魔術開発:範囲確認②
「で、なんで俺は実験に付き合わされる羽目になる」
「普段、毒物の情報提供をしているし、その対価として、お願いします」
救急キットに関わる報告は終わった。長々と居座るわけにもいかない。炭酸が抜けきった甘ったるい水を飲み干して、応接室を出た。セロも帰宅するというので、お肉屋さんに寄り道をして自宅で実験に付き合ってもらう事になった。
「はぁー……死ななくても、くそ不味い水を飲まされると決まっているとか、本当に嫌だ」
「それは、ごめん。でも、セロは私よりも知っているみたいだしさ」
水に念じれば効果を得られると同時に、味が変わるという謎現象を解明したい。おまじないの効果を解きあかした友人の助力は外せない。カツ丼が報酬だと言ったら、「味噌カツにしてくれ」とせがまれた。肉屋で揚げたてのトンカツと、八百屋で大根を買って自宅に帰った。
しめ切った窓の明るい白の空から、雪がゆったりと落ちている。買ったものを台所において、温かい紅茶のポットとコップ四つをお盆にのせて客間に向かった。ふすまを開けると、畳に胡坐になっているセロの口角が酷く下がっていた。
「で、なにをすればいい」
協会職員としても優秀だと探索者から噂される男が、不安そうな顔をしている。そこまで変な事はしないと、やることの説明をした。
「まず、ポットに対して、体温上がれと念じます。その水をふたりで一口飲みます」
セロの眉間に二本の険しい谷が出来た。無言を貫くので、説明を続けた。
「その後に、ポットに対して、平熱になれと念じます。その水を、別のコップに入れてひと口飲む。その平熱になれと念じたコップに、体温上がれと念じたままの水を注ぐ。それも一口飲む。最後に、ポットとすべてのコップに対して、水になれと念じて飲む……って感じかな」
「……お前と俺とで影響の差も見るって?はー……怖い」
人や周囲の環境の変化を求める段階ではないが、感じ方の違いを確かめたい。テーブルにポットを置いて、セロと自身の前にそれぞれコップをふたつ置いた。手袋を外し、ポットを手に取る。ごくり、とセロの喉が鳴った。
「じゃあ、始めるよ。体温上がれ」
頭の中で温泉上がりの温かさを思い浮かべて、セロのコップの半分ほど注ぐ。続いて想像を変えずに、私の前のコップにも同じ様に注ぐ。ポットを置いて、注いだ紅茶の香りを確かめた。セロも習って、コップの湯気を手で仰いで吸い込んだ。
「香りは普通だな。特に違和感はない」
「そうだね」
スケッチブックを出してメモを取る。セロにも所感を書いてもらってから、コップを手にした。先の経験をセロに伝えた。
「味がきついかもしれないから、舐めるだけでもいいからね」
「おう……」
硬い表情のセロを横目に、コップに口を付けて紅茶を舌にのせた。瞬間、むせた。コップを置いて咳をしていると、セロが顔を引きつらせてこちらを見ていた。目尻からこぼれる涙を拭って頼む。
「ごめん。飲まなくて良いから、温度計を二本取って来てくれる……?」
セロは「わかった」と摘まんでいたコップを置いて客間を出た。ふすまが閉まるのを見届けて、ようやく感想を口に出来た。
「かっ……ら……い」
もはや、辛み成分を抽出した液体。舌と喉に痛みが走っているのに、未だ鼻に通り抜ける紅茶の香りで、頭が混乱している。こんな劇物、セロに飲ませるなんて、もってのほかだ!
