降りて、駆け足で堤防を登り、声を張った。

「馬鹿野郎がー!!」

 海岸は風が吹いていて、耳も鼻も一瞬にして冷えた。コートのフードも外れて、音が流されることをいいことに叫んだ。

「てめえの都合で、犯罪するなー!人を、なんだと思ってやがるー!!」

 体の中にある空気を最後まで吐き切って、膝に手をつく。息を深く吸えば、鼻の奥がぐっと冷えて痛くなった。

「気は済みましたか?」

「あ……ごめんなさい、お耳苦しい事を」

 堤防をのぼってきたのか、運転手さんが隣に立っていた。小さく頭を下げると、真っ直ぐにこちらを見てきた。

「職員として伺います」

 硬い口調に姿勢を正して向かい合うと、職員さんはそっと言った。

「特技資格における開示規則を基準にした場合、どの階級に分類されますか」

 風でかき消えそうな声に、大きく息を吸って、簡潔に答えた。

「特技資格基準では、開示できるのは七級以上です」

 探索者協会へ開示できる基準を大きく超えている。運転手さんは頷いてから胸に手を当てて頭を下げた。

「了解いたしました。情報秘匿義務を認識し、探索者協会は本件に対して、補助に徹することを宣言いたします」

「感謝いたします」

 物事の解決よりも、解決後の後処理に関わる補助の方が難しい。探索者協会の配慮に頭を下げた。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話は制作中です。2026.10.11

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