かといって、新たに水を飲めば検証実験にならない。喉の痛みに苦しんでいると、赤くたまったところから線が伸びているガラスの体温計がやってきた。上半身の服を脱いで温度計をひとつ脇に挟み、すぐに畳へ仰向けになった。額に滲んだ汗を服の袖で拭うと、セロは心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「大丈夫、じゃないけど……十五分、経過観察をしたい。記録を取ってくれる?」
「見た目とかのことも書いておこうか?」
「お願いします……」
かすれた声で頼むと、セロはスケッチブックと私を交互に見て、鉛筆を走らせていく。ゆっくりと息を吐いて、「私の所感も書いてほしい」と実感を伝えた。
まず、温泉上がりの身体の温かさを思い出して、おまじないをかけた。紅茶の香りはするものの、味が辛くなっていて、紅茶の味がかき消されていること。体温の上がっている感覚は、身体が温かいだけで、風邪のような息苦しさはない。運動後の火照った熱さと似ている。
「あと、喉が渇いて仕方ないね……」
「手袋を貸せ。触らせろ」
左手袋を渡すと、私の額にセロの手袋を着けた手のひらが乗っかってきた。ひんやりとして気持ち良い。目を細めて心地よさを味わっていたら、セロは頷きながらスケッチブックに記録していった。鉛筆の動きが止まると、セロの眼がこちらを見た。
「味についてなんだが、どんなふうに辛かった?何に似ている?」
「どんなふうか……そうだなぁ……」
残る紅茶の残り香と痺れる痛みを探って、口の中を確かめる。なんだろう、と探しているとふと思い出した。
「あの、生姜の粉をさ、乾煎りしたやつって……なんて言うっけ?」
「焙煎生姜?」
「それだ……!それをお湯で煮込んで、香りを無くして濃くした感じかも」
香りがないからわかりにくいが、刺激の感じは似ている。細かい部分は舌が死んでいて、判断が付かない。別のおまじないにすべきだったかと考えていたら、セロはすこし考えた後に、脇に刺さっている温度計を爪で弾いた。
「そろそろ体温計も、いいだろ。次を試してみたらどうだ」
「そうだね」
起き上がって温度計をとれば、ガラスの中の赤い線が長くなって、三十七と三十八のちょうど真ん中で途切れていた。平熱よりも少し高めだ。体温を記録してもらい、ポットを持って、だるさがない時の感覚を思い出しながら「平熱になれ」と空いているコップに紅茶を注いだ。
恐々と舐めると、やはり甘い。目頭と額に抜ける甘さに顔をしかめたあと、すこし部屋が寒いと感じた。滲んだ汗もすぐに引いて、すこし倦怠感がある。使っていなかった温度計を脇に挟んで再び寝転がると、セロの手が額に覆いかぶさってきた。
セロの手は温かくなっている。私の平熱は低いのかな。温度の変化に驚いていたのは、セロだった。
「……すごいな」
目を見開いてこちらを、じろじろと覗き込んでくる。真剣そのもののセロの眼を見ていたら、視線が合った。
「ここまでの温度変化で、気持ち悪くなったりしないのか?」
「うーん……ちょっと倦怠感はあるかも。身体が重い感じだね」
「解熱剤と同じか……あまり良い作用では無さそうだな」
例えとしては似ている。ただ、一瞬で変化を起すというのは、どんな魔法魔術でも身体に負担がかかるものだ。ゆっくりとした時間経過の感覚も想像した方が良いのかもしれない。考えをまとめていたら、温度計の赤い線が三十六と三十七の目盛の間でぴったりと止まっていた。
結果は、一度の差が発生した事になる。最後に、コップに残った紅茶を合わせて、よく飲む水の味を思い出して「水になれ」と念じて飲んだ。
「ん!?え?!ちょ、ちょっとこれは試して欲しいかも……!」
紅茶の香りがするのに、味がなくなっていた。もう一度飲んでみても、苦みも僅かな甘さもなくなっている。ポットに同じように念じてセロのコップに注ぎ、飲んでみてもらった。訝し気に眉を寄せるセロは、コップを傾けてすする。そして目を見開いた。
「は?物凄く薄味になってないか?」
「香りに引っ張られて薄味に感じるかも。味はないと思う」
コップの中身の香りを聴いても、紅茶にしか思えない。香り成分は阻害せず、味だけ変化しているのか?どういう事が紅茶の中で起こっているのか想像していると、セロはスケッチブックをテーブルにおいて、正座になった。
「原理は分からなくとも、お前のおまじないは身体を温め、冷やした。そして、飲み物の味すらも変えた」
そして、歯を見せて笑って、右手を差し出した。
「魔術、使えたじゃないか。おめでとう!魔術使いの登録の時は、言ってくれ!」
かけられた言葉に息を呑んで、踊り出したい足と腕を堪えて、姿勢を正して差し出された右手を両手で握った。
「セロのおかげだよ!ありがとう!」
立ち会ってくれて、怖いはずの飲み物を飲んでくれたのだ。感謝と嬉しい気持ちがこみ上げて、涙があふれる。満面の笑みで返して、セロと抱き合った。背中を思いっきり叩かれて、涙がこぼれたのは秘密である。
異能を制御して使った事を他者に認知してもらう事は、魔術として用途や効果を決定づける重大な作業である。もっと言えば、ある個人を集団が魔術使いだと認定しているからこそ、魔術を行使するときに安定する。
セロに「魔術を使えた」と言われた翌朝、始業前に急いで研究所に向かい、所長の執務室の扉に来た。手には数枚の紙を閉じた冊子を抱えて、扉を叩いた。
「所長!所長、所長……至急対応願います!所長!」
何度も所長を呼び、廊下を歩く同僚が困惑していた。そんな視線も気にせず何度も叩くと、ゆっくりと扉が開いた。
「朝早いねー、何事かなー?」
寝ぼけた様子で欠伸をする所長に、姿勢を正して伝えた。
「魔術認定を術師ひとりにしていただきました!初期魔術の認定確認を、お願いします!」
早口で叫べば、廊下のざわめきが一瞬かき消え、いっそう大きくなって広がった。所長はそっと顔を隠す布を摘まんで、私を見下ろした。
「へえ?随分と大きく出たじゃないか」
布の奥には、笑っているはずなのに、冷たい印象の目があった。どこか信じていないと言いたげで、背筋が冷える。ここは怯えるところではないと、無理やり笑って返した。
「もう、私の体質は異能と呼ばせませんからね……!」
腕にある冊子を握りしめると、所長の眼が丸くなった。そして、ふと微笑んで布を下ろした。
「いいね。付き合ってあげよう」
執務室に通され、座布団に座る。所長は畳一枚を挟んだ対面に座布団を置いて座ると、胡坐になって腕を組んだ。
「それでは、作用範囲と効果、魔術の手順などを開示したまえ。効果を認めることが出来れば、合格……初期魔術の認知とする」
自身の異能を駆使して求める効果を得ることを初期魔術、体系化することを初級魔術と呼ぶ。自身の魔術を既存の魔法体系でも表現できれば、上級魔術となる。
魔術の一番の基礎であり、根幹となる部分を複数の魔術使いに認めてもらう事で、魔術使いになった証明になるのだ。セロに認めてもらったうえで、所長にも認めてもらえれば、正式な魔術使いと経歴書にも書けるようになる。とても重大な試験だ。
白い左手の小指が、羽織を着た二の腕を叩いている。急かされているように感じるが、冊子を畳の上において差し出した。冊子に手を伸ばし受け取った所長は、表紙を開くことなくこちらを見て来るので、畳に指をついて頭を下げた。
「実証となる実験を行いたいので、この場でお茶を淹れていただきたいです」
所長は短く「いいよ」と言った。頭をあげれば、所長が指を鳴らし、目の前に机と湯気が見えない茶碗が所長と私の前に現れた。茶碗の中を見れば、かすかに香ばしい香りが鼻をかすめた。感謝を告げて、手袋を外して茶碗に触れた。
「確認できている作用範囲は、手が触れた液体を入れたもの。範囲の拡大縮小は確認できていません。続いて、魔術手順の実演をいたします」
セロに飲んでもらった時の様に、飲み水の想像をしながら念じる。おまじないは唱えなくても効果はあると実証済みだ。味や舌触りを想像しきって、所長に念じた茶碗を差し出した。所長はおどけた風に言った。
「へえ、魔素が少し移動したね。それで?」
「大変恐縮ですが、こちらを飲んで頂けますか」
「うーん……まあ、信用してあげよう」
所長は組んだ腕を解いて、顔にかけている布をめくり上げた。念じた茶碗を取り、顔に近付け、目を伏せ数度香りを聴く。そして、中身をすすって飲み、「んん?」と声をあげた。何かを言う前に自分の茶碗を掴んで飲み、両方を交互に見ては、もう一度飲んだ。
「味が、しない……!」
「はい。そういうふうにしました」
驚いた声をあげる所長に隠れて、机の下で拳を握った。よし、変化の認識をした時点で、初期認定は合格だ!嬉しさを隠せず、口元が緩むのを堪えられない。すると、所長が端正な眉を寄せたあと、茶碗を机において項垂れた。
「やられたー……!!落そうと思ったのにー!!」
落とすって、合格させるつもりがなかったという事か?どういうことだと所長を見れば、逃げるように布で再び顔を隠した。
「いやねー?レイの異能を魔術認定すると、対魔法技術になるかもしれないから……今後の開発次第で、戦略級魔法になりかねないでしょー?」
魔術は研究を進めることで個人的な要素をそぎ落とされて、魔法となっていく。私の異能が魔術になるという事は、魔法を壊すという社会基盤の破壊を容易に行う技術が確立される。所長はそう考えているようだが、私は小さく手をあげて反論した。
「その点については、私個人には実現できないと確信したので、問題ないと思います」
冊子を見るように促すと、所長は姿勢を戻して、表紙を開いた。
「健康診断の記録?一か月近く前か。随分と最新の記録だねー」
「付箋を張った、魔素感知能力の精密検査項目をご確認ください」
一枚紙をめくると、所長は冊子と顔を近づけた。そして、数秒の沈黙の後に、冊子を閉じて言った。
「これって、本当かい?」
「はい。西方地区の病院で、異常値だからと精密検査をしていただきました。一応、東方地区の病院でも精密検査を予定しています」
「いや、いいよ。西の方がこの手の検査は優秀だからね」
西方地区では先天性魔素光盲には段階ごとに、病院側と患者側双方に補助金が出る。確認しないと勿体ないとの事だった。そして、最初に出た異常値は、お医者さんが額に手を当てるほどの衝撃的だった様で、高額にもかかわらず半ば脅される形で検査した。
「魔素感知能力が回復器官含めて、未発達かつ全損傷、回復不可ねー。魔素が分かるわけもないかー」
精密検査でも、魔素感知能力を示す値はゼロを示していた。その値に、お医者さんは申し訳なさそうに言っていた。
「見たり感じたり出来るように努力しろと言われて、苦労したでしょう、と……言われました。とても寄り添っていただきまして、障害認定の段階をあげる申請をすべきだと、診断書もいただきました」
魔素知覚器官は壊れていても痛みを感じないし、なくても生きていける。でも、魔素光は見えて当然のものだ。優先順位が低くとも、魔素を見て感じてみたいとは思っていた。その夢は、魔素感知能力の回復をする技術が開発されるまで、実現できないのである。
「まあ、そうだろうなと思っていたので、気にしてはいません」
「どうしてだい?」
「灯光の証に近付くと、熱いと思うのですよ。胎児のときに、魔素感知よりも温度変化や耐性を優先して成長した結果かと、想像しまして」
大量の魔素と太陽の権能が傍にあった。感覚器官があっても微細な変化を捕らえられないだろう。そんなものより必要な器官が発達するのは当然とも思えた。「それよりも」と話を区切って、元の話題に戻した。
「魔素感知能力が無いという事実が、重要です。所長、魔素を消そうと思って消すには、どのような想像をすると思いますか?」
問いかければ、所長は理解したと言いたげに頷いた。
「見えている魔素が抜けきって、新たな風景を想像する。魔素を知覚しない人には、消したい物が存在しないから、消すという行為が出来ない」
「なので、魔素を分解する魔法を実現する人物は、私の魔素の動きをよく知っているヤエコさんになるでしょう」
「ふーん?じゃあ、魔素暴走を止める魔法の実現は、レイには出来ないってことかな?」
所長は冊子を置いて腕を組んだ。今後の研究内容の変更をすると思っているのだろう。私は微笑んで首を振った。
「いえ、できます」
「おやー?今日のレイは、物凄く強気だねー?」
布の下で笑っているのか、楽しげな声で所長は首を傾げた。人差し指を立てて、それっぽく言ってみた。
「私の魔術は、想像したとおりになれと念じると実現するものです。結果を得にくい、不得意な事や効果に傾向も見つけつつあります」
魔術認定をしてくれたセロに帰ってもらった後で、簡単な実験をした。特に水と親和性が高く、変化を与え易かった。他の物体は想像がし難くて、変化らしい変化もなかった。そのことを伝えると、所長は「仕事が早いねー」と頷いていた。
「魔素は見えなくとも、魔法で起こった現象はわかりますし、身体にとって楽な状態を想像することは出来ます。……魔術や魔法による強化も解除してしまうかもしれませんが、息を楽にして落ち着いた状態にするのはできるはずです」
見えなくても、魔素が起す現象は操作できる。きっと私の魔素制御も出来るはずだ。拳を作り言いきれば、所長は長く息を吐いて、手を打った。
「よろしい。初期魔術を認知した!」
机と茶碗が消えて、畳に冊子が落ちて宙を滑り、私の膝とぶつかった。冊子を背後によけて頭を下げる。
「ありがとうございます。今後も精進してまいります」
「はーい!公式文書に書いておくねー!皆にも、お祝いしてもらいなよー?」
皆にも?顔をあげると、頭に何かかがのっかってきた。手に取ると、蔦を組んだ花冠だった。蔦に差し込まれた大ぶりな一輪の花は、紫色で菊の香りがした。
ダリアにも見えなくもないし、被るのはちょっと不味いか。菊の花びらをそっと撫でると、所長は花冠を力強く指さして言った。
「今日は、それを被ってお仕事して、ジンの所に行きなさい。自宅に帰るまで取っちゃだめだよ!」
「えぇ?!」
見世物になれというのか。所長は「とったら怒るよ!」と言って執務室を出ていってしまった。花冠を見下ろして、渋々被って執務室を出た。
その日、花冠を付けていたら、同僚の皆から「おめでとう」と祝福された。帰る道中、見知らぬ人にもお祝いされ、じい様の家に着くころには両手にお祝いの品でいっぱいになっていた。玄関に行くと、義父が出迎えてくれて、目を見張った。
「遅いと思ったら……あぁ、なんてことだ……!」
そう言って、義父に抱きしめられた。ついには泣き出したので、荷物を置いて義父とじい様に魔術の事を話した。今日はお祝いだと、義父の手料理を食べて、じい様の秘蔵のお酒を頂いた。
魔術が使えるようになって、喜んでくれる人が居る。胸が温かさでいっぱいで、ご馳走をあまり食べられなかった。
晴れて魔術使いとして認められた翌日。面会を予定している人が居る場所へと向かった。場所は東方地区の北東の外れの山間の中。探索者協会が車と運転手さんを付けてくれた。車を走らせて一時間、ようやく山の中に入った。
葉を落とした森は白と茶色の縦縞のようで、雪の轍を進む車はよく揺れた。車の天井にある手すりにつかまっていると、白い地面と灰色の空の縞模様の中に黄色の壁が見えた。協会の職員でもある運転手さんが言った。
「あちらが、未成年異能訓練施設です」
異能を制御できない子供たちを集めて訓練をしている場所だ。特に危険度が高く、犯罪利用されかねない異能がある子たちがいるらしい。私はお世話になった事がないが、義父曰く「周りは良くないと思いがちだけど、すごく良い施設」らしい。運転手さんは続けた。
「本日の面会は、本人たっての希望です。貴方に依頼を申し出る事があるかもしれませんが、協会側の承認を得てからとなります」
車の揺れのせいか、勝手に頭が頷いた。しばらく揺られていると、道が整って、黄色の建物がはっきりと見えた。車が横付けされると、入口から人が出てきた。車を下りれば身体が震えて、フードを被った。コートの下に温かいニットを着てきたのに。出てきた人は施設職員を名乗り、真っ白に塗りたくられた施設内を案内してくれた。時たまに楽しげな声と走り抜ける子供たちの姿を見つけて、職員さんが短く叱っていた。
運転手さんと一緒に職員さんについていくと、白い両開きの扉に辿り着く。そこで、運転手さんから書類を受け取った。
「面会の相手は、ツグミさん。年齢は推定、十七歳。自身の異能を、犯罪に利用された経歴あり」
書類をめくれば、幻霧郷の第三層で保護した、魔素を固める魔素がある少年の顔写真があった。どこか硬さがある顔に、思わず口をつぐんだ。
理由は不明だが、話したい事があると言って、私のことを調べて呼んで欲しいと頼んだらしい。どうして探索者協会で情報開示をしなかったのかと問えば、運選手さんが小声で言った。
「彼は身体に魔術的操作を受けた可能性があります」
運転手さんの事を見れば、頷かれた。書類をめくれば、眉間に険しい谷が幾つも出来るような事ばかりが書かれていた。浮かない顔の職員さんに微笑みをつくって、「わかりました」と頷いた。
職員さんは扉の鍵を開けた。中には一面真っ白な壁の中腹に、長く伸びた黒いガラスの窓と折り畳みの椅子が置いてあった。扉が閉まると黒い窓が明るさを取り戻し、向こう側が見えた。
「……本当に来てくれたのか」
折り畳みの椅子の下に肩掛け鞄を置いて座ると、ちょうど正面にいつか見た少年が眉を下げて微笑んでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話は制作中です。2026.10.9




